690 / 765
第五章・帝国の王女
615,5.Interlude Story:Michelle
しおりを挟む
お兄さん──カイルと、アミレスと改めて顔を合わせ、今後について話し合った。
彼等が何を望み、何を成そうとしているのか……まだ、あまり実感が湧かないけれど。それでも彼女の思いと、その切実さは本物だと分かったから。あたしは、彼女の願いが叶うよう、そのお手伝いをしようと思ったのだ。
全てのルートの破却と、新たなルートの創造。
そうは言っても具体的な方法はなく、『とにかく片っ端からあらゆるイベントを潰して、ゲームの展開をぶっ壊してみるか』とのカイルの案を採用し、積極的にゲームシナリオから外れた行動をとろう。ということで、一旦話は落ち着いた。
一応はヒロインであるあたしが、ゲームシナリオに一番影響を齎す事が出来よう。妖精との一件でたくさんアミレスさんに迷惑をかけちゃったぶん、ここでお返ししなければ。がんばるぞ、おー!
「独りでに拳を突き上げたりして……何やってんだ、ミシェル」
「あ、お、お兄さ──カイル。これは、その……気合いを入れていたというか」
「アンタ、前世からそういうところあるよな」
苦笑し、カイルは前を歩く。
第一回転生者会議を終えたあたし達は、この後にも仕事があるというアミレスと別れ、皇宮の廊下を二人で歩いていた。
彼女は帰りの馬車を手配すると提案してくれたが、カイルが宿泊先まで送ってくれるとのことなので、お言葉に甘えることにしたのである。
どうやらカイルはこの宮殿に通い慣れているようで、侍女さんの案内も断って迷わず進んでゆく。その背中を追いかけていた時。あたしの頭の中に、ふと雨露のような疑問がぽつりと落ちてきた。
「……あの、カイル。一つ聞きたいことがあって」
「何?」
「あなたは、彼女のことが好きなの?」
問うと、カイルはしんと黙り込み、固まった。かと思えば眉間に皺を寄せてこちらを一瞥し、
「──そんなのじゃない。俺がアイツを想う気持ちは……恋とか愛とか、そんなありふれたものじゃない。これは、ただの執着と依存だ」
不機嫌に吐き捨てて、ズカズカと先を行ってしまった。
ただでさえ歩幅が違うのに、早歩きで先を行かれるとあたしの足では簡単には追いつけない。
「ま、待って!」
「……はあ。アンタも知ってるだろ、俺がどれだけ『恋愛』の当事者になるのが嫌か。俺は誰の恋愛対象にもなりたくないんだよ」
ぴたりと足を止め、カイルは振り向いた。その表情はカイルのものというより──前世でよく見た、あたしの初恋の人のそれで。
恋愛を毛嫌いするわりに恋愛モノを見るのが大好きな変わった人であることも、告白して来た女性に汚物を見るような視線を送っていたことも、よく知っているとも。
知っていたからこそ、あたしはあなたへの恋心を捨てたのだから。
「……うん。知ってるよ。だからこそ聞きたいの。あんなにも女の人を嫌って、恋愛を遠ざけていたお兄さんが──どうして、彼女にだけはあんなにも甘いの?」
極度の女嫌いなお兄さんが継続的に関わった数少ない女。それが佐倉愛奈花だと、お兄さん自身が前世で語っていた。──そんな彼が、いくら別人になったとはいえ、その性格まで簡単に変わるとは思えない。
……まぁ、前世の記憶が戻るまでヒステリックな我儘娘だったあたしが言っても、説得力はないと思うけど。
だからこそ引っかかるのだ。彼にとってのアミレス──『みこさん』という存在が、ただの友達だというのは、あまりにも不自然だと。
こんな風に難癖をつけていては、まだ彼が好きなのか……と勘繰られるかもしれない。お兄さんには感謝してるし、情がないと言えば嘘になるが……彼とどうこうなりたい、と言った思いはもう無い。──そんな思いは、あの瞬間に消えた去った。
『…………生きててくれてありがとう。アミレス』
瀕死の状態だったそうなのだが、ミカリアとジスガランド教皇の治癒魔法を受け、なんとか呼吸が安定したアミレス。それを、誰よりも酷い顔色で見守り、彼は心底安堵したように呟いていた。
元々そんなつもりはなかったけれど、あの顔を見て、彼に恋心を抱ける女はどこにもいないだろう。そこに自分が入る余地など一切無いと、理解を余儀なくされるのだから。
「……──女は今でも大嫌いだよ。でもアイツは別だ。そんな括りには入れられない特別な存在なんだ。特別な存在を特別扱いするのは当然だろ」
カイルは瞳を伏せ、しっとりとした声で呟いた。健康的な肌に睫毛の影が落ちたかと思えば、彼はまた一人で歩き出す。
「…………特別だけど、恋愛感情は介在しないって、どういうことなの……?」
あたしには分からなかった。人間とは、ありとあらゆる行動で“愛情”を免罪符にするものだから。
愛や恋が介在しない“特別”という言葉が、理解出来ない。“特別”であることを認めるのに、“愛情”を否定する姿が……とてもいびつに見えた。
──いくら考えても答えは出ない。
前世でたくさんお世話になったから、お兄さんにはちゃんと幸せになってほしいのに……そのお手伝いをすることさえ、愚かなあたしには不可能なのかな。
「……お兄さん。あたし、ちょっと忘れ物したみたい。取りに戻るね」
「え? あー、道分かるか? つーか俺が取ってくるけど」
「今来た道を戻るだけだから大丈夫。そんなに待たせないから、お兄さんはここで待ってて」
「あぁそう。分かった」
カイルをその場に残し、小走りで来た道を戻る。先程まで滞在していた部屋の前に立ち、あたしは扉をコンコンとノックした。
「アミレスさん。ミシェルです──……」
彼等が何を望み、何を成そうとしているのか……まだ、あまり実感が湧かないけれど。それでも彼女の思いと、その切実さは本物だと分かったから。あたしは、彼女の願いが叶うよう、そのお手伝いをしようと思ったのだ。
全てのルートの破却と、新たなルートの創造。
そうは言っても具体的な方法はなく、『とにかく片っ端からあらゆるイベントを潰して、ゲームの展開をぶっ壊してみるか』とのカイルの案を採用し、積極的にゲームシナリオから外れた行動をとろう。ということで、一旦話は落ち着いた。
一応はヒロインであるあたしが、ゲームシナリオに一番影響を齎す事が出来よう。妖精との一件でたくさんアミレスさんに迷惑をかけちゃったぶん、ここでお返ししなければ。がんばるぞ、おー!
「独りでに拳を突き上げたりして……何やってんだ、ミシェル」
「あ、お、お兄さ──カイル。これは、その……気合いを入れていたというか」
「アンタ、前世からそういうところあるよな」
苦笑し、カイルは前を歩く。
第一回転生者会議を終えたあたし達は、この後にも仕事があるというアミレスと別れ、皇宮の廊下を二人で歩いていた。
彼女は帰りの馬車を手配すると提案してくれたが、カイルが宿泊先まで送ってくれるとのことなので、お言葉に甘えることにしたのである。
どうやらカイルはこの宮殿に通い慣れているようで、侍女さんの案内も断って迷わず進んでゆく。その背中を追いかけていた時。あたしの頭の中に、ふと雨露のような疑問がぽつりと落ちてきた。
「……あの、カイル。一つ聞きたいことがあって」
「何?」
「あなたは、彼女のことが好きなの?」
問うと、カイルはしんと黙り込み、固まった。かと思えば眉間に皺を寄せてこちらを一瞥し、
「──そんなのじゃない。俺がアイツを想う気持ちは……恋とか愛とか、そんなありふれたものじゃない。これは、ただの執着と依存だ」
不機嫌に吐き捨てて、ズカズカと先を行ってしまった。
ただでさえ歩幅が違うのに、早歩きで先を行かれるとあたしの足では簡単には追いつけない。
「ま、待って!」
「……はあ。アンタも知ってるだろ、俺がどれだけ『恋愛』の当事者になるのが嫌か。俺は誰の恋愛対象にもなりたくないんだよ」
ぴたりと足を止め、カイルは振り向いた。その表情はカイルのものというより──前世でよく見た、あたしの初恋の人のそれで。
恋愛を毛嫌いするわりに恋愛モノを見るのが大好きな変わった人であることも、告白して来た女性に汚物を見るような視線を送っていたことも、よく知っているとも。
知っていたからこそ、あたしはあなたへの恋心を捨てたのだから。
「……うん。知ってるよ。だからこそ聞きたいの。あんなにも女の人を嫌って、恋愛を遠ざけていたお兄さんが──どうして、彼女にだけはあんなにも甘いの?」
極度の女嫌いなお兄さんが継続的に関わった数少ない女。それが佐倉愛奈花だと、お兄さん自身が前世で語っていた。──そんな彼が、いくら別人になったとはいえ、その性格まで簡単に変わるとは思えない。
……まぁ、前世の記憶が戻るまでヒステリックな我儘娘だったあたしが言っても、説得力はないと思うけど。
だからこそ引っかかるのだ。彼にとってのアミレス──『みこさん』という存在が、ただの友達だというのは、あまりにも不自然だと。
こんな風に難癖をつけていては、まだ彼が好きなのか……と勘繰られるかもしれない。お兄さんには感謝してるし、情がないと言えば嘘になるが……彼とどうこうなりたい、と言った思いはもう無い。──そんな思いは、あの瞬間に消えた去った。
『…………生きててくれてありがとう。アミレス』
瀕死の状態だったそうなのだが、ミカリアとジスガランド教皇の治癒魔法を受け、なんとか呼吸が安定したアミレス。それを、誰よりも酷い顔色で見守り、彼は心底安堵したように呟いていた。
元々そんなつもりはなかったけれど、あの顔を見て、彼に恋心を抱ける女はどこにもいないだろう。そこに自分が入る余地など一切無いと、理解を余儀なくされるのだから。
「……──女は今でも大嫌いだよ。でもアイツは別だ。そんな括りには入れられない特別な存在なんだ。特別な存在を特別扱いするのは当然だろ」
カイルは瞳を伏せ、しっとりとした声で呟いた。健康的な肌に睫毛の影が落ちたかと思えば、彼はまた一人で歩き出す。
「…………特別だけど、恋愛感情は介在しないって、どういうことなの……?」
あたしには分からなかった。人間とは、ありとあらゆる行動で“愛情”を免罪符にするものだから。
愛や恋が介在しない“特別”という言葉が、理解出来ない。“特別”であることを認めるのに、“愛情”を否定する姿が……とてもいびつに見えた。
──いくら考えても答えは出ない。
前世でたくさんお世話になったから、お兄さんにはちゃんと幸せになってほしいのに……そのお手伝いをすることさえ、愚かなあたしには不可能なのかな。
「……お兄さん。あたし、ちょっと忘れ物したみたい。取りに戻るね」
「え? あー、道分かるか? つーか俺が取ってくるけど」
「今来た道を戻るだけだから大丈夫。そんなに待たせないから、お兄さんはここで待ってて」
「あぁそう。分かった」
カイルをその場に残し、小走りで来た道を戻る。先程まで滞在していた部屋の前に立ち、あたしは扉をコンコンとノックした。
「アミレスさん。ミシェルです──……」
30
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる