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7.泰然
しおりを挟む夜が明けた。
泰然は一晩、お堂の中に詰めていた。少し早いが夕食を摂らずに身を清め、一晩瞑想して潔斎としていた。
夜が明け、障子の向こうが明らんでくると泰然はお堂を出た。清々しい冬の朝だ。今日で一年が終わり、丑が守護する一年がやってくる。
今年金栄が干支神として選ばれてからそれなりに神事の席には同席するなどしていたが、来年からは国中の大社を周る時にも同行する。金栄の伴侶として立派に立てるように、泰然は昨日から決心していた。
井戸で顔を洗い、蔵がずらりと並ぶ区画へ向かう。
昨日、泰然は知り合いと話をつけていた。そろそろ来るのではと、待ち合わせ場所に指定していた蔵と蔵の間に立っていると、やがてざりざりと玉砂利を擦る足音が聞こえてきた。
「おはよう、泰然」
「ああ、おはよう。悪いな、こんな早くに」
あくびを噛みながらやってきたのは、知り合いで丑の眷属、清真だ。金栄と同じ撫で牛で、撫で牛として社に勤めては平癒祈願に一役買っていた。
「……で? 朝っぱらから何。今日は泰然だって忙しいだろ、金栄と一緒に干支神の引き継ぎするんだし」
うろんな視線を向けてくる清真を蔵の隙間に引きずり込んで、泰然は両手を合わせた。
「その前に、俺を治してくれ」
「え? なに、どっか悪いの?」
清真は病気や怪我の平癒に関わるだけあって、さっきまでの訝し気な視線をすぐに引っ込めると大丈夫、と聞いてくれた。
「俺でできることなら力を貸すけど……でも俺が祀られてる社のご利益、知ってる?」
「知ってる。だからお前に力を借りようと思って」
「え……まさか泰然、勃起しないの」
「違う! ちゃんとする。昨日もした」
とっさに大きな声が出てしまったが、これは本当なので泰然は重ねて否定した。
「その報告いらなかったな」
一転して清真はうんざりした顔をしていたが、泰然にとっては大問題だ。金栄とこれからも一緒にいるための、至極まじめな相談をしているつもりだった。
「逆なんだ。金栄様と……金栄を見てると、どうしても俺は勃起する。胸がどくどくする。明日からは干支神の伴侶として一緒に社巡りが始まるのに、これでは金栄に恥をかかせることになるかもしれない。だから、お前の力を借りたい」
「……勃起しないとか子を授からないとか、そういうのなら俺の仕事だけど、勃起を治めるって……」
ため息をつく清真は、撫で牛のなかでも主に精力増大や子授祈願が上手いとされていた。だからこそ泰然は声をかけたのだが、当の清真は乗り気ではない。いつもと逆のことを願われているので仕方がなかったが、それでも泰然はここで引き下がれるかとより一層語気を強めた。
「お前の力を見込んで頼む。そうでないと、金栄の伴侶がすぐに勃起しては、金栄も恥ずかしいだろう」
「勃起勃起って、そんなに勃つの? 逆に病気じゃないの」
「病気じゃない。理由はわかってる」
「理由?」
「金栄を見てると勃つ。それに抱きたくなる。我慢はできるが、それでもこんな邪な気持ちを持ち続けて、干支神の伴侶として隣に立つのは相応しくないだろ。だから、お前のご利益でもって、この昂りをどうにかしたい」
「……真摯なんだか馬鹿なんだかわからないね。まあでも……金栄のためになるってんならいいよ」
「本当か」
「でも、効かなくても文句言わないでよ。そもそも、俺のご利益は精力増大に子授祈願なんだから」
「わかった」
許可がとれればこちらのものだ。
時間もないことだし、さっそく撫でさせてもらおうと、泰然はまず清真の胸を撫でた。
金栄を見ていると、どうにも高鳴ってしまうのだ。とくんとくんなどと可愛いものでなく、どくどくと忙しなく鼓動して下半身に血液を集めようとしてしまう。まずはここが治まってほしい。
深く目をつむって丁寧に胸をさすり、それから下に手を滑らせる。行きついた先は、清真の前のふくらみだ。金栄のものにも触れたことがないが、これは単に撫で牛への祈願だ。邪心があってやっていることではないのだと、ここにはいない金栄に言い訳をしながら、泰然はそこも撫でた。
金栄の体が泰然にとってとてつもなく魅力的なことに変わりはないし、変わってほしいとも思わない。けれど、それを見て簡単に催してしまうようでは、干支神として一年を守護する金栄の隣にいられないと思うのだ。ましてや、昨日のようにすぐに前を固くして、その場から逃げ去るようなことなどあってはいけない。
一度押し倒して無理やりにでも手籠めにするのは簡単なのかもしれないが、金栄の歩調に並んで触れ合えるようになりたい。そのために結局交われないまま干支神として金栄を立たせることになるのだから、自分はせめて伴侶として立派であろうと思った結果が、この願いだった。
丁寧に、至極まじめに清真の股間を撫で、己の股間よ治まれと祈る。くすぐったいのか、少し笑う清真が肩にもたれたが、もう少し、と撫でさせてもらった。
その時だった。
じゃりっと強く玉砂利を踏む音がして、はっと我に返った泰然は、音の方へ顔を向けた。
大柄な体が走っていく。広く肉付きのいい背中があっという間に庭の向こうに消え、泰然は一瞬、現況がわからずにいた。そんなぼんやりした頭をたたいたのは、清真の手だった。
「やばいよ泰然、なにぼうっとしてんの。今の、金栄だよ。もしかして誤解したんじゃないの」
「ごっ……誤解?」
泰然は、撫で牛を撫でていただけだ。ひたすらに金栄を前にした時の己の忙しない鼓動の落ち着きと、金栄の体に勝手に劣情を抱いて勃起してしまう己の愚息への沈静を願っていただけだ。
「なにを誤解……」
「俺と泰然だよ! 抱き合ってるように見えなくもないだろ」
「……あっ」
本当に、なにも考えていなかった。けれど、言われてみれば確かにそう見えても仕方がない。
慌てて体を離したが、あとの祭りだ。金栄はおそらく勘違いをした。
「もう……大晦日の朝だってのに、こんなバタバタした中でやるからだよ。ほら、早く追いかけなよ。今日は予定、色々詰まってるんだから、喧嘩してる暇なんてないよ」
早く行け、と急かされて、泰然はまろぶように蔵の隙間から走り出した。
金栄は体が大きくて普段の動きもそれほど機敏ではないが、以外にも足が速い。どこまで行っただろうかと思いながら庭を駆け回り、途中途中にいる眷属や使用人に声をかけて聞いて回ると、やがて門番に「外に行かれました」と言われた。
「外……」
箱入りそのもので、滅多に外に行かない金栄だ。知り合いは敷地内に住む撫で牛がほとんどで、村の外での知り合いなど数えるほど。かといって人間の里へ出るには少し距離があり、他人と触れ合うのを恐れる金栄が足を向けるとも思えない。
門を出たところでどちらへ行けばいいか途方に暮れてしまった泰然だったが、ふと脳裏によぎった場所の方向へ、視線を向けた。
ここから歩いて、子どもの足では一時間だった。走ればどれほどだろう。大人になった金栄の駿脚なら、それほどかからないかもしれない。
「……行くか」
耕牛なので持久力の方があるが、泰然だって足の速さもそれなりに悪くはない。
金栄を撫で牛の家まで送ったあの幼い日、その翌日には金栄とその両親があらためて礼をしたいと泰然の家を訪れた。それから、どの洞穴に行ったのかと母親に尋ねられた金栄は、岩壁のそばの洞穴へ連れて行ってくれた。
あの場所に、金栄はそれからも何度か逃げ込んだらしかった。そのたびに家の者が連れに来て、泰然が拾わずとも金栄は家に帰れるようになった。それでも泰然は雨の日になると、たまに覗きに行っていた。あの大きな体を竦めて悲しげに泣く撫で牛の子がいないか、気になっていた。
さすがに大きくなってからは来なくなったようだったが、今日はどうだろう。金栄が泣いていたら、もし誤解をしていたら―――誤解をしてくれていたら、あそこに逃げ込んだかもしれない。
どうだろう、と思う胸は、走っているせいだけでなく高鳴る。清真のご利益は、やはり病気以外には効かなそうだった。
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