上 下
54 / 64
第三章 冒険者ギルドの宿命 編

22 同志よ

しおりを挟む
「頼む、頼むよ……“双腕”! 君の力が必要なんだ……!!」

物凄く失礼なことを言わせてもらおう。
こいつは本当に大国の皇帝なのか。目の前にいるこいつは、一部では劣等だと揶揄されるような仕事をする一般人に土下座をしている。兎に角、頭を上げていただかなければ。

「……頭をお上げください、皇帝陛下。何故私めのような者に頭を下げられるのですか。」
「すまん、いつもの癖でつい…。」

ノブルム帝は、頭をかく。再び、席に座りなおす。

「…陛下、何故私のような者に頼まれるのですか。陛下の周りには、沢山の優秀な家来の方がいらっしゃるでしょう。」
「兄ちゃん、さっき言っただろう。人々を主導すべき王族は一体何をしているんだ!……と。」
「いや、そのそれは……!」

ノブルム帝は、カップを握る力を強くする。

「たしかに、兄ちゃんの言う通りかもしれない。先帝亡き今、この国を引っ張っていき、帝国の民に安寧を約束するのは私の役目だ。だが、現実は違う。主導権を帝国議会に握られ、皇帝としての威厳もなく、帝国の民たちは皆不安になっている。結果だけで言えば、俺は……役立たずの人間なのかもしれない。」
「…………………。」

俺は、酒をグイっと飲み干す。口を拭い、皇帝に顔を向ける。

「……数日前、俺はある村で魔物退治をしていたんですがね…。」

店主に、水を頼む。やはり何も言わないまま、カップにゆっくり注いだ。
俺は、そこであったことをあるがままに語る。ノブルム帝は如何せず聞いていた。全てを語ると、皇帝は拳を強く強く握りしめる。

「そうか、騎士団はそんなことを……。」
「…………………。」

店主がカップを目の前に置く。無言のままでいるノブルム帝に目をやると、顔を俯け表情が見えなかった。……だが、色々な感情が渦巻き、ぐちゃぐちゃになっているのは分かった。
ガウル帝国皇帝として、帝国の民が皆幸せに暮らせるように努めたいと願う、ノブルム帝。だが、帝国騎士団はその思いとは裏腹に、人々を苦しめる行いをしている。皇帝の権力でどうこうできる問題ではないことは、誰にでも分かっている。だが、皇帝は責任を感じているのだ。それをフォローするわけでないが、もう一つの真実を告げる。

「でもね、陛下。その村人は、陛下のことを恨んでなんかいませんでしたよ。むしろ、感謝していたくらいです。」
「……なんだと?」

――あの時。
騎士団は、決められずにいる村人に、こう言った。

『……成程、国のために働く我らを蔑ろにするというわけだな。これでは、皇帝陛下の顔に泥を塗ることになる。貴様らがやっていることを改めて考え直した方が身のため……』

高尚な態度で迫る騎士。それに村長は、激怒した。

『あんた方が………陛下を語るんじゃあないっ!!』

その言葉に、騎士団皆驚愕する。騎士団に口答えをすることでさえ、この国では重大なことだ。時には罪に問われることもある。それを顧みることなく、村長は叫んだのだ。

『あんた方はな、皇帝陛下がどれだけ我らのことを考えていなさっているか、御存じないであろう。あの方はな、先帝の大きな威光による重圧を抱えながらも、自分を顧みずに、わしらに優しく接してくださる。その結果、帝都においては平民に媚びを売る愚帝などと揶揄されておるが、そんなことは決してない! そなたらは、何故皇帝陛下がそのような態度でおられるか、知らんだろう!』
『知るわけがないであろう!何故そんなことを……!』
『知るはずもなかろうて。陛下はな、わしらの目線に立つことで、国をより良くしていこうと考えておられるのだ。そなたたちのように、権力を振り回すことなくな!』
『……なんだと!? 貴様、口を慎め!』
『わしはな、初めてみたよ。何十年も生きてきて、困窮していることを謝罪するために、平民に頭を下げる君主を。威厳がないと言われることも、厭わずな。……わしはな、形は違えども、ノブルム陛下も素晴らしきお方だと思っている。だからこそ、お前たちのような人物に皇帝陛下を語ってほしくない。語る資格もないわ!!』

その言葉に、騎士団は怯む。団長は、チッと舌打ちした。

『……貴様、今日の言動がどのようなことになるか……覚えておけっ!!』

そして、騎士団を引き連れ去っていった。


「そうか、そうだったのか……。」

ノブルム帝の声は震えていた。顔は見えずとも、どんな表情をしているかは、伝わってきた。
一息つき、水を飲む。そして、続ける。

「それに、役立たずの人間なんてのは絶対にいない。もしかしたら、やっていることが空回りになっているのかもしれない。だけど、結果的には失敗していようとも、その思いは絶対に、誰かには伝わっているのだから……。」

『君のことを慕ってくれる人を見捨てるのか。』

俺に向けた、コンキスの言葉。村での出来事を改めて思い出し、言葉に表した今、その言葉の意味を改めて分かった気がした。他人事のようで、自分の事であったのだろう。
自分の思いを、重ね合わせる。
ノブルム帝は、決意した目で俺の方を向く。

「“双腕”。全てを理解した上で、改めてお願いしたい。どうか、俺を……いや、俺たちの国のために、どうかその力を貸してくれ。」

熱い意思の灯る目。国の事を考え、国民を思うその目は、正に威厳ある君主の目であった。

「……俺のやり方は、少し荒っぽいものになる。何せ、冒険者なもんでな。“無謀”に“挑戦”するには、それ相応の代償が必要となる。」
「分かっている。民が幸せに暮らせるならば、この帝位も返上するつもりだ。」
「そうか……。それと、もう一つ留意してもらいたいのだが……。」
「それも把握している。頼む相手がツィレンバルの民であろうと、俺は怯みはしない。」
「そうか……。」

思えば、この時から俺は、“立て直し”という言葉に縁があるのかもしれない。最も、今とは規模が違うが、な。

「まあ、その…なんだ。俺も一つ、願いを聞いてほしいんだが……。」
「ああ、冒険者の作る冒険者のための組織のことだな。それなら、俺だって無理な願いを聞いてもらうんだ。支援はお安い御用さ。」
「交渉成立、だな。」

ガシッと、手を組む。俺たちは互いに、微笑みあった。

「……それと、まあ別にいいんだが……敬語、どこいったの?」
「あっ、しまった! すま、申し訳ございません!!」
「ガッハッハ、良いんだ気にするな! 俺たちは同志だ。立場は違えど、俺は民を、“双腕”は冒険者を、より良くしたいという、な。」
「同志………か。」

俺は、組み交わした手を凝視する。…そして、握りしめる。
気を引き締めて、かかろう。
いつか、互いに公に笑いあえるように。
そして、慕う人々とも笑えるように。



「というわけだ。ノブルム帝が熱意ある君主だとわかっただろう? だから、俺もその期待に応えようと、この二十年もの間、ずっと計画を練ってきた。だがな、この計画は場合によっては、俺たちが失職するきっかけにもなりえるかもしれない。そう思って、ずっとお前たちに伝えることができなかったんだ。」

下を向く。三人は、この事実についてどう思うだろう。戸惑っているだろう。ここで計画から降りても良い。
そう考えていたが……。
顔を上げる。俺の考えは間違っていた。ヤツらの顔には笑顔が灯っていた。

「何を仰っているんですか! 私たちは、支部長に助けられたんです………だから、気にせず、思う存分巻き込んでください!」

ミヨは、親指を立てる。

「僕も同じですよ。希望が見えないユンクレア支部に、再び光を灯してくれたのは、支部長です。それに、ずっと報いたかったんですよ。」

スバルは、ピースをする。

「僕のような冒険者が、今安定して生活できるのは、紛れもなく支部長のおかげです。僕たちでは力不足かもしれませんが、お手伝いさせてください!」

フラットは、内心怖さもあるのだろう。だが、それを見せることはしなかった。寧ろ、笑顔溢れていた。

三人の仲間たちの思いに、暖かさに、俺は包まれた。前にも言ったが、改めて言わせてもらおう。

「お前たちのような仲間を持てて、俺は幸せだよ。」

俺も、皆に笑顔を向ける。三人とも、三者三様の表現で、俺に思いを伝えてくれた。
今回は、その言葉に甘えさせてもらうことにしよう。
三人もまた、俺に笑顔を見せてくれた。

「それじゃあ、緊急ミーティングを始めよう。騎士団との対決に向けて、作戦を立てるとするか。」
「「「はいっ!!!!!」」」

今日、俺たち冒険者ギルドユンクレア支部は、無謀な挑戦状を叩きつけた。



「ノブルム帝、あんたに俺の本名を明かそう。俺の名は……フーガ。フーガ・ラドカルトだ。」
「…そうか、そうだったのか。ラドカルト……お前が本名を隠す理由が良く分かったよ。」

何も言わず、ノブルム帝は、俺の肩を叩く。
同志との誓い、何があっても俺は守ろう。
コンキスの時と、同じように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

処理中です...