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第五章・帝国の王女

597.Main Story:Others

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 ロイは激しく歯ぎしりした。その体は宙を舞い、今にも地面に打ちつけられようとしている。その薄茶色の瞳の先には、今しがた己を投げ飛ばした隻腕の怪物が居て。

(──クソッ、クソクソクソ……ッッ! 手も足も出ない……!!)

 ぐふっ! と呻き声を上げて落下し、石ころのように転がったかと思えば。起き上がり、勇猛にも怪物を睨みつける。
 傷だらけになろうが、手も足も出まいが、彼は決して諦めようとせず、不屈の心で何度も立ち上がる。燃え盛る闘志を決して絶やさぬロイを見て、隻腕の怪物はニヤリと頬を吊り上げた。

「いいじゃんいいじゃん! アイツといいアンタといい、人間ってこんなに面白ぇんだな!!」

 大きな手で膝を叩き無邪気に笑うのは、女王近衛隊第二部隊|《フェローチェ》部隊長、忠誠を捧ぐ妖精サンク。──数日前、テンディジェル大公邸を襲撃し次期大公とされる公子、レオナード・サー・テンディジェルを拉致した妖精だ。

「それでそれでっ? 次は何してくれんのぉ?」
「…………ッ!!」
「睨むばっかりじゃつまんねぇーじゃぁーん。もっともっと遊ぼうぜぇ? なぁー?」

 まるで子供のようにサンクは駄々をこねる。フラフラと立ち上がりながら、ロイは奥歯を噛み締めた。


(……ふざけたやつだけど、強さは本物だ。多分……おれでは絶対に勝てないぐらい、こいつは強い)

 そうと分かっていても、ロイには立ち上がる理由があった。絶対に負けられない訳があったのだ。

(おれは……ミシェルを守れるように、強くならなくちゃいけない。だからこんな所で、こんな変なやつに負けるわけにはいかない──!)

 ボロボロの体で、ロイは火魔法を発動する。創られたのは火の弓と矢。それはロイが使える火魔法の中で最も魔力効率が良く、火力の調整が容易い代物。
 痣と擦り傷に汚れた頬を、番えられた矢が青く照らす。歯を食いしばって矢を引き、

「っいけ!!」

 分裂する・・・・火矢を放つ! 最初は一本だった矢が、瞬く間に二本、四本……と倍加で増えてゆき、やがて四十本をも超える本数の矢がそらを征き、放物線を描いた緋色の流星群は地に落ちる。


「おおっ! いいねぇいいねぇ! 楽しくなってきたじゃんっ!」

 しかし、サンクは動じない。寧ろえらく楽しそうに巨大な隻腕をぶん回し、

「おりゃぁっ!!」

 迫り来る火矢を全て、薙ぎ払ってみせた。

「なっ……!? 燃えてる矢を、素手で……!?」
「ギャハハハハ! 確かにちょぉっと熱かったけど、オレには効かねぇなぁ。頑張ったみたいだが、残念だったねぇ~~?」
「しまった────ッ?!」

 現実を突きつけられたロイが呆然と立ち尽くすなか、目敏くそれを見逃さなかったサンクが肉薄し、鋭く笑う。
 大きな手がロイの上半身を鷲掴む、その瞬間。機を見計らったかのように、第三者が介入した。

「──ほら、だから言ったじゃないか。君一人では荷が重いと思うなーって」
「「!!」」

 ロイとサンクの間に、美しい意匠の杖が割り込む。

(殺意を感じなかった。それどころか、気配すらも……)

 第三者の乱入を受け、サンクは一度後退する。ロイに治癒魔法を使用しつつ、それでも決して警戒を怠らない乱入者を見て、彼の心は躍っていた。

「……おれ、本当はもっと強いし」
「連戦で消耗していたんだろう? だからこそ休んでおきなと、そう伝えたのに。──『おれ一人で戦うからあんたはそこで見ていろ』だなんて。もし君に何かあれば、私の責任にされて聖戦開戦待ったナシさ」
「だから、大人しくしてろって? ミシェルも頑張っているのに、おれだけ?」
「…………はぁ。最近の若い子は、どうしてこぞって無茶したがるのかな……」

 優しく諭しても頑固なロイ相手では無意味だと悟り(何処ぞの我儘王女様を思い出し)、法衣を身に纏う男は深く項垂れた。
 各個撃破作戦が決まり続々とペアが出来上がってゆくなか、戦力バランスの観点からロイと組む事になったロアクリード=ラソル=リューテーシーは、片手で聖笏をくるくると回しながら、青い少年を見下ろす。

(……もし死なせてしまっては聖人に文句を言われるから、というのも本音だが。子供を守る為に大人はいるのだから……危険な事は、どうか私達に任せて欲しいんだけどね)

 ままならないものだなあ。と、彼は眉尻を下げた。

「──さて。ロイ君、だったかな。ここは私に任せて、君は下がっておきなさい」
「! おれも戦う……っ!!」
「……君に何かあれば、愛し子さんが悲しむと思う。だから大人しくしておくれ」
「でも────!」
「はぁ……あまり、強い言葉を使わせないでほしい」

 人当たりが良さそうな表情から一変。ロアクリードの双眸は、冷徹にロイを射抜く。

「君は知らないだろうが。私はこれでも、君達の宗教ところの指導者──聖人と同等の立場にある、教皇なんだ」
「きょう……こう……リンデア教のか」
「ああそうだ。リンデア教を導く教皇であり、連邦国家ジスガランドの宗主でもある。本来ならば……君のような者は、仰ぎ見る事も、ましてや口を聞く事も叶わぬ存在なのだよ」
「ッ!!」

 ロアクリードの威圧に、ロイは脂汗を滲ませ怯みを見せた。
 連邦国家ジスガランド。それは大陸東方に在る、その名の通りいくつもの国家が連なる大国。大陸東方にて最も信仰されしリンデア教を尊ぶ国々が、リンデア教の総本山たる“神聖教国ジスガランド”に従属する形で団結・形成された国が、連邦国家ジスガランドだ。
 その宗主国たる神聖教国ジスガランドの皇帝が、代々リンデア教の教皇をも務めている。
 とどのつまり──……ロアクリード=ラソル=リューテーシーは、神聖教国ジスガランドの皇帝でありリンデア教の教皇でもある、目が飛び出る程尊い身分の人間だった。

(聖人様よりも恐い・・……っ! こんな男が、天空教に並ぶ宗教の指導者、だなんて)

 目の前に立つ凄まじい威圧を放つ男。その正体を知り、ロイは足が竦んでしまう。学がないと自覚するロイでも、理解出来てしまったのだ。……この場で首を落とされてもおかしくない事を、自分はしでかしたのだと。

(…………こうなるから、あまり強い言葉は使いたくなかったんだけどな)

 ロイの予想に反し、ロアクリードの内心は至って穏やかなままだった。

(教皇だし、宗主でもあるけれど。国の運営は姉上達に、リンデア教の運営はニカウル達に任せているし、元老院もいるから……実は私が好き勝手するのはかなり難しいんだよね。本当に、脅し程度にしかならないよ、この肩書き)

 そのお陰で、こうして長期間国を離れられるのだけど。と複雑な感情が心の中で混ぜ返される。
 真面目な彼はちゃんと関係各所──元老院(各従属国の元首らで構成された連邦国家統治機関)や祖国ジスガランド、そして信徒達に許可を取って、遠き地で布教活動に精を出しているのだ。
 勿論、ベールの協力を得て定期的に帰国し、各所に顔も出している。断じて、遊びに来ている訳ではない。彼はちゃんと仕事をしているのである……。
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