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12.褒美
しおりを挟む「あの、山神さま」
「幡嶺だ」
「ば、幡嶺さま……これは……」
はじめて口づけをした翌々日だった。
いつも通り朝餉と着替えを終え、村へ行くために女人に連れられて庭に出た莢珂は、目の前の光景に呆然としていた。
まず、牛が十頭いた。隣に敷かれた藁のうえには大根と白菜が山になっていた。さらにその隣にも藁が敷かれていて、干し魚が紐に連なったまま重なっていた。
どこからかの供物だろうか。女人だけでは運ぶのが大変だろうから手伝うが、荷車が必要かもしれない。まずはその前に牛を柵にいれなければいけないが、屋敷内に牛舎などあっただろうか。
おろおろとしているとどこからともなく女人が数人出てきて、それぞれの前に立った。
「幡嶺さま、俺も手伝います。女人だけでは……」
「手伝う? だったら村に戻ったときに、荷車でも借りろ」
「村からですか? 一度戻していただけたら、村長の家から借りて来れますけど……」
神社から村長の家まではそれほど距離もない。すぐに行って戻れると言うと、しかし幡嶺は怪訝そうに眉を寄せた。
「お前にやる」
「え……?」
なぜ、と目の前に並んだものたちを見つめる。とんでもない量だ。牛など村長の家でも五頭飼っていたのが一番多かったし、山と積まれた大根と白菜は村人全員に配っても少しの間食いつなげるだけの量がある。干し魚は自分で作るか山脈を越えた先にある街でしか買えないようなものだ。どれもこれも冬を越すには必要なものばかりだった。
「こっ、これっ……っひゃ」
思わずすっとんきょうな声をあげてしまうと、幡嶺はおもむろに莢珂の尻をざわりと撫でた。
「幡嶺さま、だめです、まだ陽が高い……」
「今まぐわうわけがないだろうが。これはお前の働きへの褒美だ。持っていけ」
「褒美……?」
なんにたいしての褒美だろうか。毎日働きに出ているが、それはそもそも贄として召し上げられた莢珂が願い出たことで、幡嶺にとってはなんら利益がない。ほかになにかあっただろうかと考えたところで、かがんだ幡嶺の低い声が耳朶を這った。
「夜ごとの働きを褒めてやる。つたないものだったが、お前の口淫、悪くなかった」
「っ……」
さっと脳裏によみがえるのは一昨日の晩のことだ。確かに口淫した記憶はある。もともと言葉だけではなく行動や物でお礼をしたいとは思っていたが、まさか体を使って謝礼としてしまうなど、はしたないにもほどがある。
今になってなんてことをしたのかという羞恥がこみあげ、じわじわと顔が熱くなってくる。真っ赤になっているのは鏡を見ずともわかることで、思わず飛びのいた莢珂は特になんの前にも立っていない、おそらく莢珂を運ぶための女人の後ろに隠れた。
「あ、あ、ああ、ありっ、ありがとう、ございますっ。そ、そんちょ、さまもっ、喜ぶと思いますっ! それでは、行ってまいりますので……!」
「ああ、よく働けよ。夜に支障がない程度にな」
「わああっ!」
ここには女人たちもいる。なんてことを言うのだと思わず声を上げると、幡嶺は顔をしかめるようにして笑った。そのまま払うように手が振られると、女人がするりと動いて莢珂を抱きしめる。次の瞬間にはもう神社の境内にいた。
「あっ、わ、わ」
思わずたたらを踏んでよろけ、そばにあったものにぺたりと手をつく。モーと鳴き声がして、見ると一緒に移動させられたらしい牛がいた。
女人たちは運ぶためだけにいたらしく、幡嶺の庭で見た大根や白菜もそのまま一緒に移動してきている。
今日は畑仕事の前に、これらをすべて分け合う作業をしないといけない。どの家にもいきわたるように、決して不公平で争いが起きないように平等に。
けれど、それはもう少し待たないといけない。鼻輪からそれぞれ紐が渡されて繋がっている牛は逃げる様子もないのをいいことに、少し離れて大根の山のそばに座り込む。そのまま大根の山にもたれて冷たい果皮に頬をつけた。
「もう……」
真っ赤になってしまったままの頬から熱が引くまで、今日はもう少し境内にいなければならなさそうだった。
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