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29.幡嶺
しおりを挟む細い体がずしりと重みを増した気がした。けれどそれでもまだまだ軽い。
命が、幡嶺の腕をすり抜けていこうとしているのだとわかった。
神と一概に言っても、できることは様々だ。それこそ姿も見たことのないほど古来からある最上の神などは命の行方や生死を操れるという。けれど、幡嶺にそれは出来ない。数いる知り合いの神たちも、水を使役したり火を操ったり、時には疫病を操作したりはできたが、消えた命を戻すことなどできなかった。
まだぬくもりはある。けれど、このままだといくつかまばたきをした後にはもう永遠に莢珂は常世の住人になる。
は、と幡嶺は息を吐いた。そのまま濡れぶちに腰を下ろす。贄代がやってきて、羽織りを肩にかけていった。体をそのまま屈めて、冷えた体を抱きしめる。
「莢珂」
へんな少年だった。男だけではなく女だけではない体は妙な匂いがした。しかし抱いてみたら悪くはなかった。
贄として供えられた少女たちなどはさっさと幡嶺の隷下にしたので、中にはもう人の世で生きていけないと悲観する娘もいたが、結局他の神々に渡された。人間のままでいられると、無駄に老いるし、すぐに病にかかるし、怪我の具合が悪ければすぐに死ぬのだ。だから、莢珂もすぐ隷下にするつもりだった。
隷下にしてしまえば本当の贄になる。人間でなく、幡嶺という神に使役される者になる。数百年を生きる存在になるので、まず人里では生きていけなくなる。今まではそういった事にはまったく頓着せずにいた。幡嶺には関係もなければ興味もないことだった。
けれど毎日村に戻っては今日はこんな風に過ごした、みなが幡嶺さまに感謝していますと言われると、どうにも隷下にする気になれなかった。
そのうち、村に戻してやった方がいいのかもしれない。やがてそんなことを思うようになった。
実際、莢珂などいない方が面倒なことが減るはずだった。あれやこれや頼んできて煩わしいし、ちょっと乱暴にしたらすぐに怪我をして、これもまた面倒だった。
それなのに、莢珂が傍にいるとどことなく胸のあたりが和らいだ。
いつもならすぐに飽きが来るのに、言葉に詰まりながらもそれほど大層なことではない願いを頼んでくる姿を見ると手伝ってやりたくなった。抱きすぎて体を壊せば、違うところをつかって繋がってみたり、疲れた素振りだったら抱きしめるだけで我慢した。
飽きるどころか執心が募る日々のなか、どうすべきか迷っていた。
人の里に返し、人としての人生を歩ませるべきか。
隷下にして、人ならざるものにしてしまうか。
答えなど見つかりようもなく、村への行き来を許したまま、莢珂が緩やかに老いてやがて死ぬまでこのままでもいいとさえ思った。人間の一生など、神にとっては瞬きの間だ。
たまにはそういう贄を傍に置いていてもいいかもしれない。そう思う日もあった。
けれど、それももう終わりを告げようとしている。
「莢珂」
呼びかけても、返事はない。鼓動がまだ続いているかさえ、もうわからない。
「俺は人の心など知らん。お前がどう思うかもわからん。だから……赦せよ」
しんしんと雪が降り続く。
白く染まりつつある庭では鮮やかな寒椿だけが色をなしていた。けれどそれも、降り積もった雪に重くこうべを垂れ、やがてぽとりと落ちた。そのまま雪に埋もれて見えなくなっていく。
音もなく、動くものもない世界で、幡嶺はいつまでもぼろきれのようになった細い体を抱きしめていた。
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