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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

11 あれ……いつもと違う

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翌朝。目が覚め、日よけの布をめくった窓。そこから差し込む光に照らされた机の上に、いつの間にかカップが置かれていた。俺が茶を飲むのにいつも使っているそれに淹れられた茶からは、湯気と香ばしい香りが漂う。今日は誰が淹れてくれたのだろう。ミヨ……いや、スバルか? そばには見慣れない料理も置いてあった。皿はいつも俺が使っているやつだが…。この独特なスパイスの香り。かつて冒険者として旅をしていた時に、食べたことがある。かつてを思い出して、ベッド脇の本棚に仕舞ってある一冊の本を取り出す。書かれているタイトルは、“大陸料理図説 上巻”。すっかり埃を被ったそれを引っ張りだし、手で払う。本を開き、巻末の索引から引いてみると、目的の頁はすぐに見つかった。

「やはりこれか…。」

――パルペイール焼き。ムーニュというなんとも間抜けな名前の魚を、香草やパルペという調味料とともに高温の窯で焼き上げる。川魚なのだが、味付けは塩がメインだ。アスタル王国で獲れる川魚の大半は、独特の臭みがある。別に水が汚い訳ではないのだが、ムーニュが棲むのは大河の下流。大気中にある魔力が収束し、癖のある味になってしまうんだとか。それを味付けで上手く上書きするのが、アスタル流の調理法。だがこれは、最初にも言ったが塩メイン。アスタル王国の料理ではない。各国の冒険者が己を鍛えるために集まり、他には類を見ないくらいに文化が混ざり合うこの国でも、存在しない。そう、この料理は元々隔絶していた土地のもの。つまり……。

「やあ、目が覚めたかい?」

まだ明るさに慣れない目に、そいつの小さな影が映る。似合わない前掛けを付けた、クラムが。

「……ふふっ。伝説の冒険者も、目覚めが悪い時もあるんだね。」

ニッと、無邪気な笑みを浮かべる。
そう。これは―――“エルフ・カルトゥーラ”。エルフが創り上げた、文化の一端だ。
……いや、それは良い。

「お前……何でここにいるの?」



「それにしても、もの凄い売り上げですね……。」

スバルが、ほぇ~という声を漏らす。
朝のミーティング。ヤツが見ているのは、“商店”……つまり、“アテレーゼ商会”が、昨日だけで売り上げた販売量と金額の資料だ。

「当たり前だよ。アテレーゼ商会は、ウィル大陸三大商会の一つ。商会がその規模を増やすためには、国の信用が欠かせない。三大商会とまで呼ばれる規模の商会は、大陸の複数の国にまたがって運営をしている。つまり、それだけ沢山の国の王族から、信用されているってことだ。そんな商会の紋章が入り、ましてや直営ともなれば、冒険者達は皆飛びつく。直営の店があるのは、各国の主要都市くらい。だから、もしその直営店が出来れば、冒険者たちがより多く集まってくるってわけ。……だから僕を篭絡しようとしたんでしょ?」
「その言い方はやめろ……。」

ふぅ…とため息をつき、思わず頭に手を当てる。クラムは悪い顔でニヤニヤしていた。

「そ、それよりも…何故クラムさんがここにいらっしゃるんですか?」

俺たちの会話を少し慌てた様子で聞いていたミヨが、質問を投げかける。

「ラクロポリスでの職務は大丈夫なんですか?」
「えっと……それはね………。」

ミヨの横ですっかり蚊帳の外になっていたスバルも、そう訊いた。フラットも、うんうんと頷く。
だが、純粋な問いにクラムは少し戸惑う。スッと答えられないのは、ロインのようにふらっと訪れたから……そういう訳ではない。
ヤツはラクロポリス……いや、ガウル帝国からのだ。
理由は明白。以前ヤツ自身が送ってきた手紙に、その答えは書いてある。

“戦争をしたくない。”

アテレーゼ商会はその性質上、武器や防具などを必然的に扱う。勿論、メインは冒険者向けのものだが、これが非常事態……つまり、国家間の争いとなると、話は変わってくる。
大抵の商会は国の信用を得るために、その国が掲示する条件を吞んで店を出す。その条件の中に、「非常時の武器占有販売」があるらしい。聞いた話だから詳しくはわからないが、そういう約束を交わす。だから、武器を国の軍部に販売するしかない。でも、商人もウハウハだ。通常時は安定しての販売が期待できない武器などを、ぶれることのない販路で売り裁くことができるからだ。だが、クラムは商人にしては珍しく、戦争を嫌っている。だから、ヤツはそういった“戦争に関する”条件を掲示してきた国には、“交換条件”を出す。

それが……“武器の販売は、商会長立会いのもとでのみ行える”というものだ。
裏を返せば、“商会長さえいなければ、武器を国単位に売ることができない”。

武器を取引できなくなるということは一見、商会が国との約束を反故にしたかのように思えるが、この条件は国も吞んだ正式なもの。まあ、国にとっては、戦争前に結んだ足枷。勿論外したいが、折角築き上げた商会との信頼関係を崩す訳にはいかない。そんな心理をついた作戦だ。
性格は悪いが、クラムは全て計算している。物事を俯瞰し、状況を判断することのできる天才。
だからこそ、“神の商人”などと呼ばれているわけだが…。
まあ、そんなことをペラペラと話すわけにはいかない。だから、どんな言い訳をしようか思案している。
…クラムは昔から言い訳が下手だからな。ここは俺が助け舟を出してやるか。

「こいつは昔からサボり癖があってな、こうやって仕事を抜け出して遊ぶことが多いんだ。」
「ちょッ!? ラッド、何言ってくれちゃってるの!!?」

すまんな、と片目を瞑って合図する。それを見てクラムは口を尖らせた。

「へえ……三大商会の長でも、サボることってあるんですねぇ……。」
「初耳です。意外ですね……。」
「クラム………さん……?」

ミヨとスバルは同情の視線を向け、フラットに至っては(顔を引きつらせながら)笑顔を作っている。

「この借り………どんな形で返してやろうか……。」
「できれば金で頼むよ。」

なんて冗談を言い合う。
随分と本題からそれてしまったから、元に戻そう。

「……まあ兎に角、今日のミーティングはクラムも含めた5人で行う。」

奥にしまってあったホワイトボードを引っ張ってくる。

「……支部長。私たちを集める際に、今日は重要な話がある…なんてことを仰っていましたが、どうされたのですか?」

ミヨが脇に抱える資料をパラパラとめくりながらそう問うた。スバルとフラットもそれに頷く。

「そうだな、それじゃあそろそろ本題に入るか。」

ホワイトボードをバンッと音を立てて叩く。ボードは、両脇にある軸を中心にぐるりと一回転した。
そこにまとめてあるのは……“冒険者のギルドの歴史”。

「それじゃあ、今日は歴史の復習をしよう。……冒険者ギルドと、ウィル大陸国家のな。」
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