だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第五章・帝国の王女

631.Main Story:Ameless

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 フリードルとのお祭り視察を終え、私は帰宅早々ユーキ達に物件のことを話した。
 わざわざ西部地区に家を買った(※予定)と聞き、彼等はぎょっと瞬いて、間取り図と私の顔を何度も交互に見ては『正気?』と何度も確認してきたが……至って正気だと親指をぐっと立てると、三人とも呆れ半分に笑い、『ありがとう』と感謝の言葉を口にした。
 感謝されたくてやったわけではないのだが、面と向かって感謝されて悪い気はしない。
 例の物件に関する情報と、明日本契約に向かう旨をケイリオルさんに伝えてほしいと、報告書をしたためてアルベルトに託す。
 そして私は──今日一番の大仕事に取り掛かることになった……。


 ♢


「──というわけで。やるわよ、ケーキ作り!」

 ふんすと鼻息を噴射し、私は気合いを入れる。
 場所は当然、東宮の厨房。髪を一つに纏め、腕をまくり、エプロンを掛け、私はそこに立っていた。隣には、同じくエプロンに身を包む軽装のイリオーデと、サポート兼指導役のネアが立つ。
 調理台の上に並ぶ食材の数々と、シャンパー商会より拝借したあるケーキのレシピを軽く見比べて、ネアは軽く頷いた。

「では早速、シフォンケーキ作りを始めましょうか」
「おー!」
「? お、おー……?」

 ハイテンションで拳を突き上げる私に倣って、イリオーデも控えめにだが拳を掲げた。そんな私達を見てかネアは灰色の瞳を細めてくす、と笑った。

「それではまずは──……」

 ネアの指示に従い、私とイリオーデは作業を進める。時にアドバイスを、時にダメ出しをくらいながら。切り作業以外はてんで苦手なイリオーデと共に、初のスイーツ作りに悪戦苦闘する。

「イリオーデ卿。もっと丁寧に混ぜてください」
「あ、ああ」
「卵の攪拌はスイーツ作りにおいて最も重要と言っても過言ではない工程です。失敗は許されませんよ」
「委細、承知……!」

 端正な顔に冷や汗を滲ませ、イリオーデは慎重に泡立て器を動かす。卵黄と砂糖と植物油が混ざり合う容器を鍛えられた腕で抱え、彼は一生懸命作業に取り組んでいる。
 団服を脱ぎ、軽装で袖捲りをしている為、彼の筋肉質な腕がよく見える。目を凝らせば浮き出る血管すら見えてしまう為、ついついそちらに注視して、涎が出てしまいそうになる。
 っと。こんなことをしている場合ではない!

「ネア。イリオーデも初心者だから、もう少し手心を……」
「王女殿下は彼に甘すぎます。何でもすると言ったのは彼です。やるからには最善を尽くして貰わねばなりません」
「す、スパルタね……!」

 私の配慮も虚しく、ネアはキッパリと言い切った。しかし、この厨房においてネアは私以上の発言力を持つので、これも仕方のないこと。
 何故なら彼女は、人手不足の東宮において古参とも言える勤続年数の侍女であり、かれこれ七年はこの宮殿の厨房を取り仕切っている、まさに東宮の筆頭料理人!
 人手不足の為、他の侍女業務も兼ねているが……彼女の料理の腕前はハイラが認める程。東宮に来たその翌日より、食卓に並ぶ料理の大半を彼女が担当するようになったぐらいだ。

 そんな彼女にとって、厨房とはまさに己の領域。ハイラの部下だというお手伝いさん達や、シャンパー商会からの派遣さん達にも容赦が無いと聞くし、私が王女だからとネアが私にだけ優しくなる訳がなかった。

「…………ですが、王女殿下がそこまで仰るのならば。イリオーデ卿。そう肩肘張らずに、ご自分の調子でゆっくりと頑張ってください」

 あれ。優しくなったぞぅ。おかしいな、厨房組から聞いたネアの鬼上司エピソードはいったい……?
 眉を顰める私の前で、ネアは穏やかな表情のまま次の作業に移った。

「では、王女殿下にはこちらでメレンゲを作っていただきましょうか。少しでもお疲れになられましたら、すぐ私に申し付けてくださいませ」
「わかったわ!」

 卵白が入った容器を受け取り、一生懸命混ぜる。この作業……中々に腕に負荷がかかるわね。これはいいトレーニングになりそう!
 ウキウキでメレンゲを作る私を、ネアが生暖かい目で見守る。じっくりと攪拌作業を行い、それぞれ茶葉や中力粉、砂糖などを加え、その後は少しずつメレンゲを生地に混ぜてゆく。
 やがて出来上がった生地を特注の型に流し込んで、窯へ投入する。火の魔力を持つネアによる完璧な火力調整で、そのケーキは失敗することなく焼き上がった。

「か……っ、完成したわーーーー!」
「おめでとうございます、王女殿下!」
「よく頑張りましたね。王女殿下」

 イリオーデとネアが拍手で祝福してくれる。
 型より抜かれ皿の上に鎮座するのは、ほのかに紅茶の香りが漂う、ふわふわのシフォンケーキ。
 はじめて手ずから作り上げたケーキを見て、私は感慨深くなっていた。

「ちゃんと作れてよかったぁ……ネアが居てくれてよかったぁ……」
「王女殿下のお力になれたとあらば、この身の幸甚と存じます。また何かあれば──その際も、是非、他の者ではなく私にお申し付けください」
「うんっ、そうするね。急なお願いだったのにありがとう、ネア!」

 感謝を告げると、彼女は高嶺の花のように美しく笑み、

「……──私達のお姫様の頼みとあらば。いつだって、私はあなた様のお力となります。だって……王女殿下の侍女ですもの」

 恭しく臣下の礼をする。程なくして、彼女は別の仕事がある、と洗い物だけ終えて厨房を後にした。

「…………シルフ、喜んでくれるといいな」
「シルフ様ならば必ず喜んでくださりますよ。万が一、喜ばないなんて結果になれば──シルフ様を尋問します」
「あはは、そんなことしちゃ駄目よ? ……でも、そうだよね。シルフならきっと喜んでくれるよね」

 シフォンケーキを眺めながら呟くと、イリオーデが鋭い眼光をケーキへと飛ばした。それに苦笑しつつ、私はシルフの笑顔を想像する。
 ──何を隠そう、このケーキはシルフへのプレゼントなのだ。
 本日六月四日はシルフと初めて会った日。彼的には、『シルフ』という精霊が生まれた日……らしいのだ。その為、毎年この日をシルフの誕生日としてお祝いしている。
 これまでの数年は選び抜いたプレゼントがほとんどだったが、今年はついに、手作りケーキに挑戦してみたというわけだ。
 こうして無事に紅茶のシフォンケーキが出来上がったのだが、はたして彼は喜んでくれるだろうか。

 そんな風に浮き足立ったまま、私は、シルフの帰りを待つのだった……。
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