弄する贄は蜜を秘める

晦リリ

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14.懊悩

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 莢珂が幡嶺のもとへ贄にやられてから、三ヶ月が経った。夏の盛りから秋を渡り、冬に差し掛かっていた。
 晩や明け方の気温の低い時間になるとちらほらと白いものが舞い、畑に霜がおりるようになっても、莢珂は村と幡嶺の屋敷を行ったり来たりしていた。
「莢珂、茗鈴、苑麗。そろそろ昼餉にするからそこを片付けて」
「はい」
 畑仕事がなくなっても、やることは山ほどある。今は三人で向かい合い、それぞれがかごを編んだり着物を繕ったり糸を撚ったりしていた。
 家主である村長の妻に言われて囲炉裏まわりを片付けると、そこへ稗や粟と一緒に炊いた米、蕪の漬けたもの、汁物が並んだ。
「いつもすみません」
 最初の頃は困窮していたのもあって握り飯だけが昼餉だった。幡嶺からもらったものはすべて村で分配したし、収穫したものも分けあっているので、しっかりとした昼餉が出される。
 ありがたいながらも申し訳ないと頭をさげると、村長の妻はそんなことはないと笑った。
「莢珂が山神さまにかけあったくれたおかげで、いま皆が食いつなげているのよ。だから、このくらいはさせて」
「でも、茗鈴を世話してもらってますから」
「茗鈴も、もううちの娘。可愛がるのは当たり前よ。さあさあ、冷める前に食べてちょうだい」
 片付かないんだからと急き立てられて椀を手に取る。向かいでは、すでに茗鈴と苑麗が並んで箸を動かしていた。
 顔立ちはもちろん違うし性格も異なるが、ふたりともそれぞれが美しく愛らしい。
 彼女らのあどけなく和やかな雰囲気を前に汁物をすすりながら莢珂はぼんやりと、屋敷にいる女人たちを思い起こしていた。
 茗鈴と苑麗ほど幼くはないが、屋敷にいる女人たちも美女揃いだ。それも、同じような顔ではない。それぞれが際立って美しい顔をしていて、相変わらず一様にしゃべらなかった。
 さすがに屋敷に来て三ヶ月が経つのだし、なにくれとなく世話を焼いてくれるので話しかけてお礼を言ってみたりもした。けれど、聞いているというよりは莢珂がしゃべっているからそこにいるといった風情で、礼を言いのべるとするするといなくなった。
 嫌われているのかと思ったが、それにしてはいじめてくるわけでもない。むしろ丁寧に扱われている。いっそ幡嶺に相談してみようかとも思ったが、世話をしてくれている人たちに感謝こそすれ、無視をされている気がするなど告げ口するのは気が引ける。そういうわけで、三ヶ月経ったいまでも、現状は何ら変わらなかった。
 それでもまずは彼女たちを知ってみようと、一度、彼女たちは誰なのか聞いたことはあった。
「あれは贄代だ」
「贄代……?」
「贄みたいなものだ。気にするな、寝ろ」
 そういって抱き込まれてしまえば、もうなにも聞けない。悶々としながら寝付いたのはつい先日のことだった。
 贄ならば莢珂と同じ立場だ。贄として幡嶺に命じられて莢珂の世話を焼いているのだろうと思いいたったが、結局彼女らが口をきいてくれない理由はわからなかった。
 けれど煩悶はつきない。莢珂と同じように抱かれている可能性だってあるのだ。
(……最近しないのは、彼女たちを抱いているからなのかな)
 気づけば、十日ほども肌を重ねない日々が続いていた。褥に呼ばれたり、もしくは幡嶺が訪れても共寝するだけだ。それがない限りは一人寝で、その時幡嶺が屋敷にいるのか、それとも外に出ているのかもわからない。
 そもそも屋敷は広く、幡嶺の部屋があるのは別棟だ。主である幡嶺に呼ばれない限りは訪れることもない。幡嶺の褥に彼女らがいても莢珂には知りようもなかった。
(飽きたのかな……)
 それなりに整った顔をしていると言われたこともあるが、莢珂は彼女らとは違う。豊かな胸もなければ、むしろ股間に男でもある証がある。初めて会ったときは、男を寄越して謀ったかと怒った幡嶺だ。やはり女がいいと言われたとしても納得ができる。
 もう、莢珂が抱かれることはないのだろうか。
「……なんだけど、莢珂兄さん、なにか聞いてない?」
「えっ?」
 突然言われて、はっと顔をあげた。囲炉裏を挟んで反対側にいる茗鈴が大きな目を見開いている。隣で湯飲みを片手にした苑麗も、きょとんとした顔をしていた。
「ご、ごめん。ぼうっとしてて……なにかあった?」
「あのね、庶さんの家の前に井戸があるでしょ。そこの井戸が涸れちゃったのかな……昨日、桶を下げても水が入らなくなっちゃったみたいなの。山神さまは水を清らかにしてくださったでしょ。もしかしてなにか聞いてないかなと思って」
「聞いてないけど……」
 幡嶺は村へは降りてこない。村で何が起きていようと特に興味はないらしく、莢珂が頼みごとをしない限りは村へ意識を向けることはなかった。
「そっか……じゃあやっぱり涸れちゃったのかな」
「古い井戸だから、涸れちゃったのかもね」
 あのあたりの家は大変ね、と茗鈴と苑麗がうなずきあっている。
 井戸は村に点在している。それでも家によってはいちばん近くても家から少し歩かなければならないということもあるので、ひとつの井戸が涸れてしまったことで困る家は出てくるだろう。冬の間は大変だろうが、新しく掘るなら春になるだろう。
 ひとつの問題が解決されたころに、こうやってまた新たに問題が起こる。思わず口をついてため息がこぼれたが、のんびり食べてもいられない。冬になって、陽が落ちる時間は格段に早くなったのだ。屋敷に帰るまでに、今日はかごをひとつ仕上げておきたい。
 ぐるぐると考え込んでいた収束の見えない悩みを一度頭から放り出すべく、莢珂は残ったご飯を掻きこんだ。


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