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第五章・帝国の王女

655.Episode Angel:Quiero enamorarme de ella.

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『さて。アミレスが勇気を出したのだから、俺も頑張らないとな』
『なっ……何してるの、カイル?』
『大丈夫だよ、アミレス。理論上はね』

 変人王子がそのこめかみに魔導兵器アーティファクトを突きつけると、彼女は酷く焦った様子で狼狽えた。
 その姿を見てまた胸がチクリと痛んだ、その時。

『彼はなんと言っていたか──……そうだ、『諸君、狂いたまえ』だったか』

 変人王子が、自分の頭を撃った。糸の切れた人形のように倒れたあいつに駆け寄り、『カイル! カイルッ!!』と彼女は何度も叫ぶ。
 だがこの時ばかりは。俺は彼女の狼狽っぷりよりも、変人王子が使った魔導兵器アーティファクトに意識を持っていかれていた。
 頭の中で次々と理論を組み立てる。あれこれと試行を繰り返し、やがて『主目的は、精神干渉。その銃は、高確率で精神崩壊を誘発する大博打の魔導具ロシアンルーレットだ』と結論を弾き出すと、

『精神崩壊……? なんでそんなものを、カイルが…………』

 彼女は信じられないとばかりに呟いた。
 その目と目が合い、勝手に胸が高鳴る。前代未聞の魔導具を目にした喜びと、思い出せない誰か・・と言葉を交わした喜び。それらにより、我ながらびっくりする程声が弾む。
 どうしてあそこまであの魔導具に興味惹かれたのか、今なら分かる。俺はきっと──あの魔導具があれば、忘却に囚われた俺でも記憶を全て取り戻せると、本能でそう悟ったのだろう。
 改めて、変人王子の口から予想通りの効果を聞き、口角が自然と上がったと思えば、

『あのね、カイル。私──……■■っていうの』
『…………え?』
『フェアじゃないかなーと思って言っただけだから。気にしないでね』
『いや、ちょっ……何そのCO?! 俺の緊張感返して!?』

 名も思い出せぬ彼女と、変人王子が、まるで睦言のように唇を寄せ合いひそひそと話す。それを見て、誰が笑っていられようか。
 果てしなく怒りが湧き、胸が燃えるように苦しい。

『──なんだ、この胸焼けみたいな痛みは……?』

 嫉妬か? それとも憤怒か? 火種の分からない焼けたような痛みが、この胸を焦がし苛立ちを募らせるのだ。
 そうしてボーッとしてる間に、俺とフリードル・ヘル・フォーロイトは変人王子の魔法で隔離され、奴と戦う羽目になった──。


 ♢


『っ!?』
『手が悴んだか。この寒さの中では、人間は最良の状態を維持出来ない。──氷と戦闘に気を取られ、冷気・・に気づかなかったようだな、間抜け』
『ふっ……んなモン、こわくともなんともねぇよ! そもそも俺はなぁ──火の魔力も持ってんだわ!!』
『チッ…………しぶとい奴め……!』

 変人王子とフリードル・ヘル・フォーロイトが戦っている。
 何故俺はこんな状況に置かれているのか、と考えているうちに。あの二人の戦いは苛烈の一途を辿る。

『徒花よ、生命いのちを吸い上げ咲き誇れ──氷華繚乱ブリザード・フロース!』
『汝は魔女。汝は罪人。汝は架刑に処されし者。故に、汝はこの場にて死に至るだろう! 魂焦がす裁きの炎ラストノート・インフェルノ!!』

 ──あ、まずい。これ、二人共死ぬ。
 俺は、直感でそう悟った。
 どうする、どうすればいい? もしここでこいつ等が二人揃って死んだ日には──……、

『アンヘルも来てくれたんだ。朝弱いのに、ありがとう』

 あいつは──俺の心を何度も奪った、身内にクソ甘い無責任なあの女は。もう、笑わなくなるんじゃないのか?
 途端に得体の知れない恐怖が全身を包み、その影響か己の内にある願いに気づいてしまった。
 ……──何度も見惚れてしまうあの眩しすぎるものを、もっと見ていたい。そんな馬鹿げた願い。
 それが、未来永劫叶わなくなるというのか? 

『……──!』

 馬鹿だ。俺はとんだ愚者だ。記憶に無く、身に覚えも無い懸想の為にこの身を賭すなど、無意味でしかないのに。……──記憶にない無数の感情が、愚かになれとこの体を突き動かす。
 身に覚えのない懸想で嫉妬して、憤怒して。……まるで、道化のようじゃないか。
 ──あぁ、いいとも。彼女の笑顔を守れるのなら、道化で結構! いくらでも恋に溺れた馬鹿に成り下がってやる!!

『アンヘル……!?』
『あぁクソ、血がごっそりなくなった。後で補充しないと…………無事か、変人。無事じゃなかったらぶん殴るぞ』
『なんで?!』

 俺が変人王子助けた一方で、フリードル・ヘル・フォーロイトも、災害野郎と青髪の騎士が助けたようだ。
 ……──これで、彼女は悲しまないだろうか。これで、彼女の笑顔を見られるだろうか。

『いい所に来てくれたな、イリオーデ! ちょっと、フリードルの相手を頼んでもいいか?』
『……何故私が?』
『ソイツ、アミレスの邪魔してるんだよ! あと──ぶっちゃけ、俺は相性が悪い!!』

 ……──アミレス。喪われた記憶の中の誰かも、そんな名前だった気がする。
 そうだ。彼女は確か、そんな名前だった。『アミレス』…………その言葉が、不思議なぐらい心にすっぽりと収まる。
 全然呼んだことがなくて後悔した名前。心で復唱するだけで胸が高鳴る名前。きっと、これが彼女の名前だ。
 ……思い出したい。あんたのこと、あんたと過ごした時間、あんたと交わした言葉……その全部をちゃんと思い出したい。
 俺も他の連中みたいに──……あんたとの思い出が欲しくてたまらないんだ。

『なあ、変人。つい先程、おまえは『精神を狂わせることで人格改変を帳消しにする』と言っていたな?』
『え。この魔導具のことなら、まぁそうだけど……それがどうしたんだよ』

 問うと、変人王子は訝しげにこちらを見遣る。

『ふぅん。いい事聞いたぜ』
『……?』

 死ぬ気で掴み取った救済を自ら手放す恐怖だって、勿論ある。記録でしか知らないあの地獄をまた味わうなど、我ながら馬鹿だと思う。
 だが、それでも。

『……──忘却機構・・・・停止・・
『忘却って……おいアンヘル! お前がそんな事したら────!!』

 俺は。
 あんたと過ごした時間の全てを。きっと何度も抱いたのであろう名前の無い感情を。一つたりとも取りこぼさず、全て取り戻したいんだ──……。
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