25 / 37
25 ★
しおりを挟む夜半になって、台風はより近づいているようだった。。
阿賀野が動き回っているというのにと申し訳ない気持ちもあったが、あれから急いで風呂に入り、胃に適当なものをいれてから改めて抑制剤を飲んでひと段落した後、真柴はそっと玄関の傍にある扉をくぐった。
うち鍵のかかるそこは細い廊下が伸びており、右手には嵌め殺しの小窓がいくつかついている。そこを覗くと、常夜灯に照らされた畑の隅で動く影があった。
しゃがんで作業をしている影は風にあおられながらも手を止めない。やがて立ち上がる歩きだそうとしたが、足元を風にすくわれたのか、それともぬかるんでいたのか、ずるりと後ろにすべって、そのまま尻もちをついた。
「……いたっ」
あっと思ったのと同時に体が動いて、窓がある事も忘れて前に体を動かしてしまった真柴の額は、ガラスにぶつかってゴンと鈍い音を立てる。忘れていた、と額をさすりながら窓の向こうを見直すと、阿賀野が立ち上がったところだった。
常夜灯を付けてはいるが、そこに人がいるという程度のわずかなもので、更に台風のせいで視界は悪い。阿賀野がどんな状態かはわからなかったが、おそらく泥まみれであることは確かだった。
真柴に見られているとも知らず、阿賀野は畑から畑へ渡っていく。排水路を逐一確認し、そのまま次へ歩いて行くときもあれば、足を止めてしゃがみこみ、作業をすることもあった。
(……変な人だ)
抑制剤がよく効いている。
クリアな頭で、真柴はそう思った。
アルファ家系から生まれたまごうことなき立派なアルファで、都心にいくつもの店を構えて成功に導く実業家で、絶対的な自信と、それに見合う確固たる実力を持った、アルファらしいと言えばアルファらしい人間。
それがなぜこんなところで、こんな悪天候のなかで泥にまみれているのだろう。
なびきもしないうえにそっけない態度ばかりをとる、人間的にも友好的とは言えない人間のために動いているのだろう。
性徴の中でも厄介な部類に入る体質を抱えた面倒なオメガに、運命だなんて言うのだろう。
わからない、と呟いた声は家にまで響く雨の音に消される。もちろん、阿賀野に届くはずもない。
理解出来ない不可思議さにも感じるが、もしかして、まさかという期待にも似た感情が自分の中で育ち始めていることに、真柴は酷い居心地の悪さを覚えて窓から離れた。
こんな感情は良くない。
彼はきっと、ただ優しいだけなのだ。山奥に一人きりでこもって生活する真柴を気の毒に思って、それなら俺がと手を挙げてくれているだけに過ぎない。
自分の疎ましい体質に惹かれているのだという恐怖や嫌悪感はぬぐえないまでも、厚意は嬉しい。
厚意なのだから、自分が出来ることはせめて返さなければならない。
廊下に出てリビングの時計を覗きこんだ。いつの間にか、丑三つ時と言われる時間帯はとうに過ぎたころになっている。
(これはただの、お礼だから)
自分が出来ないことをしてもらっているのだから、礼を返すことは悪くない。そこに、それ以上の感情などなにもない。
考えた言い訳を飲みにくい薬のように自分の中にぎこちなく吸収しながら、真柴は夜更けの近い家の中をこまごまと動き回った。
抑制剤はよく効いているが、それもピークを過ぎればまた体が疼きだす。その前に全てを終わらせなければならなかった。
普段はあまり使っていないリビング向かいの寝室を軽く掃除して、ベッドのシーツを替えて、洗いざらしのタオルケットも押し入れから出した。
風呂場を軽く掃除して、少し熱めに湯を張り、着替えも用意する。下着やシャツなどの衣服の類いもネットでまとめて注文するため未使用のものがいくつもあり、幸いにも自分の洗い立ての下着を提供する羽目にはならずに済んだ。
キッチンには炊き立てのご飯に、みそ汁、簡単なおかず。好き嫌いはわからなかったが、軽く食べられるものを少し多めの量で作った。
「……あれ、いない」
とりあえずの用意をして窓を覗くと、真柴は畑からいなくなっていた。もしかしてこっち側か、と家中の窓から外を覗いても姿は見えない。まさかあのまま帰ったのかと、ほの暗い中に目を凝らすが、阿賀野の車は道端に停まったままだった。
座席に阿賀野の姿はなく、やはり見渡しても畑のどこにも長身の影はない。それならばどこへ、と考えた末に、真柴はもしかして、と倉庫に繋がるドアにそっと耳を当てた。
アルミの扉の向こうからは、くぐもった雨風の音しかしない。
開けるべきか、開けないべきか。
逡巡は数分もかかった。
もしそこに阿賀野がいなければ全く無駄な迷いではあるが、いた場合に起きうる発情が、なにより怖い。
迷った末に、少し時間は早めではあったが、抑制剤を打った。それから避妊薬を飲んで、匂い消しも飲んだ。消臭スプレーも頭の上からふりかけた。それから、首輪の鍵は簡単に見つからない場所がいいと考えて、普段から寝室として使っている奥の間の戸棚に置いてある貯金箱の中に落としいれて、上背のある真柴でも椅子に乗らないと手が届かない場所にある天袋の中に隠した。
十分すぎるほどの警戒と準備をして、真柴は改めて倉庫の扉に立つと、深呼吸を一つして、そっと扉を押した。
シャッターの隙間から差し込む常夜灯の明かりにだけが頼りの倉庫内に、動いている姿はない。ここにもいなかった、と拍子抜けして扉を閉めようとしたが、不意にばさりと乾いた音がして、真柴は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ひっ……」
思わず上がった悲鳴を短く抑えて音のした方を見ると、倉庫の壁際に寄せてある藁の山に倒れ込んでいる阿賀野がいた。
外はばさばさと葉が風に叩かれ、雨がシャッターに打ち付けられる音で騒がしいのに、阿賀野はぴくりともしない。数段しかない階段の段上から身を乗り出してみると、組んだ腕ごと上半身が呼吸に合わせて上下していて、どうやら熟睡しているようだった。
おそらく頭から足先までずぶ濡れだろうし、風も吹きこむこんなところで寝ていては風邪をひいてしまう。衛生的にもよくはない。
本来ならば迷うことなく肩を貸して家にあげるのだろうが、それが出来ずに真柴は階段の上でもどかしく両手を握りしめた。
運ぶことは容易だが、体が密着するのだけは避けなければならない。触れたことで真柴自身の発情にスイッチが入ってしまえば、抑制剤を打っていてもどうなるかわからないのが怖かった。
迷った末に、真柴は一度家の中に戻った。
抱えることは止めて、目が覚めるまでは倉庫で休んでもらおうと、居間に置かれた棚の中からメモ用紙を取り出して、書き置きをする。それから、押し入れから汚れても構わないタオルケットを引きずりだした。
手紙はすぐにわかるようにと扉の前に置いておき、タオルケットはそっと阿賀野にかけたらすぐに奥の寝室に戻る。
(かけたら、すぐ戻る。ドア閉める時も静かにしないと)
うっかり起こして走って逃げ戻るなど、畑の世話をしてくれた阿賀野に対して失礼だし情けない。絶対にへまはしないと頭の中でしっかりシュミレーションした。
ぐっすり眠っている阿賀野にタオルケットを掛けようとして、真柴は初めて阿賀野の顔を間近に見た。
日本人の要素はあるのに、彫りの深さとすっきりとした頬のラインが日本人離れした整った顔立ちに拍車をかけている。テレビでしか見ないような容貌に思わず興味を引かれて、当初の予定よりのんびりと真柴は阿賀野の顔を眺めていた。
(クウォーター? いや、でもどっちかっていうとハーフなのか? 目の色とかも、黒とか茶色じゃないのかな)
いつも数メートル離れているので、目の色まではわからない。それでなくとも阿賀野が会いに来るとどうにも落ち着かなくて、まともに顔を見ないようにさえしているのだ。
そういえばこんな顔をしていたんだなと、タオルケットをかけてもしげしげとその顔を眺めていた真柴だったが、突如身じろいだ阿賀野の目が薄く開いた瞬間、はっと自分がこなすものとして自分に課していたミッションを思い出した。
「あっ……」
「ん……?」
薄く開かれた瞼の隙間から覗いた目が真柴をとらえようとする。暗がりのせいで色まではわからない。けれど、明るい場所であったとしてもその色を確かめるほどの余裕は真柴にはなかった。
奥の寝室に繋がる廊下に逃げ込むまで、ものの数秒だった。
「はあっ、はあっ、……はあっ」
ガチャガチャと後ろ手に鍵をしめて、次の廊下につながる扉
の前まで逃げて、ずるずると壁に背中を擦りながら座り込む。苦しいほどに心臓が早鐘を打ち、荒い呼吸に晒された喉が痛むほど渇く。
天井を仰いでごくりと唾を飲んだところで、ばたんと音がした。扉の閉まる音だ。
阿賀野が入ってきたのだろうか。そういえばメモはどこに置いたんだったか。床においたような気もするが、持ってきてしまってないだろうかと慌ててポケットを探った。
「真柴くん」
「ふっ」
呼びかけられて思わず叫びかけた自分の口を押えて、閉まったままの扉の向こうを見る。ぎいと遠くで床が軋んだ音がした。
阿賀野はメモを読んだようだった。真柴が用意したものを使わせてもらうと言うと彼は家の中を歩き回って、風呂に入ったり、食事をとったりしているようだった。
風呂も食事も寝どころも用意した。最低限は整えたし大丈夫だろうと、内鍵を確認して奥の寝室にこもった真柴は、そのまま布団に転がった。
「はあ……」
なんだか疲れた。
毎日農作業に従事して疲れることはあるが、そういった疲労とは違うものだ。抑制剤の副作用による倦怠感ともどこか違う。
ぐったりと寝そべったまま壁にかかった時計を見ると、六時をまわろうとしていた。なんだかんだで一晩起きていた。少し休もうと目を閉じた真柴が起きたのは昼過ぎだった。
『台風は時速20kmのスピードで北東に進路を維持したまま、勢力を衰えさせずに進んでいます。各地で河川の氾濫が相次いでいます。危険ですので、河川の近くには寄らないよう、お気を付け下さい。次のニュースです…』
寝室にも備え付けてあるテレビをつけると、ちょうど台風の報道をしているところだった。速度が遅くなったのか、台風の進みは遅く、完全に抜けるのは明日になりそうだった。
「まだいるよな…」
阿賀野に貸した部屋は中庭を挟んだ場所にあるが、部屋は薄暗い。仕方がないので廊下に出て風雨の向こうを目を凝らして見ると、阿賀野の車はまだあった。
阿賀野がいるなら、食事の準備をしなければならない。幸いにして、奥の寝室は、もともと祖母の文月が若い頃、発情期になるたびに籠っていた場所だった。トイレや風呂はもちろん、狭いながらも台所を備えている。そのため廊下で繋がってはいるものの、独立した住居として使えるようになっていた。
「なにかあったかな」
部屋に戻って備え付けてある冷蔵庫を覗き、真柴はさっと豚の生姜焼きと白菜のおひたしを作った。それを皿に盛ったあと、ちょうど投薬時間になった抑制剤を打ち、消臭剤を自分に降りかけた。ついでに首輪を軽く引っ張って簡単にはずれないことを確認した。
顔を合わせるのは互いに危険だが、料理を無言で廊下に置いておくのも申し訳ない。
作ったものをおぼんに載せ、それを手にして廊下に出た。
「あ……あ、阿賀野さん!」
扉一枚を隔てて玄関という場所まで来た真柴は、おぼんを持ったまま阿賀野に呼びかけた。
ここならリビングにいても台所にいても声が届く。廊下の壁の向こうは阿賀野に貸した寝室でもあるので、きっと聞こえるはずと思ってのことだった。
しかし、返答はない。もう一度窓の外を見ても阿賀野の車はまだあるので、帰ってはいない。
聞き耳を立ててもテレビの音はしないし、リフォームをしたとは言え、少し歩いただけでも音を立てるような古い廊下が静かだ。
(もしかしてまだ寝てる?)
既に昼頃だが、さんざん動き回ったあとだ。疲れ果てて眠っているのかもしれない。
音を立てないように鍵を開けて、そろりとドアを引く。レールの上をカラカラと戸車が回る音にさえびくびくしながらドアの隙間から外を伺い見ると、家の中は静まり返って薄暗かった。
そっと足を踏み出すと、ぎしりと板が鳴る。思わずびくりと肩が揺れたが、それ以外の音はしなかった。
自宅だというのに気配をころして台所までどうにかたどり着いた真柴は、目を瞬かせた。
ダイニングテーブルに用意していた食事は既になく、代わりにそれらを盛っていた皿が洗われた状態でシンク横の水切りカゴに並んでいた。
阿賀野の好き嫌いはわからないし、真柴に差し入れしてくれる菓子などもテレビで見るような有名店ばかりなので、舌が肥えているだろうから、味があわないかもしれないと思いながら作ったものばかりではあった。けれど残さず食べてくれたのか、生ごみもない。
「全部、食べたんだ……」
祖母が亡くなってからは一人暮らしで、誰かの舌を考えながら料理をするなんて久しぶりだ。残してしまったら仕方がないと思いつつ、全部食べてくれたのだとわかると、胸のあたりが少しむずがゆくなった。
阿賀野は寝ているようだし、生姜焼きと白菜のお浸しは冷蔵庫にしまい、メモをテーブルに残す。おそらく今夜まではいるだろう。準備をしなければと思いつつもやはり阿賀野がうっかり起きてきてしまうと怖いので、寝室のドアにはドアストッパーをかませた。
この家に他人が泊まること自体が初めてなので、どういったことをすればもてなしになるのかはわからない。けれど、とりあえず衣食住にあたる部分を整えておこうと、脱衣所のタオルと着替えを揃え、泥で汚れた廊下を拭いたりしているうちに、真柴は自分の体温があがり始めたことに気付いた。
「なんで……早いだろ…」
時計を見ても、抑制剤を打ってからまだ二時間も経っていない。体温があがっているだけなので、すぐさま発情したりはしないだろうが、やがて体が疼きだすことは明確だ。
慌てて洗面所に駆け込み、せめてこれだけでもと阿賀野が使ったタオルと汚れたワイシャツなどをつかんで、奥の寝室に続く扉に向かう。途中、阿賀野が眠っている寝室の前を通りながらはずしたストッパーを今度は奥の寝室に続く扉に使って、更に内鍵も掛けた。
(だめだ、だめだ、だめだ…!)
ばたばたと走ってしまって、もしかしたら阿賀野を起こしてしまったかもしれない。けれど早く部屋に入らないといけない。
奥の寝室に飛び込み、急いで鍵をかける。サムターンを回すなり腰が抜けて、真柴は洗濯物を抱えたまま床にへたりこんだ。
「うっ、あ……うう…」
抑制剤はまだ効いているはずなのに、体が滾って仕方ない。はあはあと息を荒げながら忙しなく部屋着のハーフパンツの中に手を潜らせる。
既に下着はびしょびしょだ。
「はあっ、あっ、…っふあ」
触れたものは既に頭をもたげていて、漏らしたように先走りをしたたらせている。けれど、そこよりも疼いているのは尻の合間の狭隘だ。
受け入れるためにぬるついた体液が溢れ、普段は触れもしない場所が飲み込むものを求めてひくひくとわなないている。少しでも体を動かすと、そこからぷちゅん、と水がはじける音がした。
ここを埋めてほしい。阿賀野のもので塞いで、蕩けそうな自分をとどめてほしい。
「あぁ、う、あ、あがの、あがのさ」
抱きしめたワイシャツから、阿賀野の匂いがする。彼と抱き合ったことなどもちろんなかったが、たった一度、意識も朦朧とした中で背負われたあの時に嗅いだ匂いだ。
決して馴染んだ匂いではないのに、すんと嗅ぐと体の奥がじんと痺れて、体から力が抜ける。下腹がずんと重たく熱くなって、そこから溶け出していくようだ。
それなのに、ほっとする。阿賀野はつがいではないし、セックスはおろか、キスさえもしたことがない。それなのに、体はゆっくりと弛緩して、この匂いに浸ろうとする。
床にくずおれてみっともなく尻を上につきだすような体勢のまま、杭を求めてくぱくぱと口を開く箇所に触れる。
「はあ、あ、あ、あ…」
指先を押し当てると、あっけなくぬかるみはくぷんと音を立てて侵入物を飲み込む。圧迫感は少しあるが、それよりも疼きをどうにかしたい。
一本じゃ足りない。二本でももう少し圧が欲しい。
こんなに広がってしまうのは怖いのに、奥へ奥へと指を進めるのが止められない。
つがいもいなければ、恋人もいない。運命だと言い募ってきた男の泥だらけのワイシャツにすがり、腹の奥の熱を自分で宥めるしかない真柴はいつの間にか溢れてきた涙で顔をぐしょぐしょにしながら、放埓を遂げた。
快楽の余韻に痺れる脳裏に、運命だ、と言った阿賀野の言葉が蘇る。
はあと吐き出した息は震える。
その言葉にただただ、怖いと思った。
一人で生きていこうと決めたのに、見えないものに引きずられて、体は求めてしまう。
きっと阿賀野は本当に、運命のつがいというものなのだろう。
今までだって何度か、発情期の時にアルファに遭ってしまったことはある。けれど、こんなに体が反応してしまうことはなかった。薬が上手く作用しないなんてことにはならなかった。
薬も理性も飛び越えて、真柴が孤独と引き換えに抑え込んできた本能を、『運命』が引きずり出そうとする。
怖い。
好きになってしまうのが怖い。
「……っう……うう…」
運命が怖い。
人から逃げて、社会から逃げて、たった一人でいたのに、追いかけてくる。理由はなんであれ、真柴を求める男を引き連れてくる。
あふれた涙が頬を伝って落ちていく。ワイシャツにこびりついて渇きつつあった泥に染み込んで、それはまた濃く色を変えた。
そうやって悄然としているうちに、真柴は眠ってしまったようだった。
不意にがらんと外でなにかが転がる音が響いて意識が浮上した真柴は、真っ暗な中で目を覚ました。
「……もう夜……」
三つ四つの子どもでもあるまいし、泣きつかれて眠ってしまうなど情けない。がさがさになっている目元を擦りながらもぞりと起き上がると、自慰をしたままぐったりと眠ってしまったせいで、股間は放った精液やら体液やらでべとついて、手はがびがびに乾いていた。
情けなさに拍車がかかり、止められなかったため息を吐きながら重い体を引きずってシャワーを浴びた真柴は、さっぱりして脱衣所を出るなり鳴りはじめた携帯電話に飛びついた。
「阿賀野さん……?」
目が覚めたのだろうか。ディスプレイ上のバーには時間が表示されていて、夜の七時をまわったところだった。
咄嗟に棚から取ったスタンプタイプの抑制剤を下腹に押し当てて素早く注射して、それから通話ボタンを押した。
『もしもし、真柴くん?』
電話をとると、何度か聴いた受話器越しのものよりも少し掠れた声が響いた。
今起きたのだと言った阿賀野は、真柴がどこにいるかを確認したいらしかった。なんとなくドアの傍に腰をおろしながら返事をする。抑制剤を打ちはしたが、さすがに声だけでは発情を誘いはしないようで、生理的な疼きだけが一瞬だけ腰を震わせはしたが、平静を保つことは出来た。
『ええと……』
夕飯は用意してあるし、風呂も準備してある。そう伝えたが、阿賀野はなにか言い淀んでいる。なんだろうかと耳を傾けていると、その、とどこか遠慮がちに声が響いた。
12
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる