上 下
19 / 64
第二章 ギルド業務、再開 編

4 惑い惑わされ

しおりを挟む
―――“幻影の霊ファントムゴースト”。
ヤツは、民からそう呼ばれ、恐れられていた。もう二十年も前の話だ。自分が倒した魔物のことは、全てこの頭に記憶してある。だからこそ、今回出てきた情報で、俺の記憶を疑わざるを得なかった。俺はヤツをこの手で葬り去った。
………と勘違いしていたのでは、と。



当時のウィル大陸は、今ほど十分な保障が冒険者には無く、何をするにも自己責任だった。魔物を狩ったところで大した金にならず、商人にチョロまかされ。村人から採取の依頼をされて、品物を届けても、手に入る報酬はわずか。
そういった依頼ならまだしも、役人から雑用を押し付けられたり、挙げ句の果てには、貴族の屋敷の庭掃除をやらされたり。……ただの庭ではない。魔物も潜む、大きな屋敷林。っていうのも、魔物討伐という意味だ。だが、やっとこさ倒したところで、ロクな給料も出ずに、それでおしまい。死んでもやっぱり自己責任。
今よりももっと、もっと危険な。
―――死と隣り合わせの、“汚れ仕事”。
当時は落ちぶれた貴族や商人、それから食い扶持ぶちを減らすために家を追い出された子供、やることのない貴族の四男坊など、そういう人達が、就く仕事だった。
冒険者とは名ばかり。…………それが、現実リアル
そういうイメージが定着していた……が、これを払拭する野郎も出てきた。それが、ロインなどの高等魔法使いや、コンキスのような頭脳明晰めいせきのエリートが、冒険者になった、所謂いわゆる冒険者像の改革のきっかけとなった、“黄金世代”の台頭だった。
なぜ、急にそんな奴らが冒険者になったかって?
理由は簡単。
…………………………………俺がこの世界に来たからだ。
奴らは、国から指名が来る程の、剣の腕前や魔法の才能を持っていた。王候貴族のお抱えの家来は、一ヶ月で平民一生分の給料を稼ぐほど。なのに、その夢や希望を蹴ってまで、対照的な冒険者の道を選んだ。俺は元々堅苦しいのは嫌いだし、当時は一人でいるのが好きだったから、冒険者を自ら志望した。それに、奴らはついてきたのだ。俺は以前、ロインとコンキスに、何故冒険者なんぞになったのかを、聞いた。そしたら奴らは、驚いた答えを返してきた。

『それは決まってますよ。…………君のことを支えるためです。それじゃあ理由になってませんかね?』

コンキスは、

『何になろうと自分の自由。私はそう思っている。それで、冒険者を選んだだけだ。……誰かに影響を受けてな。それが何か?』

本当に、変わった奴らだと思った。
そんな俺たちが受けたのが、とある緊急依頼。
―――“悪夢病”の解決だった。



国中の村に突然と現れ、霧を使って“惑わし”と呼ばれる術を使い対象者を夢に閉じ込め、じわじわと生命力を削る…………。それが分かったのは、討伐してすぐの頃だった。それ以前は、村人達が神の怒りに触れ、この“悪夢病”を発症するという、“神の悪戯”説が主流だった。よって、神によって“霊”――“幻影の霊ファントムゴースト”が召喚され、襲ったのだろうと、皆思い込んでいた。その国では、神を信じる文化……つまり宗教が、深く根付いていた。
無神論者、というか神なんてものを考えたこともない俺にとっては、違和感しかなかった。が、人々はこれを信じている。

「ロイン、村人達の話、どう思う?」

ロインはあごに手を当てながら言う。

「そうですね……。私の故郷、クレイ国は、トップが教会のバリバリの神聖国家だったので、彼らの気持ちも分かります。」

うへぇ、と俺はベロを出す。

「まあ、そんな風にするもんじゃないですよ。この国の人々にとって、これが当たり前なんですから。」

少し間を置き、俺はロインに問うた。

「じゃあ、これは“神の気紛きまぐれ”か?」
「いえ、間違いなく魔物の仕業でしょうね。」

ロインは笑顔でハッキリ断言した。



俺たちは一週間その村に泊まり込み、村長を説得した。
―――この“謎の病”の原因を、“討伐”させてほしい、と。
最初は「神に背けるか!」と言っていたが、俺たちが必死に説得し、「自己責任だぞ!」と言われたが、なんとか調査許可をもらった。ロインが三日かけて怪しい霧が発生したときの魔力の波長のパターンの分析をし、その間俺は村人達に聞き込み調査。結果は、一目瞭然だった。分析パターンは、魔物のもの。それに、村人達も、“神の悪戯”だと考えている人は、少数だった。自分の家族を寝たきりにされ、怒りに震える者もいた。その人たちのためにも、勝たなければ。
俺は改めてそう思った。
辺りの波長が急に狂い始めた日の夜、俺たちは例の魔物と対峙した。最終的にロインの聖魔法で追い込み、俺がとどめを差した。その時、わずかだが、魔石をドロップした。それを基に、村長に訴えた。あの日以来、新しく“悪夢病”にかかる人は、誰もいなかった。そして、魔物の仕業であると、認めてもらった。この事は大陸全土に広まり、“幻影の霊ファントムゴースト”を倒せば、治すことができるということが知られ、全国各地で、くすぶっていた冒険者達が活躍。おかげで、“悪夢病”は一網打尽に出来たのだ。それがきっかけで、世間の冒険者に対する見方は、大きく変わっていったのだが………。



「……てなわけで、確かに二十年前に全ての“幻影の霊ファントムゴースト”は討伐された………はずなんだ。」
「なるほど……、冒険者の歴史について、僕はチラッとしか聞いたことが無かったんですけど、本当だったんですね。」
「ああ。俺たちの待遇が良くなったのも、この一件以後で、ようやく保障が充実したのも、冒険者ギルドのシステムが出来てからだ。」

ちなみに、何故そのような雑用やらなんやらをやらされるような仕事に、冒険者という名前がついたのかというと、これも皮肉を込めてだ。“報酬が安いと分かって、無謀に挑戦する人々―――”。だから、“冒険者”、つまり、“冒険をする者”という名前をつけられたってわけだ。

「うーん…………。」

スバルはなんとなく分かったようだが、ミヨはあまり腑に落ちていないようだった。

「確かに、二十年前支部長が仰ったとおり、全国各地で“幻影の霊ファントムゴースト”が狩られたのでしょうけど……。それでも、普通の魔物みたいに、野生というか……………つまり、そういう悪夢を見せないものも居て、生き延びたのでは?」

ミヨの言うことに一理はある。を知らなければ、普通の魔物だと思うだろう。それに、世界各地に、ゴーストやらリッチやらの“アンデッド”と呼ばれる魔物達だっている。だが、こいつの場合、そういうヤツらとは違う。

「こいつらはな、“人の夢”を食い物にするんだ。」
「人の…………“夢”?」

ミヨとスバルは、鳥肌を立てている。

「そうだ。そういう痕跡が、俺が倒した“幻影の霊ファントムゴースト”にあったんだ。だから間違いないだろう。よって、人里以外には湧かない。魔法迷宮ダンジョンに現れたのも、沢山の冒険者が急に集まり、魔力が収束する何かがあってのことだろう。」

こんなヤツらに再び地上に湧かれたら、たまったもんじゃない。今のところ、不自然な霧の目撃情報は、この魔法迷宮ダンジョン内のみだけだ。……だから、叩くなら今がチャンスだ。もし叩き損ねたのであれば、また叩けば良いだけだ。

「だから、こいつもで討伐しようと思うのだが………どうだ? 怖じ気づいたか?」
「「いえ、全然………!」」

俺はスバルとミヨの方を向く。だが、二人の顔は沈んでおらず、むしろわくわくしているようだった。

「そうか。………この情報も、国と本部に通達がいけば、緊急依頼の案件となるだろう。だが、通達の期限前……つまり、この一週間の間で叩けば、俺たちの手柄となる。そして、以前ハイランク・オーガを倒した時のように、ギルドの予算分配額が上昇すること間違いなしだろう。」

俺の話を聞き、スバルは目を輝かせる。だが、やっぱりミヨは納得できていないようで。

「……しかし支部長、その魔物を討伐に行く間、私たちは支部を留守にすることになります。そうすると、他の冒険者達に迷惑が……それに、ギルドに泊まっている人もいますし。そういう人達のお世話は、一体どうすれば良いのでしょうか?」
「流石だな、ミヨ。お前は良いところに目がつく。」
「え? じゃあ、今回は討伐出来ないんですか?」

スバルが驚いた表情でこちらを見る。……やれやれ。

「そうだな。、な。だから、今回はユンクレアに居る冒険者達に頼もう。」
「しかし、Aランク冒険者に頼めば、予算が足りなくなってしまいますよ?」

ああ、そうだ。ミヨの言うとおりだ。

「おいおい、よく考えてみろ。この危ない魔物が、普通の討伐依頼に指定されると思うか?」

そうだな……今回は、このシステムを使わせてもらおう。

「ランク関係なしに、力があれば挑める………“特別依頼”制度だ。」
「「特別……依頼………。」」
「ああ、特別依頼だ。」

それは、前代未聞の作戦の始まりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

無職のニートと家族から冷遇され妻の不倫も発覚したから俺はもうお前たちを捨てます後から俺が起業していたことに気がつき泣きついてきても遅いからな

空地大乃
恋愛
若くして両親を亡くした俺は妻が妊娠したのをきっかけに子どもに寂しい思いさせないようにと在宅ワーク出来る仕事に切り替えた。だが義両親はそんな俺を引きこもりのニート扱いしいくら説明しても妻の紐扱いで義父母も大切に育ててきたつもりの娘も揃って俺を馬鹿にし続けた。働きに出ている妻に代わって家事全般もこなしているのに毎日ゴミ扱いされた上しまいには妻が浮気していた事が発覚。しかも義両親に至っては妻に浮気相手を紹介したのは自分たちだと開き直る始末。もうこんな家にはいられないと離婚を告げる俺と喜ぶ両親達。しかし妻だけは浮かない顔。しかしそんなことは知らん!お前らがどうなろうとしったことか!離婚後実は在宅ビジネスのおかげで遥かに夫の方が稼ぎが多かったと知ることになる義父母と娘だがそのころには後の祭り援助が欲しい?もうお前たちは赤の他人ですので知らん!

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...