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第五章・帝国の王女
595.Mucron VS Michalia,Michelle
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ミカリアの放った神罰──《天使よ、聖なる裁定を下せ》。空間を裂くような音を伴い放たれた熱光線は、溢れんばかりの殺意を束ね、ただ一体を灼き尽くそうとした。
しかし、
「……──おめ、化げ物でねが」
「……主の裁きを逃れたおまえに、そのように宣う資格は無いと思うよ」
その妖精は、立っていた。豪雨のように舞い落ちる薔薇の花びらに囲まれながら、彼は焼け爛れた手をぶらりと揺らす。
なんとムクロンは、山岳一つ消滅させられる熱量をその両手で受け止め、余すこと無く全て、寿命を奪い尽くしたのだ。
奪った寿命の量に比例して薔薇が咲き散った為、辺りは血の海と見紛う程、赤い花びらに覆われている。
「バラがいっぱい……」
目が潰れそうな眩しさから一転、戦場が赤薔薇に埋め尽くされた事により、ミシェルはわっと目を丸くする。風が吹く度に赤い花びらが空に攫われ、馨しい香りと共に舞う。此処が戦場であることにさえ目を瞑れば、なんとも心奪われる光景だ。
(やはり、無意味だったか。──これで、僕が取るべき選択は決定した)
贋物のような瞳でムクロンを見据えた後、ミカリアは静かに目を伏せる。
すると、彼の背中で淡く輝いていた黄金の翼が消えた。ミカリアが目を開けば、その目も普段と変わらぬ温和なものに戻っていて。
(……魔法だけでなく神罰も彼の殺害対象に含まれるとなると、僕に出来るのは物理攻撃──肉弾戦のみ。そうと分かれば後は簡単だ)
ミカリアは再度、自身に付与魔法を使用した。そしてまた、ムクロン目掛け突撃する。
「次は物理が……!!」
「ああ。武器を壊されては困るからね。それに、こちらの方が楽だ」
「わった舐めらぃだものだな、わも」
「何を言っているかは、てんで分からないけれど。君の手札はだいたい見えた。負けるつもりはないよ」
「わも、負げるつもりはね!」
拳と拳のぶつかり合い。ミカリアとムクロンは、互いに武器を捨て、拳一つで殴り合った。
(ふむ。やはり……予想通りだ)
打撃音が幾度となく鳴り響く戦場の上で、ミカリアはあくまで冷静に思考する。
先程、ミカリアは神罰すらもある検証の為に用いた。そして、ムクロンの起こす奇跡について仮説を立てたのだ。
──彼に触れられたものが等しく死を迎えるのではなく、彼に触れられたものはその瞬間に寿命を奪われるのでは?
だから彼は、一定時間発動し続ける神罰《天使よ、裁定を下せ》を使用して確かめた。
(彼の、寿命を奪う奇跡──死神の手、とでも仮称しようか。それの発動条件は手のひらが触れる事。確かに恐ろしいものだ。だけど……)
もし、ムクロンの奇跡が『触れたものを殺す』ものであったなら、神罰は彼の手に触れた瞬間に無力化された筈だ。しかし、そうはならなかった。彼はあくまでも、神罰を防ぎきっただけに過ぎない。
そこから導き出される答えは。
(──あの手は、寿命が無いものを殺せない)
不老不死。それは定命の輪から外れた、時に置いて行かれた者達のこと。……強くなり過ぎたあまり、昇華してしまったミカリアがそうであるように。
故に、ミカリアは肉弾戦を選んだ。魔法や神罰は殺されてしまうが──……とうに定命を放棄したこの身ならば、寿命の剥奪で死に至る事は無い。そして今、殴り合いの最中で確信した。──ムクロンの固有奇跡、百花枯病を封殺出来ると。
事故でなったようなものだけど、不老不死で良かった。とミカリアがほくそ笑むと同時。ムクロンもまた、違和感から心中を揺らがせていた。
(──こいづ、どんき触っても無事なんだげど……どったごどだ?)
もしかして不死者ってやつか? と、ムクロンは眉を顰める。
互いに武器を持たず素手で殴り合っている為か、ムクロンの手のひらは度々ミカリアの肌に触れ、彼の眼窩からは奇跡の証たる薔薇の花びらが舞い落ちている。しかし何故か、当のミカリアは平然としているのだ。
「……おめ、ほんに何者なんだ」
「僕かい? 僕は──聖人だよ」
「化げ物の間違いでねぐで?」
「おや、化け物だなんて。心外だな……僕はこれでも、希望の象徴なのだけど」
一進一退の攻防を繰り広げつつ、妖精と聖人は問答する。
(……こぃが希望の象徴? 気が狂ってらんでねのが?)
こんな化け物が……とムクロンが目を疑ったところ、
「今、失礼な事を考えていただろう? 顔に出ているよ」
「!」
ミカリアが目敏くそれを見抜き、鋭いストレートをお見舞いする。間一髪のところでそれを避け、ムクロンは舌打ちを一つ。
(埒が明がね……っ)
眼窩の薔薇の下に、焦燥が滲む。
このままでは奇跡力を焦燥する一方で、いずれは己が不利になってしまう。とにかく少しでも戦況を変えようと、ムクロンは次なる一手を繰り出した。
(先にあの女ば──!!)
無数の赤い花びらがふわりと浮かび上がり、ピタリと空中にて動きを止める。ミカリアとミシェルが何事かと警戒した、その瞬間。花びらは硬化し、鏃のような凶暴さを獲得して、一斉に飛び出した。
その先では、
「っ、愛し子!」
「え────」
自己防衛に務めていたミシェルが、突如無数の殺意にあてられた事により、怯えた様子で立ち尽くしていた。
(まずい……っ! 彼女はまだ、簡易的な結界しか展開出来ない筈だ。あれは、豪雨の如き集中砲火を耐えられる結界ではない!)
攻撃こそ最大の防御と言う。自分がムクロンを相手取れば、ミシェルに被害が及ぶことは無いだろうと、ミカリアは踏んでいた。
奇跡の一環で生み出された薔薇の花びら全てが、未だムクロンの支配下にあるだなんて。さしものミカリアも、予想出来なかったようだ。
急いで地面を蹴り、魔法を発動しつつ神々の愛し子を守るべく動くが……辺り一面を埋め尽くしていた花びらを用いた攻撃だ。瞬く間にミシェルの結界へ到達し、凄まじい勢いでそれに突き刺さる。
「きゃああああああああっ!?」
甲高く、どこか鈍い音。刃物のような花びらが絶えず結界に突撃してくる光景は、恐怖以外の何物でもなく。ほんの七秒弱の出来事であったが、その音はミシェルの脳裏に深く刻まれてしまう。
そして。硝子が割れるように結界を突破され、赤薔薇の刃によってミシェルは蜂の巣される──筈だった。
「……あ、れ? あたし、無事……なの?」
(──音も、止んでるような)
腰を抜かし、震えながらぎゅっと目を瞑っていたミシェルが次に見たものは、流動する赤黒い壁であった。
しかし、
「……──おめ、化げ物でねが」
「……主の裁きを逃れたおまえに、そのように宣う資格は無いと思うよ」
その妖精は、立っていた。豪雨のように舞い落ちる薔薇の花びらに囲まれながら、彼は焼け爛れた手をぶらりと揺らす。
なんとムクロンは、山岳一つ消滅させられる熱量をその両手で受け止め、余すこと無く全て、寿命を奪い尽くしたのだ。
奪った寿命の量に比例して薔薇が咲き散った為、辺りは血の海と見紛う程、赤い花びらに覆われている。
「バラがいっぱい……」
目が潰れそうな眩しさから一転、戦場が赤薔薇に埋め尽くされた事により、ミシェルはわっと目を丸くする。風が吹く度に赤い花びらが空に攫われ、馨しい香りと共に舞う。此処が戦場であることにさえ目を瞑れば、なんとも心奪われる光景だ。
(やはり、無意味だったか。──これで、僕が取るべき選択は決定した)
贋物のような瞳でムクロンを見据えた後、ミカリアは静かに目を伏せる。
すると、彼の背中で淡く輝いていた黄金の翼が消えた。ミカリアが目を開けば、その目も普段と変わらぬ温和なものに戻っていて。
(……魔法だけでなく神罰も彼の殺害対象に含まれるとなると、僕に出来るのは物理攻撃──肉弾戦のみ。そうと分かれば後は簡単だ)
ミカリアは再度、自身に付与魔法を使用した。そしてまた、ムクロン目掛け突撃する。
「次は物理が……!!」
「ああ。武器を壊されては困るからね。それに、こちらの方が楽だ」
「わった舐めらぃだものだな、わも」
「何を言っているかは、てんで分からないけれど。君の手札はだいたい見えた。負けるつもりはないよ」
「わも、負げるつもりはね!」
拳と拳のぶつかり合い。ミカリアとムクロンは、互いに武器を捨て、拳一つで殴り合った。
(ふむ。やはり……予想通りだ)
打撃音が幾度となく鳴り響く戦場の上で、ミカリアはあくまで冷静に思考する。
先程、ミカリアは神罰すらもある検証の為に用いた。そして、ムクロンの起こす奇跡について仮説を立てたのだ。
──彼に触れられたものが等しく死を迎えるのではなく、彼に触れられたものはその瞬間に寿命を奪われるのでは?
だから彼は、一定時間発動し続ける神罰《天使よ、裁定を下せ》を使用して確かめた。
(彼の、寿命を奪う奇跡──死神の手、とでも仮称しようか。それの発動条件は手のひらが触れる事。確かに恐ろしいものだ。だけど……)
もし、ムクロンの奇跡が『触れたものを殺す』ものであったなら、神罰は彼の手に触れた瞬間に無力化された筈だ。しかし、そうはならなかった。彼はあくまでも、神罰を防ぎきっただけに過ぎない。
そこから導き出される答えは。
(──あの手は、寿命が無いものを殺せない)
不老不死。それは定命の輪から外れた、時に置いて行かれた者達のこと。……強くなり過ぎたあまり、昇華してしまったミカリアがそうであるように。
故に、ミカリアは肉弾戦を選んだ。魔法や神罰は殺されてしまうが──……とうに定命を放棄したこの身ならば、寿命の剥奪で死に至る事は無い。そして今、殴り合いの最中で確信した。──ムクロンの固有奇跡、百花枯病を封殺出来ると。
事故でなったようなものだけど、不老不死で良かった。とミカリアがほくそ笑むと同時。ムクロンもまた、違和感から心中を揺らがせていた。
(──こいづ、どんき触っても無事なんだげど……どったごどだ?)
もしかして不死者ってやつか? と、ムクロンは眉を顰める。
互いに武器を持たず素手で殴り合っている為か、ムクロンの手のひらは度々ミカリアの肌に触れ、彼の眼窩からは奇跡の証たる薔薇の花びらが舞い落ちている。しかし何故か、当のミカリアは平然としているのだ。
「……おめ、ほんに何者なんだ」
「僕かい? 僕は──聖人だよ」
「化げ物の間違いでねぐで?」
「おや、化け物だなんて。心外だな……僕はこれでも、希望の象徴なのだけど」
一進一退の攻防を繰り広げつつ、妖精と聖人は問答する。
(……こぃが希望の象徴? 気が狂ってらんでねのが?)
こんな化け物が……とムクロンが目を疑ったところ、
「今、失礼な事を考えていただろう? 顔に出ているよ」
「!」
ミカリアが目敏くそれを見抜き、鋭いストレートをお見舞いする。間一髪のところでそれを避け、ムクロンは舌打ちを一つ。
(埒が明がね……っ)
眼窩の薔薇の下に、焦燥が滲む。
このままでは奇跡力を焦燥する一方で、いずれは己が不利になってしまう。とにかく少しでも戦況を変えようと、ムクロンは次なる一手を繰り出した。
(先にあの女ば──!!)
無数の赤い花びらがふわりと浮かび上がり、ピタリと空中にて動きを止める。ミカリアとミシェルが何事かと警戒した、その瞬間。花びらは硬化し、鏃のような凶暴さを獲得して、一斉に飛び出した。
その先では、
「っ、愛し子!」
「え────」
自己防衛に務めていたミシェルが、突如無数の殺意にあてられた事により、怯えた様子で立ち尽くしていた。
(まずい……っ! 彼女はまだ、簡易的な結界しか展開出来ない筈だ。あれは、豪雨の如き集中砲火を耐えられる結界ではない!)
攻撃こそ最大の防御と言う。自分がムクロンを相手取れば、ミシェルに被害が及ぶことは無いだろうと、ミカリアは踏んでいた。
奇跡の一環で生み出された薔薇の花びら全てが、未だムクロンの支配下にあるだなんて。さしものミカリアも、予想出来なかったようだ。
急いで地面を蹴り、魔法を発動しつつ神々の愛し子を守るべく動くが……辺り一面を埋め尽くしていた花びらを用いた攻撃だ。瞬く間にミシェルの結界へ到達し、凄まじい勢いでそれに突き刺さる。
「きゃああああああああっ!?」
甲高く、どこか鈍い音。刃物のような花びらが絶えず結界に突撃してくる光景は、恐怖以外の何物でもなく。ほんの七秒弱の出来事であったが、その音はミシェルの脳裏に深く刻まれてしまう。
そして。硝子が割れるように結界を突破され、赤薔薇の刃によってミシェルは蜂の巣される──筈だった。
「……あ、れ? あたし、無事……なの?」
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