4 / 30
4.穢れ ☆
しおりを挟む目が覚めると、清潔な布が敷かれた寝台のうえだった。
今日は何日だったか、今はどのくらいの時間なのかとぼんやり考えながら、莢珂は思い出したようにじんじんと疼き始めた下半身にため息をついた。
山神の贄になって、今日で多分八日目だ。七日間抱かれ続けて、その間に何度精を放ち、気をやったかしれない。散々嬲られた陰茎は腫れぼったいような気がしたし、貫かれ続けた少女の狭間は擦られすぎて痛み、莢珂は何度も泣く羽目になった。それでも性交は収まらず、それならこっちも拓いてやろうと後孔もさんざんほぐされた末に太いものを差し込まれた。
そうこうしている間に七日が過ぎて、ようやく解放された。
いつの間にそうされたのかは覚えてもいなければ自分でどうにかした記憶もないが、さまざまな液体を吸って使い物にならなくなった寝床は綺麗に整えられている。饐えた匂いもせず、寝心地がよかった。
目も当てられないような七日間だったが、おぼろげな記憶の中で、何度も山神は願いをかなえようと言ってくれた。どうなったか気になったが長躯は見当たらず、部屋には莢珂しかいなかった。
部屋の中は、美しい作りをして広かった。朱塗りの柱に囲まれた部屋の中には莢珂が寝そべったままの寝台と卓子、椅子があり、飾り窓の向こうには緑に満ちた広い庭が見え、どこからか水音もする。小さな池でもあるのかもしれなかった。
静かで瀟洒な部屋だが、その意匠に感心している暇はない。願いが聞き届けられたか、村はどうなったかが気になる。
体のいたるところは軋むし、喉はからからに乾いているし、胎の深くはじくじくと疼いているが、それでもどうにか肘をついて起き上がる。するとおもむろに部屋の扉が開いて、すっと女の顔が覗いた。
「………」
莢珂はまったくの裸だ。思わず顔をひきつらせたが、女は一切表情を変えることなく扉を閉め、けれどまたすぐに扉は開かれた。
「えっ、あのっ」
ぞろぞろと五人ほども女が入ってきた。手にはそれぞれ衣服や一抱えほどもある桶、布などを持っている。無言で入ってきた女たちはそれぞれが既に示し合わせているのか迷う素振りもなくおのおのが動き、衣服を持っていた女は卓子の上に服を置くと、足音も立てずに寄ってくると、莢珂がまとっていた上掛けをばさりとはぎ取った。
「ちょっ、あの、俺裸でっ」
体が汚れているような感じはないが、一糸まとわぬ姿を見ず知らずの他人に見られるのは恥ずかしい。ただでさえ、莢珂の体は他の人々と違うのだ。
はがされた上掛けを求めて伸ばした手は、けれど女のうちの一人につかまれた。そのままぐいと引かれ、もう一人がぐいぐいと押して、あれよあれよという間に莢珂は寝台から追い出され、代わりに桶の中に立たされた。
それからは莢珂が恥じらっている暇もないほどくるくると手際よく濡れ手ぬぐいで体を拭き、さっさと衣服を着せられると、女たちは無言のまま去って行った。
妙に気疲れしてしまって、寝台にぼすりと腰掛ける。今までに羽織るどころか触ったことすらないような上質の絹の裾がさらりと擦れて、心地よくはあるものの、慣れない感触に落ち着かない。
変に動いたら破ったり汚したりしないだろうかと考えていると、また扉が開いた。
またあの女たちがやってきて、あれこれと勝手をされるのではと思わず身じろいだ莢珂だったが、入ってきたのは山神だった。
「整ったか。出るぞ」
「ど、どちらへですか」
一週間も組み敷かれ貫かれたのだ。開きっぱなしだった股関節は痛いし、動くたびに腰も軋む。股の間にはまだなにかが挟まっているような感覚もある。近場ならどうにか我慢が出来るが、遠出だったり馬に乗るなど言われたら、到底ついて行けそうもなかった。
「刺陽山だ。お前が言っただろう、病を取り除いてくれと」
「どのくらい歩きますか」
「そうは歩かん。飛んだ方が早い」
「飛ぶ……?」
「そら行くぞ」
腕を引かれ、祠でされたように胸元に抱きこまれる。あっと思った次の瞬間には、抱えられていた。
「え、あっ……ひっ…」
さっきまでは室内にいたのに、やけに明るい場所に出たと思ったら、そこは空中だった。思わず山神にしがみつきながら、そっと覗きこんだ眼下には山が連なっており、山と山の隙間を縫うように四角いものが密集していた。
「あれがお前のいた村だ。蹄陵村と言ったか。手前が刺陽山で、奥が赤山だ」
「あ、あんなに小さいのに……?」
まるで子どもの作った山のように小さく見える。それほど高い位置にふたりはいて、けれどまるで地面に立っているように山神は揺らぐこともなかった。
「これほど高くまで飛んだ方が、いちいち移動せずに済むからな。……ああ、あのあたりだな。病の根源は」
「……ぅわあっ」
ぶわりと風が吹いて、髪が上に巻き上がる。落ちているのだと気付いて一気に恐怖が胸をせりあがり、がむしゃらに山神にしがみついたが、軽い衝撃のあと、莢珂は山の中にいた。
「移動のたびにいちいち騒ぎ立てるな。お前は俺の贄だぞ。やすやす死なせたりはせん」
「すみません……」
そうは言われても、宙に浮いたことなど初めての体験だ。
幼い頃、木に登って落ちた時ですら怖かったし頭をぶつけて痛い思いをしたのに、あんなに高いところから落ちたらひとたまりもない。けれど反抗するなどおそれ多くて、しょ気ながら頭を垂れたが、山神はさっさと歩きだしてしまった。
「山神様、あの、俺、歩けます」
不調はあるが、いつまでも抱えられているのも申し訳ない。降ろして欲しいと懇願したが、けれど頼みは聞き入れられなかった。
「人の脚は遅い。抱いていた方が早いだろう」
ざくざくと歩を進める山神は確かに早い。脚さばきはせいぜい速足ていどにしか見えないのに、進む速度はまるで馬で駆けているようだ。
確かにこれではあっという間に置いていかれてしまう。閉口して静かにしていると、やがてその速度が穏やかなものになった。
「ここだな」
もう移動はしないのか、地面に降ろされる。目の前には池があった。歪な円形をした池は一カ所から水が溢れていて、そこから連なる川へ流れ込んでいる。どうやら刺陽山を下る川の源泉のひとつらしかった。
見たところ、川には濁りもない。澄んで陽光をきらめかせていた。
けれど、異変はなにもないのに、なぜかぞくぞくと背筋に悪寒が走る。じっと見られているような、大きな獣と出くわした時のような緊張感に似たものが体の自由を奪おうとしてくる。
一体どうして、と莢珂が震えると、傍らに立っていた山神がまた莢珂を引き寄せた。片腕で抱き上げると、そのまま短い草を踏みながら湖畔を歩いていく。
半周も行かないうちに、木の下で立ち止まった山神は、これだ、と言った。
「呪いだな。………ああ、無念だったろう」
山神が見下ろす先には、骨と毛皮、矢の残骸が散らばっていた。
「熊……ですか」
「そうだ。見ろ、上に紐がある」
言われて見上げると、高い枝から紐がぶら下がっている。なにかを下げるようにゆるく輪になったそこには切れ端のような毛皮が引っ掛かっていた。
「誰かが、ここに罠を仕掛けた。足を入れると、上に引き上げられるやつだ。そこに子どもがかかって、親熊はここから離れられなくなったんだ。仕掛けたやつはやがて来たが、親熊でなく小熊が罠にかかったことに驚いたのかもしれんな。矢を放って親熊も傷つけ、小熊にも矢が当たった。小熊は死んで、親熊は生き残ったが、怪我と飢えで死んだ」
「それは、俺の村の誰かのせいなんですか…?」
「熊は鼻がいい。お前の村の誰からしい。……この親熊はもう一頭、小熊を先に亡くしている。それもお前の村の誰かが討った。だから尚更覚えていたんだろう。生きるだけの知恵しかもたない獣でも、親子の情はある。子を失って、己も傷つけられ、恨みを孕んだ体がここで死んだ。その呪いだ。まっとうな理由だな」
「そんな……」
莢珂には、骨と皮だけになった獣のことなどわからない。山神が口にした出来事が本当なのか嘘なのか、確かめるすべもない。けれど紐には毛皮が引っ掛かり、まるで寄り添うように大きな獣の頭骨と小さな獣の頭骨が草の上に転がっている。それは事実だった。
「の、……呪いなら、なんでみんなが死んだんですか。俺の父は猟はしなかった。でも病で死んだんです」
父だけじゃない。獣を狩ることなどしようもない二歳の童だって死んだし、森に入っても野草を採るだけの若い母親だって死んだ。罠をはった男が誰かはわからないが、それなら男が死んだかどうかも判別しようがない。
理不尽だと莢珂は声をあげたが、山神は同情するでも軽蔑するでもない、感情の乗らない視線を投げてきた。
「お前たちは狩りをする時に、この獣は肉を食らわないだとか、この鳥はヒナが孵ったばかりだとか、考えるか」
「…いいえ……」
「同じだ。お前たちがすべからく獣を狩るものとして見ているように、この熊にとってはお前の村の人間は子を殺した罪人、自分を傷つけた敵。女だろうが子供だろうが関係はない。犯した罪が、咎が跳ね返っただけのことだ」
「………」
責めるでもなくたんたんと告げられた言葉はとうてい納得できるようなものではなかったが、それでもどこか、その通りだとも思える。
これは、人間だけが特別と思っていた驕りだ。むしろ、今までさんざんに狩ってきたことを考えると、よくも無事でいられたとさえ莢珂は思った。
「で……でも、獣も肉を食います。人も、肉を食わなければ……」
「それは摂理だ。だが、罠を張った男は結局殺しただけだ。熊は誰の血肉にもならず、ただ無碍に殺されただけだ。お前たちも、病や寿命で死ねば悲しいだろうが、最後は仕方なかったと思うだろう。だが、殺されたらどうだ」
「………」
「どうだ」
「……憎い、です」
「そうだろう。……だが、まあ十分に罰は受けた。いつまでもこの場所で恨みに縛られているのも良くない。刺陽山は俺の庭、祟り場になられるのは面倒だ。そろそろ廻りに戻れ」
莢珂を片腕で抱き上げたまま、山神がしゃがんだ。転がる骨を撫で、毛皮を撫でる。ついでにしゃがんだまま、すいと手をあげると、縄にかかったままだった小熊だったものの一部がはらはらと落ちてくる。それも撫でると、触れられたそれらはさっと融けたように細かな粒子になった。
目をまるくする莢珂の前でさらに山神は池に触れた。
まるで水遊びでもするような気軽さで指先を泳がせる。するとざわざわと水面がさざめいて、山神の手を中心にさざ波が起こった。それは大きく円を描いて池いっぱいに広がり、池から連なる川へはその波紋の一部が及んだ。そのまま川はざざっと激しい音とともに波を立てる。波は遠ざかっていくが、勢いは衰える様子もなく、命が宿っているように同じ高さを保ち、やがて見えなくなった。
「熊は親子ともども送った。呪いは……穢れは払った。もう井戸や川から水を得ても、病にかかりはしない」
「本当ですか」
「呪いの大元も断ったからな。さあ帰るぞ。お前の願いを叶えたが、願い以上のことをしたからな。対価を貰おう」
手についた水を払いながら、山神がにたりと笑った。
「今宵も寝かせんぞ」
11
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
焦る獣の妻問い綺譚
晦リリ
BL
白重は焦っていた。十二年ごとに一年を守護する干支神に選ばれたというのに、嫁がいない。方々を探し回るも、なかなか相手が見つからない。そんななか、雪を避けて忍び込んだ蔵で優しい冷たい手と出会う。
※番外編でR18を含む予定です(更新次第R表記を変更します)。
※ムーンライトノベルズにも掲載中
君がため
晦リリ
BL
幼い頃に患った病気のせいで見目の悪い穂摘はある日、大火傷を負ってしまう。
親に決められた許嫁は嫌がり、生死をさまよう中、山に捨てられた穂摘。
けれどそれを拾った者がいた。
彼に拾われ、献身的な看護を受けるうち、火傷のせいで姿も見えない彼に初恋を覚えた穂摘だが、その体には大きな秘密があった。
※ムーンライトノベルズでも掲載中(章ごとにわけられていません)
変幻自在の領主は美しい両性具有の伴侶を淫らに変える
琴葉悠
BL
遠い未来。
人ならざる者達が、人を支配し、統治する世界。
様々な統治者が居たが、被支配層の間で名前で最も有名なのは四大真祖と呼ばれる統治者たちだった。
だが、統治者たちの間では更に上の存在が有名だった。
誰も彼の存在に逆らうことなかれ――
そう言われる程の存在がいた。
その名はニエンテ――
見る者によって姿を変えると言う謎の存在。
その存在が住まう城に、六本の脚をもつ馬達が走る馬車と、同じような六本脚の無数の馬たちが引く大型の馬車が向かっていた。
その馬車の中にば絶世の美貌を持つ青年が花嫁衣装を纏っていた──
雪降る夜に君の名を
晦リリ
BL
軍を解雇された雪の日、元軍人のヴォーレフはルーンという少年を拾う。
怠惰でやさぐれた日々を送るヴォーレフだが、彼と過ごす日々を送るうちに変化が出てきて……
元軍人やさぐれ男×両性不憫受け
ムーンライトノベルズでも連載中です
花と娶らば
晦リリ
BL
生まれながらに備わった奇特な力のせいで神の贄に選ばれた芹。
幽閉される生活を支えてくれるのは、無愛想かつ献身的な従者の蘇芳だ。
贄として召し上げられる日を思いつつ和やかに過ごしていたある日、鬼妖たちの襲撃を受けた芹は、驚きの光景を目にする。
寡黙な従者攻×生贄として育てられた両性具有受け
※『君がため』と同じ世界観です。
※ムーンライトノベルズでも掲載中です。
悩む獣の恋乞い綺譚
晦リリ
BL
金栄は悩んでいた。
一年を守護する干支神に選ばれ、加護を得るために結婚までしたというのに、未だ相手の泰然とは初夜もできていない。早くまぐわいたい、でも出来ない……あまりに敏感すぎて。
そんな悩みを抱えた金栄はある日、泰然が他人と触れ合っている姿を見てしまう。
寡黙むっつり青年×敏感すぎてエッチが出来ないむちむち筋肉受けの丑の神様
※ムーンライトノベルズにも掲載中
強面な将軍は花嫁を愛でる
小町もなか
BL
異世界転移ファンタジー ※ボーイズラブ小説です
国王である父は悪魔と盟約を交わし、砂漠の国には似つかわしくない白い髪、白い肌、赤い瞳をした異質な末息子ルシャナ王子は、断末魔と共に生贄として短い生涯を終えた。
死んだはずのルシャナが目を覚ましたそこは、ノースフィリアという魔法を使う異世界だった。
伝説の『白き異界人』と言われたのだが、魔力のないルシャナは戸惑うばかりだ。
二度とあちらの世界へ戻れないと知り、将軍マンフリートが世話をしてくれることになった。優しいマンフリートに惹かれていくルシャナ。
だがその思いとは裏腹に、ルシャナの置かれた状況は悪化していった――寿命が減っていくという奇妙な現象が起こり始めたのだ。このままでは命を落としてしまう。
死へのカウントダウンを止める方法はただ一つ。この世界の住人と結婚をすることだった。
マンフリートが立候補してくれたのだが、好きな人に同性結婚を強いるわけにはいかない。
だから拒んだというのに嫌がるルシャナの気持ちを無視してマンフリートは結婚の儀式である体液の交換――つまり強引に抱かれたのだ。
だが儀式が終了すると誰も予想だにしない展開となり……。
鈍感な将軍と内気な王子のピュアなラブストーリー
※すでに同人誌発行済で一冊完結しております。
一巻のみ無料全話配信。
すでに『ムーンライトノベルズ』にて公開済です。
全5巻完結済みの第一巻。カップリングとしては毎巻読み切り。根底の話は5巻で終了です。
エリートアルファ(?)陽太郎くんの災難
Bee
BL
高校生の陽太郎は、志久財閥の次男坊であり、またアルファとしてエリートの道を進んでいた。
ある日、とあるパーティで旧家の深窓のオメガ花咲斗貴哉と出会う。
年はかなり上だが優雅で美しい斗貴哉に一目惚れをするも、陽太郎にはすでに婚約者であるオメガのヒカルがいた。
由緒ある家柄の斗貴哉と庶民のヒカル。美しさも家柄もヒカルより上の斗貴哉に心惹かれるものの、斗貴哉は同級生でアルファでもある宮前の婚約者となってしまう。
斗貴哉のことは諦め、卒業を前にヒカルと婚前旅行に行こうとしていた陽太郎の前に宮前が現れ、陽太郎の匂いが気になると言い出して――
自尊心が高く他人を見下し気味なエリートアルファの陽太郎と、それに振り回されつつもニコニコと愛想よく振るまう貧乏なヒカル。そして年齢は30歳オーバーだけど美しい深窓のオメガである斗貴哉と、陽太郎になぜかつきまとう同級生でアルファの宮前。
最初はアルファの陽太郎とオメガのヒカルの話から始まり、途中からは斗貴哉×陽太郎になります。
ヒカルとのR18シーンはありません。
アルファ→オメガへのビッチングがあります。
無理やり表現あり。
オメガバースの世界観をお借りしていますが、ビッチングなど独自設定があります。
※他サイトでも公開していますが、アルファポリス版は序盤を大きく改稿しており、若干ですが設定が異なるところもあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる