弄する贄は蜜を秘める

晦リリ

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4.穢れ ☆

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 目が覚めると、清潔な布が敷かれた寝台のうえだった。

 今日は何日だったか、今はどのくらいの時間なのかとぼんやり考えながら、莢珂は思い出したようにじんじんと疼き始めた下半身にため息をついた。
 山神の贄になって、今日で多分八日目だ。七日間抱かれ続けて、その間に何度精を放ち、気をやったかしれない。散々嬲られた陰茎は腫れぼったいような気がしたし、貫かれ続けた少女の狭間は擦られすぎて痛み、莢珂は何度も泣く羽目になった。それでも性交は収まらず、それならこっちも拓いてやろうと後孔もさんざんほぐされた末に太いものを差し込まれた。
 そうこうしている間に七日が過ぎて、ようやく解放された。
 いつの間にそうされたのかは覚えてもいなければ自分でどうにかした記憶もないが、さまざまな液体を吸って使い物にならなくなった寝床は綺麗に整えられている。饐えた匂いもせず、寝心地がよかった。
 目も当てられないような七日間だったが、おぼろげな記憶の中で、何度も山神は願いをかなえようと言ってくれた。どうなったか気になったが長躯は見当たらず、部屋には莢珂しかいなかった。
 部屋の中は、美しい作りをして広かった。朱塗りの柱に囲まれた部屋の中には莢珂が寝そべったままの寝台と卓子、椅子があり、飾り窓の向こうには緑に満ちた広い庭が見え、どこからか水音もする。小さな池でもあるのかもしれなかった。
 静かで瀟洒な部屋だが、その意匠に感心している暇はない。願いが聞き届けられたか、村はどうなったかが気になる。
 体のいたるところは軋むし、喉はからからに乾いているし、胎の深くはじくじくと疼いているが、それでもどうにか肘をついて起き上がる。するとおもむろに部屋の扉が開いて、すっと女の顔が覗いた。

「………」

 莢珂はまったくの裸だ。思わず顔をひきつらせたが、女は一切表情を変えることなく扉を閉め、けれどまたすぐに扉は開かれた。

「えっ、あのっ」

 ぞろぞろと五人ほども女が入ってきた。手にはそれぞれ衣服や一抱えほどもある桶、布などを持っている。無言で入ってきた女たちはそれぞれが既に示し合わせているのか迷う素振りもなくおのおのが動き、衣服を持っていた女は卓子の上に服を置くと、足音も立てずに寄ってくると、莢珂がまとっていた上掛けをばさりとはぎ取った。

「ちょっ、あの、俺裸でっ」

 体が汚れているような感じはないが、一糸まとわぬ姿を見ず知らずの他人に見られるのは恥ずかしい。ただでさえ、莢珂の体は他の人々と違うのだ。
 はがされた上掛けを求めて伸ばした手は、けれど女のうちの一人につかまれた。そのままぐいと引かれ、もう一人がぐいぐいと押して、あれよあれよという間に莢珂は寝台から追い出され、代わりに桶の中に立たされた。
 それからは莢珂が恥じらっている暇もないほどくるくると手際よく濡れ手ぬぐいで体を拭き、さっさと衣服を着せられると、女たちは無言のまま去って行った。
 妙に気疲れしてしまって、寝台にぼすりと腰掛ける。今までに羽織るどころか触ったことすらないような上質の絹の裾がさらりと擦れて、心地よくはあるものの、慣れない感触に落ち着かない。
 変に動いたら破ったり汚したりしないだろうかと考えていると、また扉が開いた。
 またあの女たちがやってきて、あれこれと勝手をされるのではと思わず身じろいだ莢珂だったが、入ってきたのは山神だった。

「整ったか。出るぞ」
「ど、どちらへですか」

 一週間も組み敷かれ貫かれたのだ。開きっぱなしだった股関節は痛いし、動くたびに腰も軋む。股の間にはまだなにかが挟まっているような感覚もある。近場ならどうにか我慢が出来るが、遠出だったり馬に乗るなど言われたら、到底ついて行けそうもなかった。

「刺陽山だ。お前が言っただろう、病を取り除いてくれと」
「どのくらい歩きますか」
「そうは歩かん。飛んだ方が早い」
「飛ぶ……?」
「そら行くぞ」

 腕を引かれ、祠でされたように胸元に抱きこまれる。あっと思った次の瞬間には、抱えられていた。

「え、あっ……ひっ…」

 さっきまでは室内にいたのに、やけに明るい場所に出たと思ったら、そこは空中だった。思わず山神にしがみつきながら、そっと覗きこんだ眼下には山が連なっており、山と山の隙間を縫うように四角いものが密集していた。

「あれがお前のいた村だ。蹄陵村と言ったか。手前が刺陽山で、奥が赤山だ」
「あ、あんなに小さいのに……?」

 まるで子どもの作った山のように小さく見える。それほど高い位置にふたりはいて、けれどまるで地面に立っているように山神は揺らぐこともなかった。

「これほど高くまで飛んだ方が、いちいち移動せずに済むからな。……ああ、あのあたりだな。病の根源は」
「……ぅわあっ」

 ぶわりと風が吹いて、髪が上に巻き上がる。落ちているのだと気付いて一気に恐怖が胸をせりあがり、がむしゃらに山神にしがみついたが、軽い衝撃のあと、莢珂は山の中にいた。

「移動のたびにいちいち騒ぎ立てるな。お前は俺の贄だぞ。やすやす死なせたりはせん」
「すみません……」

 そうは言われても、宙に浮いたことなど初めての体験だ。
 幼い頃、木に登って落ちた時ですら怖かったし頭をぶつけて痛い思いをしたのに、あんなに高いところから落ちたらひとたまりもない。けれど反抗するなどおそれ多くて、しょ気ながら頭を垂れたが、山神はさっさと歩きだしてしまった。

「山神様、あの、俺、歩けます」

 不調はあるが、いつまでも抱えられているのも申し訳ない。降ろして欲しいと懇願したが、けれど頼みは聞き入れられなかった。

「人の脚は遅い。抱いていた方が早いだろう」

 ざくざくと歩を進める山神は確かに早い。脚さばきはせいぜい速足ていどにしか見えないのに、進む速度はまるで馬で駆けているようだ。
 確かにこれではあっという間に置いていかれてしまう。閉口して静かにしていると、やがてその速度が穏やかなものになった。

「ここだな」

 もう移動はしないのか、地面に降ろされる。目の前には池があった。歪な円形をした池は一カ所から水が溢れていて、そこから連なる川へ流れ込んでいる。どうやら刺陽山を下る川の源泉のひとつらしかった。
 見たところ、川には濁りもない。澄んで陽光をきらめかせていた。
 けれど、異変はなにもないのに、なぜかぞくぞくと背筋に悪寒が走る。じっと見られているような、大きな獣と出くわした時のような緊張感に似たものが体の自由を奪おうとしてくる。
 一体どうして、と莢珂が震えると、傍らに立っていた山神がまた莢珂を引き寄せた。片腕で抱き上げると、そのまま短い草を踏みながら湖畔を歩いていく。
 半周も行かないうちに、木の下で立ち止まった山神は、これだ、と言った。

「呪いだな。………ああ、無念だったろう」

 山神が見下ろす先には、骨と毛皮、矢の残骸が散らばっていた。

「熊……ですか」
「そうだ。見ろ、上に紐がある」

 言われて見上げると、高い枝から紐がぶら下がっている。なにかを下げるようにゆるく輪になったそこには切れ端のような毛皮が引っ掛かっていた。

「誰かが、ここに罠を仕掛けた。足を入れると、上に引き上げられるやつだ。そこに子どもがかかって、親熊はここから離れられなくなったんだ。仕掛けたやつはやがて来たが、親熊でなく小熊が罠にかかったことに驚いたのかもしれんな。矢を放って親熊も傷つけ、小熊にも矢が当たった。小熊は死んで、親熊は生き残ったが、怪我と飢えで死んだ」
「それは、俺の村の誰かのせいなんですか…?」
「熊は鼻がいい。お前の村の誰からしい。……この親熊はもう一頭、小熊を先に亡くしている。それもお前の村の誰かが討った。だから尚更覚えていたんだろう。生きるだけの知恵しかもたない獣でも、親子の情はある。子を失って、己も傷つけられ、恨みを孕んだ体がここで死んだ。その呪いだ。まっとうな理由だな」
「そんな……」

 莢珂には、骨と皮だけになった獣のことなどわからない。山神が口にした出来事が本当なのか嘘なのか、確かめるすべもない。けれど紐には毛皮が引っ掛かり、まるで寄り添うように大きな獣の頭骨と小さな獣の頭骨が草の上に転がっている。それは事実だった。

「の、……呪いなら、なんでみんなが死んだんですか。俺の父は猟はしなかった。でも病で死んだんです」

 父だけじゃない。獣を狩ることなどしようもない二歳の童だって死んだし、森に入っても野草を採るだけの若い母親だって死んだ。罠をはった男が誰かはわからないが、それなら男が死んだかどうかも判別しようがない。
 理不尽だと莢珂は声をあげたが、山神は同情するでも軽蔑するでもない、感情の乗らない視線を投げてきた。

「お前たちは狩りをする時に、この獣は肉を食らわないだとか、この鳥はヒナが孵ったばかりだとか、考えるか」
「…いいえ……」
「同じだ。お前たちがすべからく獣を狩るものとして見ているように、この熊にとってはお前の村の人間は子を殺した罪人、自分を傷つけた敵。女だろうが子供だろうが関係はない。犯した罪が、咎が跳ね返っただけのことだ」
「………」

 責めるでもなくたんたんと告げられた言葉はとうてい納得できるようなものではなかったが、それでもどこか、その通りだとも思える。
 これは、人間だけが特別と思っていた驕りだ。むしろ、今までさんざんに狩ってきたことを考えると、よくも無事でいられたとさえ莢珂は思った。

「で……でも、獣も肉を食います。人も、肉を食わなければ……」
「それは摂理だ。だが、罠を張った男は結局殺しただけだ。熊は誰の血肉にもならず、ただ無碍に殺されただけだ。お前たちも、病や寿命で死ねば悲しいだろうが、最後は仕方なかったと思うだろう。だが、殺されたらどうだ」
「………」
「どうだ」
「……憎い、です」
「そうだろう。……だが、まあ十分に罰は受けた。いつまでもこの場所で恨みに縛られているのも良くない。刺陽山は俺の庭、祟り場になられるのは面倒だ。そろそろ廻りに戻れ」

 莢珂を片腕で抱き上げたまま、山神がしゃがんだ。転がる骨を撫で、毛皮を撫でる。ついでにしゃがんだまま、すいと手をあげると、縄にかかったままだった小熊だったものの一部がはらはらと落ちてくる。それも撫でると、触れられたそれらはさっと融けたように細かな粒子になった。
 目をまるくする莢珂の前でさらに山神は池に触れた。
 まるで水遊びでもするような気軽さで指先を泳がせる。するとざわざわと水面がさざめいて、山神の手を中心にさざ波が起こった。それは大きく円を描いて池いっぱいに広がり、池から連なる川へはその波紋の一部が及んだ。そのまま川はざざっと激しい音とともに波を立てる。波は遠ざかっていくが、勢いは衰える様子もなく、命が宿っているように同じ高さを保ち、やがて見えなくなった。

「熊は親子ともども送った。呪いは……穢れは払った。もう井戸や川から水を得ても、病にかかりはしない」
「本当ですか」
「呪いの大元も断ったからな。さあ帰るぞ。お前の願いを叶えたが、願い以上のことをしたからな。対価を貰おう」

 手についた水を払いながら、山神がにたりと笑った。

「今宵も寝かせんぞ」
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