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第五章・帝国の王女
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(うーん、困ったな)
ミカリア・ディア・ラ・セイレーンは天使のごとき美貌の上で眉根を寄せた。
彼と対峙するのは女王近衛隊が第七部隊|《ソアーヴェ》部隊長、命を攫う妖精ムクロン。本来眼球があるべき場所に真紅の薔薇を咲かせる、隻眼の美青年だ。
(この妖精……厄介だ)
ミカリアをして言わしめる程の、実力者。部隊長を担うだけはあるようだ。
とは言えど。ミカリアは人類最強の名を欲しいままにする男。これといって苦戦を強いられている訳でもないし、勝算が無い訳でもない。
では、何が人類最強の聖人を困らせているのか……。
「──わだって暇でねんだよね。すかすかどぐだばってける?」
右手に構えし不完全な弦楽器を肩に乗せ、ムクロンはびんぼうゆすりをする。幻想的な雰囲気を漂わせる美青年……なのだが、彼の言葉はかなり、特徴的であった。
故に、
((何を言ってるか全然分からない……))
ミカリアと、彼のペアであるミシェル・ローゼラは常に眉を顰めていた。
(なんだか、大学で聞いた事があるような、ないような、記憶があやふやな訛りだけど……ここってゲームの世界だよね? 日本の方言があるわけないよね)
ミシェルは即座にその可能性を放り投げた。
日本各地から優秀な若者が集う、偏差値激高国内トップクラスの大学に通っていただけはあり、その訛りにも覚えがあったようだ。……まあ、即座に考えるのを諦めたみたいだが。
「さっぎがら防御ばすで何がすてんだ? 作戦立でだどごろでわの前では無駄だぞ」
「……防御、作戦、無駄。単語だけは聞き取れた。──何を企んでも無駄だ。彼はそう言いたいようだね」
「流石ですミッ──聖人様!」
癖で名前を呼びかけた途端ミカリアが凄い冷めた目で見てくるものだから、ミシェルは慌てて言い直す。
国教会の指導者という立場もあり、ミカリアは共通語をはじめとした世界中のあらゆる言語に明るい。故に、翻訳などお手の物と自負していたのだが──ここに来て、まさかの壁にぶつかった。
「コソコソ喋ってねで、攻撃再開すたっきゃどうだ?」
「攻撃の再開──成程、攻めてこいと。ならばその気持ちに答えてあげよう。……愛し子、君は小規模の結界を張って、自己防衛に務めるように」
「はっ、はい!」
ミシェルが結界を展開してから星撃槌を構え、
「付与魔法──……」
いくつもの付与魔法を並行して使用し、ミカリアは突進した。
その際の衝撃で石畳が剥がれ、宙を舞う。ジェット機でも通過したのかと錯覚する程の突風に、ミシェルは髪を押さえながら「きゃあっ!」と声を上げた。
「ッ!?」
「そちらから誘っておいて、随分と素っ気ない反応だね。もう少しぐらい、歓迎してくれてもいいのだけど」
ミカリアの攻撃を、ムクロンは弦楽器で受け止めた。楽器とは思えぬ耐久度を誇るそれは、隕石のように降り注ぐ星撃槌を軽々と抱く。
「……こったこど出来るだら、始めがらすておげよ。意地悪だな、おめ」
(相変わらず何を言っているかは分からないけれど──この調子でいてくれたならば、僕は勝てる)
ミカリアは、そう予想した。
だが相手は妖精。奇跡を司る存在。故に、彼の杞憂は現実となってしまうのである。
♢♢♢♢
「っ、僕の魔法が……消えた……?」
程なくして。ミカリアは檸檬色の瞳をまんまると開き、呟いた。
星撃槌と並行して使用した魔法が、ムクロンに直撃する寸前で消滅する。あまりにも不可思議なその現象に、彼は困惑を隠せない。
それはやはり、ムクロンの固有奇跡によるものであった。百花枯病──奇跡すら超えて、触れた生命の寿命を奪う、最悪の奇跡。
普段は特製の手袋で周囲に被害が及ばないようにしているが、この奇跡に至っては常時発動型なので、手袋を外すだけで死神の手が露わになる。
魔力欠乏といった傷病がある程、魔力は生命活動において重要である。それ故に、魔力を元に発動される魔法もムクロンの奇跡の対象となり、彼の手で殺されたのだ。
「おめの魔法も、おめ自身も、殺すてけるよ。……花は枯れ、散るものだはんでな」
隻眼でキッと睨み、ムクロンは宣言した。
その言葉に呼応するように、薔薇の花びらが戦場に舞う。奪った生命の数だけ彼の眼窩で薔薇が咲き、花びらが散るのだ。
戦場で舞う薔薇の花びらは死神の足跡。──という風説は、女王近衛隊の中で有名だ。
(……成程。あの手が、僕の魔法を殺したのか)
伏せられた白く長い睫毛を、風が撫でる。聖人らしい微笑みなど見る影もなく。その顔には人形のような無の仮面が貼り付いていた。
(僕が取れる戦法は────)
相手を観察し、己の手札を鑑みて、頭の中で試算を繰り返すこと僅か三秒。
(……聖人の最優先事項は、愛し子の保護)
「──故に。神罰を執行する」
カチッ、と。何かが切り替わる音がする。
「ッ!!」
(──あいづ……急さ雰囲気変わった……!?)
ムクロンは喉をくっと押し上げ、前のめりになった。そして、弦楽器を持つ手に力が入る。
打って変わって、彼と対峙するミカリアの手からは獰猛な武器が消えていた。一つに結われた長髪は、見えない何かに解かれたようで、さらりと広がる。
ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。彼は真に神々の代理人であり、その身に宿す恩寵もまた、真のもの。
百年程前。竜種と人類の戦いにて、あの竜種に危機感を抱かせ更には追い込んだ、当時僅か十四歳前後の少年。彼は神に授けられた力を犠牲に、白の竜を封印した。
そう。その少年──……ミカリアには、神より授けられし恩寵がある。その数、全部で六つ。
六つの恩寵のうち、四つを白の竜に封じられており、現状彼が扱える恩寵は二つ。
「“代理人”と“裁定者”の権限を以て、此処に希う。──我が手に秤を。我が背にそのご威光を」
水面に広がる波紋のような光が、ミカリアの瞳で儼乎たる輝きを魅せる。そんな彼の背には、黄金色の光に包まれた一対の翼が在った。
(なんて、綺麗なんだろう──……)
聖人が羽織った神々しい姿に、ミシェルはぼうっと惚けた。
ミカリアは再演する。かつて竜種と相対したあの戦場を。──当時よりも弱体化し、成長したその身一つで。
「なんで、神の力宿すた人間がいるんだ……?!」
ムクロンの驚愕に答えるように、ミカリアは厳かに言紡ぐ。
「──廻れ、生命の環。平等に公正に幸福と不幸を」
その祈祷は天へと届く。彼の要請を聞き届けた天は、代理人たるミカリアに神罰の執行を許可した。神に導かれしこの男はどこまでもその幸運を発揮する。この時丁度、カイルによる大魔術、奇跡串刺す虹の雫が発動していたのだ。
帝都の端からも見える、上空の超巨大魔法陣。それに紛れて、断罪の刃は落とされる。
「……──天使よ、聖なる裁定を下せ」
黄金の魔法陣から現れたのは、かつて白の竜から敵意を引き出した、天使を模す魔力の塊。その額の多重魔法陣から、熱光線が放たれた。
それは集束し、深淵をも灼き尽くす勢いでただ一点へと降り注ぐ。その一点とは勿論、
「ッッッ!?」
(──奇跡力を、ぶん回せ……ッ!!)
熱光線から目を守るように両手を翳す、一体の妖精の頭部だ。
ミカリア・ディア・ラ・セイレーンは天使のごとき美貌の上で眉根を寄せた。
彼と対峙するのは女王近衛隊が第七部隊|《ソアーヴェ》部隊長、命を攫う妖精ムクロン。本来眼球があるべき場所に真紅の薔薇を咲かせる、隻眼の美青年だ。
(この妖精……厄介だ)
ミカリアをして言わしめる程の、実力者。部隊長を担うだけはあるようだ。
とは言えど。ミカリアは人類最強の名を欲しいままにする男。これといって苦戦を強いられている訳でもないし、勝算が無い訳でもない。
では、何が人類最強の聖人を困らせているのか……。
「──わだって暇でねんだよね。すかすかどぐだばってける?」
右手に構えし不完全な弦楽器を肩に乗せ、ムクロンはびんぼうゆすりをする。幻想的な雰囲気を漂わせる美青年……なのだが、彼の言葉はかなり、特徴的であった。
故に、
((何を言ってるか全然分からない……))
ミカリアと、彼のペアであるミシェル・ローゼラは常に眉を顰めていた。
(なんだか、大学で聞いた事があるような、ないような、記憶があやふやな訛りだけど……ここってゲームの世界だよね? 日本の方言があるわけないよね)
ミシェルは即座にその可能性を放り投げた。
日本各地から優秀な若者が集う、偏差値激高国内トップクラスの大学に通っていただけはあり、その訛りにも覚えがあったようだ。……まあ、即座に考えるのを諦めたみたいだが。
「さっぎがら防御ばすで何がすてんだ? 作戦立でだどごろでわの前では無駄だぞ」
「……防御、作戦、無駄。単語だけは聞き取れた。──何を企んでも無駄だ。彼はそう言いたいようだね」
「流石ですミッ──聖人様!」
癖で名前を呼びかけた途端ミカリアが凄い冷めた目で見てくるものだから、ミシェルは慌てて言い直す。
国教会の指導者という立場もあり、ミカリアは共通語をはじめとした世界中のあらゆる言語に明るい。故に、翻訳などお手の物と自負していたのだが──ここに来て、まさかの壁にぶつかった。
「コソコソ喋ってねで、攻撃再開すたっきゃどうだ?」
「攻撃の再開──成程、攻めてこいと。ならばその気持ちに答えてあげよう。……愛し子、君は小規模の結界を張って、自己防衛に務めるように」
「はっ、はい!」
ミシェルが結界を展開してから星撃槌を構え、
「付与魔法──……」
いくつもの付与魔法を並行して使用し、ミカリアは突進した。
その際の衝撃で石畳が剥がれ、宙を舞う。ジェット機でも通過したのかと錯覚する程の突風に、ミシェルは髪を押さえながら「きゃあっ!」と声を上げた。
「ッ!?」
「そちらから誘っておいて、随分と素っ気ない反応だね。もう少しぐらい、歓迎してくれてもいいのだけど」
ミカリアの攻撃を、ムクロンは弦楽器で受け止めた。楽器とは思えぬ耐久度を誇るそれは、隕石のように降り注ぐ星撃槌を軽々と抱く。
「……こったこど出来るだら、始めがらすておげよ。意地悪だな、おめ」
(相変わらず何を言っているかは分からないけれど──この調子でいてくれたならば、僕は勝てる)
ミカリアは、そう予想した。
だが相手は妖精。奇跡を司る存在。故に、彼の杞憂は現実となってしまうのである。
♢♢♢♢
「っ、僕の魔法が……消えた……?」
程なくして。ミカリアは檸檬色の瞳をまんまると開き、呟いた。
星撃槌と並行して使用した魔法が、ムクロンに直撃する寸前で消滅する。あまりにも不可思議なその現象に、彼は困惑を隠せない。
それはやはり、ムクロンの固有奇跡によるものであった。百花枯病──奇跡すら超えて、触れた生命の寿命を奪う、最悪の奇跡。
普段は特製の手袋で周囲に被害が及ばないようにしているが、この奇跡に至っては常時発動型なので、手袋を外すだけで死神の手が露わになる。
魔力欠乏といった傷病がある程、魔力は生命活動において重要である。それ故に、魔力を元に発動される魔法もムクロンの奇跡の対象となり、彼の手で殺されたのだ。
「おめの魔法も、おめ自身も、殺すてけるよ。……花は枯れ、散るものだはんでな」
隻眼でキッと睨み、ムクロンは宣言した。
その言葉に呼応するように、薔薇の花びらが戦場に舞う。奪った生命の数だけ彼の眼窩で薔薇が咲き、花びらが散るのだ。
戦場で舞う薔薇の花びらは死神の足跡。──という風説は、女王近衛隊の中で有名だ。
(……成程。あの手が、僕の魔法を殺したのか)
伏せられた白く長い睫毛を、風が撫でる。聖人らしい微笑みなど見る影もなく。その顔には人形のような無の仮面が貼り付いていた。
(僕が取れる戦法は────)
相手を観察し、己の手札を鑑みて、頭の中で試算を繰り返すこと僅か三秒。
(……聖人の最優先事項は、愛し子の保護)
「──故に。神罰を執行する」
カチッ、と。何かが切り替わる音がする。
「ッ!!」
(──あいづ……急さ雰囲気変わった……!?)
ムクロンは喉をくっと押し上げ、前のめりになった。そして、弦楽器を持つ手に力が入る。
打って変わって、彼と対峙するミカリアの手からは獰猛な武器が消えていた。一つに結われた長髪は、見えない何かに解かれたようで、さらりと広がる。
ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。彼は真に神々の代理人であり、その身に宿す恩寵もまた、真のもの。
百年程前。竜種と人類の戦いにて、あの竜種に危機感を抱かせ更には追い込んだ、当時僅か十四歳前後の少年。彼は神に授けられた力を犠牲に、白の竜を封印した。
そう。その少年──……ミカリアには、神より授けられし恩寵がある。その数、全部で六つ。
六つの恩寵のうち、四つを白の竜に封じられており、現状彼が扱える恩寵は二つ。
「“代理人”と“裁定者”の権限を以て、此処に希う。──我が手に秤を。我が背にそのご威光を」
水面に広がる波紋のような光が、ミカリアの瞳で儼乎たる輝きを魅せる。そんな彼の背には、黄金色の光に包まれた一対の翼が在った。
(なんて、綺麗なんだろう──……)
聖人が羽織った神々しい姿に、ミシェルはぼうっと惚けた。
ミカリアは再演する。かつて竜種と相対したあの戦場を。──当時よりも弱体化し、成長したその身一つで。
「なんで、神の力宿すた人間がいるんだ……?!」
ムクロンの驚愕に答えるように、ミカリアは厳かに言紡ぐ。
「──廻れ、生命の環。平等に公正に幸福と不幸を」
その祈祷は天へと届く。彼の要請を聞き届けた天は、代理人たるミカリアに神罰の執行を許可した。神に導かれしこの男はどこまでもその幸運を発揮する。この時丁度、カイルによる大魔術、奇跡串刺す虹の雫が発動していたのだ。
帝都の端からも見える、上空の超巨大魔法陣。それに紛れて、断罪の刃は落とされる。
「……──天使よ、聖なる裁定を下せ」
黄金の魔法陣から現れたのは、かつて白の竜から敵意を引き出した、天使を模す魔力の塊。その額の多重魔法陣から、熱光線が放たれた。
それは集束し、深淵をも灼き尽くす勢いでただ一点へと降り注ぐ。その一点とは勿論、
「ッッッ!?」
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