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15.理由
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最初のころは恥ずかしいやらくすぐったいやらだったが、三か月も繰り返されているとさすがに慣れてくる。
今日も三人がかりで洗われて湯につけられ、あがるなりあっという間に拭かれて寝着に着替えさせられる。女人の一人がかごに湿った手拭いを重ねたのを見ながら頭を下げた。
礼を言ったところで彼女らからの応答はない。頭をあげるのを待っていたように、莢珂と視線が合うと三人で連れ立ってするすると廊下の向こうへ消えていった。
湯浴みを終えたら夕餉だ。幡嶺と一緒に卓をかこむ際は女人にいざなわれて食堂まで行くが、それがない時は自分で自室に戻る。女人は全員どこかへ行ってしまったので、今日は自室で一人で夕餉を食べるのかと思いながら冷える廊下を早足で歩いていた莢珂は、ふと聞こえた声にひたりと足を止めた。
笑い声が聞こえた気がしたのだ。
この屋敷はたいがい静かだ。女人たちは莢珂の前では一切言葉を話さないし、幡嶺もそれほど喋るたちではない。莢珂もそれほどのべつまくなしに口を動かすほうではないので、屋敷で聞こえる音と言えば、庭に訪れる小鳥のさえずりだったり、池ではねる鯉のしぶきだったりした。
それでも少なくとも十人以上は言葉のわかるものが住んでいるのだから、笑い声がしたとしてもふしぎではない。
高い笑い声は明らかに女性のものなので、普段世話をしてくれている女人の誰かひとりなのだろうか。いつも能面を張り付けたような無表情な彼女らも声をあげて笑うのかと思うと、それを見て見たくなる。どこからだろうかと、今来た道を戻った莢珂は、なにごとか話している声を頼りに隣の棟へかけてある橋を渡った。
あはは、と楽し気な笑い声が近くなってくる。いつの間にか、普段は足を踏み入れない棟まで来ていることにも気づかないまま、中庭をかまえた廊下にふらりと出た。
右手のほうから先ほどよりもずっと明確に笑い声がして、そちらへ視線をやると、あけ放たれた座敷に二人の人影があった。
二人とも背を向けているが、一人は幡嶺で、もう一人は何度も顔を見たことがある女人だった。
幡嶺の顔は見えないが、横を向いている女人は喜色を浮かべている。いつもは一切の感情がない顔をしているのに今はほがらかで、なにごとか言うと楽しげに笑っている。そして、そのまま幡嶺にもたれた。
幡嶺は普段、女人たちに親し気に接する様子はない。用があれば呼びつけてあれこれと命じるが、それ以外で話しかけたりするのは見たことがなかった。風呂に一緒に入っても莢珂の世話をさせるばかりで、自分は自分でさっさと体を洗っているし、着替えで少し手を借りる程度で、触れ合うこともほとんどない。
けれど、それは莢珂が知っている限りでは、ということなのかもしれなかった。
もたれる女人を押しのけるでも、抱きしめるでもなく、二人は並んでいた。
幡嶺は男神だ。
やはりその対になるべくして作られた女の体が隣にあるほうが正しい姿なのかもしれない。
男で女でもあり、けれど男でもなければ女でもない、どっちつかずで半端な自分ではやはりだめだったのかもしれない。
(だめ? なにが?)
ぽつりとちいさな疑問が胸に落ちて、波紋を描くように違和感が体中に広がる。
そろりと後退して、そのまま二歩、三歩と遠ざかる。四歩目はもう踵を返していた。部屋へ帰りたかった。
ひたすら足を動かし、すっかり足裏を冷やしてしまいながら部屋へ戻った莢珂は、そのまま瓦灯に灯りも点さず、寝台に寝転んだ。
(今日も、きっとないんだ……)
あの女人がそばにいるなら、きっと莢珂には用がない。気付いてしまった。幡嶺が莢珂を抱くときは、理由があったときだった。
村を救ってほしい。呪いを解いてほしい。そういった願いや、加護を与えてくれた対価に、莢珂は抱かれた。それなら、願いも要求もない今はもうその機会もなくなるのではないか。
胸の奥をじわじわとつぶされるような苦しさと、涙がにじむほどのもどかしさがあとからあとから溢れてくる。理由はわからないのに、それでもなぜだか涙が出てきて止まらなくなった。
どうしたらいいのだろう。
はしたないとはわかっている。こんな事を思ったことなど今までなかったのに、それほどまでに体が快楽にのぼせあがってしまったのかという情けさなさもある。
けれど、それでも幡嶺と肌をあわせることは実際心地よかったし、それがなくなってしまうかもしれないと思うと悲しかった。
ごそりと丸まった体の下で、上等な絹の上掛けが縒れる。昨日もここで幡嶺と共寝した。肌はあわさず、互いの体温を感じながら眠っただけだ。それもやがてなくなるのかもしれない。
困惑と不安が、胸にぽっかりとあいてしまった穴に降り積もっていく。
理由を作らなければならない。
抱かれることを覚えて、それを欲するようになってしまった恥ずかしい体に幡嶺が触れるための理由を。
なにか頼みごとをすれば、幡嶺は叶えてくれる。その対価に、莢珂は抱かれる。
あさましい、情けないと胸のどこかで自らを罵る声がする。けれど、そうでもしなければ美しい彼女らにかなうはずもない。
こらえきれずにこぼした吐息のはしに涙がにじむ。それを隠すようにかぶった上掛けは、昨日ともに眠った男の匂いがした。
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