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第五章・帝国の王女
676.Side Story:Lwacreed2
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「……っ!!」
麻縄で締めるように、じわじわと我が首を締め付ける何か。生き物のように蠢く何かには実体がなく、素手では触れることさえ叶わない。
「ぐっ……!」
主のご加護が輝く右手でさえも、見えない何かを退けることは叶わない。……ならば、大元を討つほかあるまい!
「ッ、ぅ……えぃ、しょ、う……ほ、ぅっ、き……っ!!」
擬似太陽、集束──……陽光の咆哮!!
幼い頃から生きる為に使ってきた、初めての創作魔法。これならば、詠唱せずとも発動できる!
動かぬ男の頭上に金色の魔法陣が輝き、どこからともなく集束した太陽光を照射しようとする。そうして陽光の咆哮が発動すると同時、首を締める何かがふっと居なくなり、代わりに男の姿が目の前から消えた。
「けほっ、かは……っ! はぁ、どこに行ったんだ……?」
辺りを見渡す。すると、家屋の屋根上に男の姿はあった。目深に被っていたフードが落ち、男の顔が見える。男は虚ろな目でこちらを見下ろし、
「『忌まわしき人神め……またオレの邪魔をしやがって。──人神の信者よ、次こそは我が眷属が貴様を殺す』」
威圧感のある声音で言い捨てて、踵を返した。
「……追いかけることも出来るが、今はやめておこう。これ以上街で暴れたら彼女に迷惑がかかりかねない」
すると、タイミングを見計らったかのように、先程の路地裏から悲鳴が聞こえてきた。おそらくは野次馬の誰かがあの死体を見つけたのだろう。しっかり返り血を浴びてしまったし、どう考えても私が、異教徒殺人事件の容疑者最有力候補となってしまうだろう。
ふむ。どうしたものか。と、悩み。胸元のネックレスに触れて私はある名を呟いた。
「──ベール。今、大丈夫かい?」
「えぇ、大丈夫でしてよ」
「駆けつけるのが早いね」
「丁度暇しておりましたの」
うふふ、とベールは麗らかに微笑む。
「それで……あなたは私に何を望むのかしら?」
「察しが良くてありがたいよ。──この場にいる全ての人間から、約十五分間の記憶を消してほしい」
「この場全ての人間となりますと、ざっと三十人前後はいますわよ。これを全てと望むのなら……相応の対価はいただくけれど、よくって?」
「構わない。今すぐ頼む」
「もう。相変わらず自分勝手な男ですわね、あなたは」
むぅっとした表情で腐し、ベールは回帰の権能を発動した。聖人の力の封印の為に権能の一部を犠牲にしていると聞いているが、流石は原初の存在──純血の竜種。数十人程度の記憶を奪うことなど、造作もないらしい。
彼女を中心として、波打つ湖面のように純白よりも白い波紋が広がる。そしてその波紋が消えた瞬間。周囲の人々の意識がほんの一瞬飛んだかと思えば、
「あれ……おれ、なんでここに?」
「私も、こんな所で何を……」
「って。うわぁあああっ?! お、おいあれ見ろよ! 人が倒れてるぞ?!」
「きゃあああああああああっ!!」
人々は一様に、ここ十数分の記憶を失ったようだ。
「人間達の記憶を消したのにあなたがここに居ては本末転倒ですわ。早く帰りましょう、ロアクリード」
「そうだね。助かったよ、ベール。ありがとう」
「どういたしまして。さて、対価は何をいただきましょうか」
「……無理難題は突きつけないでくれると嬉しいな」
「ふふっ」
嗜虐嗜好の彼女は意味深に笑い、私の手を取って空間魔法を使用した。
……これはまた意味不明な無理難題を課されて奔走することになるだろうな。彼女は、困っている人間を見ることが趣味みたいなヒトだから。
瞬間転移の輝きに包まれながら、私は深く項垂れた。
♢♢♢♢
「あら。逃してしまったんですの? あなたともあろう人が……珍しいこともあるものね」
「誠に不本意ながら、殺しそびれてしまったよ。これだから神に選ばれた人間ってものは厄介だ。まさか邪神直々に助けに来るなんて」
「それ、今のあなたが言っても説得力皆無ですわよ?」
「この力はあくまで主の慈愛だよ。私の浅ましい願いに主が応えてくださったというだけだ」
「ですからそれが…………いいえ、もういいですわ。聖人と比較され続け、あなたの価値観は随分と捻じ曲がってしまったようですからね」
やれやれと嘆息を吐き出し、ベールは紅茶の上澄みで桃色の唇を濡らす。
「……はあ。アミレスさんもあの異教徒集団に目をつけているから、彼女が本格的に動き出す前に異教徒集団を壊滅させたかったんだけどなぁ。指導者らしき男が神に選ばれた側の人間となると、活動拠点に殴り込んで殲滅するというのも難しそうだ」
気合いで帝都全域に神聖十字臨界を放つことも出来るが、流石に国際問題直行だし、それにより彼女にどれ程の苦労を強いるか想像に難くない。
だからコツコツと調べて、拠点に単騎で殴り込もうとしていたのだが……予想以上に異教徒の口が固く結束も強かったものだから、我が計画など易々と打ち砕かれてしまった。
情けないなぁ、本当に…………。
麻縄で締めるように、じわじわと我が首を締め付ける何か。生き物のように蠢く何かには実体がなく、素手では触れることさえ叶わない。
「ぐっ……!」
主のご加護が輝く右手でさえも、見えない何かを退けることは叶わない。……ならば、大元を討つほかあるまい!
「ッ、ぅ……えぃ、しょ、う……ほ、ぅっ、き……っ!!」
擬似太陽、集束──……陽光の咆哮!!
幼い頃から生きる為に使ってきた、初めての創作魔法。これならば、詠唱せずとも発動できる!
動かぬ男の頭上に金色の魔法陣が輝き、どこからともなく集束した太陽光を照射しようとする。そうして陽光の咆哮が発動すると同時、首を締める何かがふっと居なくなり、代わりに男の姿が目の前から消えた。
「けほっ、かは……っ! はぁ、どこに行ったんだ……?」
辺りを見渡す。すると、家屋の屋根上に男の姿はあった。目深に被っていたフードが落ち、男の顔が見える。男は虚ろな目でこちらを見下ろし、
「『忌まわしき人神め……またオレの邪魔をしやがって。──人神の信者よ、次こそは我が眷属が貴様を殺す』」
威圧感のある声音で言い捨てて、踵を返した。
「……追いかけることも出来るが、今はやめておこう。これ以上街で暴れたら彼女に迷惑がかかりかねない」
すると、タイミングを見計らったかのように、先程の路地裏から悲鳴が聞こえてきた。おそらくは野次馬の誰かがあの死体を見つけたのだろう。しっかり返り血を浴びてしまったし、どう考えても私が、異教徒殺人事件の容疑者最有力候補となってしまうだろう。
ふむ。どうしたものか。と、悩み。胸元のネックレスに触れて私はある名を呟いた。
「──ベール。今、大丈夫かい?」
「えぇ、大丈夫でしてよ」
「駆けつけるのが早いね」
「丁度暇しておりましたの」
うふふ、とベールは麗らかに微笑む。
「それで……あなたは私に何を望むのかしら?」
「察しが良くてありがたいよ。──この場にいる全ての人間から、約十五分間の記憶を消してほしい」
「この場全ての人間となりますと、ざっと三十人前後はいますわよ。これを全てと望むのなら……相応の対価はいただくけれど、よくって?」
「構わない。今すぐ頼む」
「もう。相変わらず自分勝手な男ですわね、あなたは」
むぅっとした表情で腐し、ベールは回帰の権能を発動した。聖人の力の封印の為に権能の一部を犠牲にしていると聞いているが、流石は原初の存在──純血の竜種。数十人程度の記憶を奪うことなど、造作もないらしい。
彼女を中心として、波打つ湖面のように純白よりも白い波紋が広がる。そしてその波紋が消えた瞬間。周囲の人々の意識がほんの一瞬飛んだかと思えば、
「あれ……おれ、なんでここに?」
「私も、こんな所で何を……」
「って。うわぁあああっ?! お、おいあれ見ろよ! 人が倒れてるぞ?!」
「きゃあああああああああっ!!」
人々は一様に、ここ十数分の記憶を失ったようだ。
「人間達の記憶を消したのにあなたがここに居ては本末転倒ですわ。早く帰りましょう、ロアクリード」
「そうだね。助かったよ、ベール。ありがとう」
「どういたしまして。さて、対価は何をいただきましょうか」
「……無理難題は突きつけないでくれると嬉しいな」
「ふふっ」
嗜虐嗜好の彼女は意味深に笑い、私の手を取って空間魔法を使用した。
……これはまた意味不明な無理難題を課されて奔走することになるだろうな。彼女は、困っている人間を見ることが趣味みたいなヒトだから。
瞬間転移の輝きに包まれながら、私は深く項垂れた。
♢♢♢♢
「あら。逃してしまったんですの? あなたともあろう人が……珍しいこともあるものね」
「誠に不本意ながら、殺しそびれてしまったよ。これだから神に選ばれた人間ってものは厄介だ。まさか邪神直々に助けに来るなんて」
「それ、今のあなたが言っても説得力皆無ですわよ?」
「この力はあくまで主の慈愛だよ。私の浅ましい願いに主が応えてくださったというだけだ」
「ですからそれが…………いいえ、もういいですわ。聖人と比較され続け、あなたの価値観は随分と捻じ曲がってしまったようですからね」
やれやれと嘆息を吐き出し、ベールは紅茶の上澄みで桃色の唇を濡らす。
「……はあ。アミレスさんもあの異教徒集団に目をつけているから、彼女が本格的に動き出す前に異教徒集団を壊滅させたかったんだけどなぁ。指導者らしき男が神に選ばれた側の人間となると、活動拠点に殴り込んで殲滅するというのも難しそうだ」
気合いで帝都全域に神聖十字臨界を放つことも出来るが、流石に国際問題直行だし、それにより彼女にどれ程の苦労を強いるか想像に難くない。
だからコツコツと調べて、拠点に単騎で殴り込もうとしていたのだが……予想以上に異教徒の口が固く結束も強かったものだから、我が計画など易々と打ち砕かれてしまった。
情けないなぁ、本当に…………。
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