弄する贄は蜜を秘める

晦リリ

文字の大きさ
上 下
29 / 30

29.幡嶺

しおりを挟む



 細い体がずしりと重みを増した気がした。けれどそれでもまだまだ軽い。
 命が、幡嶺の腕をすり抜けていこうとしているのだとわかった。
 神と一概に言っても、できることは様々だ。それこそ姿も見たことのないほど古来からある最上の神などは命の行方や生死を操れるという。けれど、幡嶺にそれは出来ない。数いる知り合いの神たちも、水を使役したり火を操ったり、時には疫病を操作したりはできたが、消えた命を戻すことなどできなかった。
 まだぬくもりはある。けれど、このままだといくつかまばたきをした後にはもう永遠に莢珂は常世の住人になる。
 は、と幡嶺は息を吐いた。そのまま濡れぶちに腰を下ろす。贄代がやってきて、羽織りを肩にかけていった。体をそのまま屈めて、冷えた体を抱きしめる。
「莢珂」
 へんな少年だった。男だけではなく女だけではない体は妙な匂いがした。しかし抱いてみたら悪くはなかった。
 贄として供えられた少女たちなどはさっさと幡嶺の隷下にしたので、中にはもう人の世で生きていけないと悲観する娘もいたが、結局他の神々に渡された。人間のままでいられると、無駄に老いるし、すぐに病にかかるし、怪我の具合が悪ければすぐに死ぬのだ。だから、莢珂もすぐ隷下にするつもりだった。
 隷下にしてしまえば本当の贄になる。人間でなく、幡嶺という神に使役される者になる。数百年を生きる存在になるので、まず人里では生きていけなくなる。今まではそういった事にはまったく頓着せずにいた。幡嶺には関係もなければ興味もないことだった。
 けれど毎日村に戻っては今日はこんな風に過ごした、みなが幡嶺さまに感謝していますと言われると、どうにも隷下にする気になれなかった。
 そのうち、村に戻してやった方がいいのかもしれない。やがてそんなことを思うようになった。
 実際、莢珂などいない方が面倒なことが減るはずだった。あれやこれや頼んできて煩わしいし、ちょっと乱暴にしたらすぐに怪我をして、これもまた面倒だった。
 それなのに、莢珂が傍にいるとどことなく胸のあたりが和らいだ。
 いつもならすぐに飽きが来るのに、言葉に詰まりながらもそれほど大層なことではない願いを頼んでくる姿を見ると手伝ってやりたくなった。抱きすぎて体を壊せば、違うところをつかって繋がってみたり、疲れた素振りだったら抱きしめるだけで我慢した。
 飽きるどころか執心が募る日々のなか、どうすべきか迷っていた。
 人の里に返し、人としての人生を歩ませるべきか。
 隷下にして、人ならざるものにしてしまうか。
 答えなど見つかりようもなく、村への行き来を許したまま、莢珂が緩やかに老いてやがて死ぬまでこのままでもいいとさえ思った。人間の一生など、神にとっては瞬きの間だ。
 たまにはそういう贄を傍に置いていてもいいかもしれない。そう思う日もあった。
 けれど、それももう終わりを告げようとしている。
「莢珂」
 呼びかけても、返事はない。鼓動がまだ続いているかさえ、もうわからない。
「俺は人の心など知らん。お前がどう思うかもわからん。だから……赦せよ」
 しんしんと雪が降り続く。
 白く染まりつつある庭では鮮やかな寒椿だけが色をなしていた。けれどそれも、降り積もった雪に重くこうべを垂れ、やがてぽとりと落ちた。そのまま雪に埋もれて見えなくなっていく。
 音もなく、動くものもない世界で、幡嶺はいつまでもぼろきれのようになった細い体を抱きしめていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

憧れの先輩の結婚式からお持ち帰りされました

東院さち
BL
アンリは職場の先輩の結婚式にやってきた。隣で泣いている男に出会わなければちょっとしんみりしてやけ酒するつもりの片思い。 クロードは未だ会ったことのない妹の結婚式にやってきた。天使のような妹を直で見られて嬉しいのと兄と名乗れないことに涙した。すると隣の男がハンカチを貸してくれた。 運命の出会いが二人を近づける、そんな恋の一幕です。 両方の視点があります。 のんびり更新するつもりです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

処理中です...