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3章

38話 騎士の微笑み

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「で、だ…貴女は?何という名前かお伺いしても?」

 その端正に整った顔に優しげな微笑みを浮かべながら、男は──ディルレッドは言った。
リリィは少し躊躇うように視線を右往左往させてから、雨にかき消されそうなぐらい小さな声で名乗った。

「…リリィです」
「そうか、リリィというのか。いい名前だな」

 ディルレッドは「リリィ…そうかリリィというのか……」と何度もリリィの名前を口にしては、感傷に浸っていた。

 それと同時に、リリィはこの突然現れた男に感じたことの無い恐怖を覚えていた。
突然声をかけてきたかと思えば何故か自分の正体に気づいていて。
全く正気では無い状態。更にはライアーもいないというこの状況。
リリィにとってはこれだけの条件が重なってしまって、もう思考を放棄したくなっているぐらいだった。

(……この人が、どうして私の事を知っているのかは分からないけど…これ以上一緒にいたら駄目な気がする……離れないと…はなれなきゃ…)

 虚ろになった心の中で、そう最後の努力とばかりに思案する。
しかしリリィには立ち上がって逃げれるような気力は残っていなかった。
聖天雨ホーリーレインを使用したことによる魔力不足。
長時間巨人兵マンアゴーレムの咆哮を全身に浴び続けた事による、神経や体の節々の麻痺。
精神的支柱でもあったライアーを一時的にではあるが失った事による、精神的疲労。

 それらの不運が重なってしまいリリィの体には、立ち上がることさえ満足に出来ないわずかな体力しか残されていなかったのだ。

(まさか情報収集にとやって来た街で目的の女の子に会えるなんて思ってもみなかった……それにしても、この雨なんかやけに体に染み渡るような感じがするな)

 ディルレッドは、俺ってば本当に運がいいよなぁ!と内心で握りこぶしを作っていた。
そして疑問に思ったらしい。ずっと振り続けている不思議は雨について。

 今もなお降り注ぐ聖天雨ホーリーレインにはその1粒1粒に傷や病を癒す絶大な効果があるため、超広範囲治癒魔法としても重宝されているのだが。
この魔法には大きな欠点があり、それはなんと使というベタなものだった。
そのため雨にうたれるだけである程度回復する者が大半な中、リリィだけは常に負傷し続けているのだ。

 何故かただ雨の中に居るだけなのに元気が湧き上がる者達とは打って変わって、どれだけ雨の中にいようと元気になれないその少女は、たしかに異様な光景とも呼べた。
しかも、ひとりぼっちでずっと項垂れているのだから。その異質さは更なるものなのだろう。

 そこに1人の男が声をかけてきた。
ある意味、男には下心があった。もっとも、それはただ会って仲良くしたいというものなのだろうけども。
そしてリリィはディルレッドから逃げる…もとい離れようと思い立ち上がる。
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