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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

16 カクシゴト

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………ここは……どこだろう?
…夜にしては……暗すぎる。
…それに、湿気もすごい。地上では…ないのか?
だんだんと目が慣れてはきたが……。

周りを見渡す。
石レンガに囲まれており、床は土。
明かりは、壁にかけられた松明一つのみ。
……頭が痛い。鈍い痛みがじくじくと続く。
何故、私はこんな目に合っているのだろう。
数刻前のことを思い出す。



「お久しぶりですね、コンキスさん。あなたとお話がしたかったですよ。」
「お、お前は……!!」

ザーッととてつもない勢いで、雨粒が地面をたたきつける。
その音をバックに見えたその男の胸には、つけられないはずの階級章である赤が浮かんでいた。
フーガを貶めようとして返り討ちに遭い、閑職に追いやられたはずの人物………フリューデだった。

「何故、お前がここにいる? お前は先日の件で、支部に異動になったはずだ。それに、お前が胸につけているそれは……!」
「ああ、これですか?」

赤い階級章を外し、私の眼前に突き付ける。

「コンキスさん、あんた仮にも冒険者冒険者ギルドの副支部長なんですから、分かるでしょう?」

やけに偉そうな口調だ。あの時のことをどれだけ恨んでいるのだろうか。そんなことを考える余地も与えさせず、一枚の紙を取り出す。その紙の題は……『委任状』。紙の端に書かれているのは、帝国
議会のサインと、騎士団長の印。

「……“官職委任制度”を使ったのだな?」
「ご名答。流石、かつて伝説の冒険者“双腕”のパートナーだった方ですね。…忌々しい。」

ギリッと、ここまで聞こえるくらいの音で歯ぎしりをする。
全国冒険者協会。ガウル帝国の支援があって、初めて成立するように思われるが、実は違う。冒険者が、ウィル大陸各国において重要視されているのは、言うまではないと思う。実際、冒険者が活動を行うことによって、国内を平和に保っている国が多い。劣等者の職業だと揶揄され、ひどい扱いを受けていたかつてにおいてもそうであった。その恩恵に預かっている国はごまんとあったのだ。
そんな状況で、ガウル帝国が冒険者への支援を、冒険者が作る冒険者のための組織を支援するとなったら、一体どんなことになるだろう。

“冒険者の独占”

大陸諸国家は、警戒を強めた。ガウル帝国が冒険者を使い、各国を占領するのではないか、と。
ツィレンバル帝国も、例外ではなかった。



時のガウル帝国皇帝ノブルムは、予見していた。批判が飛んでくると。そんな彼は、各国の首脳にこう持ちかけた。

『冒険者の利用について、話し合おう』と。

大陸各国は、これに乗ってきた。独占しようといたガウル帝国本人が話し合いを開いてくれるのであれば、力が一極集中しないような取り決めをすることができるだろう、と。ガウル帝国はこのまま聞く耳を持たずにことを進めることもできるが、自ら話し合いの機会を持つのであれば、これに乗らない手はない、と。ツィレンバル帝国は、この行動に当初は疑いを持った。だが、冒険者をこのまま持っていかれるのも困ると考え、結局話し合いに参加した。最終的に、ウィル大陸国家全てが集まり、会議が行われたのだ。
そこで、ノブルム帝は以下のことを示した。
一つ。ガウル帝国が冒険者を支援するのは、力を独占するのが目的ではなく、冒険者に経済的支援をすることで、活動をしやすくするためであるということ。
一つ。ガウル帝国以外にも冒険者に力を借りる国があるのだから、皆出資をしようということ。
一つ。出資をした国は、今後も冒険者の力を借りることを、公的にできるということ。
大陸国家は、皆同調した。これなら良いのではないか、これまでは後ろめたい気持ちで冒険者に依頼をしていたが、大陸国家全体が認めれば、堂々と行うことができるのではないか、と。
だが、ツィレンバル帝国だけは、最初賛成しなかった。

『これでは、ガウル帝国を中心とした国家間条約になってしまう。』と。

ノブルム帝は、この返答も予想済みだった。彼は、こう返した。

『ならば、“官職委任制度”を設けよう。』

それは、ガウル帝国とツィレンバル帝国が、お互い協会のナンバー2に当たる役職の人物を委任することができるという制度である。ただし、トップである本部長に関しては、冒険者自身に決めてもらうという制限付きで。
ツィレンバル帝国側は、この条件でならと、この冒険者に関する取り決めに、賛成した。

『ナンバー2に我が国に忠誠を誓う信用できる者を送り込めば、ツィレンバル帝国の傀儡組織にすることができるだろう。』

そういう思惑を、腹に抱えて。



この制度に反対する国は、どこもなかった。確かに、全国冒険者協会の権力は、ガウル帝国とツィレンバル帝国の二強になるかもしれない。だが、大陸国家のほとんどが、その二国の同盟国または属国であるために、何の問題もなかったのだ。
ヤツが、フリューデがその手に掲げる委任状は、その“官職委任制度”を利用したもの。つまり、副支部長の就任約束手形である。
委任に関しては、取り決め上仕方のないことだから、文句は言えない。だが、それでも一つ疑念が浮かび、どうしても取り除けない。
どうしてその制度で就任するのが、フリューデなのだろう。
……予想はしたくなかった。だが、もうこの結論しか出ないのだ。

「貴様……冒険者ギルドの情報を、帝国騎士団に横流ししたなっ!」
「……やはり、聡明ですね。。」
「………………。」

フリューデが、執務室の中を見渡す。

「しかし、まさかあなたがツィレンバル帝国の人間だとは思いませんでしたよ。ガウル帝国に随分と貢献していたのでね、全く気づきませんでした。」
「……騎士団の狙いはなんだ、やはりアスタル王国かっ!?」

俺の問いかけに無言のまま、執務室を歩き続け、俺の目の前でピタリと止まる。

「はあぁ?」

やけにもったい付けた身振りで、耳に手を当てわざとらしくやってみせる。

「頭が回ると思っていたのですが、まあしょうがないですね。あなたにも分からないでしょう、私たちの目的は。」
「……なんだと?」

疑問をふと口にした瞬間、私の口元に布切れがあてがわれる。
その独特な香りをかいだ後、私は気を失った。

「………冒険者なんて、邪魔なだけなのですよ。」

その捨て台詞を聞いて。



……ガウル帝国は一体何を考えているのだろう。帝国騎士団を用いて、アスタル王国へと進行しようとしているのか? だが、フリューデの態度から察するに、アスタル王国占領が主目的ではないらしい。ならば、ヤツらの目的は…?
あの捨て台詞を真っ向から信じるのならば、ヤツらは……。

「くそっ……! 一刻も早く、フーガに知らせねば……。」

部屋の端にあった檻を掴み、揺する。だが、びくともしなかった。結界でも張ってあるのだろうか。これでは、フーガに知らせるどころか。ツィレンバル帝国への報告もままならない。ツィレンバル帝国側が異変を察するのも、時間の問題だろう。このままでは、国家間の問題にまで発展するかもしれない。ガウル皇帝ノブルム帝が築き上げた平和のシステムが、崩壊してしまう。
思わず、地面に倒れこむ。
その時、違和感が全てつながった。体を悪寒が駆け回り、身震いした。

帝国騎士団が、動いている理由。
かつて倒した魔物が、蘇っている理由。
冒険者を、執拗に貶めようとしている理由。

冒険者の取り決めで、ガウル帝国とツィレンバル帝国は、図らずも国交が成立した。だが、ガウル帝国騎士団は、冒険者を貶めようとした。ガウル帝国において、冒険者がいなかったかつてにおいて、その権力は絶対的であったが、対立するガウル帝国皇帝側が冒険者を支援したことによって、その立場が揺らいだからである。それに、騎士団は、かつてとある冒険者が倒した魔物を復活させてまで、冒険者の立場を危うくさせた。これまでは自分の首を絞めることに繋がるのでは、と考えていたが、私がツィレンバル帝国側の人間だと知っていたのならば話は別だ。それはつまり、フーガの正体も見抜いているということになるからだ。

「…ヤツら、ツィレンバル帝国を征服する気か…!?」



朝のミーティング。三人の特訓後に、支部長室の連絡装置に伝言があったことに気づいた。
差出人は、アスタル王国。
これは、王族が使う秘匿通信だろう。
起動し、そのメッセージを聞く。

「至急、王城に来てほしい。反乱が、起きようとしている。」

その声の主は、アスタル国王レーグリッヒのもの。
…遂に、この時がきてしまったか。暗号文を使わなかったのだ、余程状況は逼迫しているのだろう。アスタル王国、冒険者ギルド。存亡に関わる危機が、目の前に迫っている。
かつて、皇帝と酒場で結んだ約束。叶わないことを願っていたのだが、やむなしだ。
だが、この問題にユンクレア支部の皆を巻き込むわけにはいかない。この問題は、当事者が解決すべきなのだから。
だが、そんな俺の考えとは裏腹に、ドアをノックする音が部屋に響いた。機械の電源を急いで落とす。

「……どうした?」

中に入ってきたのは、ミヨ。俺にサインを貰うつもりなのだろう書類を、脇に抱えていた。

「先日のEランク指定の依頼なのですが、この魔物が、補助金の対象になるそうなので、サインを頂戴しにきました。」

大方、クラムが助言したのだろう。こういった補助金関係は、俺よりも実品を扱う商人の方が、何十倍も詳しい。ああ分かった、と返事して、ペンを手に取り、サラサラと書く。しかしミヨは戻らず、何かを言いたげな顔で、立ったまま動かなかった。

「…どうした?」

ミヨは書類をぎゅっと握りしめる。

「支部長。…私たちに何か、隠していることはありませんか?」

そう言ったミヨは、怒っていた。
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