43 / 64
第三章 冒険者ギルドの宿命 編
11 あれ……いつもと違う
しおりを挟む
翌朝。目が覚め、日よけの布をめくった窓。そこから差し込む光に照らされた机の上に、いつの間にかカップが置かれていた。俺が茶を飲むのにいつも使っているそれに淹れられた茶からは、湯気と香ばしい香りが漂う。今日は誰が淹れてくれたのだろう。ミヨ……いや、スバルか? そばには見慣れない料理も置いてあった。皿はいつも俺が使っているやつだが…。この独特なスパイスの香り。かつて冒険者として旅をしていた時に、食べたことがある。かつてを思い出して、ベッド脇の本棚に仕舞ってある一冊の本を取り出す。書かれているタイトルは、“大陸料理図説 上巻”。すっかり埃を被ったそれを引っ張りだし、手で払う。本を開き、巻末の索引から引いてみると、目的の頁はすぐに見つかった。
「やはりこれか…。」
――パルペイール焼き。ムーニュというなんとも間抜けな名前の魚を、香草やパルペという調味料とともに高温の窯で焼き上げる。川魚なのだが、味付けは塩がメインだ。アスタル王国で獲れる川魚の大半は、独特の臭みがある。別に水が汚い訳ではないのだが、ムーニュが棲むのは大河の下流。大気中にある魔力が収束し、癖のある味になってしまうんだとか。それを味付けで上手く上書きするのが、アスタル流の調理法。だがこれは、最初にも言ったが塩メイン。アスタル王国の料理ではない。各国の冒険者が己を鍛えるために集まり、他には類を見ないくらいに文化が混ざり合うこの国でも、存在しない。そう、この料理は元々隔絶していた土地のもの。つまり……。
「やあ、目が覚めたかい?」
まだ明るさに慣れない目に、そいつの小さな影が映る。似合わない前掛けを付けた、クラムが。
「……ふふっ。伝説の冒険者も、目覚めが悪い時もあるんだね。」
ニッと、無邪気な笑みを浮かべる。
そう。これは―――“エルフ・カルトゥーラ”。エルフが創り上げた、文化の一端だ。
……いや、それは良い。
「お前……何でここにいるの?」
◇
「それにしても、もの凄い売り上げですね……。」
スバルが、ほぇ~という声を漏らす。
朝のミーティング。ヤツが見ているのは、“商店”……つまり、“アテレーゼ商会”が、昨日だけで売り上げた販売量と金額の資料だ。
「当たり前だよ。アテレーゼ商会は、ウィル大陸三大商会の一つ。商会がその規模を増やすためには、国の信用が欠かせない。三大商会とまで呼ばれる規模の商会は、大陸の複数の国にまたがって運営をしている。つまり、それだけ沢山の国の王族から、信用されているってことだ。そんな商会の紋章が入り、ましてや直営ともなれば、冒険者達は皆飛びつく。直営の店があるのは、各国の主要都市くらい。だから、もしその直営店が出来れば、冒険者たちがより多く集まってくるってわけ。……だから僕を篭絡しようとしたんでしょ?」
「その言い方はやめろ……。」
ふぅ…とため息をつき、思わず頭に手を当てる。クラムは悪い顔でニヤニヤしていた。
「そ、それよりも…何故クラムさんがここにいらっしゃるんですか?」
俺たちの会話を少し慌てた様子で聞いていたミヨが、質問を投げかける。
「ラクロポリスでの職務は大丈夫なんですか?」
「えっと……それはね………。」
ミヨの横ですっかり蚊帳の外になっていたスバルも、そう訊いた。フラットも、うんうんと頷く。
だが、純粋な問いにクラムは少し戸惑う。スッと答えられないのは、ロインのようにふらっと訪れたから……そういう訳ではない。
ヤツはラクロポリス……いや、ガウル帝国から避難してきたのだ。
理由は明白。以前ヤツ自身が送ってきた手紙に、その答えは書いてある。
“戦争をしたくない。”
アテレーゼ商会はその性質上、武器や防具などを必然的に扱う。勿論、メインは冒険者向けのものだが、これが非常事態……つまり、国家間の争いとなると、話は変わってくる。
大抵の商会は国の信用を得るために、その国が掲示する条件を吞んで店を出す。その条件の中に、「非常時の武器占有販売」があるらしい。聞いた話だから詳しくはわからないが、そういう約束を交わす。だから、武器を国の軍部に販売するしかない。でも、商人もウハウハだ。通常時は安定しての販売が期待できない武器などを、ぶれることのない販路で売り裁くことができるからだ。だが、クラムは商人にしては珍しく、戦争を嫌っている。だから、ヤツはそういった“戦争に関する”条件を掲示してきた国には、“交換条件”を出す。
それが……“武器の販売は、商会長立会いのもとでのみ行える”というものだ。
裏を返せば、“商会長さえいなければ、武器を国単位に売ることができない”。
武器を取引できなくなるということは一見、商会が国との約束を反故にしたかのように思えるが、この条件は国も吞んだ正式なもの。まあ、国にとっては、戦争前に結んだ足枷。勿論外したいが、折角築き上げた商会との信頼関係を崩す訳にはいかない。そんな心理をついた作戦だ。
性格は悪いが、クラムは全て計算している。物事を俯瞰し、状況を判断することのできる天才。
だからこそ、“神の商人”などと呼ばれているわけだが…。
まあ、そんなことをペラペラと話すわけにはいかない。だから、どんな言い訳をしようか思案している。
…クラムは昔から言い訳が下手だからな。ここは俺が助け舟を出してやるか。
「こいつは昔からサボり癖があってな、こうやって仕事を抜け出して遊ぶことが多いんだ。」
「ちょッ!? ラッド、何言ってくれちゃってるの!!?」
すまんな、と片目を瞑って合図する。それを見てクラムは口を尖らせた。
「へえ……三大商会の長でも、サボることってあるんですねぇ……。」
「初耳です。意外ですね……。」
「クラム………さん……?」
ミヨとスバルは同情の視線を向け、フラットに至っては(顔を引きつらせながら)笑顔を作っている。
「この借り………どんな形で返してやろうか……。」
「できれば金で頼むよ。」
なんて冗談を言い合う。
随分と本題からそれてしまったから、元に戻そう。
「……まあ兎に角、今日のミーティングはクラムも含めた5人で行う。」
奥にしまってあったホワイトボードを引っ張ってくる。
「……支部長。私たちを集める際に、今日は重要な話がある…なんてことを仰っていましたが、どうされたのですか?」
ミヨが脇に抱える資料をパラパラとめくりながらそう問うた。スバルとフラットもそれに頷く。
「そうだな、それじゃあそろそろ本題に入るか。」
ホワイトボードをバンッと音を立てて叩く。ボードは、両脇にある軸を中心にぐるりと一回転した。
そこにまとめてあるのは……“冒険者のギルドの歴史”。
「それじゃあ、今日は歴史の復習をしよう。……冒険者ギルドと、ウィル大陸国家のな。」
「やはりこれか…。」
――パルペイール焼き。ムーニュというなんとも間抜けな名前の魚を、香草やパルペという調味料とともに高温の窯で焼き上げる。川魚なのだが、味付けは塩がメインだ。アスタル王国で獲れる川魚の大半は、独特の臭みがある。別に水が汚い訳ではないのだが、ムーニュが棲むのは大河の下流。大気中にある魔力が収束し、癖のある味になってしまうんだとか。それを味付けで上手く上書きするのが、アスタル流の調理法。だがこれは、最初にも言ったが塩メイン。アスタル王国の料理ではない。各国の冒険者が己を鍛えるために集まり、他には類を見ないくらいに文化が混ざり合うこの国でも、存在しない。そう、この料理は元々隔絶していた土地のもの。つまり……。
「やあ、目が覚めたかい?」
まだ明るさに慣れない目に、そいつの小さな影が映る。似合わない前掛けを付けた、クラムが。
「……ふふっ。伝説の冒険者も、目覚めが悪い時もあるんだね。」
ニッと、無邪気な笑みを浮かべる。
そう。これは―――“エルフ・カルトゥーラ”。エルフが創り上げた、文化の一端だ。
……いや、それは良い。
「お前……何でここにいるの?」
◇
「それにしても、もの凄い売り上げですね……。」
スバルが、ほぇ~という声を漏らす。
朝のミーティング。ヤツが見ているのは、“商店”……つまり、“アテレーゼ商会”が、昨日だけで売り上げた販売量と金額の資料だ。
「当たり前だよ。アテレーゼ商会は、ウィル大陸三大商会の一つ。商会がその規模を増やすためには、国の信用が欠かせない。三大商会とまで呼ばれる規模の商会は、大陸の複数の国にまたがって運営をしている。つまり、それだけ沢山の国の王族から、信用されているってことだ。そんな商会の紋章が入り、ましてや直営ともなれば、冒険者達は皆飛びつく。直営の店があるのは、各国の主要都市くらい。だから、もしその直営店が出来れば、冒険者たちがより多く集まってくるってわけ。……だから僕を篭絡しようとしたんでしょ?」
「その言い方はやめろ……。」
ふぅ…とため息をつき、思わず頭に手を当てる。クラムは悪い顔でニヤニヤしていた。
「そ、それよりも…何故クラムさんがここにいらっしゃるんですか?」
俺たちの会話を少し慌てた様子で聞いていたミヨが、質問を投げかける。
「ラクロポリスでの職務は大丈夫なんですか?」
「えっと……それはね………。」
ミヨの横ですっかり蚊帳の外になっていたスバルも、そう訊いた。フラットも、うんうんと頷く。
だが、純粋な問いにクラムは少し戸惑う。スッと答えられないのは、ロインのようにふらっと訪れたから……そういう訳ではない。
ヤツはラクロポリス……いや、ガウル帝国から避難してきたのだ。
理由は明白。以前ヤツ自身が送ってきた手紙に、その答えは書いてある。
“戦争をしたくない。”
アテレーゼ商会はその性質上、武器や防具などを必然的に扱う。勿論、メインは冒険者向けのものだが、これが非常事態……つまり、国家間の争いとなると、話は変わってくる。
大抵の商会は国の信用を得るために、その国が掲示する条件を吞んで店を出す。その条件の中に、「非常時の武器占有販売」があるらしい。聞いた話だから詳しくはわからないが、そういう約束を交わす。だから、武器を国の軍部に販売するしかない。でも、商人もウハウハだ。通常時は安定しての販売が期待できない武器などを、ぶれることのない販路で売り裁くことができるからだ。だが、クラムは商人にしては珍しく、戦争を嫌っている。だから、ヤツはそういった“戦争に関する”条件を掲示してきた国には、“交換条件”を出す。
それが……“武器の販売は、商会長立会いのもとでのみ行える”というものだ。
裏を返せば、“商会長さえいなければ、武器を国単位に売ることができない”。
武器を取引できなくなるということは一見、商会が国との約束を反故にしたかのように思えるが、この条件は国も吞んだ正式なもの。まあ、国にとっては、戦争前に結んだ足枷。勿論外したいが、折角築き上げた商会との信頼関係を崩す訳にはいかない。そんな心理をついた作戦だ。
性格は悪いが、クラムは全て計算している。物事を俯瞰し、状況を判断することのできる天才。
だからこそ、“神の商人”などと呼ばれているわけだが…。
まあ、そんなことをペラペラと話すわけにはいかない。だから、どんな言い訳をしようか思案している。
…クラムは昔から言い訳が下手だからな。ここは俺が助け舟を出してやるか。
「こいつは昔からサボり癖があってな、こうやって仕事を抜け出して遊ぶことが多いんだ。」
「ちょッ!? ラッド、何言ってくれちゃってるの!!?」
すまんな、と片目を瞑って合図する。それを見てクラムは口を尖らせた。
「へえ……三大商会の長でも、サボることってあるんですねぇ……。」
「初耳です。意外ですね……。」
「クラム………さん……?」
ミヨとスバルは同情の視線を向け、フラットに至っては(顔を引きつらせながら)笑顔を作っている。
「この借り………どんな形で返してやろうか……。」
「できれば金で頼むよ。」
なんて冗談を言い合う。
随分と本題からそれてしまったから、元に戻そう。
「……まあ兎に角、今日のミーティングはクラムも含めた5人で行う。」
奥にしまってあったホワイトボードを引っ張ってくる。
「……支部長。私たちを集める際に、今日は重要な話がある…なんてことを仰っていましたが、どうされたのですか?」
ミヨが脇に抱える資料をパラパラとめくりながらそう問うた。スバルとフラットもそれに頷く。
「そうだな、それじゃあそろそろ本題に入るか。」
ホワイトボードをバンッと音を立てて叩く。ボードは、両脇にある軸を中心にぐるりと一回転した。
そこにまとめてあるのは……“冒険者のギルドの歴史”。
「それじゃあ、今日は歴史の復習をしよう。……冒険者ギルドと、ウィル大陸国家のな。」
0
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
連帯責任って知ってる?
よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる