最弱ギルドの挑戦状

拙糸

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フーガの日誌

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「ミヨさーん、こっちもお願いします!」
「はいはい、まだ手が回らないからもう少しだけ待ってて!」
「それ何回目ですか!?とにかく早くしてくださいね。」

今日もギルドは騒がしい。俺が働き始めた当初は、こんなにうるさくなかったのだが。ここ、ユンクレアの冒険者ギルドは、受付嬢のミヨ、鑑定士のスバル、そして支部長の俺フーガの三人だけで構成されている。これは、歴代存在してきたギルドの中で、最も少ない数だ。まあそれも仕方がないだろう。なんてったって、ここは“陸の孤島”と呼ばれる地域エリアだからだ。ギルドの建物は、農村の民家を改築したもの(改築と言えるのか?)で、見た目も中身もボロボロだ。ギルド本部から送られてくる予算は、毎月50000マニー。この国のギルドの平均予算額が月5000000マニーだから、およそ100分の1しかないということになる。ちなみに、冒険者ギルドに所属する最低ランクのF冒険者でも、月に30000マニーは稼ぐ。Aランク冒険者がこなす1つの依頼額の平均が60000マニー。比較すると、この支部の予算がとんでもなく削られていることが分かると思う。だから、高額のバックが期待できる高ランク依頼も、なかなか出来ないって訳だ。どんどん負のスパイラルを招いてしまっているこの状況を打破しなければ、この支部は取り潰しされ、他支部へと経営合併されることとなる。この問題を解決するために、俺は本部からこのユンクレアへと赴任した。



「え? コスト削減のために、支部の統廃合をするのですか?」
「ああ。そうしないと、採算が合わなくてな。このご時世も相まって、不況は加速するばかりだ。いくら公営とは言え、冒険者ギルドもある意味企業だからな。やむを得んのだ。」

冒険者ギルドの総本部は、ズール帝国にある。私は、本部で経理部長を務めていた。話の相手は副本部長のコンキス。彼は所謂いわゆるカリスマで、これまで冒険者ギルドに数々の貢献をしてきた男だ。国内外からの信頼は厚く、その手腕に間違いはないだろうと言われている。そんな奴は俺の同級生で、かつて共に帝国騎士学校でその精神を学んだ。ちなみに、今敬語を使っているのは、俺よりも奴の方が格上だからである。俺は奴と気が合い、卒業後も同じ道を歩んできた。そんな俺と彼の大きな違いは、性格だ。コンキスは合理的な奴だが、俺は根性論の野郎だ。まあ、二人それぞれやり方は違うが、共に偉いところへ上ってきた。だが、今回のことに関しては、申し訳ないが賛成は出来ない。

「しかし、たかが何個かの支部を潰したところで、何の利益も無いのでは?」
「…計算上はそうかもしれんが、そうしないと他の支部の面目が立たないのだ。」

採算が合わない分のカバーをするのは、他のたくさんの人々が利用するギルドだ。うまいやり方で、彼らはたくさん稼ぐ。実質、今ギルドが管理する支部のなかで稼ぎがあるのは、両手の指で数えられる分しかないということになる。そんな支部にとって、自分達の稼ぎを他の採算の合わない支部に分配するのは、なんとなく心地良いものではないだろう。

「それはそうかもしれませんが、場所によってはそこに組織がないと困る地域だってありますよ?」
「それはそうかもしれんが、少し無理をしてでも遠くのギルドに来てもらう他ないだろう。」
「……うーん。」
「まあ、そんなわけだから、フーガにはある支部に荷物整理のために支部長として行ってほしい。そこの前支部長が夜逃げしてしまってな。どうやら、管理資金が払えなくなってしまって、他の面子に顔向け出来なくなって逃げたらしいのだ。だから、ここは経理の経験が豊富なフーガに行ってほしい。色々とやることがあるからな。………行ってくれるな?」
「…分かりました。それで、そのお取り潰しの支部ってどこなんです?」
「確か、ここから東の方角にある荒れ地の真ん中にあるのだ。最近は支部のメンバーも固定されており、本部にはそこに行ったことのある者が一人もおらん。連絡や資金受け渡しも、今は全てリモートでやってるからな。」
「名前は?」
「確か……ユンクレアとか言ったかな?」
「ユンクレア……」

取り潰しの危機にあっているのは、かつて俺が務めていた支部だった。

「……コンキス氏。」
「なんだ?」
「俺に、立て直しをさせてください。」
「なに? 他のベテランにも出来なかったのだぞ? しかも、そのうちの一人は夜逃げしているのだぞ?」
「ユンクレアは、かつて俺が務めていた支部なんです。最も、当時はたくさんの人で賑わっていたのですが…」

俺の記憶には、お取り潰しになるような風景など思い浮かばないが。でも、今はその危機にある。俺は、ユンクレアでたくさんの仲間たちに世話になった。だから、絶対に潰したくない。一つのギルドだけ優遇するなと言われるかもしれないが、俺だって他の支部に手を回したい。だけど、まずはユンクレアを建て直ししてからだ。経験をつめば、きっとコンキスも認めてくれるだろう。

「本当に、やるのだな。」
「勿論! 何のために本部にいると思っているのですか?」
「…分かった。お前を、立て直し支部長として派遣しよう。」
「!」
「その代わり、成果を見せてくれよ。」
「おう、勿論だとも!」

こうして俺は、“陸の孤島”と言われるユンクレアに派遣されることになった。



「こりゃまた随分と辺鄙へんぴなところだなぁ。」
「帝都からみれば、そりゃそうですよ…。」

自分の記憶を辿る。ところが、そこが荒れているという印象は一つも思い浮かばなかった。そこに住んでいたから、あまり気にも止めていなかったことも原因の一つであるのだろう。

「着いたど。」
「おお、結構荒れているな…。」

馬タクシーに揺られながら三十分。相変わらず、そこは荒れ地だった。

「けんども、本当にこんなところにお宅らのギルドがあんのけぇ?」
「ええ……多分。」

正直、自分の記憶に自信がない。

「とりあえず、ここで下ろしていただいて大丈夫です。」
「そうけぇ? お客さんが良いなら俺も何も言わねぇけんどもよ。」

荒れ地の真ん中で下ろしてもらい、そこからは徒歩で目指すことにした。

「…ユンクレア…ユンクレア……お、これがそうかな?」

およそ十年前の案内地図に書かれている、ウェルカム看板。この、穴だらけの板がそうだろう。………随分と写真と違うけど。

「何にしても、ここは何故こんなに荒れてしまったのだろうか。……まあ、とりあえずは先にギルドを見つけよう。」


歩くこと数十分。
そこは、ボロボロの村だった。

「ここって、本当にあのユーグ村か?」

正直、自分の目を疑った。かつて俺が務めていた頃のユーグ村は、村人たちに活気があり、畑にはたくさんの作物が実り、人々は談笑し、空気のきれいな自然一杯の………ところだった。この十年で、一体何があったのだろうか。

「……早くギルドを見つけよう。…………ん?」

と、村の奥に一際ボロい建物を見つける。…………まさか、あれって。

「『冒険者ギルド ユンクレア支部』…っておいおい。こんなにボロボロだったっけか?」

とにかく、中に入ろう。



これはまたひどい。中は、ホコリだらけだった。そして、中には俯く二人の職員らしき人々がいた。そして、何かをぼやいている。

「……………支部長、どうして夜逃げなんてしたんですか。」
「……………ううっ。」

夜逃げしたのに、非常にショックを受けているらしい。俺が入ってきたのにも気づいていないからな。これじゃ、商売にもなるまい。

「…こうなったら、僕も夜逃げしようかな。」
「スバルさん! なんてことを言うんですか! 私たちがいなくなったら、それこそこの支部はおしまいなんです!」
「…で、でも。ミヨさん、僕たち二人だけの支部なんですよ?」
「それでも、精一杯頑張るんです。私たちまでが落ち込んでいたら、来る冒険者も来ませんよ。……さあ、とにかく業務にもどりましょう!」

どうやら、ちょっとは骨のある奴もいるみたいだ。これなら、まだ間に合うかもしれない。かつての、ギルドに。

「…やれやれ、俺はとんでもないところに派遣されたようだな。」
「!?………どなたですか?」
「おっと、そんなに警戒しないでくれ。」

近くにあるソファに腰かける。…大分破れているが。

「俺はフーガ。冒険者ギルド本部の人間だ。」
「本部!?? ということは……。」
「まさか、とうとうお取り潰しになるなんてっ…………」

二人とも目に涙を浮かべる。

「いやいや、違うよ。俺はここを立て直しに来たのさ。」
「立て…直し?」
「ああ。俺はここの支部長だぜ?」
「「!!??」」

二人とも驚いている。何がなんだか分からないといった顔をしている。まあ、無理もないだろう。こんなに急にいろいろなことがおきたら。

「さて、と。俺は立て直しに来た。だが、お前ら二人にそのやる気がなければ、俺はこの仕事をおりようと思っていたんだ。」
「そ、そんな、やる気くらいならありますよっ!!」
「そうか。それで、そこのお前は?」
「……ぼ、僕だって!」
「ふっ…そうか。」

立ち上がり、二人の方を向く。

「ならば、まずは俺にその覚悟を示してもらわなきゃな。……そうだな。あれをやってもらうか。」
「な、なんですか?」

二人とも身構える。……ふっ、良い覚悟だ。

「お前たちに命じるのは……掃除だ。」
「「…………はい?」」

二人とも、呆気にとられた顔をしている。まあ、覚悟ができてるかぁなんて言ったから、もっと危険な任務を押し付けられると思って、身構えていたのだろう。

「こんなに汚れていて、冒険者が来ると思うのか? さあ、早くやるぞ。」
「「は、はい!!」」

こうして、立て直しの第一歩を踏むことになった。



「ふぅ……お、終わりました……。」
「おお、随分と綺麗になったじゃないか。大したものだ…。」

ホコリ一つない部屋をみて、驚く。さっきの様子とはまるで違う。やはり、こいつらには根性がある。俺と同じか、それ以上のだ。

「さて、と。お前らの覚悟は伝わった。」

二人を、ホワイトボードの前に集める。

「じゃあ、さっそくギルドとしての仕事を再開しようじゃないか。」

二人は、目を輝かせる。これまで、仕事という仕事をして来なかったらしく、二人ともやる気に満ちた顔をしている。

「まずは…これまでこのギルドで取り扱ってきた依頼を見せてくれ。」
「あ、はい。」

ミヨが走って取りに行く。スバルも、あとを追いかける。
数分して、肩で息をしながらもどってきた。相当色々な所を探し回ったのだろう。

「こ、これで全部です。」
「お疲れ様。少し休んでくれ。」
「あ、ありがとうございます。」

ソファに腰かけ、ふぅーと大きく息を吐く。スバルも、椅子に座って休んでいる。ちょっと無理をさせ過ぎてしまったかな。今のうちに、持って来てくれた資料に目を通そう。どれどれ…

「この辺の依頼は、やはりFランクが中心のようだな。」
「はい。私たちの持つ予算だと、中ランク・高ランクの依頼ができないんですよ。」

ミヨがすっと立ち、俺に言う。低予算の責任は俺にもあるから、彼女の顔をまっすぐ見ることができなかった。

「そうだよな。……………そういえば、まだ聞いていなかったが、この辺は何故こんなに荒れているんだ? かつては緑溢れるところだったはずだが?」
「それは………………《大災厄》の時に現れた、巨大な魔物のせいです。」
「そうか。そうだったのか……そいつは今?」
「まだこの辺りをうろついています。私たちにまだたくさんの仲間がいた頃には、討伐隊を組んだのですが、呆気なくやられて……そして、私たちだけが残ったのです。」
「僕たちも応援を要請しました。ですが、報酬が足りないと断られてしまって……。」

スバルがため息をつく。三十年前に現れた巨大な魔物が、少しずつ西へと進んでいるらしいという噂は聞いたことがある。だが、まさかこの辺りにまで被害が及んでいるとは。……依頼を出すならば、Aランク冒険者だ。だが、生憎この地域はもともと予算額が少なく、攻撃依頼を何回も出すうちに報酬が消える。そして、今のこの状況に陥ったのだろう。

「そうか……。まあ、仕方がないな。」

ちょっぴり落胆する。うーんと悩みながら、ふと柱の方へと目をやる。すると、そこには面白い張り紙があった。

「…もしかしたらこれは使えるかもしれないぞ?」

俺は、本部への連絡装置の方へと向かう。二人とも、それを怪訝な表情で見る。

「…………何をする気ですか?」
「いやなに、その魔物を討伐できそうな奴に心当たりがあってね。頼んでみようと思うんだ。」
「…………誰なんですか?」
「お前も名前を聞いたことくらいあるだろう? 東方にいる元Aランク冒険者のことを。」
「…………東方?……まさか。」
「ホスロっていう奴なんだけどね。あいつにだったら、吹っ掛けても大丈夫かなぁと思う。」

俺は、ある作戦を立てることにした。



「というわけで、ホスロ本部長を呼んでほしいんだ。頼めるか?」
「あのなぁ、いくら公務時間外だからって、俺にタメで話をして良いという決まりはないんだぞ?」
「頼むよコンキス。騎士学校時代のよしみで助けてくれよ……。」

電話相手は、本部で働く同級生のコンキスだ。奴は副本部長だから、本部長に最も近づくことができるのだ。

「…一応交渉はするが、成功率は一割未満だからな?」
「すまない、恩に着るよ。」

ガチャン

「よし。」
「支部長、一体何をお話しされていたのですか?」
「さっきの、ある作戦に関して大切なことさ。」

また二人を、ホワイトボードの前に集める。

「お前たちは、ギルドの予算システムを知っているか?」
「勿論です。研修したときにしっかりと学びましたよ。」
「ギルドの予算は、依頼数が最も多いところ、もしくは依頼レベルA以上を達成できたところを中心に配分されるんですよね?」
「そうだ。その他にも勲章や表彰などによっても特別ボーナスが出たりするがな。まあ、その辺は良いだろう。」

ホワイトボードに、箇条書きで条件を書く。

「ちなみに、今月この条件を片方でも満たしているところは、わずか三つの支部だけだ。つまり、今月俺らのところで一つでもAランク依頼達成報告ができれば、間違いなく予算分配額はアップするだろう。」

上向き矢印で、up!と書く。

「ですが支部長、僕たちの持つ資金だけでは、Aランクの依頼を出すことすら難しいかもしれません。」
「そこで、このシステムを使うんだよ。」

バンっとある張り紙が張られている柱を叩く。そこには、『巨大魔物駆除協力団体への補助金のお知らせ』と書かれている。

「なるほど。補助金を支給してもらって、それを冒険者への報酬に充てるというわけですね。」

ミヨが、ぽんと納得したように手をたたく。

「そういうことだ。」
「すごいですよ理事長、ギルドシステムを逆手にとるなんて!」
「で、でも、理事長にミヨさん。引き受け手はいるんですか?」
「そうね。確かに一番の問題はそれね。こんな辺鄙なところにわざわざ来てくれるような冒険者なんていないだろうし。」

また二人とも落ち込む。どれだけ辛気臭い奴らなんだ…。

「おいおい、お前らの目は節穴か? …ここにいるだろうが。」
「え? 一体誰が……………まさか支部長。」
「一応、俺はAランク冒険者だ。」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。というか、お前らマニュアル読んでないな?」
「ま、マニュアルですか?」
「ああ。この、525ページのところだ。」

そこには、『支部長もしくはギルド管理者は、必ずAランク冒険者証を取得する必要がある。』と書かれている。

「つまり、俺はこの依頼を受けるってワケだ。」
「す、すごい。すごすぎですよ、支部長!」
「僕、こんなに頭の回る人見たことがない気がする…!」

どれだけ人事運がなかったんだ。俺なんか、新人研修の時に叩き込まれたのだが(身体的に)。

「とにかく、これで要素は全部揃った。後は、お前たちがどうするかだ。初めにも言ったが、俺はお前らにやる気と根性がないならば、この支部を助けるつもりはない。巨大魔物討伐は、お前たちも巻き込まれる可能性が極めて高いからな。命が惜しけりゃ、そこでやめたって構いやしない。勿論、支部が助かることはないだろうがな。それらを踏まえた上でもう一度聞こう。」

二人を交互に見つめ、言う。

「お前たちに覚悟はあるか?」

二人の目は、炎が宿っていた。

「「はいっ!!」」

俺たち最弱ギルドの、無謀な挑戦はこうして始まった。
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