悩む獣の恋乞い綺譚

２.金栄

　撫で牛は書いて字のごとく、撫でられるための牛だ。それぞれの神社や社に据え置かれ、撫でてもらうことで、その部位に巣くう疫病を退散させる。それゆえ干支神を出すのは撫で牛の一族が適当とされ、その中でもひときわ目立って疫病退散を得意とするのが、金栄だった。
「撫で牛としてはお前は異質かもしれんが……お前こそが丑の干支神にふさわしい」
　家長の父に言われてしまえば反論のしようがない。けれど、たしかに金栄は自分が誰よりも撫で牛としてのご利益があることを知っていた。
　本来、撫で牛は撫でられることでご利益を発揮させる。けれど、金栄は自分でも困惑するほど敏感だった。頭を撫でられるだけでも震えが走ってしまうのに、腹や尻など触られようものなら、加護も忘れて走り去ってしまう。それでは撫で牛として神社などに仕えることもできない。けれど、病を抱えた人に撫でられた眷属に力を与えて助けることが出来た。おかげで腰痛が治った、背の曲がりが戻った、腕にできたこぶが消えたと、成果が出ている。だからこそ任命された。
　これまで、いくら人を助けられても敏感すぎて撫で牛なのに撫でられるのが苦手という自分が情けなかった。けれどようやく、この力のおかげで一族の役に立てる。そう喜んだのもつかの間だった。
「だが、我ら丑は、所縁や絆、人の縁をもつかさどる。お前も結婚をしなさい」
　そう言われて、あれよあれよと見合いをして泰然と結婚をした。
　けれど、結婚をした初夜、夫婦になったのだからと押し倒された金栄は逃げてしまった。
　驚いたのはもちろんだった。
　入り婿をとったわけではないが、どちらも男で、泰然には金栄の家に入ってもらった状態なので、金栄の方が夫にあたると思っていたのだ。それに、耕牛をよく輩出する一族の生まれである泰然は、長躯で細身、けれど戦うための筋肉をしなやかで太い骨にまとった立派な体をしている。けれど、その泰然よりも背が高く、肥え太っているわけではないが、むっちりとしたやわらかい筋肉をまとった金栄では、明らかに金栄の方が大きくどっしりとしている。だから、まさか押し倒してくれるとは思わなかった。
（確かに……確かに、俺は抱くよりも抱かれたいと思う方だけど……でも、触られるのは……）
　なんら淫らがましくない、無垢な願い事のために撫でられるのでも耐えられないのだ。交歓をするために触れたりなどしたら、どうなってしまうかわからない。みっともなく乱れ、少しも可愛げのない体を捩らせる醜態など晒したくない。もしそれで泰然が自分から離れていったりなどしたら、もう立ち直れなくなるのは必至だ。
（どうしよう……）
　もう数日もすれば、干支が替わる。それまでには泰然と交りたい。
　撫で牛は疫病退散をつかさどり、耕牛は五穀豊穣に通ずる。まだ初夜も出来ていないと正直に父に話せば、耕牛である泰然五穀豊穣の益を得るに適任なのだから、必ず交わって精を受けろと叱られた。
　そういうわけもあって必ずまぐわわなければならないが、おやすみなさいと頭を下げてきた泰然に、今夜も金栄は言い出せないまま、おやすみなさいと会釈してしまっていた。