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第五章・帝国の王女

605.Main Story:Lavielo

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「──なあ。どうしてあなたは……わざわざ回りくどい手段を選んだんだ?」

 交渉を終え、奇跡力で四肢を取り戻すやいなや、彼はおもむろに呟いた。
 煙に巻く事も出来るが……私達は今や協力関係にある。信頼を得る為には正直に答えるべきだろう。

「女王陛下は、たとえ失恋しようが絶対に諦めない。星を手に入れるその日まで、彼女は失恋と懸想に苦しみ懊悩し続けるだろう。だが星を手に入れるなど──天地が逆転するような奇跡が起きようが、不可能なのだ」
「……だから、永遠に苦しむことになるぐらいなら無理やりにでも終わらせてやろう。ってこと?」
「そうだ。汝はやはり聡明だな」

 諦めるという行為を知らない彼女が、最も苦しまずにその恋を終える方法。誰よりも幸福であって欲しい我が太陽が、その輝きを曇らせることなく未来さきへ進むには……こうするしかない。

「恋の苦しみを味合わせない為に恋を終わらせる、か。……とても、胸が苦しくなる話だ」

 紫色の瞳でこちらを一瞥して、彼は眉根を寄せた。
 巻き込んだ事は申し訳なく思う。だが……私の計画には、汝の力が必要なのだ。
 許してくれとは言わない。どうか、今ばかりは見逃してくれ──レオナード・サー・テンディジェル。


 ♢♢♢♢


「……ッ!」

 ──まだか。まだなのか。
 何故現れない。汝が現れなければ、何も成り立たぬというのに。何故、現れてくれないのだ。…………これではまだ足りないというのか?
 しかし、これ以上は難しい。これ以上奇跡を起こせば、

『───彼女の命の保証。それが絶対条件だ』

 彼との契約・・を反故にしてしまいかねない。
 星に寵愛されし姫君。彼の存在の庇護を受け、既に人の道を外れつつある──宙の花道ミルキーウェイを逝く少女。
 故に。彼女の命を脅かしたならば、彼の星自ら女王陛下の御前に現れると踏んだのだが……まだ、星は降臨しない。
 愛し子の自由を奪うだけでは星を喚び出すには足りぬのか。だが、しかし……。

 ぐるぐると焦燥が渦巻く。ここまで来て計画が失敗に終わるやもしれないという不安が、石の心に亀裂を生む。
 不安になるのも無理はない。何故なら私は……今日という日の為に、この数百年を生きてきたのだから。

「いい加減くたばれ、妖精!!」
「吹き荒れるは天穹の槍────」
「──落ちろ、雷霆」
「這い出よ、深淵の番人!」

 星の愛し子を守ろうとする人間達。その攻撃は苛烈の一途を辿り、僅かにだが私の奇跡を破るまでに至った。宝石界域プレシャスレオムを展開したことで周囲の魔力を吸収し奇跡力へ変換出来るので、奇跡力の枯渇は起きないが……私自身の磨耗や純粋な破壊には、そう長くは耐えられまい。

 私の世界を侵食する氷といい、女王陛下を直接狙う闇の使者といい。奇跡力を分散させられ、消耗を余儀なくされている。
 そして計画の要たる星の愛し子は、レオナードの妹や星騎士せいきしだけでなく魔王にも守られているときた。──八方塞がりとはこの事を言うのか。

 ……だが。私は、諦められない。諦める訳にはいかないのだ。


 ♢


 妖精の発生は多岐にわたる。
 妖精同士の交配により生まれる受胎じゅたい。強き妖精の血肉から生まれる種分たねわけ。奇跡力で無から生まれる錬生れんせい。誰かの願いから生まれる魂宿こんしゅく
 私は、都市伝説に等しい魂宿こんしゅくで生まれた宝石の化身たる妖精だった。
 多くの願いや感情を込められてきた宝石の概念。その集合体──そのような生い立ちだからか、私は誰よりも強靭で誰よりも脆弱な存在であった。

 誰かに目を掛けられ、所有・・されな・・・ければ・・・まともに妖精ひとの形を保つ事すら出来ない。誰かの願いから生まれた影響で、誰かに依存しなければ生きていけない。
 宝石の妖精と言えば聞こえはいいが……かつての私は、醜く無様な存在だったのだ。
 だが、あの日。路傍の砂利の一粒に彼女は気づいた。

『わたくし、決めたわ! ──あなたの名前は、『ラヴィーロ』よ。ふふ、わたくしの大好きなお花とおなじ名前なの』

 宝石ですらない石ころの私を拾い、彼女は宝物のように所有してくれたのだ。

『ラヴィーロ。お願いがあるの。……わたくし、お星さまが欲しいわ』

 私が誰にも負けぬ騎士となり、女王近衛隊隊長に就任するやいなや、彼女は告げた。
 五百年に及ぶ片想いの末、ついにその懸想を我慢出来なくなったようだ。遥か彼方にプレゼントを贈り、あの手この手で恋心を伝えようとしたが、彼の星──精霊王は一度たりとも返事すら寄越さず。
 彼方の星へ健気に恋焦がれている彼女を、私達臣下は複雑な心境で見守り支えていた。だから、彼女の命令に対しては『ようやくか』という気持ちが強くて。

 山のような宝石も、長き戦いの終着も、彼女の心を満たすには足りぬものであった。ならば、彼女の幸福と安寧の為──彼女が求めるものを手に入れるほかあるまい。
 数百年間精霊王と精霊界についての調査を進めていたのだが……ほんの数年前のこと。突然、人間界で目立った動きが見られた。

 私は宝石だ。宝石という概念の集合体だ。故に、妖精でありながら魔力とも密接に関わる。その為、自然と感知出来た。
 魔力を司る者──精霊王が人間界に降り立っているのだと。
 人間界にある一等大きな大陸。そこで星の姿を捜し、ようやく見つけた時。私はかつてない寄る辺なさに襲われた。

 ……──彼女の恋は絶対に叶わない。
 そう、否応なしに理解させられたのだ。

 彼の星は人間の娘をひどく愛していた。星の加護さえも与え制約を破棄する程に、精霊王はその少女を愛している。
 そこに彼女が付け入る隙など無く。私は──誰よりも長く女王陛下の恋心を理解しながら、誰よりも早く女王陛下の失恋を悟ってしまった。
 ……何故なら。私が、そうであったから。
 いつしか、紛い物の心に分不相応な想いを抱いていた。届かぬものに手を伸ばしてしまった。無駄だと分かっていても諦められなかった。
 だから分かるのだ。叶わぬ懸想こいの寂寥と辛苦というものが。

『──貴女様の幸福の為ならば、この命惜しくはない』

 逆臣と言われようが、廃棄されようが構わない。それで貴女様がこの苦しみから解き放たれるのならば……この命、いくらでも捨てましょう。
 願わくば。これが、親愛なる女王陛下あなたさまへの最期の献身になりますように。

 そうして私は──……最愛の女性の恋に、幕を下ろす計画を始めた。


 ♢


 誰よりも美しく、誰よりも清らかで、誰よりも愛おしい女王陛下。
 貴女様の幸福の為ならば私は──

「……これは賭けだ。人間達よ」

 貴女様に恨まれようが、構わない!!

「っ!? まさか──っ!!」

 赤髪の男が青い顔でバッと振り返る。
 ──そうだ。汝の読みは正しい。私の視線の先に在るもの、それは星の愛し子。その命はとうに我が手中にあるのだ。

「──────ぁ」

 星の愛し子が宝石化する。少女の首の辺りまで宝石が侵蝕した瞬間、上空で硝子が割れるような音がした。この街を覆うように展開されていた結界が、突如として壊れたようだ。
 不協和音の下。人間も、精霊も、魔王までもが血相を変えて一点を見つめた、その時だった。

「……──誰だ。誰が、アミィを殺そうとした?」

 ついに。彼の星が女王陛下の御前に落ちて来た。
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