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第五章・帝国の王女
682.Main Story:Ameless
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六月十一日。ユーキ達毒ワンコトリオが居なくなった東宮は、少しばかり静かになってしまった。一日経っても姿を見せないシュヴァルツへの心配が募る中、夕暮れ頃仕事をしている最中に、彼等と入れ替わるように東宮に帰って来た人もいて。
「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ、只今より職務に復帰致します。長らく休暇をいただきましたこと、改めまして王女殿下に感謝申し上げます」
「おかえりなさい、イリオーデ。貴方が戻って来てくれて嬉しいわ。ご実家の方はどうだった?」
「! 私めには勿体なき御言葉にて……生家に関しても、王女殿下に気を揉んでいただくようなことは何もございません。兄夫婦の仲も良好なようで、ランディグランジュ侯爵家はひとまず安泰と言えるでしょう」
「そう。それはよかったわ」
妖精族侵略事件の後処理や帝都復興計画にまつわる手配を終えたランディグランジュ侯爵に首根っこを掴まれ、強制帰省となった時はこの世の終わりかと見紛う程に悲壮な面持ちだったが……今や随分と晴々とした顔つきになっている。どうやら、帰省中に嬉しいことがあったようだ。
「……王女殿下。例の件については」
「あの件についてはまだ様子見しているところよ。何やら昨日、蛇の一員と思しき身元不明の惨殺死体が街中で発見されたとかで、軽率に調査が出来なくなってしまって……私達も頭を抱えているの。ルティが拠点を突き止めたけれど、奴等が悪事を企んでいる証拠が中々掴めなくて」
「左様でしたか。ルティの手腕を以てしても、とは……一筋縄ではいきませんね」
神妙な顔つきで話題を変えたイリオーデだが、まだ決定的証拠を掴めていないと話せばどこかホッとした様子だった。
それを挑発と受け取ったのか、
「なんだよその顔は」
「何のことだ」
「人を小馬鹿にしたようなその微笑みのことだよ」
「何故私がお前を笑う必要が?」
「うわわわわ。非常時に限って呑気に帰省してた人は言うことが違うね~~」
「鼻につく言い草だな。あれは私の意思ではないし、文句を言い募るならばお前も帰省すればいいだけのことだろう」
「文句じゃなくて事実に基づいた感想だよ。それと、残念ながら俺の実家はもうどこにも無いんですぅ」
「……そうなのか。失言だった、すまない」
「……素直に謝られるとこっちも反応に困るんだけど」
と、アルベルトとイリオーデが仲良く口喧嘩を繰り広げた。この光景も久々だ。
──イリオーデが聞いてきたのは勿論、近々起こるであろう建国祭テロについてのこと。数ヶ月前から調べ続けている事柄なので、イリオーデも例のカルト宗教のことを知っているのだ。そして、数ヶ月前からアルベルトが調べてくれているにもかかわらず、奴等は中々に尻尾を出さない。その足跡自体は辿れても、肝心の実態が中々掴めないでいる。
優秀なアルベルトからここまで逃げ続けるなんて、あのカルト宗教にはとんでもない人間が潜んでいるんじゃなかろうか。それこそ、ミカリアやリードさんレベルの一線を画す強さと能力を持った人間が。
そんな組織を相手に確たる証拠が掴めないなかで、何故かカルト宗教の一員らしき男が白昼堂々惨殺されていたりして、もうわけが分からない状態になりこちらとしても身動きが取れないでいる。
調査は大事だけど、アルベルトの身をこれ以上危険に晒す訳にはいかないし。……Xデーまであまり時間が無いのに、こんなところで二の足を踏むことになるなんて。
「どうされましたか王女殿下。浮かない顔をされて……」
「何か気にかかることでもありましたか?」
焦りから表情が固くなっていたのだろう。口喧嘩をしていた二人が、心配そうにこちらを見つめてくる。
「……事件が起こると分かっていたのに、また防げなかったらどうしようって……怖くて」
今まで起きてきた数々の事件。オセロマイト王国の滅亡も、赤髪連続殺人事件も、大公領の内乱も、魔物の行進も、何一つとして防げなかった。辛うじてゲーム通りの結末は回避できたけれど、あれはあくまで最善の結果でしかなくて、最良の結果ではない。
知っていたのに。数年も前から起こると分かっていたことなのに。それでも私は悲劇を防げなかった。筋書きを変えることができなかったのだ。
「王女殿下。貴女様の抱える不安と恐怖は正しいものです。なので、それを無かったことにする必要などありません。不安というものは人が乗り越えるべき壁であり、恐怖というものは人が寄り添うべき本能なのです。それを疎む必要も無ければ、ましてや不安と恐怖の対象を過剰に恐れる必要などないのです」
紳士服のまま膝を折り、イリオーデはこちらを見上げ顔を覗き込んでくる。そして彼はふっと微笑んだ。
「それでも。もし貴女様が不安と恐怖を拭えないのであれば……それを私達に分け与えてください。貴女様が一人では抱えきれない不安も、私達二人に分けてくださったならば。きっと、恐怖に苛まれることは減るでしょう」
「……いいの? 私の不安を、貴方達に押し付けてしまって」
「当然です。私達がいるので絶対に大丈夫、とは間違っても言えませんが……貴女様の不安を少し和らげることぐらいならば出来ましょう。確かに事件の発生そのものは防げぬやもしれませんが、まだ起きていない事件ならば最善を尽くすことは可能です。なのでどうか、御一人で抱え込まないでください」
「イリオーデ……」
彼が私の手を取り力強く言い切ったところで、今度はアルベルトが隣で跪き口を切った。
「俺も最善を尽くします。なんとか事件発生前に確たる証拠を掴み、未然に防ぎましょう。──でも。もし、俺の力不足故にそれが叶わなかったら。その時はどうか俺達も一緒に、『事件が起きちゃったな』ってへこませてください。そしてその後は『事件を終息させるぞ!』って、一緒に気合いを入れさせてください。騎士君も言ったように、主君の肩の荷を少しだけでも俺達に分けてくださりませんか?」
「ルティ、まで……」
弱音一つ吐けない、我儘ばかりの可愛げの無い主なのに。どうして彼等はこんなにも、ひたむきに仕えてくれるんだろう。私の全てを肯定して、どんな私でも受け入れて支えてくれるのはなんでだろう。──なんて。そんなの、もう分かりきっている。
「……ありがとう、二人共」
屈んで、小首をかしげる二人に向けて告げる。
「貴方達みたいな優しい人が私の従者で本当によかった。大好きよ、二人共」
彼等は、従者としてこんな不出来な主を愛しんでくれている。今まではそれにすら気づけなかったけれど……今ならわかる。だからこそ、まっすぐに忠誠心を向けてくれる彼等に私も最大限の愛情を返さないと。
「ッッッ!?」
「~~だッ、だいっ……す……き……ぃッ?!」
真っ赤な顔で二人が固まってしまった。
もしや愛情の出力方法を間違えてしまった……? おかしいな、博愛的なシルフを参考にストレートに愛情を伝えてみたんだけど。私にはシルフの振りまくようなスタイルは合わないのだろうか。
「…………主君。お願いですから、軽率に笑顔でそのようなお言葉を口にしないでください……勘違いする人間が続出してしまいます……!」
「ルティの言う通りです。我々であったから良かったものの、相手によっては大惨事でしたでしょう」
「ただ好きって言っただけなのに!?」
「「はい」」
何故か悶絶しているアルベルトと、薄ら涙を浮かべるイリオーデ。彼等はなんとも不思議なことを言い出す。
「勘違いって言うけれど……私、貴方達のことは本当に大好きなのよ? 『愛』はまだよく分からないけど、『好き』は分かるから」
「だからぁ! そういうところが! 勘違いさせるんですってぇ!!」
「だ、だから勘違いじゃなくて貴方達のことは本当に大好きなんだって」
「王女殿下、それ以上はどうかご勘弁を。一日の王女殿下摂取許容量を遥かに超過してしまいます……!」
「許容量!? 何の!?」
様子がおかしくなった二人を落ち着かせつつ、私達は建国祭テロへの不安を分け合い共に迎え撃つことを改めて決意したのであった。
「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ、只今より職務に復帰致します。長らく休暇をいただきましたこと、改めまして王女殿下に感謝申し上げます」
「おかえりなさい、イリオーデ。貴方が戻って来てくれて嬉しいわ。ご実家の方はどうだった?」
「! 私めには勿体なき御言葉にて……生家に関しても、王女殿下に気を揉んでいただくようなことは何もございません。兄夫婦の仲も良好なようで、ランディグランジュ侯爵家はひとまず安泰と言えるでしょう」
「そう。それはよかったわ」
妖精族侵略事件の後処理や帝都復興計画にまつわる手配を終えたランディグランジュ侯爵に首根っこを掴まれ、強制帰省となった時はこの世の終わりかと見紛う程に悲壮な面持ちだったが……今や随分と晴々とした顔つきになっている。どうやら、帰省中に嬉しいことがあったようだ。
「……王女殿下。例の件については」
「あの件についてはまだ様子見しているところよ。何やら昨日、蛇の一員と思しき身元不明の惨殺死体が街中で発見されたとかで、軽率に調査が出来なくなってしまって……私達も頭を抱えているの。ルティが拠点を突き止めたけれど、奴等が悪事を企んでいる証拠が中々掴めなくて」
「左様でしたか。ルティの手腕を以てしても、とは……一筋縄ではいきませんね」
神妙な顔つきで話題を変えたイリオーデだが、まだ決定的証拠を掴めていないと話せばどこかホッとした様子だった。
それを挑発と受け取ったのか、
「なんだよその顔は」
「何のことだ」
「人を小馬鹿にしたようなその微笑みのことだよ」
「何故私がお前を笑う必要が?」
「うわわわわ。非常時に限って呑気に帰省してた人は言うことが違うね~~」
「鼻につく言い草だな。あれは私の意思ではないし、文句を言い募るならばお前も帰省すればいいだけのことだろう」
「文句じゃなくて事実に基づいた感想だよ。それと、残念ながら俺の実家はもうどこにも無いんですぅ」
「……そうなのか。失言だった、すまない」
「……素直に謝られるとこっちも反応に困るんだけど」
と、アルベルトとイリオーデが仲良く口喧嘩を繰り広げた。この光景も久々だ。
──イリオーデが聞いてきたのは勿論、近々起こるであろう建国祭テロについてのこと。数ヶ月前から調べ続けている事柄なので、イリオーデも例のカルト宗教のことを知っているのだ。そして、数ヶ月前からアルベルトが調べてくれているにもかかわらず、奴等は中々に尻尾を出さない。その足跡自体は辿れても、肝心の実態が中々掴めないでいる。
優秀なアルベルトからここまで逃げ続けるなんて、あのカルト宗教にはとんでもない人間が潜んでいるんじゃなかろうか。それこそ、ミカリアやリードさんレベルの一線を画す強さと能力を持った人間が。
そんな組織を相手に確たる証拠が掴めないなかで、何故かカルト宗教の一員らしき男が白昼堂々惨殺されていたりして、もうわけが分からない状態になりこちらとしても身動きが取れないでいる。
調査は大事だけど、アルベルトの身をこれ以上危険に晒す訳にはいかないし。……Xデーまであまり時間が無いのに、こんなところで二の足を踏むことになるなんて。
「どうされましたか王女殿下。浮かない顔をされて……」
「何か気にかかることでもありましたか?」
焦りから表情が固くなっていたのだろう。口喧嘩をしていた二人が、心配そうにこちらを見つめてくる。
「……事件が起こると分かっていたのに、また防げなかったらどうしようって……怖くて」
今まで起きてきた数々の事件。オセロマイト王国の滅亡も、赤髪連続殺人事件も、大公領の内乱も、魔物の行進も、何一つとして防げなかった。辛うじてゲーム通りの結末は回避できたけれど、あれはあくまで最善の結果でしかなくて、最良の結果ではない。
知っていたのに。数年も前から起こると分かっていたことなのに。それでも私は悲劇を防げなかった。筋書きを変えることができなかったのだ。
「王女殿下。貴女様の抱える不安と恐怖は正しいものです。なので、それを無かったことにする必要などありません。不安というものは人が乗り越えるべき壁であり、恐怖というものは人が寄り添うべき本能なのです。それを疎む必要も無ければ、ましてや不安と恐怖の対象を過剰に恐れる必要などないのです」
紳士服のまま膝を折り、イリオーデはこちらを見上げ顔を覗き込んでくる。そして彼はふっと微笑んだ。
「それでも。もし貴女様が不安と恐怖を拭えないのであれば……それを私達に分け与えてください。貴女様が一人では抱えきれない不安も、私達二人に分けてくださったならば。きっと、恐怖に苛まれることは減るでしょう」
「……いいの? 私の不安を、貴方達に押し付けてしまって」
「当然です。私達がいるので絶対に大丈夫、とは間違っても言えませんが……貴女様の不安を少し和らげることぐらいならば出来ましょう。確かに事件の発生そのものは防げぬやもしれませんが、まだ起きていない事件ならば最善を尽くすことは可能です。なのでどうか、御一人で抱え込まないでください」
「イリオーデ……」
彼が私の手を取り力強く言い切ったところで、今度はアルベルトが隣で跪き口を切った。
「俺も最善を尽くします。なんとか事件発生前に確たる証拠を掴み、未然に防ぎましょう。──でも。もし、俺の力不足故にそれが叶わなかったら。その時はどうか俺達も一緒に、『事件が起きちゃったな』ってへこませてください。そしてその後は『事件を終息させるぞ!』って、一緒に気合いを入れさせてください。騎士君も言ったように、主君の肩の荷を少しだけでも俺達に分けてくださりませんか?」
「ルティ、まで……」
弱音一つ吐けない、我儘ばかりの可愛げの無い主なのに。どうして彼等はこんなにも、ひたむきに仕えてくれるんだろう。私の全てを肯定して、どんな私でも受け入れて支えてくれるのはなんでだろう。──なんて。そんなの、もう分かりきっている。
「……ありがとう、二人共」
屈んで、小首をかしげる二人に向けて告げる。
「貴方達みたいな優しい人が私の従者で本当によかった。大好きよ、二人共」
彼等は、従者としてこんな不出来な主を愛しんでくれている。今まではそれにすら気づけなかったけれど……今ならわかる。だからこそ、まっすぐに忠誠心を向けてくれる彼等に私も最大限の愛情を返さないと。
「ッッッ!?」
「~~だッ、だいっ……す……き……ぃッ?!」
真っ赤な顔で二人が固まってしまった。
もしや愛情の出力方法を間違えてしまった……? おかしいな、博愛的なシルフを参考にストレートに愛情を伝えてみたんだけど。私にはシルフの振りまくようなスタイルは合わないのだろうか。
「…………主君。お願いですから、軽率に笑顔でそのようなお言葉を口にしないでください……勘違いする人間が続出してしまいます……!」
「ルティの言う通りです。我々であったから良かったものの、相手によっては大惨事でしたでしょう」
「ただ好きって言っただけなのに!?」
「「はい」」
何故か悶絶しているアルベルトと、薄ら涙を浮かべるイリオーデ。彼等はなんとも不思議なことを言い出す。
「勘違いって言うけれど……私、貴方達のことは本当に大好きなのよ? 『愛』はまだよく分からないけど、『好き』は分かるから」
「だからぁ! そういうところが! 勘違いさせるんですってぇ!!」
「だ、だから勘違いじゃなくて貴方達のことは本当に大好きなんだって」
「王女殿下、それ以上はどうかご勘弁を。一日の王女殿下摂取許容量を遥かに超過してしまいます……!」
「許容量!? 何の!?」
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