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第五章 決戦、第二次〈ムーン〉制圧作戦編
第1話 始まりは、また不穏だった
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「騎士隊! 脱帽っ! 敬礼っ!!」
ジーク兄さんの合図と共に、勢いよく帽子を取る。そして、兄さん達に挟まれて中央に座る僕に向かって、皆敬礼する。今、僕が執り行っているのは、今年、騎士としてタールランド王国軍に入った新兵に対する、所謂お祝いの儀式だ。本来ならば、この儀式には、僕たち王族全員が参加することはない。だが、今年は表面上、こうして三人並んで参加しなければいけない理由が出来てしまったのだ。
スムジア王国との紛争から数ヶ月が経ち、暦は春になった。ちなみに、このたった数ヶ月の間に、大陸の情勢は着々と変わりつつあった。
まず、スムジア王国。カーギス・ペペムが正式に王として即位。宰相アリウスによる傀儡政権が終わり、大陸南部には“スムジアの雪解け”と呼ばれる平和が訪れ、かつてスムジア王家を見限った貴族達も続々と復員し、巨大な王国への第一歩を踏み出した。また、険悪だった僕らタールランド王国との国交正常化にも協力してくれて、数十年ぶりに両国間で平和条約が締結。スムジア王国の産業である鉄鋼と、タールランド王国の主要産業である木材を輸出しあう交易も、正式に開始。これにより、互いの国の経済は活性化し、近年稀に見る高平均所得となった。
もちろん、ウハウハになったのは僕らだけでない。大陸三大商会の一つ、ミドル商会の若き商会長カインは、一連の騒動による武器や装備品などの需要増加、スムジアとタールランド間の交易の仲介料とその独占権の取得、建築材料の価格高騰など、様々な形で僕らに協力したことによる効果が還元され、大量の収益があり、大陸三大商会の中で突出した経済力を持つことに成功したようだ。この他にも、世代交代後の信用や信頼を獲得するのにも一役買ったようで、本来なら僕がお礼を言うべきなのに、逆に僕がお礼を言われてしまった。こうして僕らの作戦は、大成功のうちに終わった筈だったのだが…。
「皆、ご苦労様。これから、この国のために、この国に住む全ての人のために、頑張ってくれ。」
僕が口頭で簡単に式辞を述べ、この日行われた入隊式は終わった。
と、此方に向かって駆けてくる人物が二人。一人は、タールランド王国軍第一小隊長のグレゴリーだ。だが、もう一人の男は…………………あれ?
どこかで見たような………。
「お久しぶりですね、タイト王子。私ですよ、私。」
「あがっ……!? お、お前、まさかっ………!?」
信じられなかった。こいつは……。
「ええ。帝国騎士学校ではお世話になりました。……改めまして、今期よりタールランド王国軍の兵としてお仕えすることになりました、アレク・ギースです。」
帝国騎士学校において、偽シーナもといハーシー・ズールに操られていた、ズール帝国の公爵の長男、アレク。極大魔法を使役したことに関しては、操られていたということも考慮され、退学は免れたはずだが……。なんにしても、ヤツの雰囲気は大きく変わっていた。あのボサボサで真っ赤に染め上げていた髪をバッサリと切り、着けていた派手なピアスは片方を残して無くなっていて……何より、あの時身に纏っていた恐ろしい雰囲気も消え、まるで何処かの皇族の嫡子か、大貴族の子供のような落ち着き、気品のある、好青年に生まれ変わったような………いや、本当に生まれ変わったんじゃないの?
呆気に取られ、口を開けたまま動けなくなった僕を横目に、グレゴリーが説明する。
「この冬行った選抜試験において、実技・筆記試験共に非常に優秀な成績を修め、首位で突破した実力の持ち主でして……選抜する側の我々も、目を疑いました。」
「そうか……俺としては、タールランド王国軍の戦力が大きく増量して嬉しいのだが、タイト。お前はどうだ?」
ジーク兄さんが僕に話を振る。息を大きく吐いて、僕は席を立ち上がり、彼の目の前に立って改めて問う。
「アレク。家はどうしたんだ?」
「……………取り潰しされました。あっ、勿論、私が起こした件が原因ではありません。」
帰って来た答えは、意外なものだった。俯き、恥ずかしそうにしながらも話を続ける。
「実は…………先代ズール帝のときから長年仕えてきた我がギース家は、当主である父が不正会計を働き、大臣と結託していたことが明らかになりまして…最初は私も信じられませんでした。尊敬していた父が、そんなことに手を染めていようとは。」
僕らは、なんと声をかければ良いのか分からなくなり、黙り込む。その沈黙を、明るい声でアレクは破る。
「ですが、私はそのおかげでと言ったら変ですが、ここにいることができています。それに、父も大臣に圧をかけられていたらしいですし……タイト王子、私は大丈夫です。それに、このタールランド王国軍に志望したのは、もっと大きな理由があるのです。それは……。」
「「それは………?」」
僕と兄さんの声が重なる。そして顔を上げ、キラキラした目で
「……ホスロ大臣に直接指導していただくためですっ!!」
「「……………は?」」
その名の通り、開いた口が塞がらなかった。隣でグレゴリーもふぅ…とため息をついている。アレクには悪いけど、少し真実を伝えないと……。
「残念だけど、ホスロは文官。直接兵士として教わることはできないと思うよ。」
「えっ……………そう……なんですか。」
非常に落胆した顔をしている。ヤツ、帝国で臨時講師として呼ばれたときに、どんな教育をしたんだ?
「まあでも、直接教わることはないだろうが、ホスロも元武官だ。色々とヒントくらいならくれるんじゃないかな?」
この状況を見かねて、ジーク兄さんがフォローを出してくれた。そしてまた、アレクの目がキラキラしだす。
「ほ、本当ですか!?」
……あのヤンキーの性格を根本からねじ曲げ、270度考え方を変えさせることができるとは、やはりなかなか恐ろしいと思う。だけど………。
「うん。……………多分、ね。」
「?」
今、僕はこのことに関してハッキリと断言することはできない。気づいている人は沢山いるだろう。本来ならば、僕と共に出席するはずのホスロが……僕の傍にいないことに。
「さあ、とにかく明日からが本番だ。みっちりしごいてやるから、覚悟しとけよ?」
「…おっ、お手柔らかに願います………。」
兄さんとアレクの会話を尻目に、僕は城内へと戻る。一つの大きな部屋の扉をノックし、中に入ると……………。
「…………………おや、タイト様。……………儀式は、終わられましたかな?」
すっかり弱々しくなったホスロは、ベッドに寝込んでいた。
ジーク兄さんの合図と共に、勢いよく帽子を取る。そして、兄さん達に挟まれて中央に座る僕に向かって、皆敬礼する。今、僕が執り行っているのは、今年、騎士としてタールランド王国軍に入った新兵に対する、所謂お祝いの儀式だ。本来ならば、この儀式には、僕たち王族全員が参加することはない。だが、今年は表面上、こうして三人並んで参加しなければいけない理由が出来てしまったのだ。
スムジア王国との紛争から数ヶ月が経ち、暦は春になった。ちなみに、このたった数ヶ月の間に、大陸の情勢は着々と変わりつつあった。
まず、スムジア王国。カーギス・ペペムが正式に王として即位。宰相アリウスによる傀儡政権が終わり、大陸南部には“スムジアの雪解け”と呼ばれる平和が訪れ、かつてスムジア王家を見限った貴族達も続々と復員し、巨大な王国への第一歩を踏み出した。また、険悪だった僕らタールランド王国との国交正常化にも協力してくれて、数十年ぶりに両国間で平和条約が締結。スムジア王国の産業である鉄鋼と、タールランド王国の主要産業である木材を輸出しあう交易も、正式に開始。これにより、互いの国の経済は活性化し、近年稀に見る高平均所得となった。
もちろん、ウハウハになったのは僕らだけでない。大陸三大商会の一つ、ミドル商会の若き商会長カインは、一連の騒動による武器や装備品などの需要増加、スムジアとタールランド間の交易の仲介料とその独占権の取得、建築材料の価格高騰など、様々な形で僕らに協力したことによる効果が還元され、大量の収益があり、大陸三大商会の中で突出した経済力を持つことに成功したようだ。この他にも、世代交代後の信用や信頼を獲得するのにも一役買ったようで、本来なら僕がお礼を言うべきなのに、逆に僕がお礼を言われてしまった。こうして僕らの作戦は、大成功のうちに終わった筈だったのだが…。
「皆、ご苦労様。これから、この国のために、この国に住む全ての人のために、頑張ってくれ。」
僕が口頭で簡単に式辞を述べ、この日行われた入隊式は終わった。
と、此方に向かって駆けてくる人物が二人。一人は、タールランド王国軍第一小隊長のグレゴリーだ。だが、もう一人の男は…………………あれ?
どこかで見たような………。
「お久しぶりですね、タイト王子。私ですよ、私。」
「あがっ……!? お、お前、まさかっ………!?」
信じられなかった。こいつは……。
「ええ。帝国騎士学校ではお世話になりました。……改めまして、今期よりタールランド王国軍の兵としてお仕えすることになりました、アレク・ギースです。」
帝国騎士学校において、偽シーナもといハーシー・ズールに操られていた、ズール帝国の公爵の長男、アレク。極大魔法を使役したことに関しては、操られていたということも考慮され、退学は免れたはずだが……。なんにしても、ヤツの雰囲気は大きく変わっていた。あのボサボサで真っ赤に染め上げていた髪をバッサリと切り、着けていた派手なピアスは片方を残して無くなっていて……何より、あの時身に纏っていた恐ろしい雰囲気も消え、まるで何処かの皇族の嫡子か、大貴族の子供のような落ち着き、気品のある、好青年に生まれ変わったような………いや、本当に生まれ変わったんじゃないの?
呆気に取られ、口を開けたまま動けなくなった僕を横目に、グレゴリーが説明する。
「この冬行った選抜試験において、実技・筆記試験共に非常に優秀な成績を修め、首位で突破した実力の持ち主でして……選抜する側の我々も、目を疑いました。」
「そうか……俺としては、タールランド王国軍の戦力が大きく増量して嬉しいのだが、タイト。お前はどうだ?」
ジーク兄さんが僕に話を振る。息を大きく吐いて、僕は席を立ち上がり、彼の目の前に立って改めて問う。
「アレク。家はどうしたんだ?」
「……………取り潰しされました。あっ、勿論、私が起こした件が原因ではありません。」
帰って来た答えは、意外なものだった。俯き、恥ずかしそうにしながらも話を続ける。
「実は…………先代ズール帝のときから長年仕えてきた我がギース家は、当主である父が不正会計を働き、大臣と結託していたことが明らかになりまして…最初は私も信じられませんでした。尊敬していた父が、そんなことに手を染めていようとは。」
僕らは、なんと声をかければ良いのか分からなくなり、黙り込む。その沈黙を、明るい声でアレクは破る。
「ですが、私はそのおかげでと言ったら変ですが、ここにいることができています。それに、父も大臣に圧をかけられていたらしいですし……タイト王子、私は大丈夫です。それに、このタールランド王国軍に志望したのは、もっと大きな理由があるのです。それは……。」
「「それは………?」」
僕と兄さんの声が重なる。そして顔を上げ、キラキラした目で
「……ホスロ大臣に直接指導していただくためですっ!!」
「「……………は?」」
その名の通り、開いた口が塞がらなかった。隣でグレゴリーもふぅ…とため息をついている。アレクには悪いけど、少し真実を伝えないと……。
「残念だけど、ホスロは文官。直接兵士として教わることはできないと思うよ。」
「えっ……………そう……なんですか。」
非常に落胆した顔をしている。ヤツ、帝国で臨時講師として呼ばれたときに、どんな教育をしたんだ?
「まあでも、直接教わることはないだろうが、ホスロも元武官だ。色々とヒントくらいならくれるんじゃないかな?」
この状況を見かねて、ジーク兄さんがフォローを出してくれた。そしてまた、アレクの目がキラキラしだす。
「ほ、本当ですか!?」
……あのヤンキーの性格を根本からねじ曲げ、270度考え方を変えさせることができるとは、やはりなかなか恐ろしいと思う。だけど………。
「うん。……………多分、ね。」
「?」
今、僕はこのことに関してハッキリと断言することはできない。気づいている人は沢山いるだろう。本来ならば、僕と共に出席するはずのホスロが……僕の傍にいないことに。
「さあ、とにかく明日からが本番だ。みっちりしごいてやるから、覚悟しとけよ?」
「…おっ、お手柔らかに願います………。」
兄さんとアレクの会話を尻目に、僕は城内へと戻る。一つの大きな部屋の扉をノックし、中に入ると……………。
「…………………おや、タイト様。……………儀式は、終わられましたかな?」
すっかり弱々しくなったホスロは、ベッドに寝込んでいた。
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