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第五章・帝国の王女
639.Main Story:Ameless3
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そもそもの話──……何もかもがゲームから変わりつつあるこの世界で、ゲーム通りの事件が起きるとは思えない。
妖精族侵略事件が建国祭テロの代わりの事件とならず、ゲーム通りのテロリスト集団が実在するのならば……何かしらの異変を伴い、必ずあの事件は起きるだろう。
だからこそ、警戒を緩めるつもりはない。メイシアを守り、民を守り、民の善き営みを守る為に、私は決して気を抜く訳にはいかないのだ。
──警戒は最大限に。手段を選ぶ余裕など無い。この平和を守り抜くべく、最善を尽くそう。
「…………目指せハッピーエンド、だもんね」
波に呑まれて消える泡のように。祭りの喧騒に紛れて消える程の小声で、私は自分に言い聞かせる。
建国祭テロの発生日時は、祭りが始まってから一週間と少し後の昼頃。日付にして、六月十五日。ゲームをプレイしていた時は何も知らなかったが、その日は──メイシアの誕生日の、二日前だ。
どんな間違いもあってはならない。メイシアが魔女として捕えられる事がないよう、十日後までに容疑者一味を一掃しなければ──……。
♢♢
そこは、特殊な蝋燭から齎された紫炎を頼りに照らされる、薄暗い部屋だった。
確かにフォーロイト帝国は周辺諸国よりも栄えており、その中心である帝都ともなれば、他に類を見ない快適さと発展ぶりを誇る、正真正銘の都だ。だがその栄華の影に貧民街が存在していたように、帝都も全てが発展している訳ではない。
商人達が集まる南部地区には未だ古びた建築が多く、場所によってはひどく寂れた印象を受ける。数多の商売が四六時中休みなく行われている影響か清掃や整備が追いつかず、それがまたこの地区の発展を遅らせる一因となっているのだろう。
その一角にある古びた家屋。所々経年劣化からか吹きさらしになっており、虫や害獣が棲みついていたり、扉の建付けなんかも悪い。まさに、長年放置されてきた空き家といった風貌だ。そのような場所にわざわざ近づこうとする者は滅多にいないだろう。居たとしても、いわゆる路上生活者か、逃亡中の犯罪者等の後暗い者が関の山だ。
そんな寂れた家屋の中。床下収納に擬態した扉より続く地下室では、いかにも妖しげな集会が行われていた。
「“我らが神よ。我らが救い手よ。どうかこの声を聞き届けてくださいませ”」
「「「「“我らが神よ。我らが救い手よ。どうかこの声を聞き届けてくださいませ”」」」」
「“我らが祈りを此処に!”」
「「「「“我らが祈りを此処に!”」」」」
部屋の中心には祭壇のようなものがあり、その頂点には刃の如き三対の翼を持つ長髪の男の像が据えられている。その下──地面に描かれるは、赤黒い液体で綴られし祈祷文。魔法陣かのように円形を成し、精巧な彫刻のように石床に刻まれている。
禍々しさの中に在る美しさは、恐怖さえ呼び起こす神秘的な調べのようだ。
「……──神よ。我が神よ。我々が必ずや、この穢れた世をあなた様に相応しき世界へ作り替えてみせます。ですのでどうか……今しばらく、お待ちくださいませ」
まず一人。男が花のかんばせを持ち上げると、揺らぐ紫炎に照らされ、色彩鮮やかな夜明け色の髪がほのかに光る。
「先生。“浄化の儀”はいつ行うのですか?」
「予定通り、といきたいところだが……何やら我々を嗅ぎ回っている者がいるようだ」
まだ十六歳程に見える少年が、おもむろに立ち上がりつつ夜明け色の髪の男──『先生』へと訊ねると、彼は眉間に皺を寄せて肩を竦めた。
「では、日程を調整しましょうか?」
「そうしたいのは山々だが、となれば次の新月の刻まで待たねばならない。ただでさえ我らが神をお待たせしてしまっているのだ。……これ以上、“浄化の儀”を先送りにする訳にはいかない」
「つまり──予定通り、でよろしいですね」
「ああ。もし何者かが我らの崇高なる使命を阻むのであれば、その時は“救済”してやれば良い。そのように、他拠点に滞在中の同胞達にも周知させておいてくれるか?」
「分かりました。先生の判断に従います」
重たい前髪で隠された顔と大柄の肢体を持つ男が、『先生』との話を終えてのそりのそりと地下室から出て行くと、
「ま、あの女がいつまでこの国に居るかもわかんないしねー。やれるうちにやっといた方がいいのは確かだよねー」
「口の利き方に気をつけろ。先生の前だぞ」
「そーゆーお前はカタブツすぎー。みぃんな真面目すぎるんだから、俺ぐらいはゆるくないとねー。息詰まっちゃうじゃんー?」
「…………。せめて、先生の前だけでもちゃんとしろ」
軽妙な口調の男が、眼鏡をかけた男に窘められる。旧友のような空気感で彼等が話す様子を眺め、『先生』はふっと頬を綻ばせた。
(……あなた様の子供達は、あなた様の恩寵のもと健やかに生きております。──嗚呼。もうすぐお逢いできるのですね、我らが神よ────…………)
その胸で、溢れんばかりの信仰心を燻らせて……。
妖精族侵略事件が建国祭テロの代わりの事件とならず、ゲーム通りのテロリスト集団が実在するのならば……何かしらの異変を伴い、必ずあの事件は起きるだろう。
だからこそ、警戒を緩めるつもりはない。メイシアを守り、民を守り、民の善き営みを守る為に、私は決して気を抜く訳にはいかないのだ。
──警戒は最大限に。手段を選ぶ余裕など無い。この平和を守り抜くべく、最善を尽くそう。
「…………目指せハッピーエンド、だもんね」
波に呑まれて消える泡のように。祭りの喧騒に紛れて消える程の小声で、私は自分に言い聞かせる。
建国祭テロの発生日時は、祭りが始まってから一週間と少し後の昼頃。日付にして、六月十五日。ゲームをプレイしていた時は何も知らなかったが、その日は──メイシアの誕生日の、二日前だ。
どんな間違いもあってはならない。メイシアが魔女として捕えられる事がないよう、十日後までに容疑者一味を一掃しなければ──……。
♢♢
そこは、特殊な蝋燭から齎された紫炎を頼りに照らされる、薄暗い部屋だった。
確かにフォーロイト帝国は周辺諸国よりも栄えており、その中心である帝都ともなれば、他に類を見ない快適さと発展ぶりを誇る、正真正銘の都だ。だがその栄華の影に貧民街が存在していたように、帝都も全てが発展している訳ではない。
商人達が集まる南部地区には未だ古びた建築が多く、場所によってはひどく寂れた印象を受ける。数多の商売が四六時中休みなく行われている影響か清掃や整備が追いつかず、それがまたこの地区の発展を遅らせる一因となっているのだろう。
その一角にある古びた家屋。所々経年劣化からか吹きさらしになっており、虫や害獣が棲みついていたり、扉の建付けなんかも悪い。まさに、長年放置されてきた空き家といった風貌だ。そのような場所にわざわざ近づこうとする者は滅多にいないだろう。居たとしても、いわゆる路上生活者か、逃亡中の犯罪者等の後暗い者が関の山だ。
そんな寂れた家屋の中。床下収納に擬態した扉より続く地下室では、いかにも妖しげな集会が行われていた。
「“我らが神よ。我らが救い手よ。どうかこの声を聞き届けてくださいませ”」
「「「「“我らが神よ。我らが救い手よ。どうかこの声を聞き届けてくださいませ”」」」」
「“我らが祈りを此処に!”」
「「「「“我らが祈りを此処に!”」」」」
部屋の中心には祭壇のようなものがあり、その頂点には刃の如き三対の翼を持つ長髪の男の像が据えられている。その下──地面に描かれるは、赤黒い液体で綴られし祈祷文。魔法陣かのように円形を成し、精巧な彫刻のように石床に刻まれている。
禍々しさの中に在る美しさは、恐怖さえ呼び起こす神秘的な調べのようだ。
「……──神よ。我が神よ。我々が必ずや、この穢れた世をあなた様に相応しき世界へ作り替えてみせます。ですのでどうか……今しばらく、お待ちくださいませ」
まず一人。男が花のかんばせを持ち上げると、揺らぐ紫炎に照らされ、色彩鮮やかな夜明け色の髪がほのかに光る。
「先生。“浄化の儀”はいつ行うのですか?」
「予定通り、といきたいところだが……何やら我々を嗅ぎ回っている者がいるようだ」
まだ十六歳程に見える少年が、おもむろに立ち上がりつつ夜明け色の髪の男──『先生』へと訊ねると、彼は眉間に皺を寄せて肩を竦めた。
「では、日程を調整しましょうか?」
「そうしたいのは山々だが、となれば次の新月の刻まで待たねばならない。ただでさえ我らが神をお待たせしてしまっているのだ。……これ以上、“浄化の儀”を先送りにする訳にはいかない」
「つまり──予定通り、でよろしいですね」
「ああ。もし何者かが我らの崇高なる使命を阻むのであれば、その時は“救済”してやれば良い。そのように、他拠点に滞在中の同胞達にも周知させておいてくれるか?」
「分かりました。先生の判断に従います」
重たい前髪で隠された顔と大柄の肢体を持つ男が、『先生』との話を終えてのそりのそりと地下室から出て行くと、
「ま、あの女がいつまでこの国に居るかもわかんないしねー。やれるうちにやっといた方がいいのは確かだよねー」
「口の利き方に気をつけろ。先生の前だぞ」
「そーゆーお前はカタブツすぎー。みぃんな真面目すぎるんだから、俺ぐらいはゆるくないとねー。息詰まっちゃうじゃんー?」
「…………。せめて、先生の前だけでもちゃんとしろ」
軽妙な口調の男が、眼鏡をかけた男に窘められる。旧友のような空気感で彼等が話す様子を眺め、『先生』はふっと頬を綻ばせた。
(……あなた様の子供達は、あなた様の恩寵のもと健やかに生きております。──嗚呼。もうすぐお逢いできるのですね、我らが神よ────…………)
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