14 / 30
14.懊悩
しおりを挟む莢珂が幡嶺のもとへ贄にやられてから、三ヶ月が経った。夏の盛りから秋を渡り、冬に差し掛かっていた。
晩や明け方の気温の低い時間になるとちらほらと白いものが舞い、畑に霜がおりるようになっても、莢珂は村と幡嶺の屋敷を行ったり来たりしていた。
「莢珂、茗鈴、苑麗。そろそろ昼餉にするからそこを片付けて」
「はい」
畑仕事がなくなっても、やることは山ほどある。今は三人で向かい合い、それぞれがかごを編んだり着物を繕ったり糸を撚ったりしていた。
家主である村長の妻に言われて囲炉裏まわりを片付けると、そこへ稗や粟と一緒に炊いた米、蕪の漬けたもの、汁物が並んだ。
「いつもすみません」
最初の頃は困窮していたのもあって握り飯だけが昼餉だった。幡嶺からもらったものはすべて村で分配したし、収穫したものも分けあっているので、しっかりとした昼餉が出される。
ありがたいながらも申し訳ないと頭をさげると、村長の妻はそんなことはないと笑った。
「莢珂が山神さまにかけあったくれたおかげで、いま皆が食いつなげているのよ。だから、このくらいはさせて」
「でも、茗鈴を世話してもらってますから」
「茗鈴も、もううちの娘。可愛がるのは当たり前よ。さあさあ、冷める前に食べてちょうだい」
片付かないんだからと急き立てられて椀を手に取る。向かいでは、すでに茗鈴と苑麗が並んで箸を動かしていた。
顔立ちはもちろん違うし性格も異なるが、ふたりともそれぞれが美しく愛らしい。
彼女らのあどけなく和やかな雰囲気を前に汁物をすすりながら莢珂はぼんやりと、屋敷にいる女人たちを思い起こしていた。
茗鈴と苑麗ほど幼くはないが、屋敷にいる女人たちも美女揃いだ。それも、同じような顔ではない。それぞれが際立って美しい顔をしていて、相変わらず一様にしゃべらなかった。
さすがに屋敷に来て三ヶ月が経つのだし、なにくれとなく世話を焼いてくれるので話しかけてお礼を言ってみたりもした。けれど、聞いているというよりは莢珂がしゃべっているからそこにいるといった風情で、礼を言いのべるとするするといなくなった。
嫌われているのかと思ったが、それにしてはいじめてくるわけでもない。むしろ丁寧に扱われている。いっそ幡嶺に相談してみようかとも思ったが、世話をしてくれている人たちに感謝こそすれ、無視をされている気がするなど告げ口するのは気が引ける。そういうわけで、三ヶ月経ったいまでも、現状は何ら変わらなかった。
それでもまずは彼女たちを知ってみようと、一度、彼女たちは誰なのか聞いたことはあった。
「あれは贄代だ」
「贄代……?」
「贄みたいなものだ。気にするな、寝ろ」
そういって抱き込まれてしまえば、もうなにも聞けない。悶々としながら寝付いたのはつい先日のことだった。
贄ならば莢珂と同じ立場だ。贄として幡嶺に命じられて莢珂の世話を焼いているのだろうと思いいたったが、結局彼女らが口をきいてくれない理由はわからなかった。
けれど煩悶はつきない。莢珂と同じように抱かれている可能性だってあるのだ。
(……最近しないのは、彼女たちを抱いているからなのかな)
気づけば、十日ほども肌を重ねない日々が続いていた。褥に呼ばれたり、もしくは幡嶺が訪れても共寝するだけだ。それがない限りは一人寝で、その時幡嶺が屋敷にいるのか、それとも外に出ているのかもわからない。
そもそも屋敷は広く、幡嶺の部屋があるのは別棟だ。主である幡嶺に呼ばれない限りは訪れることもない。幡嶺の褥に彼女らがいても莢珂には知りようもなかった。
(飽きたのかな……)
それなりに整った顔をしていると言われたこともあるが、莢珂は彼女らとは違う。豊かな胸もなければ、むしろ股間に男でもある証がある。初めて会ったときは、男を寄越して謀ったかと怒った幡嶺だ。やはり女がいいと言われたとしても納得ができる。
もう、莢珂が抱かれることはないのだろうか。
「……なんだけど、莢珂兄さん、なにか聞いてない?」
「えっ?」
突然言われて、はっと顔をあげた。囲炉裏を挟んで反対側にいる茗鈴が大きな目を見開いている。隣で湯飲みを片手にした苑麗も、きょとんとした顔をしていた。
「ご、ごめん。ぼうっとしてて……なにかあった?」
「あのね、庶さんの家の前に井戸があるでしょ。そこの井戸が涸れちゃったのかな……昨日、桶を下げても水が入らなくなっちゃったみたいなの。山神さまは水を清らかにしてくださったでしょ。もしかしてなにか聞いてないかなと思って」
「聞いてないけど……」
幡嶺は村へは降りてこない。村で何が起きていようと特に興味はないらしく、莢珂が頼みごとをしない限りは村へ意識を向けることはなかった。
「そっか……じゃあやっぱり涸れちゃったのかな」
「古い井戸だから、涸れちゃったのかもね」
あのあたりの家は大変ね、と茗鈴と苑麗がうなずきあっている。
井戸は村に点在している。それでも家によってはいちばん近くても家から少し歩かなければならないということもあるので、ひとつの井戸が涸れてしまったことで困る家は出てくるだろう。冬の間は大変だろうが、新しく掘るなら春になるだろう。
ひとつの問題が解決されたころに、こうやってまた新たに問題が起こる。思わず口をついてため息がこぼれたが、のんびり食べてもいられない。冬になって、陽が落ちる時間は格段に早くなったのだ。屋敷に帰るまでに、今日はかごをひとつ仕上げておきたい。
ぐるぐると考え込んでいた収束の見えない悩みを一度頭から放り出すべく、莢珂は残ったご飯を掻きこんだ。
21
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~
結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】
愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。
──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──
長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。
番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。
どんな美人になっているんだろう。
だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。
──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。
──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!
──ごめんみんな、俺逃げる!
逃げる銀狐の行く末は……。
そして逃げる銀狐に竜は……。
白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
根っからのアイドル(末っ子6)
夏目碧央
BL
7人の男性アイドルグループのメンバーであるレイジは、同じグループのテツヤと恋人同士である。今、グループは活動休止中であり、レイジとテツヤは遠く離れた場所で演劇の訓練を受けている。テツヤは兵士役で舞台に出る為、坊主頭に。レイジも早速坊主頭にする。会えない上に、テツヤにはアニメの声優だったヤナセがまとわりついている。レイジは不安と鬱憤とが溜まり、テツヤとのビデオ通話で「脱げ」と迫り……。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
英雄の帰還。その後に
亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。
低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。
「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」
5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。
──
相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。
押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。
舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。
BL団地妻on vacation
夕凪
BL
BL団地妻第二弾。
団地妻の芦屋夫夫が団地を飛び出し、南の島でチョメチョメしてるお話です。
頭を空っぽにして薄目で読むぐらいがちょうどいいお話だと思います。
なんでも許せる人向けです。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
俺は勇者のお友だち
むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。
2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる