上 下
761 / 766
第五章・帝国の王女

675.Side Story:Lwacreed

しおりを挟む
 鐘の音が響く。幾重にも、何かを祝福するかのように、麗しくしかして荘厳にそれは鳴り響く。

「っ?! なんだ、この音は……?!」

 異教徒の男が耳を押さえて眉を顰めた、その時。

『────そう自分を卑下しないで。君は僕の、自慢の子なのだから』

 とても温かい、誰か・・の声が私を包んだ。

『たとえ君が認められずとも、僕は君を愛しているし、君をずっと見守っているよ。誰よりも僕と似ていて僕よりもずっと優しい──……不器用なロアクリード』

 ドクン、と。強く心臓が鼓動する。聞いたことがないはずなのに、この声が誰のものなのか、何故かわかる。この頭が、心が、私以上にそれを理解している。

「……主、なのですね……っ」

 涙と共に言葉が溢れ出た。
 愛されていた。こんな私が、こんな平凡な私が、我が神に愛されていた。主に認められていたなんて……!

『君はもう少し自分の為に力を使うべきだ。私の愛が、君の願いの一助となることを祈るよ。──さあ、頑張りなさい、ロアクリード』
「っはい! 感謝致します、主よ!」

 主の御声を拝聴し、湧き出る力を拳に集めて、迫り来る紫黒しこくの大蛇へと放つ。すると大蛇の頭部が爆ぜ、それは一時撤退して頭部を修復しながら男の周りを舞う。
 水だから打撃は効かないとも考えたが、今ならばいける気がした。選ばれた側のお前達のように、主のご加護がある今ならば……私はきっと──憎き聖人にだって打ち勝てるだろうから!

「!? やはり邪神の力を……ッ!」
「我が主、ハイル様を愚弄しないでもらえるか」
「人の分際で分不相応な座を望んだ男など、欲深き邪神としか言いようがない。そのような下賤な者が我が神と同じ位にあることが、そも許し難いことなのだ!」
「何を言うか。我が主、ハイル様をお前達の信仰対象を同列に語るな。お前達の神とやらが実在しようがしまいが、この世界において真なる神は唯一柱ただひとり! ──ハイル様のみだ!!」

 主を信じれば信じる程、力が湧いてくる。聖人は、幼い頃からこのような全能感を抱いていたのか。そりゃあ、ああも面倒な人間に育つというものだ。
 私にとって主の教えというものは当たり前のものであり、主への祈りを捧げるのは物心ついた頃からの日課だった。魔窟の中でも、祈りを捧げることだけはやめなかった。──いや、あまりにもそれが当たり前で、たとえ魔物と戦っている最中でも、体が勝手に主への祈りを捧げていた。
 それ程までに私という人間を構成する一部分になっていた主が、私を愛してくれている。『君はもう少し自分の為に力を使うべきだ』と、そうお告げくださったのだ。

 ならば私はその御言葉に従おう。私の人生を支えてくださった主の御言葉に従い、私の人生を導く彼女の為に──いいや。彼女の・・・為に・・この・・世界・・が欲・・しい・・という私の・・欲望の・・・為に・・、主より授かりしこの力を使おう!

「運がいいな、お前。今の私はとても高揚している。何せ──……主のご加護があるのでね」
「っ!? 神聖なる大蛇よ!!」

 地面を蹴り一気に肉薄すると、男が手足のように紫黒しこくの大蛇を操った。──だが、問題はない。陽だまりのような暖かさを持つ光が右手に集まり、やがてそれは長装籠手ガントレットとなって私の右手を包む装甲をあつらえた。これは心強いとほくそ笑み、大蛇ごと男の腹に深い一発ストレートをお見舞いする。

「っぐ、ぁああッッッ!?」

 胃液や血を口から飛ばし、骨や内臓が潰れる音と共に男が凄まじい勢いで吹っ飛ぶ。路地裏を飛び出して小さな通りにある家屋に衝突すれば、これまた衝撃音が轟いて辺りは騒然となる。

「……とんでもないな、これ」

 気分が高揚していたとはいえ、手加減だってした筈だ。なのに想像以上の威力が出てしまい、若干頭が冷えてきた。
 主よ。あなたのご加護、凄まじいです。多分、私のような自分勝手な人間に与えてはいけないご加護です。これ。
 以前シュヴァルツ君が言っていた、『だって君──聖人と同じぐらいの土台はあるだろ?』という言葉は、もしやこのことだったのかもしれない。
 とうに見放されていると思っていたが、私は私が思っていたよりも……主に愛され、信用されているのかもしれない。──このような、圧倒的な力を与えられる程度には。

「それじゃあさっさとあの男を始末しようか」

 主のお導き通り、私は私の為にこの力を使う。
 ──『私は……っ、死にたく、ないよ……!』と、当たり前のことで涙する少女の未来の為に。
 ──『色々楽しみになって来ました。頑張って、大人になってみせるね。リードさん!』と、当たり前の未来すら朧げな儚い彼女の笑顔の為に。
 これからも君にとって『良い大人』でいられるように、私は君の疵になろう。君の為に世界を敵に回したなら、きっと──……君だけは私を『良い大人』として記憶してくれるだろうから。
 きっと私は早世そうせいするだろうけど……彼女の記憶の中に美しいまま永遠に遺れるのなら、寧ろその方がいいじゃないか。

「……汚れに穢れた醜い私など、彼女は知らなくていい。彼女が『綺麗な優等生の私』だけ覚えていてくれたならば、それだけで私の人生全てが報われるのだから」

 それが私の欲。私の願い。私の、夢。

「主よ。あなたのおかげで私は私の願いに向き合えました。私は──この願いの為にこの身の全てを擲つと、ここに誓います」

 コツコツと。主への感謝と信仰が深まるにつれ輝きを増す長装籠手ガントレットを体側で揺らし、石畳の上を行く。
 先程まで自暴自棄になっていたのが嘘のように、私の心は晴れやかだった。──っと、いけない、いけない。
 凡人が調子に乗りすぎても何もいいことなどない。あくまでこの力は主の慈愛により与えられし泡沫のもの。この全能感に慣れてしまっては、聖人のような人間になってしまいかねない。それだけは避けねば。

「その為にも、お前は早く死んでくれないか?」

 飛ぶように間合いを詰め、瓦礫の上で項垂れる男の前に立った、その時。首に何かが巻き付いたかのように息苦しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】転生先のハレンチな世界で閨授業を受けて性感帯を増やしていかなければいけなくなった件

yori
恋愛
【番外編も随時公開していきます】 性感帯の開発箇所が多ければ多いほど、結婚に有利になるハレンチな世界へ転生してしまった侯爵家令嬢メリア。 メイドや執事、高級娼館の講師から閨授業を受けることになって……。 ◇予告無しにえちえちしますのでご注意ください ◇恋愛に発展するまで時間がかかります ◇初めはGL表現がありますが、基本はNL、一応女性向け ◇不特定多数の人と関係を持つことになります ◇キーワードに苦手なものがあればご注意ください ガールズラブ 残酷な描写あり 異世界転生 女主人公 西洋 逆ハーレム ギャグ スパンキング 拘束 調教 処女 無理やり 不特定多数 玩具 快楽堕ち 言葉責め ソフトSM ふたなり ◇ムーンライトノベルズへ先行公開しています

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

異世界転生先で溺愛されてます!

目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。 ・男性のみ美醜逆転した世界 ・一妻多夫制 ・一応R指定にしてます ⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません タグは追加していきます。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...