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21.幸せを願う
しおりを挟む幡嶺に告げた通り休んだ三日目の夜、莢珂は幡嶺の部屋にいた。
すでに夕餉や湯浴みも済み、あとは寝るだけだが、いつものように共寝をしているわけではない。寝台のある部屋とは間続きになっている隣の部屋で、布の海の中にいた。
「これはいつ誂えたんだったか……古いな。これはやめだ。莢珂、緑青地に金糸のがあったはずだ。それを取ってくれ」
「緑青に金糸……」
言われて見渡すが、開けられた長櫃はいくつもある。一体どれにしまわれているのかときょろきょろしていると、傍にいた女人が見つけてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「………」
あいかわらず無言だ。まったくの無表情で緑青色の羽織りを渡してくれたのは、いつも世話をしてくれる面々のうちの一人で、周囲にはあと二人いた。
なんだかんだと三ヵ月以上も世話をしてもらっているが、名前はいまだにわからない。問いかけたところで返事はなかったし、幡嶺も、「こっちが……いや、こっちだったか。多分こっちが蓮花……蓮沙だったか? わからん。気にするな」という調子だった。
名前はわからないが、顔はさすがに覚えている。ふと、一人足りないことに気付いた。
女人は十数人おり、湯浴みや食事時は手伝いやら給仕やらで人数は増えるが、主に莢珂の世話をしているのは四人の女人だ。その四人のなかに、あの女人がいたのだ。けれど彼女はおらず、考えてみれば今朝から姿がなかった。
「莢珂?」
「は、はい」
莢珂の部下というわけでなし、いないからと言って呼びたてるつもりもない。やはり式が近いので、莢珂の世話役からは外されたのだろう。そんなことを考えていたが、幡嶺に呼ばれてあわてて羽織りを渡した。
「どうぞ」
「ああ、これだ。……どうだ」
ばさりと緑青地の見事な羽織りをまとう幡嶺は堂々たる佇まいだ。静謐な湖沼の深い場所にもよく似た色は幡嶺のどこか野性味のある精悍な顔立ちと長身に映えた。
「とてもお似合いだと思います」
「それならこれで行くか」
「お出かけされるんですか?」
すでに月は空の中天に浮かんでいる。外出するには遅い時刻だ。周囲に散らかった羽織りやら帯やらをひろって畳みながら見上げると、幡嶺は首を横に振った。
「いや。式で着るためのものだ」
「お式に……」
思わぬところで式の話題が出て、思わず胸がどくんと跳ねた。腕に抱えた帯を取り落としそうになったが、すんでのところで絡めあげた。
「明日から三日、留守にする。お前、俺が留守の間はどうする。村には行くか?」
「あ………え、と……はい」
とっさのことで上手く回転してくれない頭でどうにか返事をすると、それならと幡嶺はぽんぽんと莢珂の頭を撫でた。機嫌がいいのか、口角があがって目が細くたわんでいた。
「それならいつも一緒に行くのがいるだろう。あれに任せておくから、いつも通りに行き来するといい」
「……はい」
声が沈んでしまったのは、自分でもわかるほどだった。とうとうその時が、幡嶺があの女人を娶る時が来たのだ。
本来なら、主の婚礼ともなればめでたいことのはずだ。仕えるものとして晴れやかに祝うべきことだ。けれど、どうしても視線がうつむいてしまう。声が小さくかすれてしまう。
(だめだ。ただでさえ、あの人には……奥方さまには申し訳ないことをしてしまったのに)
妻帯する前とはいえ、式を挙げることが決まっている幡嶺と何度も肌を重ねた。同意のうえであり、贄という役割上必要なものだとは思うが、誹られても仕方がない行為だ。
けれどもだからこそ、その時が来た今は、しっかりと心を持たなければならない。ごくりと唾を飲んで、深く一度瞬きをして、深呼吸した。
「……おめでとうございます」
頭を撫でていた手がするりと降りて、頬を包んだ。彼の幸せを願おうと思えば、頬は引きつらずにいてくれる。上手く笑えてよかったと思った。
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