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1.大礼穣祭
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莢珂が生まれた蹄陵村は、越えるに相応の準備と手練が必要な山脈の山あいにあった。山脈の中でも一番高い刺陽山を本流とする川沿いに畑が点在し、その向こうには百ほども家々があり、大きな集落をなしていた。
四百名あまりにもなる村人たちは日々それぞれに暮らしを営んでいる。隣同士や、生活道路を共にする面々ならば知り合いにもなるが、さすがに全員が全員知り合いということはなく、なかには名前は聞いたことはあっても顔を合わせたことがないという村人同士もいる。
そんな彼らが一堂に会する機会があった。刺陽山の頂へ連なる山道を備える祠の境内で行われる祭りで年に一度行われ、礼穣祭と呼ばれ親しまれていた。
礼穣祭では刺陽山に宿るとされる山神への感謝と豊穣の願いを述べ、前夜から一晩供えた大量の酒と生米を神からの御下がりとして皆で分け合う。御下がり酒を飲めば災厄を免れることができ、子どもならば指先につけた酒を眉間につければ健やかに育つと信じられており、祭りの最後には供えられていた生米を小袋に入れたものが一年のお守りとして配られた。
小さいながらも露店がいくつか軒を連ねる礼穣祭は、同じように山脈のなかにある小さな集落の人々も集まるため毎年盛大に行われていたが、この祭りにはもうひとつ供え物があった。
常であれば大量の酒と俵一つ分ほどの生米が供えられたが、二十年に一度、村人以外は参加が許されない礼穣祭があった。
大礼穣祭と呼ばれるその祭りには、人が贄として供えられた。十五歳から十八歳までの少女をひとり、山神に差し出すのだ。
酒や米は減ることがないが、祠に一晩閉じ込められる贄は消える。時折忘れられたように翌朝になってもまだいることがあったが、大概は行方不明となり、戻ることはなかった。
贄として少女を差し出すことを忘れれば、山神が怒って山のみのりは絶え、獣はあらぶり、村には厄災が訪れるとされている。同じように、少女が召し上げられなかった場合もなんらかの厄災が訪れると言われていた。
娘を差し出すことになる家族は悲嘆にくれたが、避けられることではない。なんといっても、今後二十年の加護を得なくてはならないのだ。指名された家には牛馬や金銭が贈られ、少しの慰めとされた。
そして、今年は大礼穣祭の年だった。
本来ならば、村人しか参加できないとは言えども盛大に催され、境内には例年よりも立派なやぐらが建ち、贄を奉納するための祝いの舞や、太鼓や囃子による演奏が場をにぎわせるはずだった。
けれど、莢珂の目には、まるでそんな華やぎは見られなかった。
境内に人はおり、低いながらもやぐらを組んでいるが、人影はまばらだ。せいぜい三十人いるかいないかといったところで、数百人が参加する例年とは比べようもない。けれど、これが今の蹄陵村の精一杯だった。
「すまんな、莢珂」
莢珂は祠の中にいた。周囲には村長とその妻がおり、村長の妻は莢珂の着ている白い衣装の裾を美しく広げたり、目の前に膳を整えたりしている。莢珂と目が合うと痛ましげに目を細め、すっと視線を逸らした。
「本当に、すまんなあ。すまん、莢珂……」
何度も何度も頭を下げた村長だが、莢珂の身の回りが整えられると、逃げるように祠を出て行った。
十畳ほどのそこに一人で座す莢珂をよそに、閉ざされた扉の向こうからは細々とした笛と乾いた太鼓の音がする。やがてしゃんしゃんと鈴の音も鳴りだし、山神に奉げる奉納の舞が始まったのだと知れる。
今日は大礼穣祭の日だ。
そして、莢珂は贄として選ばれていた。
四百名あまりにもなる村人たちは日々それぞれに暮らしを営んでいる。隣同士や、生活道路を共にする面々ならば知り合いにもなるが、さすがに全員が全員知り合いということはなく、なかには名前は聞いたことはあっても顔を合わせたことがないという村人同士もいる。
そんな彼らが一堂に会する機会があった。刺陽山の頂へ連なる山道を備える祠の境内で行われる祭りで年に一度行われ、礼穣祭と呼ばれ親しまれていた。
礼穣祭では刺陽山に宿るとされる山神への感謝と豊穣の願いを述べ、前夜から一晩供えた大量の酒と生米を神からの御下がりとして皆で分け合う。御下がり酒を飲めば災厄を免れることができ、子どもならば指先につけた酒を眉間につければ健やかに育つと信じられており、祭りの最後には供えられていた生米を小袋に入れたものが一年のお守りとして配られた。
小さいながらも露店がいくつか軒を連ねる礼穣祭は、同じように山脈のなかにある小さな集落の人々も集まるため毎年盛大に行われていたが、この祭りにはもうひとつ供え物があった。
常であれば大量の酒と俵一つ分ほどの生米が供えられたが、二十年に一度、村人以外は参加が許されない礼穣祭があった。
大礼穣祭と呼ばれるその祭りには、人が贄として供えられた。十五歳から十八歳までの少女をひとり、山神に差し出すのだ。
酒や米は減ることがないが、祠に一晩閉じ込められる贄は消える。時折忘れられたように翌朝になってもまだいることがあったが、大概は行方不明となり、戻ることはなかった。
贄として少女を差し出すことを忘れれば、山神が怒って山のみのりは絶え、獣はあらぶり、村には厄災が訪れるとされている。同じように、少女が召し上げられなかった場合もなんらかの厄災が訪れると言われていた。
娘を差し出すことになる家族は悲嘆にくれたが、避けられることではない。なんといっても、今後二十年の加護を得なくてはならないのだ。指名された家には牛馬や金銭が贈られ、少しの慰めとされた。
そして、今年は大礼穣祭の年だった。
本来ならば、村人しか参加できないとは言えども盛大に催され、境内には例年よりも立派なやぐらが建ち、贄を奉納するための祝いの舞や、太鼓や囃子による演奏が場をにぎわせるはずだった。
けれど、莢珂の目には、まるでそんな華やぎは見られなかった。
境内に人はおり、低いながらもやぐらを組んでいるが、人影はまばらだ。せいぜい三十人いるかいないかといったところで、数百人が参加する例年とは比べようもない。けれど、これが今の蹄陵村の精一杯だった。
「すまんな、莢珂」
莢珂は祠の中にいた。周囲には村長とその妻がおり、村長の妻は莢珂の着ている白い衣装の裾を美しく広げたり、目の前に膳を整えたりしている。莢珂と目が合うと痛ましげに目を細め、すっと視線を逸らした。
「本当に、すまんなあ。すまん、莢珂……」
何度も何度も頭を下げた村長だが、莢珂の身の回りが整えられると、逃げるように祠を出て行った。
十畳ほどのそこに一人で座す莢珂をよそに、閉ざされた扉の向こうからは細々とした笛と乾いた太鼓の音がする。やがてしゃんしゃんと鈴の音も鳴りだし、山神に奉げる奉納の舞が始まったのだと知れる。
今日は大礼穣祭の日だ。
そして、莢珂は贄として選ばれていた。
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