693 / 786
第五章・帝国の王女
618.Side Story:in Parliament
しおりを挟む
それは五月の末頃の事。フォーロイト帝国は王城。その一室──大会議室にて。
帝都近郊の領地を抱える帝国貴族達をはじめとして、有力貴族や専門家、そして関係者にあたる要人が何人も集っている。
行われているものは、当然会議だ。しかしその内容はかなり奇特なもので。
「──すまんな、ちと甥の様子を見に行っていたら遅れましたわ」
「それを見越して、テンディジェル大公には開始時刻より二時間早く集合時間を伝えておいたのですが……今に始まった事ではないので諦めましょう」
「よっ、流石はケイリオル卿!」
「…………チッ。では、改めて。妖精族侵略事件についての会議を開始します」
殿様出勤を果たした現テンディジェル大公ログバード・サー・テンディジェルは、「あんた今舌打ちしたな?」とぶーぶー唇を尖らせて己の席へと向かう。
ログバードに呆れ半分侮蔑半分の視線を送りつつ、本件の責任者の座を押し付けられたケイリオルは気を取り直した。
「関係者への聞き取り調査によると、一連の事件の始まりは今月の初旬。丁度、国教会の親善使節の皆様が到着された頃だと推測されます。ですよね、聖人殿」
「えぇ。誰よりも早く意思ある妖精と接触したと思しき信徒曰く、食事会の夜にそれらしき者に話しかけられたようだ。おそらく、その時から信徒は妖精に利用されていたのだろう」
名指しされたミカリア・ディア・ラ・セイレーンは純白の髪を揺らして立ち上がり、檸檬色の瞳を細めて応答する。
彼は、事件の当事者として──そして同じく当事者であるミシェル・ローゼラの代理人として、この場に招聘されたのだ。
ミカリアの証言に、貴族達は戸惑いの声を漏らしながら、顔を見合わせる。
そこで、報告資料に視線を落としたまま、フリードル・ヘル・フォーロイトが冷たい息を吐く。
「……──例の信徒が奇跡力なる力を貸与されたのもその時だったか。知らず知らずのうちにその信徒が妖精の侵略起点となり、いたずらに被害が拡大したと。…………無差別に他者の人格を改変する奇跡。今思い出しても腸が煮えくり返りそうだ」
「皇太子殿下も奇跡力の被害に遭われたのでしたね。お互い災難でした」
「そうさな。二度とあのような経験はしたくないと、切に願うとも」
「そのお言葉に同意します」
露骨に不機嫌なフリードルと、苦笑するミカリア。氷結の貴公子と人類最強の聖人すらも惑わした奇跡に、貴族達は青い顔で喉を上下させた。
その空気を打ち破るように、ケイリオルが口を開く。
「──国教会内部への調査協力に改めて感謝を。そして、妖精に操られたという方々の無事をお祈り申し上げます」
「心遣い、痛み入るよ」
「それらしき目撃情報や城務めの役人達への調査結果ともさほどの誤差がないことから、聖人殿及び天空教信徒の証言は真なるものでしょう。では、続いて……意思なき妖精の動向について。これについては、イリオーデ卿、お願い出来ますか」
「はい」
指名されたイリオーデ・ドロシー・ランディグランジュが立ち上がったところで、列席者の一人であるトール・フォン・アルブロイト公爵が、鮮やかな金髪の下で少しばかり眉尻を上げた。
「待ちたまえ、ランディグランジュ卿。何故貴殿がこの場に? ランディグランジュ侯爵家は当主も列席しているではないか」
アランバルト・ドロシー・ランディグランジュとイリオーデの顔を交互に見遣り、彼は疑問を提起する。
「……話が逸れるやもしれぬので、願わくば説明の許可を」
「貴殿は侯爵家の者なのだから、そう畏まらずとも良いだろう。少なくとも、今貴殿に問うているのは公爵なのだから」
フォーロイト家の遠戚にあたる現帝国唯一の公爵家当主が何を言うか。そう、席を連ねる貴族達は冷や汗を浮かべる。
そこで、トールの発言にイリオーデは違和感を抱く。
(いやに『侯爵家』という言葉を強調している。そういえばアルブロイト公爵の娘が私を夫に欲していると、アランバルトが言っていたな。……ああ、そうか。是が非でも私を侯爵家に戻したいのだろう、アルブロイト公爵は)
イリオーデは正真正銘ランディグランジュ侯爵家の人間だ。それに加え、かつて神童と呼ばれた才覚と、同性すらも惹きつける美貌を併せ持つ。その為、アミレスの付き添いで社交界に舞い戻ってからと言うものの、ランディグランジュ侯爵家への縁談の申し込みが後を絶たないのである。
それは、ランディグランジュ侯爵家よりも格上のアルブロイト公爵家とて変わらず。何やら公爵家の姫君がイリオーデをお気に召したようで、以前から何度か縁談を申し出ていた。
しかし毎度、『弟は現在王女殿下にお仕えしておりますので』と定型文でお断りされてしまったものだから、娘に甘いトールはこうして一肌脱いだのだ。
ふと悪寒を感じたのか、アランバルトはぶるっと肩を震えさせ、チラチラとイリオーデの様子を窺う。
(面倒だな。誰になんと言われようが私は王女殿下のものなのだが)
「──……では、簡潔に。我が主、アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下が現在療養の為、皇宮を出られない状態にあるが故。王女殿下及びその周辺の者達より預かりました証言等を、我が王女殿下の代理人として、この場に提出させていただきたく存じます」
この身の全てはアミレスに捧げたもの。そしてこの場には、あくまで侯爵家の者ではなく王女の代理人として立っている──。言外に含んだその想いは、彼の言葉を聞いた全ての者に届いたことだろう。
眉間に皺を寄せ、面白くないとばかりの表情をする男達もいるぐらいだ。
それと同時に、妖精族侵略事件の渦中に立つアミレスが未だ快復していないと知るやいなや、貴族達が様々な憶測を口にしては、大会議室は喧喧囂囂となる。
帝都近郊の領地を抱える帝国貴族達をはじめとして、有力貴族や専門家、そして関係者にあたる要人が何人も集っている。
行われているものは、当然会議だ。しかしその内容はかなり奇特なもので。
「──すまんな、ちと甥の様子を見に行っていたら遅れましたわ」
「それを見越して、テンディジェル大公には開始時刻より二時間早く集合時間を伝えておいたのですが……今に始まった事ではないので諦めましょう」
「よっ、流石はケイリオル卿!」
「…………チッ。では、改めて。妖精族侵略事件についての会議を開始します」
殿様出勤を果たした現テンディジェル大公ログバード・サー・テンディジェルは、「あんた今舌打ちしたな?」とぶーぶー唇を尖らせて己の席へと向かう。
ログバードに呆れ半分侮蔑半分の視線を送りつつ、本件の責任者の座を押し付けられたケイリオルは気を取り直した。
「関係者への聞き取り調査によると、一連の事件の始まりは今月の初旬。丁度、国教会の親善使節の皆様が到着された頃だと推測されます。ですよね、聖人殿」
「えぇ。誰よりも早く意思ある妖精と接触したと思しき信徒曰く、食事会の夜にそれらしき者に話しかけられたようだ。おそらく、その時から信徒は妖精に利用されていたのだろう」
名指しされたミカリア・ディア・ラ・セイレーンは純白の髪を揺らして立ち上がり、檸檬色の瞳を細めて応答する。
彼は、事件の当事者として──そして同じく当事者であるミシェル・ローゼラの代理人として、この場に招聘されたのだ。
ミカリアの証言に、貴族達は戸惑いの声を漏らしながら、顔を見合わせる。
そこで、報告資料に視線を落としたまま、フリードル・ヘル・フォーロイトが冷たい息を吐く。
「……──例の信徒が奇跡力なる力を貸与されたのもその時だったか。知らず知らずのうちにその信徒が妖精の侵略起点となり、いたずらに被害が拡大したと。…………無差別に他者の人格を改変する奇跡。今思い出しても腸が煮えくり返りそうだ」
「皇太子殿下も奇跡力の被害に遭われたのでしたね。お互い災難でした」
「そうさな。二度とあのような経験はしたくないと、切に願うとも」
「そのお言葉に同意します」
露骨に不機嫌なフリードルと、苦笑するミカリア。氷結の貴公子と人類最強の聖人すらも惑わした奇跡に、貴族達は青い顔で喉を上下させた。
その空気を打ち破るように、ケイリオルが口を開く。
「──国教会内部への調査協力に改めて感謝を。そして、妖精に操られたという方々の無事をお祈り申し上げます」
「心遣い、痛み入るよ」
「それらしき目撃情報や城務めの役人達への調査結果ともさほどの誤差がないことから、聖人殿及び天空教信徒の証言は真なるものでしょう。では、続いて……意思なき妖精の動向について。これについては、イリオーデ卿、お願い出来ますか」
「はい」
指名されたイリオーデ・ドロシー・ランディグランジュが立ち上がったところで、列席者の一人であるトール・フォン・アルブロイト公爵が、鮮やかな金髪の下で少しばかり眉尻を上げた。
「待ちたまえ、ランディグランジュ卿。何故貴殿がこの場に? ランディグランジュ侯爵家は当主も列席しているではないか」
アランバルト・ドロシー・ランディグランジュとイリオーデの顔を交互に見遣り、彼は疑問を提起する。
「……話が逸れるやもしれぬので、願わくば説明の許可を」
「貴殿は侯爵家の者なのだから、そう畏まらずとも良いだろう。少なくとも、今貴殿に問うているのは公爵なのだから」
フォーロイト家の遠戚にあたる現帝国唯一の公爵家当主が何を言うか。そう、席を連ねる貴族達は冷や汗を浮かべる。
そこで、トールの発言にイリオーデは違和感を抱く。
(いやに『侯爵家』という言葉を強調している。そういえばアルブロイト公爵の娘が私を夫に欲していると、アランバルトが言っていたな。……ああ、そうか。是が非でも私を侯爵家に戻したいのだろう、アルブロイト公爵は)
イリオーデは正真正銘ランディグランジュ侯爵家の人間だ。それに加え、かつて神童と呼ばれた才覚と、同性すらも惹きつける美貌を併せ持つ。その為、アミレスの付き添いで社交界に舞い戻ってからと言うものの、ランディグランジュ侯爵家への縁談の申し込みが後を絶たないのである。
それは、ランディグランジュ侯爵家よりも格上のアルブロイト公爵家とて変わらず。何やら公爵家の姫君がイリオーデをお気に召したようで、以前から何度か縁談を申し出ていた。
しかし毎度、『弟は現在王女殿下にお仕えしておりますので』と定型文でお断りされてしまったものだから、娘に甘いトールはこうして一肌脱いだのだ。
ふと悪寒を感じたのか、アランバルトはぶるっと肩を震えさせ、チラチラとイリオーデの様子を窺う。
(面倒だな。誰になんと言われようが私は王女殿下のものなのだが)
「──……では、簡潔に。我が主、アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下が現在療養の為、皇宮を出られない状態にあるが故。王女殿下及びその周辺の者達より預かりました証言等を、我が王女殿下の代理人として、この場に提出させていただきたく存じます」
この身の全てはアミレスに捧げたもの。そしてこの場には、あくまで侯爵家の者ではなく王女の代理人として立っている──。言外に含んだその想いは、彼の言葉を聞いた全ての者に届いたことだろう。
眉間に皺を寄せ、面白くないとばかりの表情をする男達もいるぐらいだ。
それと同時に、妖精族侵略事件の渦中に立つアミレスが未だ快復していないと知るやいなや、貴族達が様々な憶測を口にしては、大会議室は喧喧囂囂となる。
40
お気に入りに追加
638
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。
黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。
差出人は幼馴染。
手紙には絶縁状と書かれている。
手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。
いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。
そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……?
そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。
しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。
どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》
新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。
趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝!
……って、あれ?
楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。
想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ!
でも実はリュシアンは訳ありらしく……
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる