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第五章・帝国の王女

621,5.Interlude Story:Valets

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「何故お前がここにいるんだ。ルティ」
「……俺だって可能なら君の顔なんて見に来たくはなかったよ。でも主君の頼みだから」

 イリオーデは眉を顰めた。
 友達を自宅に招く程には快復しているものの、念の為にと療養を言い渡されたアミレスの代理として、妖精族侵略事件及び帝都復興計画に関する会議に出席した帰りのこと。
 王城の大会議室を出て程なくして、私兵団制服を翻して歩く彼の前に見飽きた顔が現れたのだ。
 清潔感のある燕尾服を着こなし、艶のある黒髪を少しばかり耳にかける彼の姿は、まさに完璧なる執事パーフェクト・バトラー
 イリオーデの物言いに、仕方ないんだよ。と、顰めっ面でアルベルトはため息を吐く。その手に握られた紙には、アミレスの筆跡が。

「王女殿下はなんと?」
(俺のことはスルーかよ……)
「──はあ。おつかい・・・・してこいってさ」

 呆れ顔のアルベルトより渡された紙には、なんてことはない内容が書かれていた。

【ルティとイリオーデへ。どうか内密に、以下の品物を調達してきてちょうだい。
 ・紅茶の茶葉 何種類か多めに欲しいわ。
 ・砂糖 とりあえずいっぱい。
 ・卵 念の為に十個ぐらい欲しいかも。
 ・中力粉 とりあえずいっぱい。
 ・植物油 一本あればいいかな。
 追伸:カモフラージュ用に貴方達の欲しいもの、なんでもいいから買ってきてね。お金はルティに渡してあるから! よろしくね。アミレス・ヘル・フォーロイトより】

 まるで買い出しのメモのようなそれを二人で覗き込み、やがて彼等はほぼ同時に顔を上げる。ほんの瞬きの間互いの目をじっと見つめ、先に切り出したのはイリオーデだった。

「……本当におつかいではないか」
「だからそう言ったでしょ。俺達は今から二人でこれを買いに行くの。……買い出しなら俺一人でじゅうぶんなのに。なんで騎士君まで」
「何か言ったか? それと私はイリオーデだ」
「とにかく早く仕事を済ませよう。ほら、さっさと行くよ」

 イリオーデの言葉を遮るように、アルベルトはズカズカと先を行かんとする。その背を見遣り、イリオーデは呆れの息を一つ。

(この男、いつまで経っても人の名前を覚えようともしない。もはや覚える覚えないの次元ではないだろう。何らかの病なのではなかろうか)
「──おい、そこの愚犬。馬鹿の一つ覚えに突っ走るな」
「何その言い方。騎士君にいびられたって主君に言いつけるよ」
「どこにその証拠が?」
「……君、本っ当に腹黒いよね」
(──それを主君には隠してるあたり、性質タチが悪い!)

 やいのやいのと噛みつき合いつつ、執事と騎士は共に城を出て、街に下っていく。
 周囲からの視線を集めながらも手紙に書かれた品物を着々と購入し、時に若い娘に時にご婦人方に声をかけられつつ、彼等は目的の品を買い揃えた。
 しかし、まだ帰宅はしない。彼等にはまだ買わなければならないものがあるのである。

「食材は買えたから、あとはこの──『俺達が欲しいもの』を買わないといけないのか」
「そうだな。しかし……これはあくまでも王女殿下の財産。我々が使い込む訳にもいかないだろう」
「じゃあどこかで適当に安物でも買っていく?」
「それが最善だな」

 今一度アミレスからの手紙を二人で覗き込みつつ、彼等は軽く話し合った。
 燕尾服を着た美男子と、騎士服を着た美丈夫。彼等が並んで歩くと、そこはもはや花道ランウェイと化す。
 周囲ではもれなく黄色い声援が上がるのだが、彼等はこれを無視。眼中にも無いのか周囲をキョロキョロと見渡しては、何か良さげな店はないかと目を凝らした、その時。

「きゃああああああああっ! 泥棒ーーっ!!」

 通りの先から女性の悲鳴が聞こえて来た。

「! ──騎士君!」
「行くぞ、ルティ」

 二人は同時に駆け出した。もしもここにアミレスが居たのなら、迷わずこう動くだろう。──そんな確信を以て、彼等は王女の従僕として恥じぬ行動に出たのである。

「へへっ、建国祭間近ってこともあって、どこの露店もブツを多めに置いてやがる。いいカモだぜ、こりゃあ!」

 次々と露店を襲撃して金品を強奪していく男は、覆面の下で下卑た笑みを浮かべた。多くの人が行き交う通りを前傾姿勢で駆け抜ける男の前に、燕尾服を靡かせる男が立ち塞がる。

(手荒過ぎると、主君の評価に響くかもしれない)
「──執事らしくスマートにいこうか」

 荷物片手にアルベルトはトンットンッ、と軽く跳ぶ。そこに、

(あの身なりの良さ……貴族の従者ってところか。もののついでだ、アイツから金目のモンをスってやれ!)

 まんまと泥棒が突っ込んできた。悪質なタックルを繰り出す中肉中背の男の頭目掛け、アルベルトはラリアットの如く鮮やかな回し蹴りをお見舞いする。

「ぐぶぅッッッ!?」

 長くしなやかな脚とスワローテイルが美しい円を描く。バランスを崩すことなく華麗に着地して、さらりと落ちてきた髪を耳にかけ直し、アルベルトは回し蹴りで吹っ飛んだ男へと視線を移した。
 露店の前ではこうなる事を予測したイリオーデが先回りし、吹っ飛ばされた男の襟首を掴んで確保しているではないか。

「まったく……蹴り飛ばすならばせめて露店が無い方向にしろ。あのままでは市民に被害が出ていたやもしれないだろう」
「騎士君がいるから大丈夫だと思って。それより犯人はどう? 死んではいない筈だけど」
「見ての通り息はある。だが顔面が古びた雑巾のようだ」
「そう。生きてるならよかった。それじゃあさっさと警備隊に引き渡そう」

 あまりの衝撃から意識を失っている男を抱え、彼等は巡回中の警備隊の元に向かった。警備隊の詰所は現在地から少し離れた場所にあるので、手っ取り早く付近の警備隊員へと泥棒を引き渡したのだ。


「──ただいま戻りました、主君。こちら、例の品になります」
「時間がかかってしまい申し訳ございません、王女殿下」

 用事を済ませた彼等は真っ直ぐ帰路につき、東宮に戻ってきた。そしてアミレスの部屋を訪ね、戦果を報告する。「おかえり二人共」と笑顔で出迎えたのち、荷物の中身を確認して彼女は満足気に笑う。

「うん、バッチリ! ありがとう。ルティ、イリオーデ」

 その無邪気な笑顔に彼等の心は満たされる。この笑顔の為ならば、気に食わない男との外出とて我慢出来るだろう──。そう、思えてしまう程に。

「主君。次からは俺一人に頼んでくださいね。おつかいぐらいならば俺一人でも出来ますので」
「それはこちらの台詞だ。王女殿下、この男よりも私の方がより優れた買い物をしてみせます」
「ま、まあまあ……落ち着いて二人共……」
(──こうやって喧嘩してばかりだから、二人で行ってきて! って頼んだんだけどなぁ)

 我慢は出来るが……やはり、やらなくてもいいのならば、断然やらない方が望ましいようだ。
 寧ろもう二度と、二人きりで外出などしたくなさそうなイリオーデとアルベルトを見て、アミレスは頭を悩ませるのであった……。
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