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第五章・帝国の王女

619.Side Story:in Parliament2

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 イリオーデによるあくまで我を貫く返答に、トールは楽しげに瞳を細める。

(ふむ。流石は音に聞こえし王女の番犬……一筋縄ではいかないか。ランディグランジュ侯爵から社交は不慣れと聞いていたのだが……この錚々たる面々を前に牽制するとは。なかなかに大胆じゃないか)
「──成程。そのような事情が。侯爵家・・・の次男・・・である貴殿ならば、確かに王女殿下の代理人としても申し分はない。これは失敬、話の腰を折ってしまったな。さあ、報告してくれるか?」
「……は。陳述させていただきます」

 牽制されていると認識しておきながら、トールはケロリとした様子でイリオーデを煽る。依然としてイリオーデをランディグランジュ侯爵家の者として扱い、彼は色香の漂う含み笑いを浮かべた。
 社交界の王者より放たれる威圧。これには貴族達も生唾を飲み込んだ。しかし、イリオーデは怯まず。

(……これだから社交界は嫌いだ。誰も彼もが結婚市場の話しかしない。私は、今も昔もあの御方のものなのに────)

 ギュッと目蓋を押しつけ、渋い顔を作る。どうにかこの話題を終わらせようと、イリオーデは芯のある声で口を切った。

「我々が意思なき妖精──穢妖精けがれと初遭遇したのは、くだんの食事会の日です。当時の午後ごろ、西部地区にて正体不明の魔物が現れたとの連絡を受け、王女殿下は民を守るべく御身自ら現地へと急行されました」
「──その件については、シャンパー商会の方でも報告を受けております。王女殿下とその私兵の方々の活躍もあり、当時は被害らしい被害が出なかったと。その時の王女殿下はまるで花の女神のように麗しく、愛らしく着飾られていたとか。……念入りに公務の準備をされていたにもかかわらず、民の危険を聞きつけるやいなや、ドレスを汚して闘ったと聞き及んだ時。嗚呼っ、私は涙を禁じ得ませんでしたとも!」

 イリオーデの証言と、ホリミエラ・シャンパージュによる演説紛いの裏取りに、またもや大会議室がどよめく。
 現帝国唯一の王女であるアミレスが公務をサボタージュすることなど本来許されない。ただでさえ砂上の楼閣とすら揶揄される彼女が、後ろ盾になり得る国教会との正式な繋がりを作れるこの機会を逃すだけでなく、皇帝からの心証悪化必至の行動を敢えて取った。
 ──その理由を数週間越しに知り、貴族達は戸惑いの声を漏らしたのだ。

「己の権力基盤固めより、民の安全を優先したというのか……信じられんな……」
「いやはや、相変わらずなんとも献身的な皇族だ。王女殿下は」
「公務放棄の汚名を負ってでも、自ら民草を守るその姿勢。皇族としてたいへん立派ではあるが…………うぅむ。姫殿下は、あまり、まつりごとには向いていないのやもしれぬ」
「貧民街の一件や義務教育法案で、王女殿下にも政治の才を見出したと思っていたのだが……どうやら見誤っていたようだ」

 貴族達が好き勝手に感想をこぼす様を一瞥して、静かに憤慨するイリオーデは続ける。

(黙れ。何も知らぬ者共に、王女殿下の気高くも慈悲深き御心を推し量れると思うな! あらゆる物事を額面通りにしか受け止められない愚鈍で浅慮な年寄り達が……そも貴様等は妖精との戦いの折、何もしなかったではないか)
「──……シャンパージュ伯爵。補足、感謝致します。私の説明だけでは、どうにも、余計な口をきく暇を与えてしまうようなので」
「「「「「「っっっ!?」」」」」」

 飼い主あるじの前ではないからか、その番犬は容赦なく不届き者に噛み付く。怒りにつり上げられた鋭い眼光はまさに刃のようで、彼がぐるりと会場を見渡すと、首を斬られたかのような悪寒が貴族達を襲った。
 ぶわっと冷や汗を吹き出し、貴族達は体を震え上がらせ、一斉に黙り込む。
 相手は王女の剣であり、同時に、現在四つしか存在しない侯爵家が一つ、ランディグランジュ侯爵家の者ときた。この場に居る帝国貴族の大半からすれば、名実共に格上・・の相手・・・なのである。反感を買うのは得策ではないと、イリオーデの形相を見て即座に判断したらしい。

「はは。私の言葉で敬愛せし王女殿下への偏見を一つでも多くそそげるのならば、いくらでも君の補助に回るとも。先陣は任せるよ、イリオーデ卿」
「では、早速証言を再開しよう」

 そうして、やたら威圧的なイリオーデとホリミエラによる穢妖精けがれ騒動にまつわる説明が行われる。穢妖精けがれの生汚さやその凶悪性に、当時安全圏に居た貴族達は何度目かも分からない喉笛を鳴らす。
 そんななか、

(…………兄として弟を止めるべきなのだろうが。仕事に復帰したいと訴えるイルを元老会議を理由に散々引き止めたことで、あいつ、相当怒っていたからなー……触らぬ神に祟りなしと言う。すまない。耐えてくれ、お歴々……!)

 そもそも俺にはイルの手綱を握る力がない! と、自己評価が著しく低いアランバルトは、誰よりも早くイリオーデの管理を諦めたのだった……。
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