あなたの命がこおるまで

晦リリ

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13.再びの勧誘

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「天耀、お皿貸して」
「ん」
「これも食べて」
 半分に切った葉野菜の肉包みのうち、手つかずの方を皿に寄せると、天耀は口いっぱいに饅頭を頬張りながら、んん、と唸って頭を軽く下げた。
 山を二つ越えた村から戻りながら、日和は一旦実家に行こうと提案した。昼食をとるためだ。けれどちょうど村の広場に降り立ったところで偶然村長に出くわし、話もあるし昼食もごちそうすると言ってくれたため、御馳走に預かっていた。
 村長の家に着くと、まるで二人が来るのを待っていたかのように料理が次々と運ばれ、目の前にはいくつもの皿が並んだ。けれど、元々小食な日和は出された量をすべて食べきることは出来ない。ほとんどを天耀の皿に移し、その残りをゆっくりと食べている日和の横で、天耀は恐るべき勢いで昼食を進めていた。
 能力を使うせいか、もしくは体が大きいせいかはわからないが、天耀は大食漢だ。あっという間に皿を空にしていき、日和が分けた肉包みも一口で平らげた。それでもまだ皿にいくつか残っていた饅頭に手を伸ばすのだから、氷穴で普段作っている料理の量を増やした方がいいかと考えながら日和が残った肉包みをどうにか食べ終わった頃、席を外していた村長の瀚が戻ってきた。
「おお、すっからかんだな。氷鷹様、足りなかったですか」
「大丈夫です」
 最後の饅頭も二口ほどで食べ終えた天耀は、結局すべての皿を綺麗に平らげた。それでどうにか満足したらしく、ありがとうございますと頭を下げる天耀に村長の瀚は首を振ると、にこやかに笑いながら二人の前にどっかりと腰を下ろした。
「腹も満たされたところで、早速本題に移るとしようか」
 すっかり食事に夢中になっていたが、二人が呼ばれたのは昼食をごちそうになるためだけではない。
(忘れてた、話があったんだ)
 さすがに表情には出されなかったが、ちらりと横を見ると天耀はあからさまに目を見開いていて、彼も忘れていたことは明白だった。
「話しと言うのはほかでもない、氷鷹様の家のことなんですが。どうですか、そろそろ村に馴染んだ頃でしょう」
「なじみ……は、したような気がします」
 どことなく自信なさげに言いながら、天耀は日和をそっと見る。その意図を汲んで、日和は小さく首を振った。
 今日の話の内容は日和も知らなかった。村内に天耀の家を建てたいという話は一度断ったことで、今までその話が蒸し返されたこともなかったのだ。
 二人は互いに互いが困惑していることを感じているが、瀚には伝わらなかったらしく、話はそのまま続いた。
「それならどうです、村の中に家を建てませんか。時期的に見ても、今から建てれば西季に十分間に合う。雪仕度だって出来ます。なあ、日和」
「それは……うん、まあ、そのくらいまでには出来ると思うけど」
 もうやがて、日和の苦手な南季がやってくる。それでも季節が巡れば西季が訪れ、やがては雪に閉ざされる北季になる。例年通りなら西季からゆっくりと北季に備えはじめるが、今年の日和には天耀の温め鳥という勤めがある。どうすべきか迷ってはいるが、天耀が氷穴で暮らし続けたいと言うなら、無理強いをするつもりはなかった。
 瀚の言葉を肯定しながらも賛同はしない日和をそろりと伸びてきた天耀の腕がひょいと抱き上げ、胡坐をかいた脚の間にすとんと落とした。
 最初の頃はぴったりとくっつく二人に驚いた顔を見せていた瀚も、今ではすっかり見慣れている。温め鳥を抱き込んだ氷鷹の行動には一切触れず、抱き込まれた日和に視線を向けた。
「それに、日和も北季には実家に戻ってるしな。今年はどうするんだ、山に通うのか?」
「えっ」
 突然すっとんきょうな声が響いて、日和はびくんと大きく震えた。背後からの大音声だったからだ。
「えっ?」
 声の主は天耀に決まっている。なに、と振り向くと、肩越しに見た天耀は、あの、えっとと忙しなく呟き、日和の腹の前で手を組むといつもの比でなくぎゅっと抱きしめてきた。
「うっ……ちょっ、苦しい、天耀! 食べたもの出る!」
「ごめん、でも、日和」
「なに、どうしたんだよ」
 せめて緩めて、と手を軽く叩くと力は弱まったが、離れるつもりはないらしい。組まれた手がぐっと固く強張った。
「き……北季は、日和は実家に戻るのか?」
「毎年雪が降り始めたら実家に帰ってるよ。さすがに氷穴は寒いし、雪ごもりの途中で起きた熊なんかが出たりする時もあって危ないから。俺が天耀を拾ったのも、北季が開けたから氷穴を見に行った時だったんだ。でも、お前があそこにいるんなら俺も付き合うから安心して。大丈夫、ちゃんとあっためるから」
 天耀がやけにこだわる「三」までの温かさでは、さすがに北季に凍える氷鷹を温めてはやれない。それこそ倍の六や七くらいまでは体温を上げなければならないかもしれないが、それでも温め鳥として指名されたからには出来ることを頑張るつもりだと笑顔を向けた日和だったが、喜んでくれると思ったのもつかの間、天耀は俯いてしまった。
「それは……」
「もしかして俺いらなかった?」
「いる」
 即答したものの、でも、と天耀ははっきりしない。なんだよと背中でぐいぐいと体を押しやってみても、天耀は肯定も拒否もしなかった。
「まあ、まだ時間はありますから。しばらく考えてみてください」
 押し黙ってしまった天耀は動かなくなり、結局この後用事があるという瀚が折れ、その場はお開きとなった。
 話が終われば、午後はもう予定がない。
「天耀、買い物して帰ろう。麦粉がもうないから買わなきゃ」
「うん……」
 行こうと膝から飛び下りた日和が腕を引くと、座り込んだままだった天耀はのそりと立ち上がった。けれどあれこれと買い込む日和の隣で、いつもならあれが食べたい、これは売ってるだろうかと嬉し気に寄り道を楽しむ天耀の表情は、今日に限って冴えないままだった。
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