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第五章・帝国の王女
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「いや、いやよっ……! わたくしは、わたくしは……っ、この恋を終わらせたく、ない…………っ!!」
レオナードの言霊は条件次第で上位存在にも作用する。彼が先祖より受け継いだその奇跡力と合わされば、なおのことだ。
乱雑に内蔵をかき混ぜられるように、ニアベルの精神はぐにゃりと歪んでゆく。その不快感から彼女は身を縮こませて悲鳴を上げるが、
「ああぁ、あ、ああああああっ!! やめて!! わたくしからこの恋を……っ! この奇跡を、奪わないで────!」
レオナードは言葉を取り下げず。無言のまま、膝から崩れ落ちたニアベルをじっと監視していた。
何が起きたのか、と事態に追いつけない者達が固唾を呑んだ時だ。ガクリと項垂れ、ニアベルが震える声で呟く。
「…………妖精女王の名前を人間に教えたのは……ラヴィーロ、あなたよね。だって、あなた以外には教えていないもの」
「……そうでしたね。妖精女王は妖精女王として死ぬものだからと、貴女様はその御名前をお捨てになられたと。そう聞き及びました」
「なのに、今になって他人に教えるなんて。そんなのってないわ」
ふらりと立ち上がったニアベルの両目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
「ほんとうに、ひどいわ、ラヴィーロ。わたくしを裏切って、わたくしを見捨てて、わたくしの宝物まで奪うなんて」
「叶わぬ恋の苦しみなど、貴女様には似合いません。貴女様の幸福と平穏の為ならば、私はどのような巨悪、どのような罪びとにだってなりましょう」
「……ひどい。最低よ、ラヴィーロ。あなたなんて大嫌い。あなたなんてもう要らないわ!」
「──はい。その言葉こそ、我が忠義の果てに望んだものでごさいますれば。どうか、願わくば……親愛なる女王陛下の未来が、万の宝石よりも輝かしく美しいものでありますように」
ピシッ、と。ラヴィーロの頬に亀裂が生じる。
彼は宝石の妖精。誰かに所持されなければまともに妖精体すら保てない存在。そんな彼が所有者を裏切るのは、自殺行為に他ならない。
妖精女王に不要とされた事により、彼の肉体は壊れはじめたのだ。自壊する宝石。壊死した部分から徐々に崩れ落ちてゆき、彼の命が砕けてゆく。
『───あのね、ラヴィーロ。わたくしのお母さまは……人間の男に恋をしたそうなの。どうしようもない程に彼が好きで堪らなくて……お母さまは、わたくしとお父さまを裏切り見捨てて、人間界に行ってしまったわ』
『御母堂が……なんとお答えすれば貴女様の御心を癒せるのか、愚かな私めには到底考えが及ばぬ事、忸怩たる思いです』
『いいのよ。あの頃はお母さまが理解出来なかったけれど、今はわかるの。──恋って、奇跡的なものなのね。この奇跡のためならなんだって出来るって……心から、そう思えてしまうわ』
夢物語を語る幼子のように、瞳を爛々と輝かせていた妖精女王は、目の前におらず。ラヴィーロの目の前には──……宝物を失い涙する憐れなニアベルが、縋るようにラヴィーロの頬に触れ、物憂げな表情を作っていた。
「わたくしのものなのに、わたくしを裏切るなんて。そんなのってないわ」
「……申し訳ございません」
「あなたなんて要らない。わたくしを見捨てるような男、わたくしの傍には要らないわ」
「……は、御意のままに」
宝石界域が光の泡となって解けてゆく。砕け散る宝石体に比例するように、氷上の楼閣と競り合っていた宝石の世界は収縮していった。
それと同時に、ニアベルの足元がぐにゃりと歪み、沼地のように彼女の足を引きずり込む。ニアベルはキッと彼を睨んだが、ラヴィーロの表情を見て固まった。その後、
「……ラヴィーロ。最後に教えてちょうだい。今わたくしの心が割れそうなぐらい痛いのは、恋を失ったからなの? それとも──……」
「そうですよ。そうでなければなりません」
「……そう、なのね。ラヴィーロ。わたくしの大嫌いなラヴィーロ。わたくしを苦しめて逝くなんて──あなたは、ひどい臣下だわ」
涙ながらに微笑みを浮かべ、妖精女王は空間の歪みに呑み込まれた。程なくして妖精界に落ち、彼女は閑散とした世界を見て過去を悔いるであろう。
「──誰の許可を得て、良い雰囲気で終わろうとしているんだ。宝石妖精」
「……これは手厳しい。汝の愛し子を傷つけた事は謝罪するが、そも中々に現れなかった汝が悪いのだぞ」
「あ"ぁ"? 勝手に妖精女王を逃がした事といい、喧嘩を売ってるのか? 蝿が……今すぐアミィを元に戻せ。一切の後遺症なく、元通りに」
全壊一歩手前のラヴィーロの首を、シルフが鷲掴む。
「子供のように焦らずとも、もうじき私は死ぬさ」
だから待て、とラヴィーロは冷笑をたたえる。
そこに、サンクが文字通り飛んできた。両足が宝石化しているのに、一体どうやって動いたのだ……とラヴィーロが目を丸くしたところで、サンクが叫ぶ。
「たいちょ──っラヴィーロさん! 死なないでくれ! オレは……オレはまだ、アンタに何も、恩返し……っできて、な……っ!!」
「……サンク。ならば、私亡き後の近衛隊と、女王陛下を頼む。心優しくも勇猛な汝ならば、必ずや女王陛下のお役に立てるだろう」
「嫌だっ! オレはアンタに拾われて、アンタに救われたんだ!! アンタに恩を返すために生きるって、そう決めたんだっっ!!」
隻腕になってもなお揺るがぬラヴィーロへの感謝の念。それに心打たれたのか、ラヴィーロはぐっと息を呑んで、口を開いた。
レオナードの言霊は条件次第で上位存在にも作用する。彼が先祖より受け継いだその奇跡力と合わされば、なおのことだ。
乱雑に内蔵をかき混ぜられるように、ニアベルの精神はぐにゃりと歪んでゆく。その不快感から彼女は身を縮こませて悲鳴を上げるが、
「ああぁ、あ、ああああああっ!! やめて!! わたくしからこの恋を……っ! この奇跡を、奪わないで────!」
レオナードは言葉を取り下げず。無言のまま、膝から崩れ落ちたニアベルをじっと監視していた。
何が起きたのか、と事態に追いつけない者達が固唾を呑んだ時だ。ガクリと項垂れ、ニアベルが震える声で呟く。
「…………妖精女王の名前を人間に教えたのは……ラヴィーロ、あなたよね。だって、あなた以外には教えていないもの」
「……そうでしたね。妖精女王は妖精女王として死ぬものだからと、貴女様はその御名前をお捨てになられたと。そう聞き及びました」
「なのに、今になって他人に教えるなんて。そんなのってないわ」
ふらりと立ち上がったニアベルの両目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
「ほんとうに、ひどいわ、ラヴィーロ。わたくしを裏切って、わたくしを見捨てて、わたくしの宝物まで奪うなんて」
「叶わぬ恋の苦しみなど、貴女様には似合いません。貴女様の幸福と平穏の為ならば、私はどのような巨悪、どのような罪びとにだってなりましょう」
「……ひどい。最低よ、ラヴィーロ。あなたなんて大嫌い。あなたなんてもう要らないわ!」
「──はい。その言葉こそ、我が忠義の果てに望んだものでごさいますれば。どうか、願わくば……親愛なる女王陛下の未来が、万の宝石よりも輝かしく美しいものでありますように」
ピシッ、と。ラヴィーロの頬に亀裂が生じる。
彼は宝石の妖精。誰かに所持されなければまともに妖精体すら保てない存在。そんな彼が所有者を裏切るのは、自殺行為に他ならない。
妖精女王に不要とされた事により、彼の肉体は壊れはじめたのだ。自壊する宝石。壊死した部分から徐々に崩れ落ちてゆき、彼の命が砕けてゆく。
『───あのね、ラヴィーロ。わたくしのお母さまは……人間の男に恋をしたそうなの。どうしようもない程に彼が好きで堪らなくて……お母さまは、わたくしとお父さまを裏切り見捨てて、人間界に行ってしまったわ』
『御母堂が……なんとお答えすれば貴女様の御心を癒せるのか、愚かな私めには到底考えが及ばぬ事、忸怩たる思いです』
『いいのよ。あの頃はお母さまが理解出来なかったけれど、今はわかるの。──恋って、奇跡的なものなのね。この奇跡のためならなんだって出来るって……心から、そう思えてしまうわ』
夢物語を語る幼子のように、瞳を爛々と輝かせていた妖精女王は、目の前におらず。ラヴィーロの目の前には──……宝物を失い涙する憐れなニアベルが、縋るようにラヴィーロの頬に触れ、物憂げな表情を作っていた。
「わたくしのものなのに、わたくしを裏切るなんて。そんなのってないわ」
「……申し訳ございません」
「あなたなんて要らない。わたくしを見捨てるような男、わたくしの傍には要らないわ」
「……は、御意のままに」
宝石界域が光の泡となって解けてゆく。砕け散る宝石体に比例するように、氷上の楼閣と競り合っていた宝石の世界は収縮していった。
それと同時に、ニアベルの足元がぐにゃりと歪み、沼地のように彼女の足を引きずり込む。ニアベルはキッと彼を睨んだが、ラヴィーロの表情を見て固まった。その後、
「……ラヴィーロ。最後に教えてちょうだい。今わたくしの心が割れそうなぐらい痛いのは、恋を失ったからなの? それとも──……」
「そうですよ。そうでなければなりません」
「……そう、なのね。ラヴィーロ。わたくしの大嫌いなラヴィーロ。わたくしを苦しめて逝くなんて──あなたは、ひどい臣下だわ」
涙ながらに微笑みを浮かべ、妖精女王は空間の歪みに呑み込まれた。程なくして妖精界に落ち、彼女は閑散とした世界を見て過去を悔いるであろう。
「──誰の許可を得て、良い雰囲気で終わろうとしているんだ。宝石妖精」
「……これは手厳しい。汝の愛し子を傷つけた事は謝罪するが、そも中々に現れなかった汝が悪いのだぞ」
「あ"ぁ"? 勝手に妖精女王を逃がした事といい、喧嘩を売ってるのか? 蝿が……今すぐアミィを元に戻せ。一切の後遺症なく、元通りに」
全壊一歩手前のラヴィーロの首を、シルフが鷲掴む。
「子供のように焦らずとも、もうじき私は死ぬさ」
だから待て、とラヴィーロは冷笑をたたえる。
そこに、サンクが文字通り飛んできた。両足が宝石化しているのに、一体どうやって動いたのだ……とラヴィーロが目を丸くしたところで、サンクが叫ぶ。
「たいちょ──っラヴィーロさん! 死なないでくれ! オレは……オレはまだ、アンタに何も、恩返し……っできて、な……っ!!」
「……サンク。ならば、私亡き後の近衛隊と、女王陛下を頼む。心優しくも勇猛な汝ならば、必ずや女王陛下のお役に立てるだろう」
「嫌だっ! オレはアンタに拾われて、アンタに救われたんだ!! アンタに恩を返すために生きるって、そう決めたんだっっ!!」
隻腕になってもなお揺るがぬラヴィーロへの感謝の念。それに心打たれたのか、ラヴィーロはぐっと息を呑んで、口を開いた。
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