弄する贄は蜜を秘める

晦リリ

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19.託されたもの

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 夜の間に降った雪で、刺陽山がすっかり白一色になった日だった。
 普段の莢珂は、家々をまわって手伝いをしている。昼になれば村長宅に戻り、そこで昼餉をもらってからまた村中をまわるのだが、昼餉を終えたところで村長に声を掛けられ、奥の座敷にいた。
 元々村いちばんの豪農で村の外へも農作物を卸している村長の家は、さすがという立派さだ。幡嶺の屋敷ほどの広さはないものの、部屋には掛け軸がかけてあったり、価値はわからないまでも高価そうな壺が飾られていたりする。ひとりで待っているので暇を持て余し、部屋の中を見ていた莢珂は、やがて入ってきた村長に軽く頭を下げた。
「ああ、待たせた待たせた。昼餉は食べたか」
「いただきました。ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのは俺の方だ。莢珂、お前が山神さまによくお仕えして褒美を与えられたものを貰っているんだ。こちらこそ、礼を言わなければ」
 目前に座った村長がありがとう、と頭を下げた。けれど、村長は莢珂を贄にやりはしたものの、茗鈴を引き取ってくれた。莢珂にとっても恩人だ。
「俺の方こそ、ありがたく思っています。茗鈴を可愛がってくださるし、……山神さまにお仕え出来るのも、幸せなことです」
 言葉に嘘はない。
 野蛮な神に食われたり害されたりしてもおかしくはないと思っていたのに、体を暴かれはしたものの、莢珂は生きている。それどころか衣食住を与えてくれ、莢珂が望むままに願いをかなえてくれる。間違いなく感謝するべきことで、実際幸せだった。たとえ幡嶺との関係が、いまの莢珂の悩みになっていたとしても。
 噛みしめるように言った莢珂に、謙虚なことだと村長がこぼす。けれどその言葉さえ耳には痛かった。
 いまだ、想いを断ち切れずにずるずると抱かれるように仕向けてしまっている。昨夜もとるにたらないような願いを幡嶺に叶えてもらい、その対価として体を差し出していた。
 いい加減、自分に嫌気がさしてくる。それなのに、意地汚く想いを捨てきれずにいる。
 寝不足の頭ではすぐに意識がそれ、昨夜の交歓を思い出してしまう。情けないと悄然としていると、おもむろに村長がずいと寄った。
「ところでな、莢珂。お前を山神さまのお気に入りと見込んで頼みがあるんだ」
「お気に入りなんかじゃ……頼み?」
 今まで、村長から頼みごとをされたことはない。村で困っていることがあれば莢珂が判断して幡嶺に相談していたので、村長はいつも後になって、ありがたいことだと謝辞を述べてくれていた。
 近頃では村も落ち着いてきて、大きな願いを叶えてもらうことが減っていただけに、村長じきじきの頼みはとは一体何かと唾を飲んだ。
「馬がな、欲しいんだ」
「馬、ですか?」
 あまりに拍子抜けだった。
 備蓄している食物がなくなりそうだとか、山崩れが起きている場所があるだとか、そういったことを相談されると思っていた。
 思わずぽかんと問い返した莢珂だったが、村長は笑顔でうなずいた。
「ああ、馬が欲しい。病だなんだで馬の藁もなくなって、うちにいたのも何頭か死んでしまったんだ。十頭は欲しいな。山を越えるには馬がいるだろ」
「それはそうですけど……」
 ほとんど死んだとは言っても、まだ数頭いるのを知っている。一時は痩せていた馬たちも今ではまた肥えていて、莢珂も時折手綱を引いて村を散歩させたりした。
 なぜさらに馬を要求するのかといぶかしむが、村長はそんな莢珂の心中には気付いていないらしく、それと、と続けた。
「小作人も欲しい。あと、出来ればいくらか都合出来たらいいんだが」
「いくらか?」
「屋敷を大きくしたくてな。ほら、お前たちが作ってるかごとか草履があるだろう。小作人をたくさん雇って、そういうのをたっぷり作るんだ。葛籠とか、そうだな、機織り女がいれば反物も作れる。そのためにはやはり、先立つものが必要だろ」
 今まで、村長の家は代々豪農として継がれてきた。広い畑と牛馬などの家畜。それらを糧に家を大きくして、有事の際にはそれらを村に分け与えてくれた。
 確かに小作人も馬も、先の病でばたばたと倒れてだいぶ数が減った。雪が解けて山を越えやすくなる春がくれば、冬の間に作ったものを街まで行って売るために馬や小作人が必要だ。けれど金や屋敷を要求してくるのは違うのではないか。
「どうして、お金や、家まで」
 これが村のためになるならいい。馬くらいなら、きっと村の人々のためにもなろう。けれど、それ以外は莢珂の頭で考える限りは、村のためとは思えなかった。
 思わず尋ねるが村長は機嫌よく笑っていて、莢珂の胸に沸いた疑念には気付いていないようだった。
 問いかけに返事はなく、まあ頼むよ、と残して村長は部屋を出ていった。
 残された莢珂は、返事をすることもできないままその場に居残り、探しに来た茗鈴に声を掛けられるまで呆然としていた。


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