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しおりを挟む「副島。これ」
火曜日の昼休み明け、阿賀野は有名な洋菓子店から取り寄せたフルーツジェルがごろごろと入った袋を副島のデスクに置いた。
「あれっ、多馬村に行かれたんじゃなかったんですか」
「……急用が出来たから、今日はやめた」
一瞬言葉に詰まってしまったが、副島は気付いていないのか、きょとんとしている。
副島の言うとおり、阿賀野は今日は午前中で仕事を切り上げ、午後は多馬村へ行く予定だった。そのために朝は七時から出社してあれやこれやと決裁を下し、書類に目を通し、スケジュールの調整までして、午後の外出に備えた。
けれど、いざ行こうと車を走らせると思考は散り散りに乱れ、たまらず引き返してしまうのだ。今日こそまるで仕事のせいだという風にして戻ってきたが、実はこれで三度目だった。
三日と開けずに多馬村まで通っていたのは、先々週までの事だ。既に十日も多馬村には行っておらず、真柴にも会っていない。最後に会ったのは、松前の話を聞いたあの日だ。
あれからずっと、阿賀野は悩んでいた。
運命の相手をつがいに選ぶことは、阿賀野の夢だった。愛だ恋だはどうでもいいが、運命の相手を見つけることが出来たなら、自分はやはりアルファの中でも選ばれた人間なのだと、人よりも高いと自覚している自尊心を満たしてくれると思っていた。
けれど、いざ見つけてみると、満足どころか腑に落ちない。これでいいのかと、どこかで思ってしまう。そして、松前が話してくれた真柴の祖父母の話が脳裏によみがえる。
運命のつがいではない相手を守り、愛したアルファ。
運命のつがいではない相手と共に過ごし、愛されたオメガ。
恋も愛も、合理的ではない。
感情に突き動かされてしまうし、それならば遺伝子レベルでの最適な相手である運命のつがいの方が効率もいい。
それなのに、真柴の祖父母があの山奥の家で育んだものが心に引っ掛かる。
それが阿賀野の足を動かなくさせていた。
「秘書室分の数はあるはずだから、みんなで食べてくれ。俺の分はいらないから」
「ありがとうございます、それじゃあ冷やして、みんなでいただきますね」
にこにこと嬉しそうに笑い、自分ではそうそう買うこともない高価なおやつが入った袋を大切そうに抱えて副島は秘書室の方へ消えていったが、もう一人残っている人物の視線は阿賀野に突き刺さっていた。
「なんだ須藤。言いたいことがあるんなら言えばいいだろう」
「いいえ、なんにも。そういえば一昨日社長からいただいたショコラプリン、ありがとうございました」
含み笑いを隠しもせずに、艶やかな赤い口紅が惹かれた唇が弓なりにたわむ。
一昨日も真柴のところへ行こうと思い立って土産を買ったものの、結局引き返した。行き場を失ったショコラプリンは須藤家に引き取ってもらったのだが、丁寧にお礼を言って笑顔で喜びを伝えてくれる若菜の後ろで浮かべてた、たちの悪い笑顔と同じだった。
「……つぼみも食べられたか?」
なにを言われるやらと、面倒くささを感じながらもそれとなく話題を子どもの話に軌道修正する。しかし、敵もさるものだ。
「ええ、美味しそうに食べていました。若菜も、あら失礼、私の妻も喜んでいました。どなたからか、いただいたものですか?」
普段は社内ではぽんぽんと強めに話してくるくせに、わざとらしいほどの敬語を使う須藤は胡散臭い。こちらをいじってくるつもりなのは見え見えで、応接セットにどかりと荒く腰を下ろすと、まあ怖い、と声が上がった。
「自分で買ったんだ」
「まあそうでしょうねえ。今日も行かないの?」
デスクに肘を立ててくすくすと笑うさまは魔女のそれで、忌々しいとは思うが、彼女は幼なじみでもある。家族ではないものの姉のような立ち位置にいる分、相談しやすい相手ではあった。
「行かない。……行く気になれない」
「まあまあまあ、どうしたのかしら、阿賀野徳磨と言えば自信家で傲慢でなんでも出来ちゃうアルファ様じゃなかったの?」
「お前もアルファだろ」
「私は謙虚も心配りも忘れない、ただ一人のオメガだけを一途に愛する健気なアルファだから」
「自分で言うな」
「本当のことだもの。で、真柴さんのことは諦めたわけ?」
「諦めたわけじゃない」
少し悩んだくらいで諦められるなら、いっそよかったかもしれない。
諦めるどころか、執着ばかりが日増しに色を濃くしていく。
「ただ……このままでいいのかと」
「このまま?」
「今、手懐けてるんだ」
「どのくらいまで許してもらえてるの」
「あと、数メートルってところだ」
「野良猫みたいねえ。ああでも、真柴さんの方が社長より体格いいのかしら? 野良の熊?」
「熊なんて凶暴性はさらさら無いよ。どちらかというと警戒心の強い柴犬だ」
最初の頃は悲鳴を上げて逃げられていたが、根気強く通い詰め、無視されても話しかけていた成果は実り、今では会話もできるし、あと一歩という距離まで来ている。二の足を踏んでここのところ会いに行けていなかったが、もし逃げずに会いに行っていたら、今日くらいには半径1メートルには入れていたかもしれない。
今までにないほど手こずりながら手間も時間もかけて真柴の心にがっちりと巻きついていた恐怖を解いていくのは根気が要ったが、徐々に近寄ることで視覚的に彼の顔かたちや表情が明確にわかるようになるのはどこか誇らしく、楽しくもあった。
けれど、それこそ手懐けているだけなのだ。
「このまま、押し通してしまってもいいのかと思って」
「いいわけないでしょうよ」
「じゃあどうすればいいんだ?」
真柴に会うまでは、運命のつがいにあったらどうにかなるものと思っていた。アルファであるというだけで誰もが寄って来たし、相手に不足などしたことがなかった。
だからこそ、冷静になって考えてみれば、まともに恋愛をした事がなかったのだ。
思わず膝に肘を立てて両手で手のひらを覆ってしまうと、馬鹿ねえと苦笑交じりの声が飛んだ。
「自分の事、ちゃんと見つめ直してみなさいよ。それが出来なきゃ一生独り身よ。さあ、仕事をしてちょうだい」
かつかつとヒールが床を叩き、パンと肩を叩かれる。
須藤の言葉はしっかり耳に届いたが、解決策は見当たらない。顔を手のひらで覆ったまま、阿賀野は人生で一番深いのではと思うほどのため息を吐いた。
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