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第五章・帝国の王女
640.Side Story:Allbert
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主君よりその命令を受けた時は、流石に驚いた覚えがある。
『ルティ。貴方に調べてもらいたいことがあるの』
それは、彼女が穢妖精と初遭遇したその日の夜のことだった。夜遅くに帰城し、各所への報告書等を書き終えるやいなや、深い宵闇の下、主君は俺を個人的に呼び出してはそう切り出したのだ。
『私の予測が間違っていなければ、近々行われる建国祭で──また、事件が起きるかもしれないわ』
『!』
『だから、帝都内で怪しい動きがないかどうか貴方に調べてほしい。最悪の場合、また爆破テロとかが起きるかもしれないから』
不安を隠しきれない様子で、主君はそう告げた。
あんな事件が起きたからか不安になっているのかな。──なんて。俺はふとそう思ってしまった。それぐらい、あの時の主君は幼く見えた。その身に有り余る何かを抱え、苦悩する、幼い少女のように見えたのだ。
不心得な考えをかき消すようにかぶりを振り、俺は彼女に向き直る。
『御意のままに──我が主君』
左胸に手を当て、臣下の礼のごとく深く背を曲げる。彼女より賜ったこの服に相応しい執事然とした所作も、今や自然とこなせるようになった。
──俺という存在がどんどん作り替えられる。彼女が望むままに、彼女が求めるままに。……それがとても怖い一方で、とても、心地よく感じる。
当然だ。彼女が欲する存在に変わり続けるうちは、俺は彼女の下僕でいられる。それに勝る喜びなど、ないのだから。
♢
妖精族侵略事件──その一連の騒動を終え、俺は主君より下された命令に勤しんでいた。一つでも多く少しでも正確な情報を掴むべく、本体である俺は主君の傍に控えつつ、影分身で作り上げた分身体を一つ帝都内へと放ち、情報収集に励む。意識の並行稼動を行っている為、分身体が得た情報が随時脳内に流れ込んできて大変だったが、頭が痛くなる度に家宝の“主君の寝顔写真”を見てなんとか乗り切っていた。
そうして掴んだ情報。それは、主君の言ったように、『爆破テロ』へと繋がりそうなもので。いかにもな怪しさを放つ集団が東方式爆薬を作るのに必要な素材を集めていたら、そりゃあ疑うだろう。
あの時ばかりは、本当に爆破テロを起こそうとしている集団がいるとは…………。と、我が主君の先見の明に舌を巻いたとも。
建国祭二日目には何度目かの中間報告も済ませ、引き続き監視任務にあたるよう命を受けた。
これまでの調査で突き止めた奴等の拠点らしき場所は、全部で五つ程。その全てを監視するように分身体を配置し、本体の俺含め二つずつ、順番に意識を切り替えていく。──流石に、五つの分身体から入ってくる情報を同時に処理し続けては、脳が焼き切れてしまうからね。
そもそも。意識を並行稼動していないからといって、分身体が使い物にならないわけではない。分身体だけで思考し、単独行動することは可能だ。しかしその場合だと、分身体が得た情報は本体と同期するその時まで把握出来ない。なので定期的に意識を並行稼動し、分身体の擬似脳と俺の脳を同期させる必要があるのだ。
そうやって、主君の傍に控えながらも監視任務を遂行する。
昔はこの魔力の所為でいじめられた挙句、目に入れても痛くない弟をあわや殺しかけ、果てには悪どい貴族に利用され……。こんな魔力を生まれ持ったことを何度も何度も憎んだけれど。闇の魔力を持っていてよかったと、そう思える日が来るなんて思いもしなかったな。
主君のお役に立てる。主君の為に働ける。主君の望みを叶えられる。他の誰かではなく、俺が。俺だけが。この魔力を持っていたから、我が女神様のご意思を果たせるのだ!
っと。分身体から何やら伝達が……。
『──。────。──る? ……い。おーい、本体ー? さっさと応答しろー』
──ああごめん、今すぐ同期するよ。と返答し、南部地区に送っていた分身体の一つと意識を同期させる。すると俺の視界には二つの景色が同時に映った。
脳内のあらゆる回路がぐちゃぐちゃに絡まる感覚に襲われながらも、分身体から共有される情報を処理すると、そこには大きな情報が転がっていて。
「……これは、また」
ややこしい事になってきたな。という言葉は、続かなかった。
「? どうしたの、ルティ」
「あ、その。まだ情報が正確ではないので……もう少し情報を集めてから、改めて報告させていただきます」
「あぁ……そういうことね。分かったわ。引き続きお願い」
「ご期待に添えられるよう、励みます」
俺の呟きに気づいた主君が書類を片付ける手を止め、首を傾げた。
不完全な情報を主君に渡す訳にはいかない。そんな考えから暗に調査の続行を申し出ると、俺の考えを察した彼女は小さく微笑んだ。
程なくして、またもや書類へ視線を落とした主君に淹れたての珈琲を差し出し、俺はもう一度分身体の視界へ意識を移す。
……本当に、どうしてこうも厄介事ばかり積み重なるんだろうか。
奴等の拠点より現れた男の衣服に描かれていたもの。──三対の鋭利な翼を持つ漆黒の大蛇が、逆さ十字を呑みこもうとしている紋章。
それは諜報部の先輩達から聞いた、絶対関わらない方がいい宗教──……【大海呑舟・終生教】のもの。
かつてこの世界を破滅の危機に追いやった大蛇の怪物、海帝アルミドガルスを真なる神として崇め奉る、危険極まりない宗教組織。……それがまさか、フォーロイトにまで勢力を伸ばしていたとは。
嫌な予感がする。どうにも胸騒ぎが収まらない。
いったい、何が起きようとしているんだ──……?
『ルティ。貴方に調べてもらいたいことがあるの』
それは、彼女が穢妖精と初遭遇したその日の夜のことだった。夜遅くに帰城し、各所への報告書等を書き終えるやいなや、深い宵闇の下、主君は俺を個人的に呼び出してはそう切り出したのだ。
『私の予測が間違っていなければ、近々行われる建国祭で──また、事件が起きるかもしれないわ』
『!』
『だから、帝都内で怪しい動きがないかどうか貴方に調べてほしい。最悪の場合、また爆破テロとかが起きるかもしれないから』
不安を隠しきれない様子で、主君はそう告げた。
あんな事件が起きたからか不安になっているのかな。──なんて。俺はふとそう思ってしまった。それぐらい、あの時の主君は幼く見えた。その身に有り余る何かを抱え、苦悩する、幼い少女のように見えたのだ。
不心得な考えをかき消すようにかぶりを振り、俺は彼女に向き直る。
『御意のままに──我が主君』
左胸に手を当て、臣下の礼のごとく深く背を曲げる。彼女より賜ったこの服に相応しい執事然とした所作も、今や自然とこなせるようになった。
──俺という存在がどんどん作り替えられる。彼女が望むままに、彼女が求めるままに。……それがとても怖い一方で、とても、心地よく感じる。
当然だ。彼女が欲する存在に変わり続けるうちは、俺は彼女の下僕でいられる。それに勝る喜びなど、ないのだから。
♢
妖精族侵略事件──その一連の騒動を終え、俺は主君より下された命令に勤しんでいた。一つでも多く少しでも正確な情報を掴むべく、本体である俺は主君の傍に控えつつ、影分身で作り上げた分身体を一つ帝都内へと放ち、情報収集に励む。意識の並行稼動を行っている為、分身体が得た情報が随時脳内に流れ込んできて大変だったが、頭が痛くなる度に家宝の“主君の寝顔写真”を見てなんとか乗り切っていた。
そうして掴んだ情報。それは、主君の言ったように、『爆破テロ』へと繋がりそうなもので。いかにもな怪しさを放つ集団が東方式爆薬を作るのに必要な素材を集めていたら、そりゃあ疑うだろう。
あの時ばかりは、本当に爆破テロを起こそうとしている集団がいるとは…………。と、我が主君の先見の明に舌を巻いたとも。
建国祭二日目には何度目かの中間報告も済ませ、引き続き監視任務にあたるよう命を受けた。
これまでの調査で突き止めた奴等の拠点らしき場所は、全部で五つ程。その全てを監視するように分身体を配置し、本体の俺含め二つずつ、順番に意識を切り替えていく。──流石に、五つの分身体から入ってくる情報を同時に処理し続けては、脳が焼き切れてしまうからね。
そもそも。意識を並行稼動していないからといって、分身体が使い物にならないわけではない。分身体だけで思考し、単独行動することは可能だ。しかしその場合だと、分身体が得た情報は本体と同期するその時まで把握出来ない。なので定期的に意識を並行稼動し、分身体の擬似脳と俺の脳を同期させる必要があるのだ。
そうやって、主君の傍に控えながらも監視任務を遂行する。
昔はこの魔力の所為でいじめられた挙句、目に入れても痛くない弟をあわや殺しかけ、果てには悪どい貴族に利用され……。こんな魔力を生まれ持ったことを何度も何度も憎んだけれど。闇の魔力を持っていてよかったと、そう思える日が来るなんて思いもしなかったな。
主君のお役に立てる。主君の為に働ける。主君の望みを叶えられる。他の誰かではなく、俺が。俺だけが。この魔力を持っていたから、我が女神様のご意思を果たせるのだ!
っと。分身体から何やら伝達が……。
『──。────。──る? ……い。おーい、本体ー? さっさと応答しろー』
──ああごめん、今すぐ同期するよ。と返答し、南部地区に送っていた分身体の一つと意識を同期させる。すると俺の視界には二つの景色が同時に映った。
脳内のあらゆる回路がぐちゃぐちゃに絡まる感覚に襲われながらも、分身体から共有される情報を処理すると、そこには大きな情報が転がっていて。
「……これは、また」
ややこしい事になってきたな。という言葉は、続かなかった。
「? どうしたの、ルティ」
「あ、その。まだ情報が正確ではないので……もう少し情報を集めてから、改めて報告させていただきます」
「あぁ……そういうことね。分かったわ。引き続きお願い」
「ご期待に添えられるよう、励みます」
俺の呟きに気づいた主君が書類を片付ける手を止め、首を傾げた。
不完全な情報を主君に渡す訳にはいかない。そんな考えから暗に調査の続行を申し出ると、俺の考えを察した彼女は小さく微笑んだ。
程なくして、またもや書類へ視線を落とした主君に淹れたての珈琲を差し出し、俺はもう一度分身体の視界へ意識を移す。
……本当に、どうしてこうも厄介事ばかり積み重なるんだろうか。
奴等の拠点より現れた男の衣服に描かれていたもの。──三対の鋭利な翼を持つ漆黒の大蛇が、逆さ十字を呑みこもうとしている紋章。
それは諜報部の先輩達から聞いた、絶対関わらない方がいい宗教──……【大海呑舟・終生教】のもの。
かつてこの世界を破滅の危機に追いやった大蛇の怪物、海帝アルミドガルスを真なる神として崇め奉る、危険極まりない宗教組織。……それがまさか、フォーロイトにまで勢力を伸ばしていたとは。
嫌な予感がする。どうにも胸騒ぎが収まらない。
いったい、何が起きようとしているんだ──……?
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