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28.莢珂
しおりを挟む(まだ、生きてる……)
目を開けるたび、莢珂はほっと息をついていた。体は既に動かない。体のなかが寒い気もしたが、幡嶺の腕のなかは暖かかった。
まばたきをすると、視界に映る景色は枯れ枝が伸びる雪山の寒々しい空ではなく、見慣れた屋敷のひさしになった。
どうにも上手く首が回らないのは、あの黒い獣に噛みつかれたからなのかもしれない。それでも視線だけをあげて幡嶺を見上げると、いつも凛とした顔をしている山の神は、沈んだ色の目で自分を見ていた。
「莢珂」
呼んでくれる声もかすれて聞こえるが、耳がよく聞こえなくなってきているようにも思えた。
(死ぬのかな、俺)
ふしぎと怖くはない。病が蔓延していたときは死ぬのが怖くて仕方なかったが、いまはそれなら仕方がないと、胸は凪いでいる。けれど、その前に伝えておきたかった。
「幡嶺、さま……」
あたりを贄代たちが動き回っているようだった。けれど幡嶺は動かず、じっと莢珂を見ていた。
幡嶺のもとへ来てから、こんなにも穏やかな気持ちでこの双眸を見たことはなかったかもしれない。最初は怖かったし、途中からは恥ずかしかったり、どうしたら抱いてもらえるだろうかと不埒なことを考えてばかりいた。
けれどいまは静かだ。ただ、その目には雫もないというのにどうしてだか、泣かないでほしいと思った。
「呪うのは……」
「莢珂?」
「呪うの、は、やめ……て、くだ、さい……えほっ、……ぅ、ん」
力ない咳が喉を駆けあがる。体中の力が入らない。血を流しすぎたのかもしれなかった。
「むら、の……ひとたちは……幡嶺、さまを……たいせ、つに、思ってます。祠、もきれい…です。信仰は……わずかで、も、……あなたの、糧になる、から…」
黒い獣、呂玄は言っていた。誰も祀ってくれない、祠もなくなってしまった。だからこのままだと消えてしまう。その言葉を聞いて、莢珂は思っていた。
莢珂は知らなかったが、幡嶺は祠をいくつも持っているという。それでも、その一つ一つへ信仰を寄せる人たちがいる。その人たちの想いは、もしかしたら強大な力を持つ幡嶺にとっては、僅かなものなのかもしれない。けれど、それも幡嶺という神のためになる。それを、こんな形で途絶えさせてほしくなかった。
「信仰など……俺にはいらん」
幡嶺の声が張りなく落ちる。
「勝手に祀って、勝手に期待して、勝手に誹る。信仰など……お前が俺を信じていればいい」
「……だめ、です……俺は、もう………」
もう痛くもなくなってきた。少し寒い。雪が降っているせいかどうか、莢珂にはもうわからない。急激に目の前が暗くなっていくのだ。
莢珂と呼ぶ声がする。
はい、と返事がしたい。けれど、半ば開いた口からはもう、白くこごるほどの息さえもなかった。
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