692 / 765
第五章・帝国の王女
617.Main Story:Ameless2
しおりを挟む
相変わらず、ミシェルちゃんはよく分からない質問を繰り返す。んんんん……? と唸りながら、彼女はまたもや意図の見えない問いを投げかけて来たのだ。
「それじゃあ、フリードルは……?」
「彼は……どうも近頃は気が触れているから、あまり関わりたくはないけど……嫌われていても変に執着されていても、大事なお兄様であることに変わりはないかな」
「き、気が触れ……え? じゃあ、えっと、み、ミカリアは!」
「私の存在が彼にとって少しでも救いになるのなら、誰になんと言われようが彼の友達であり続けたい。私とミカリアは……とても、似ているから。彼には自由になって欲しいと思ってるよ」
「えぇ……ふ、複雑……。アンヘルは? 彼はどうなの?」
「アンヘルはごくごく普通のスイーツ好きの同志だよ。ただ…………うん。想像を絶するような苦痛を味わってきた彼のこれからの日々が、生きていて良かったって思えるような──甘く楽しいものになりますように。って祈ったりもしてる」
「い、祈りですか……これはもしや……やっぱりそういうことなの……?」
以前アンヘルから託された、吸血鬼一族の事実上の絶滅までの顛末を描いた絵本。正式にシャンパー商会を通して出版され、とある吸血鬼の一族の過ちは、今や帝国市民を中心に広まりつつある。
その内容を反芻しながら、私はアンヘルの幸福を居もしない神様に祈った。──どうか、彼が少しでも報われますようにと。
なので、嘘ひとつ混じらない本心そのもので回答したのだが。ミシェルちゃんは訝しげにこちらを見遣り、ぶつぶつと呟くだけで。
「……なるほど。お兄さんが言ってたのはそういう……これはなんというか、うーむ。難儀だなぁ…………」
怪訝な視線から一転。ミシェルちゃんのそれは、珍獣でも見るかのようなものになった。
なんだその目は。
「……これ、多分何も言わない方がお兄さんにとって良い方に働くよね。うん。きっとそうだ。よし──きゅ、急に変なことを聞いてごめんなさい! あたし、もう帰りますね!」
「え? もう帰っ──」
露骨な怪しさを全身に纏い、ぎこちない笑顔で彼女はスササッ、と後退する。そのまま後ろ手に扉を開き、「お邪魔しました!」と元気に言い放って退室した。
「……一体なんだったの……?」
一人取り残された私は、呆然としながらその場で首を傾げた。
♢♢
「はぁっ……!」
既に一往復はした廊下を疾走する。途中ですれ違った侍女さんに『危ないですよ』と窘められたので、全力疾走ではなく競歩ぐらいの小走りだが。
やがて、何度目かの角を曲がったところで、道の先に目的の人を発見する。
「おに──じゃない、カイル!」
「あぁ、やっと戻って来た。忘れ物は見つかっ」
「カイル! 大変だよ!!」
「ちょっ……何なに急に詰め寄るな」
カイルの言葉を遮る勢いで捲し立てる。
「アミレス、あの子すっごい鈍感だよ!! びっくりするほど! なのに重度の博愛主義者っぽくてちょっぴり怖いよ!!」
「アンタ忘れ物取りに戻ったんだよな?? なんで忘れ物取りに行ってそんな話が出てくんだよ」
もしも。恋とか愛ではなく、お兄さんが、ただずっとアミレスと一緒に居たいのなら……なんとかそれを叶えてあげたいと思った。
お兄さんには前世でお世話になったんだもん。今世でこそ恩返ししなきゃ! と思ったのだ。だから、お節介だとは思うが、アミレスからカイルに対する気持ちを聞きに行ったのである。
──その結果が、アレなわけだけど。
なんというか……お互いにあのレベルの重い感情を向け合ってるのなら、両想いでいいと思うんだけどなぁ。
お兄さんは恋愛を否定するし、アミレスは本当に友達としか思ってなさそうだし。なんなんだろう、この人達。下手な愛情よりもずっと怖いよ。
「経緯はイマイチ分からんが、まあ、アンタの言ってることには激しく同意する。アミレスはなぁ……クソ鈍感だし、無自覚人誑しだし、愛され方が分かんねぇくせに身内への愛が重いし、何気にスパダリ攻め様の素質まであるんだよ……いつになったら他人の人生を狂わせた自覚を持ってくれるんだろうなァ…………」
愚痴のように語るが、彼の表情はどこか明るい。──これで好きじゃないってどういうこと? もうっ、あたしには分かんないよ!!
「というか、人生を狂わせた……ってどういうこと?」
アミレスはそのレベルの事件を起こしていたの!?
「見てりゃ分かるだろうよ。アイツの周り、アイツに性癖か人生を狂わされた奴しかいねぇから」
「そ、そうなの……? じゃあまさか、お兄さんも……」
「もれなくそうだな。正気を捨ててなきゃ、人生オールインとか出来ねぇっつの」
「は、はあ……」
この人、アミレスに人生オールインしてるんだ。え、重っ………………。
「おいなんだその呆れ顔は。お前が始めた物語だろうが」
「す、すいません」
ペコペコと謝りながら、あたしは思う。
かつて自分も憧れていた、逆ハーレムなるもの。皆に愛してもらえるというのは確かにとても魅力的なのだが……いざそれを目の当たりにすると、『大変そうだなぁ』という感想が勝ってしまった。
アミレス、一周まわって怖いぐらい皆に愛されていて大変そうだなぁ……。
よかった。あたしは逆ハーレム未遂で終われてよかった。あたしにはロイがいるからもう十分だね。高望みなんてしちゃ駄目だね。ウンウン。
「それじゃあ、フリードルは……?」
「彼は……どうも近頃は気が触れているから、あまり関わりたくはないけど……嫌われていても変に執着されていても、大事なお兄様であることに変わりはないかな」
「き、気が触れ……え? じゃあ、えっと、み、ミカリアは!」
「私の存在が彼にとって少しでも救いになるのなら、誰になんと言われようが彼の友達であり続けたい。私とミカリアは……とても、似ているから。彼には自由になって欲しいと思ってるよ」
「えぇ……ふ、複雑……。アンヘルは? 彼はどうなの?」
「アンヘルはごくごく普通のスイーツ好きの同志だよ。ただ…………うん。想像を絶するような苦痛を味わってきた彼のこれからの日々が、生きていて良かったって思えるような──甘く楽しいものになりますように。って祈ったりもしてる」
「い、祈りですか……これはもしや……やっぱりそういうことなの……?」
以前アンヘルから託された、吸血鬼一族の事実上の絶滅までの顛末を描いた絵本。正式にシャンパー商会を通して出版され、とある吸血鬼の一族の過ちは、今や帝国市民を中心に広まりつつある。
その内容を反芻しながら、私はアンヘルの幸福を居もしない神様に祈った。──どうか、彼が少しでも報われますようにと。
なので、嘘ひとつ混じらない本心そのもので回答したのだが。ミシェルちゃんは訝しげにこちらを見遣り、ぶつぶつと呟くだけで。
「……なるほど。お兄さんが言ってたのはそういう……これはなんというか、うーむ。難儀だなぁ…………」
怪訝な視線から一転。ミシェルちゃんのそれは、珍獣でも見るかのようなものになった。
なんだその目は。
「……これ、多分何も言わない方がお兄さんにとって良い方に働くよね。うん。きっとそうだ。よし──きゅ、急に変なことを聞いてごめんなさい! あたし、もう帰りますね!」
「え? もう帰っ──」
露骨な怪しさを全身に纏い、ぎこちない笑顔で彼女はスササッ、と後退する。そのまま後ろ手に扉を開き、「お邪魔しました!」と元気に言い放って退室した。
「……一体なんだったの……?」
一人取り残された私は、呆然としながらその場で首を傾げた。
♢♢
「はぁっ……!」
既に一往復はした廊下を疾走する。途中ですれ違った侍女さんに『危ないですよ』と窘められたので、全力疾走ではなく競歩ぐらいの小走りだが。
やがて、何度目かの角を曲がったところで、道の先に目的の人を発見する。
「おに──じゃない、カイル!」
「あぁ、やっと戻って来た。忘れ物は見つかっ」
「カイル! 大変だよ!!」
「ちょっ……何なに急に詰め寄るな」
カイルの言葉を遮る勢いで捲し立てる。
「アミレス、あの子すっごい鈍感だよ!! びっくりするほど! なのに重度の博愛主義者っぽくてちょっぴり怖いよ!!」
「アンタ忘れ物取りに戻ったんだよな?? なんで忘れ物取りに行ってそんな話が出てくんだよ」
もしも。恋とか愛ではなく、お兄さんが、ただずっとアミレスと一緒に居たいのなら……なんとかそれを叶えてあげたいと思った。
お兄さんには前世でお世話になったんだもん。今世でこそ恩返ししなきゃ! と思ったのだ。だから、お節介だとは思うが、アミレスからカイルに対する気持ちを聞きに行ったのである。
──その結果が、アレなわけだけど。
なんというか……お互いにあのレベルの重い感情を向け合ってるのなら、両想いでいいと思うんだけどなぁ。
お兄さんは恋愛を否定するし、アミレスは本当に友達としか思ってなさそうだし。なんなんだろう、この人達。下手な愛情よりもずっと怖いよ。
「経緯はイマイチ分からんが、まあ、アンタの言ってることには激しく同意する。アミレスはなぁ……クソ鈍感だし、無自覚人誑しだし、愛され方が分かんねぇくせに身内への愛が重いし、何気にスパダリ攻め様の素質まであるんだよ……いつになったら他人の人生を狂わせた自覚を持ってくれるんだろうなァ…………」
愚痴のように語るが、彼の表情はどこか明るい。──これで好きじゃないってどういうこと? もうっ、あたしには分かんないよ!!
「というか、人生を狂わせた……ってどういうこと?」
アミレスはそのレベルの事件を起こしていたの!?
「見てりゃ分かるだろうよ。アイツの周り、アイツに性癖か人生を狂わされた奴しかいねぇから」
「そ、そうなの……? じゃあまさか、お兄さんも……」
「もれなくそうだな。正気を捨ててなきゃ、人生オールインとか出来ねぇっつの」
「は、はあ……」
この人、アミレスに人生オールインしてるんだ。え、重っ………………。
「おいなんだその呆れ顔は。お前が始めた物語だろうが」
「す、すいません」
ペコペコと謝りながら、あたしは思う。
かつて自分も憧れていた、逆ハーレムなるもの。皆に愛してもらえるというのは確かにとても魅力的なのだが……いざそれを目の当たりにすると、『大変そうだなぁ』という感想が勝ってしまった。
アミレス、一周まわって怖いぐらい皆に愛されていて大変そうだなぁ……。
よかった。あたしは逆ハーレム未遂で終われてよかった。あたしにはロイがいるからもう十分だね。高望みなんてしちゃ駄目だね。ウンウン。
41
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる