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第五章・帝国の王女
♢第五節 槐夢の客星編 610,5.Interlude Story:月夜の語らい
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或る夜半。とある目的の為に、月明かりの下を散策していた。
「よぅ、花の君。久しぶりだな」
話しかけるが、返事は無い。
柔らかな蕾を咲かせた木を静かに見上げていた彼女は、こちらに気付き、ゆっくりと振り向いた。
「……あら。お久しぶりね、優しいひと」
「言い訳がましいが──ここ数ヶ月はあの男がずっと彷徨いてたもんで、中々に近寄れないでいたんだ」
「ふふ。街で大変な事件が起きたんですよね? わざわざ私の元に来たということは……あの子に何かあったんですか?」
「まァ待てよ、一から全部話すさ。その為に今夜は此処に来たんだ」
不安げに眉尻を下げる彼女を宥め、数ヶ月ぶんの話をする。喜び、楽しみ、驚き、慌て、怒り、悲しむ。豊かな感情を隠さず顔に出し、彼女は前のめりに話を聞いていた。
「──あの子が相変わらず楽しく過ごせているようで良かった。教えてくれてありがとう、優しい貴方。あの人はほぼ毎日のように来てくれるけれど……あの子の話をした事は一度も無いから。貴方が話し相手になってくれて、私本当に嬉しいの」
「……そりゃどーも。こちらとしては、そこまで純粋な気持ちで話し相手になってるワケじゃあねェから、少し複雑ではあるが」
「あらそうなの? ならどうして、私の話し相手に?」
「外堀を埋める為……とか」
一度はきょとんとしたが、程なくして彼女はハッとなり、「あらあらまあまあ!」と目を輝かせる。
ずい、と身を寄せてきたかと思えばにんまりと笑い、えらく楽しげに言及してきたではないか。
「そうなの? そういうことだったの? だから貴方は、あの子のことをやけに気にかけていたのね。……うふふ、どうしてかしら。私は正直、恋バナとか苦手なのだけど……今は、凄く、楽しいわ!」
「アンタ本当に肝が据わってるなァ。嬉々として詰め寄ってくるとか、クソ度胸にも程があるだろ」
「幼少期に鍛えられましたからねっ」
誇らしいと思っているのか、彼女はしたり顔で胸を張る。その姿がアイツを彷彿とさせて──いつの間にか、我が口元は弧を描いていた。
「……ん、珍しい来客のようだ。今宵はそろそろお開きとさせていただこう。それではな、花の君」
特徴的な気配が近づいてきたものだから、アレに姿を見られぬうちに退散しようと踵を返す。
「久々に誰かと話せて嬉しかったわ。ありがとう──優しくて健気な貴方。応援は出来ないけれど、見守っているわ」
背中に投げかけられた言葉。応援はしてくれねェのかよ。と苦笑しつつ、適当に手を振ってその場を離れる。
……健気、か。そりゃあ慎重にもなるさ。
『───ごめんね、我が友よ。そして、ありがとう』
閉ざされてゆく■界の隙間から見えた、■切■の言■と、狂■■顔。■てられ、搾■■─るよ■──った、■の日から。
■年も、何■年も、■■で■■い場■に取■■さ■■いたあ──間■……■■─、■しく■─■■■っ■。
「……ハハ。記憶すら朧げなくせに、感情だけが楔のように残っていやがる」
何を間違えたのか分からない。何が悪かったのかも分からない。突然訪れたその刻が、何年経とうが我が心に根差し、毒のように蝕む。
この忌々しい感情の所為で……あれから幾度となく月が満ち欠けたというのに、未だに『それ』を恐れ二の足を踏んでいるのだ。この身の、なんとままならないことか。
「はァ……相変わらず、みっともねェ男のままだな。ぼくは──……」
月を見上げ、大きく息を吐く。
今夜はもう眠れそうにない。ならば──アイツの寝顔でも眺めに行こう。さすればきっと……ほんの少しは楽になるから。
そう決めてからは早く、くるりと方向転換し、まるで神に救済を求める信者のように、この胸を焦がす女の傍らへとまっすぐ向かっていった……。
「よぅ、花の君。久しぶりだな」
話しかけるが、返事は無い。
柔らかな蕾を咲かせた木を静かに見上げていた彼女は、こちらに気付き、ゆっくりと振り向いた。
「……あら。お久しぶりね、優しいひと」
「言い訳がましいが──ここ数ヶ月はあの男がずっと彷徨いてたもんで、中々に近寄れないでいたんだ」
「ふふ。街で大変な事件が起きたんですよね? わざわざ私の元に来たということは……あの子に何かあったんですか?」
「まァ待てよ、一から全部話すさ。その為に今夜は此処に来たんだ」
不安げに眉尻を下げる彼女を宥め、数ヶ月ぶんの話をする。喜び、楽しみ、驚き、慌て、怒り、悲しむ。豊かな感情を隠さず顔に出し、彼女は前のめりに話を聞いていた。
「──あの子が相変わらず楽しく過ごせているようで良かった。教えてくれてありがとう、優しい貴方。あの人はほぼ毎日のように来てくれるけれど……あの子の話をした事は一度も無いから。貴方が話し相手になってくれて、私本当に嬉しいの」
「……そりゃどーも。こちらとしては、そこまで純粋な気持ちで話し相手になってるワケじゃあねェから、少し複雑ではあるが」
「あらそうなの? ならどうして、私の話し相手に?」
「外堀を埋める為……とか」
一度はきょとんとしたが、程なくして彼女はハッとなり、「あらあらまあまあ!」と目を輝かせる。
ずい、と身を寄せてきたかと思えばにんまりと笑い、えらく楽しげに言及してきたではないか。
「そうなの? そういうことだったの? だから貴方は、あの子のことをやけに気にかけていたのね。……うふふ、どうしてかしら。私は正直、恋バナとか苦手なのだけど……今は、凄く、楽しいわ!」
「アンタ本当に肝が据わってるなァ。嬉々として詰め寄ってくるとか、クソ度胸にも程があるだろ」
「幼少期に鍛えられましたからねっ」
誇らしいと思っているのか、彼女はしたり顔で胸を張る。その姿がアイツを彷彿とさせて──いつの間にか、我が口元は弧を描いていた。
「……ん、珍しい来客のようだ。今宵はそろそろお開きとさせていただこう。それではな、花の君」
特徴的な気配が近づいてきたものだから、アレに姿を見られぬうちに退散しようと踵を返す。
「久々に誰かと話せて嬉しかったわ。ありがとう──優しくて健気な貴方。応援は出来ないけれど、見守っているわ」
背中に投げかけられた言葉。応援はしてくれねェのかよ。と苦笑しつつ、適当に手を振ってその場を離れる。
……健気、か。そりゃあ慎重にもなるさ。
『───ごめんね、我が友よ。そして、ありがとう』
閉ざされてゆく■界の隙間から見えた、■切■の言■と、狂■■顔。■てられ、搾■■─るよ■──った、■の日から。
■年も、何■年も、■■で■■い場■に取■■さ■■いたあ──間■……■■─、■しく■─■■■っ■。
「……ハハ。記憶すら朧げなくせに、感情だけが楔のように残っていやがる」
何を間違えたのか分からない。何が悪かったのかも分からない。突然訪れたその刻が、何年経とうが我が心に根差し、毒のように蝕む。
この忌々しい感情の所為で……あれから幾度となく月が満ち欠けたというのに、未だに『それ』を恐れ二の足を踏んでいるのだ。この身の、なんとままならないことか。
「はァ……相変わらず、みっともねェ男のままだな。ぼくは──……」
月を見上げ、大きく息を吐く。
今夜はもう眠れそうにない。ならば──アイツの寝顔でも眺めに行こう。さすればきっと……ほんの少しは楽になるから。
そう決めてからは早く、くるりと方向転換し、まるで神に救済を求める信者のように、この胸を焦がす女の傍らへとまっすぐ向かっていった……。
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