上 下
668 / 775
第五章・帝国の王女

598.Sunk VS Lwacreed,Roy

しおりを挟む
「……分かっただろう。君に、口答えする権利などないんだ。いいから私の言葉に従いなさい」
(──未来ある若者に足でまといだ、とは言いたくないから……この辺りで引き下がってくれると嬉しいんだけど)

 そんな気持ちが通じたのか、ロイはぐっと押し黙り、後ろ髪を引かれる思いで身を引いた。これに安堵し、ロアクリードはくるりと踵を返して言い残す。

「君はどうやら、吸収に長けているようだ。ならば私の動きをよく見ておくといい。……きっと、いつか君の役に立つだろう」
「!」

 深緑の長髪を黒い法衣と共にふわりと膨らませて、ロアクリードは地面を蹴った。ここまで一切途絶えさせなかった警戒と殺意を一点に集中させ、彼は隻腕の妖精の元へ肉薄する。

「んんっ!? なになにっ、急にこっちに来るじゃーん!」

 あまりにもロアクリードに隙がなく、不機嫌そうに様子見に徹していたサンクだが、ようやく構って貰えて随分とご機嫌だ。

「待たせてしまってすまないね。ここからは私が相手しよう」
「アハッ! アンタは強そうだな! いいじゃんいいじゃんっ、最高じゃん!!」

 パァッと笑顔を咲かせ、その隻腕を唸らせる。
 サンクが聖笏の一打を受け止めた事で、一人と一体の人智を超えた攻防の火蓋が、切って落とされた。


 ♢♢♢♢


 ロアクリードVSサンクの激戦が始まってから、はや十分。少し離れた場所からその戦いを眺め、ロイは腑に落ちない様子でため息をついた。

『私の動きをよく見ておくといい。……きっと、いつか君の役に立つだろう』
「……──見とけ、って……言われても……」

 まったく見えないんだけど! と、ロイは心の中で文句を垂れる。
 部隊長を務めるサンクは勿論のこと、聖笏を手に入れ付与魔法エンチャントを使用するロアクリードもまた、凄まじい身体能力を発揮している。その為、彼等の戦いは常人の目では追えないものとなってしまったのだ。

(……でも。少しづつ、目が慣れてきた。あと少しで見えるようになるかも……!)

 ロアクリードの言葉通り、ロイは吸収・・に長けている。幼少期よりありとあらゆる物事を見よう見まねで習得してきた為、彼の目と脳は鍛えられ、脳に至っては数々の再現・・をこなしていくうちに、再現の最適化を無意識で行うようになった程。
 それが、攻略対象ロイの真骨頂。
 経験を積めば積む程──何かを見れば見る程、ロイはその全てを吸収し、己にとって最適化された形で打ち出す。それに限界はなく、放っておいても勝手に強くなるのだ。
 とは言え。常人には視認出来ないような戦いを演じるなど、ロアクリードも些か意地が悪い。


「君、片手しかないのに強いね。五体満足の君と戦ってみたかったよ」
「ギャハハ! オレも、万全の状態でアンタと戦いたかったぜぇ!」

 聖笏を鈍器のように振り回し、ロアクリードは涼しい顔でサンクと死合う。このラスボス系教皇様は、穏やかな見かけによらぬ武闘派っぷりを発揮していた。
 大きな手とその両足を器用に操り、ロアクリードの猛攻を防ぎ、いなす。片手が無いというハンデをものともしないサンクを見て、ロアクリードは「へぇ」と感心しつつ、艶めかしく舌なめずりした。

「これならどうかな?」

 後ろ手に回した聖笏をくるりと遊ばせ、死角から鋭く突き出すと、

「おっ、とぉ! 今のはオレもびっくりしたぜ!」

 サンクは間一髪のところで脇を反らし、それを避けた。

「んふふっ! 慣れてるなぁ、アンタ!」
「慣れていると言われても。何に、だい?」
「すっとぼけるなよぉ。異形を・・・殺すの・・・、初めてじゃないんだろ?」

 サンクの言葉に、ロアクリードははじめて表情を強ばらせた。

「人間ってのは、どれだけ怪物みてぇな見た目をしていても、人語を話す生物ってだけでどうしても躊躇いが出るモンだ……って聞いた。だけどアンタは、その逆だったからな」
「まぁ……そうだね。慣れてはいるかな」
「やっぱりそうだろっ! 流石はオレ! よくぞ見抜いた!!」

 無邪気に喜ぶサンクとは打って変わり、ロアクリードの目は据わっていた。
 物心ついた頃より、彼は父親から修行と称して何度も死地へ放り込まれてきた。その幼少期に至っては、何不自由無い皇宮よりも、死の危険と隣り合わせの魔窟で過ごした時間の方が長いぐらいだ。


(涙ながらに命乞いをしてくる魔族の首を、謝りながらへし折ったっけ。いつの間にか、私の心は……こんなにも鈍感になっていたのか)

 泣きながら殺しを躊躇っていた頃とは様変わりし、今や何も感じない。──サンクの『慣れてる』という言葉は、まさに図星だった。
 しかし、彼は動じない。

(──まあ、その方が都合がいい)

 薄ら笑うロアクリードは刺すように手を伸ばした。その行先は、サンクの首元。


「っぐ……!?」
「君の言う通り、私は異形を殺す事に慣れている。ここからは──得意のり方でやらせてもらうよ」
「ギャ、ハハ……ッ! いいじゃん、いい、じゃん……!!」

 血管が這う手で、サンクの太い首を締め付ける。人の身には有り余る握力で、首なんて脆いものはとうに折れてもおかしくないのだが…………“死の回避”を行っているのか、折れる気配が無い。
 当然だがサンクとてやられっぱなしで終わらず、怪物のように大きな手でロアクリードの脇腹を掴み、その肉を抉り取ろうとする。
 そこで、サンクは己の目を疑った。

「アンタ──痛みを感じないのか?」
「そんなもの、とうの昔に忘れてしまったよ。伊達に地獄をくぐり抜けていないんでね」
「へぇ……じゃあ、我慢くらべ、ってことかぁ……!!」
「そうなるね」

 掠れた声で笑うサンクと、腹部から血を垂れ流すロアクリード。どちらが先に死ぬか──。そんな、史上最悪の我慢くらべが開幕した、数分後。

「~~♪」

 戦場には不似合いの“音”が、聞こえてきた。

「……歌? こんな時に、いったい誰が」
(──なんか、力が湧いてくる……ような)

 ロイは呟き、そして自身の体に起きた変化に気づく。それはロイだけではない。戦乱の最中、僅かにでもこの歌声を聞いた人間・・全て・・が、その変化を受け入れていた。

「っ! この音……!?」

 サンクは目を見開いた。
 失われた腕が疼きその傷口が粟立つ。──己の腕を奪った、脆弱で手強い音の使い手。この歌はアレと同じものであると彼は本能で悟ったのだ。


(これは、大陸西南の国の軍歌か。戦士を鼓舞し、士気を高める目的の歌……その歌を聞いた者に齎された身体強化の恩恵からして。彼女は、相当な善人なのだろう)

 ロアクリードの脳裏に浮かぶのは、狩猟大会の騒動で目にした鈍色の髪の歌姫。

(アミレスさんの友達だから、悪い人ではないだろうと思っていたけれど。この軍歌を本質まで理解した上で、支配の歌としてではなく応援の歌として歌えるのならば……その善性は本物だ)

 聞けば聞く程に力が湧いてくる、不思議な歌。その歌い手に感謝しつつ、ロアクリードはその手に更なる力を込めた。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...