だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第五章・帝国の王女

676,5.Interlude Story:Odium

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「……──ぅっ、ここ、は……?」

 目を覚ませば、そこには見慣れた質素な天井がある。そして僕が目覚めたことに気づいたのか、同胞達がこちらを覗き込んできた。

「あ、センセー起きた? いやぁ流石っすよセンセー!」
「お目覚めですか、先生。お疲れ様です。あの怪物──リンデア教の教皇を相手取り五体満足で帰還されるとは」

 いつもと変わらぬ明るい笑顔を作るインヴィダと、誇らしげに眼鏡を押し上げるインテレクトス。
 どうやら僕は……あの怪物を前に生還することが出来たらしい。信じ難いが、確かにこの身は五体満足だ。

「……インヴィダ卿。インテレクトス卿。僕はどうやって戻ってきたんだ?」
「どうやって、って……いつもの調子で戻って来て、ジスガランド教皇とり合った話をしてくれたじゃないですか。一休みして忘れちゃったんすかー?」
「先生はきっと、同胞の件で心を砕いていらっしゃるのだろう。先生が駆けつけ、その死を見届けてくれたのならば、ストプロム卿も浮かばれるでしょう」

 ですのでどうか気に病まず、とインテレクトスは言う。
 ……そうか。僕はストプロムを救えなかったのか。あの怪物の相手で精一杯で、救えたやもしれぬ同胞を見殺しにしてしまった。

「……明日にでも、彼を悼む葬儀を行おう。骨一つ拾ってやれない無様な教祖だが……それでも彼に追悼の意を表したい」

 体を起こしながら告げると、

「先生ならばそう仰ると思っていました。出払っているロボラ卿やレヌンティアツォ卿、他拠点に滞在している同胞達にも知らせておきます」
「じゃあ俺は葬儀の準備でもしようかなー」

 二つ返事で了承し、彼等は立ち上がった。そしてくるりと踵を返したその背に向け、僕は明かす。

「少し待ってくれるか、二人共」
「ん? どうしましたー?」
「はい、なんでしょうか」
「先程あなた達は僕がいつもの調子で戻ってきたと言ったが……それはありえないのだ。何故なら僕は──異教徒、ジスガランド教皇との戦いの最中で一度気を失った。そして、目を覚ましたのはつい先程。だから、あなた達が言葉を交わしたのは僕ではない僕だ」

 欠けた記憶の中で、僕は異教徒との戦いから離脱し、この拠点まで無事に帰還してみせたようだ。何故そのようなことを成し遂げられたのか……一つだけ心当たりがないこともない。

「えーっと、つまりセンセーが多重人格ってコト? そんな話一度も聞いたことないけど」
「ふむ……言われてみれば、確かにあの時の先生は少しばかり“圧”が強かった気がしますね」
「うっそだぁ~! そんなの全然分からなかったよ」
「それはオマエの気が常に抜けているからだろう」
「失礼だなー。俺こう見えて結構真面目に生きてるんだけど」
「一度鏡を見てからものを言え」

 インヴィダとインテレクトスがやいのやいのと口論を始めたところで、ため息混じりに切り出す。

「これはあくまで僕の推測だが──……おそらく、我らが神が僕を窮地からお救いくださったのだろう。僕の体を使って異教の怪物を退けることで、神は僕を守ってくださったのだ」
「! つまり、我らが神が意識を失った先生を安全地帯ここまで…………嗚呼、我らが神はなんと慈悲深い御方なのか。先生がとても献身的にお仕えしているからこそ、神も先生の為にご降臨されたのでしょうね」
「そうであればこれに勝るものなどない望外の喜びなのだが……」
「きっとそうです。そうに違いありません。先生程の信心深き方だからこそ、神は貴方を救ってくださったのです。──いつかは俺も、お救いしていただきたいものです」

 眼鏡越しに見えるインテレクトスの瞳が、無垢な少年のように輝く。

「…………じゃあつまり、俺達、我が神と話しちゃったってコト!? えええっ! 一生モノの幸運だよねこれー!?」
「落ち着いて、インヴィダ卿。我らが神は僕達に慈愛の限りを尽くしてくださっている。あなたが変わらず神を信じていれば、いつかまた、神の御言葉を拝聴することが叶うだろう」
「──はい! 分かりました、先生っ」

 遅れてはしゃぐインヴィダを諭すと、彼は相変わらずの眩い笑顔で無邪気に答えた。
 この場に女性の信徒がいたならば、また戒律を破る者が続出したことだろう。容姿が整っている彼等が、こうも飾らない笑みを浮かべては……女性達の心を射止めてしまうこと、必至だ。まあ、既に射止めているやもしれないが。

「──とにかく。“浄化の儀”と並行してストプロム卿の葬儀の準備をしよう」
「分かりました。……先生、例のネズミの件についてなのですが」
「尻尾が掴めたのか?」
「いえ……相当な手練のようで、痕跡一つ残っておらず、正体を突き止めることは困難を極めるかと」

 インテレクトス達でも正体を掴めぬ程の手練か……。

「最も怪しいのはジスガランド教皇だろう。あの怪物ならば、あなた達の目を掻い潜り我々について嗅ぎ回ることも出来よう」
「あー、やっぱりその線ですかねー。ジスガランド教皇が相手なら、尻尾を掴むことなんてほとんど不可能かも」
「いや、寧ろ好機かもしれない。仮にネズミがジスガランド教皇だったなら、あの男を誘き寄せられる罠を用意すればいいだけのことだからな」
「わぁお。けいったら頭良いねぇ~~」

 ジスガランドの怪物を誘き寄せられる罠。そんなものがあるのかと頭をひねった時。僕はあの男との会話を思い出した。

『……ジスガランド教皇よ。ここは貴殿の国より遠く離れた地。騒ぎを起こすなど、得策とは言えまい』
『私だって好きで騒ぎを起こす訳ではないさ。だがそなた等が、よりにもよって此処で悪巧みをしているようだから。この国に手を出すのであれば──私も、黙っているわけにはいかないのだよ』

 あの男は確かにそう言っていた。この国に手を出すのであれば、と。つまり──……

「……フォーロイト帝国。この国に対し、あの男は並々ならぬ執着を見せていた。この遠き異国の地にて我々と衝突することとて厭わない程に。この国には、ジスガランドの怪物が執着する程の何かがあるのではないか?」
「国そのものへの執着、ですか。ふむ……不可解ではありますが──」
「現にあの男は完全に異国アウェーの地で布教活動なんてものをしていますし。フォーロイト帝国この国でなければならない理由が何かあるってことですよねー?」

 インヴィダに被せるように発言され、インテレクトスは顔を顰める。

「……。その理由さえ分かれば、目障りなあの怪物を“救済”できるのだが。何故あの男は氷の国に執着しているんだ……?」
「考えられる可能性としては……国教会と友誼を結びながらも宗教統一が行われておらず、天空教信徒が周辺諸国と比べて少ない大陸西方有数の大国──なんて都合が良すぎるこの国を起点に、国教会に対抗できる勢力を築こうとしているとか」
「インヴィダ卿の意見はもっともだが、だとすれば怪物一人で布教活動をするのはあまりにも効率が悪すぎる。あの男には、単独行動でなければならない理由もあるのではなかろうか」
「それもそうかー。なんでジスガランド教皇は一人でこの国に滞在してるんだろー」

 うーん、と二人は揃って首を傾げた。
 その件についても調べる必要があるが……ひとまずは“浄化の儀”の準備とストプロムの葬儀に注力しよう。
 あの男がフォーロイト帝国に執着しているのであれば──“浄化の儀”を行えば、自ずとあちらから姿を現すだろうから。
 神よ。我らが神よ。忌まわしき怪物よりこの身をお救いくださり、心より感謝致します。そして、叶うならば──……この世界のあまねく全てに、あなたの救いが齎されますように。
 その為に。僕は、あなたに救われたこの身を捧げましょう。
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