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第五章・帝国の王女
593.Eddyella VS Adler
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♢♢
「……──倒す? 貴様が、私を? 家名を汚すだけに飽き足らず、貴様ごときが私に牙を剥くと……そう宣うか」
「っ!!」
「──ならば死ね。……貴様さえいなければ、全て、上手く行くのだッッッ!!」
冷酷な彼女の顔に、かつてない激情が浮かぶ。憤怒に染まり、血走った目でギロリとアドラを射抜いて、エディエラは猛進した。
「っぐ、ぅううううう~~~~ッ!?」
全身を駆使して受け止めるも、エディエラの攻撃の重さは普段の比ではない。状態異常を受けているからこそ、彼女の膂力は限界を超えた性能を発揮する。
「私の過去を殺し、私の未来を喰らった貴様が!! これ以上私の生涯を侵すなど、絶対に許さん!!!!」
「ぐぁっっっ!?」
(──まだ、威力が上がるというのか……!?)
叫びと同時に放たれた、美しさや正確さとは程遠い暴力的な一撃。
何人たりとも寄せ付けぬ類稀な剣の才など見る影もなく。今の彼女は──感情任せに暴れる、獣のようだ。
冷静さを失ったエディエラの猛攻は、凄まじいものであった。時間経過と共に毒が体を巡り、彼女の命を削っているというのに、それでも彼女は衰える事無く暴れ狂っている。
絶叫と共に剣を振り回すその様は、怪物と形容すべきものだった。
「貴様さえ……ッ! 貴様さえ死ねば! 私は──!!」
「どうして姉さんは、そこまで僕を疎むんだ!?」
「黙れ! 何も知らぬ愚鈍な男が!! 私の苦悩を、私の絶望をッ、知ったように語るな!!」
「ッ!? 苦悩と、絶望……?」
鍔迫り合いをしながら、姉弟は叫びをぶつけ合う。
その最中、困惑した面持ちのアドラが呟くと、エディエラは苦虫を噛み潰したような表情で、鼻で笑った。
「……本当に、何も知らないんだな。そうだろうな。貴様は父に愛され、私の知らない世界で生きてきたのだから。──私が、近衛隊に入った理由を知っているか」
「? 近衛隊に入った理由……?」
ハンッ、とまた鼻を鳴らし、エディエラは絶望を強く滲ませる笑みを浮かべた。
「──貴様が産まれた直後、『強き種を見つけて来い。貴様自身に価値は無いが、貴様の才と胎だけは真のものだ。強き子を孕むまで、我が家の敷居は跨がせぬ』と父に命じられたのだ」
(そういえば……っ、姉さんは近衛隊に入ってから一度も、屋敷に帰って来なかったって、母さんが……!)
アドラは思い出す。近衛隊には隊舎があり、エディエラはそこで暮らしていて一度も帰省しなかった事を。
「貴様に分かるか? たった一つの命が産まれただけで、己の全てを否定され、吐き捨てられるこの屈辱が」
「それ、は…………っ」
「分からないだろうな。だから私は……男に産まれたから全てを与えられただけの貴様が、心底憎い!!」
「ッ、ぐぁ……?!」
激情から一時的な覚醒状態に入り、膨れ上がるような筋肉から放たれた一撃は、女のものであるとは到底思えぬ破壊の礫であった。
受け止めたアドラの四肢が悲鳴を上げ、身体中から筋肉が断裂する音が聞こえる。それでも彼は歯を食いしばり、耐えてみせたのだ。
(そう、か。僕の所為で……姉さんは…………)
エディエラの本音を知り、アドラは胸が締め付けられる思いになる。
「強き婿を探せと言われ、屈辱を味わいながらもあの家に戻る為に努力した。だが──私よりも強い婿など、どこにも存在しない。ただヒトリ、私が勝てなかった想い人にはその心を捧げる永遠のヒトがいた。もう、私にどうしろと言うのだ……ッ」
そう語ったエディエラの額に、汗が滲む。
それはシャルルギルの猛毒が全身に回った証。汗に気付いたアドラは意を決して、斧を振りかぶった。
「……姉さん。僕は」
「ッ! この、愚鈍……めが……ッ!!」
「──貴女をイーター家の主にしたかったんだ」
思いもよらぬ言葉。反撃の姿勢だったエディエラは石のように固まり、アドラの斧が彼女の肩を抉る。
「~~っ、わたし、を……主に、だと? 貴様、どれ程私を侮辱すれば……ッ!」
「侮辱なんてしていない。僕はただ……天才の姉さんこそが、イーター家の当主に相応しいとずっと思ってた。だからどうにか貴女を当主にしようと、僕は近衛隊に入ったんだ」
この謀反もその一環さ。とアドラは覚悟に吊り上げられた瞳で話す。
「…………上官命令の無視。作戦内容及び機密情報の漏洩、部隊長の暗殺、そして離反行為。これだけ罪を犯せば僕は確実に死刑になる。そして姉さんは、重症を負えば療養の為に家に帰らざるを得ない。その家に僕がいなければ、きっと当主の座は姉さんのものになると、そう、思ったんだ」
それが、アドラの計画。彼が己の目的に人間達を巻き込んだ、もう一つの理由だ。
あまりにもめちゃくちゃな計画。その計画の為に、この凡才は数百年の月日を賭けてきたのである。
「……すまない、姉さん。僕の存在がそこまで貴女を苦しめていたとは思わなかった。もっと早く、行動に移せればよかったんだが……僕は貴女と違って、ただの凡才だから」
「きさ、あ…………っ」
(──呂律が、目が、手足、が。思うように、動かせない)
糸の切れた人形のように崩れ落ち、エディエラは悔しげな様子でアドラを睨みあげた。アドラは膝をついて目線を合わせたのちに、彼女の頬に触れ、
「遅れてしまって、ごめんなさい。僕が貴女から奪い取ったものを全て──貴女に返そう」
貴公子とは程遠い、平凡な笑顔を浮かべた。
そして、真葬送歌を発動する。エディエラの体に蓄積した状態異常が無効化され、彼女はただの重症患者へと変化する。しかしその傷は深く、出血も多量であった。その為意識を保つのがやっとで。
「ま……て……ッ! 何故、貴様は……その座を、自ら手放せるのだ……?!」
呻くエディエラが問うと、
「……姉さんがずっと言っていたように。後継者の座は、凡才の僕には荷が重かったんだ」
(──貴女の才能に誰よりも憧れていたからこそ、貴女こそが相応しいと分かったんだ)
アドラはおもむろに立ち上がり、手首を切って地面に血を落とした。そして妖精界にある実家へと続く扉を開いて、また笑う。
「……──なんと、愚かなのだ。アドラ、貴様は…………」
地面に開かれた扉に、飲み込まれる直前。エディエラは呆れたように瞳を伏せ、初めてアドラの名を呼んだ。
(姉さんが、僕の名前を呼んでくれた。僕を認めてくれた。あぁ……ずっと、頑張ってきた甲斐があったなぁ)
凡才の弟から、天才の姉へ贈る献身。それを見届けた人間達は、作戦の成功を喜ぶように、アドラの背中を次々と叩いた。
激励の意を込めたそれに戸惑いつつも、あどけない笑みを浮かべ、アドラは満足気にその場で自決する。──姉に任せたイーター家に、反逆者の烙印を押させまいと、此処で死ぬ事を選んだのだ。
「……これで、私達の戦いは終わりか」
「早く主君の所に行きたいなー」
「兄ちゃん、先にローゼラさんを捜して、治癒してもらった方が……」
アドラとの契約事項、その一つである“死体の偽造”を終えたイリオーデ達は、ただ一つの目標の為の旅路を終えた彼に手を合わせ、その場から立ち去った。──のだが、一人、シャルルギルが足を止める。
(……結局、アレはなんだったんだろうか)
エディエラの剣に視えた、毒のようで何かが違うもの。距離があり判別が出来なかったのだが、撒いた毒を消しつつ、シャルルギルはどうにもそれが頭に引っ掛かっていたらしい。
「──シャル、行くぞ」
「あ、あぁ! 今行く!」
しかし、その思考は寸断された。
アミレスの元に向かわんとする、イリオーデの呼び声によって……。
「……──倒す? 貴様が、私を? 家名を汚すだけに飽き足らず、貴様ごときが私に牙を剥くと……そう宣うか」
「っ!!」
「──ならば死ね。……貴様さえいなければ、全て、上手く行くのだッッッ!!」
冷酷な彼女の顔に、かつてない激情が浮かぶ。憤怒に染まり、血走った目でギロリとアドラを射抜いて、エディエラは猛進した。
「っぐ、ぅううううう~~~~ッ!?」
全身を駆使して受け止めるも、エディエラの攻撃の重さは普段の比ではない。状態異常を受けているからこそ、彼女の膂力は限界を超えた性能を発揮する。
「私の過去を殺し、私の未来を喰らった貴様が!! これ以上私の生涯を侵すなど、絶対に許さん!!!!」
「ぐぁっっっ!?」
(──まだ、威力が上がるというのか……!?)
叫びと同時に放たれた、美しさや正確さとは程遠い暴力的な一撃。
何人たりとも寄せ付けぬ類稀な剣の才など見る影もなく。今の彼女は──感情任せに暴れる、獣のようだ。
冷静さを失ったエディエラの猛攻は、凄まじいものであった。時間経過と共に毒が体を巡り、彼女の命を削っているというのに、それでも彼女は衰える事無く暴れ狂っている。
絶叫と共に剣を振り回すその様は、怪物と形容すべきものだった。
「貴様さえ……ッ! 貴様さえ死ねば! 私は──!!」
「どうして姉さんは、そこまで僕を疎むんだ!?」
「黙れ! 何も知らぬ愚鈍な男が!! 私の苦悩を、私の絶望をッ、知ったように語るな!!」
「ッ!? 苦悩と、絶望……?」
鍔迫り合いをしながら、姉弟は叫びをぶつけ合う。
その最中、困惑した面持ちのアドラが呟くと、エディエラは苦虫を噛み潰したような表情で、鼻で笑った。
「……本当に、何も知らないんだな。そうだろうな。貴様は父に愛され、私の知らない世界で生きてきたのだから。──私が、近衛隊に入った理由を知っているか」
「? 近衛隊に入った理由……?」
ハンッ、とまた鼻を鳴らし、エディエラは絶望を強く滲ませる笑みを浮かべた。
「──貴様が産まれた直後、『強き種を見つけて来い。貴様自身に価値は無いが、貴様の才と胎だけは真のものだ。強き子を孕むまで、我が家の敷居は跨がせぬ』と父に命じられたのだ」
(そういえば……っ、姉さんは近衛隊に入ってから一度も、屋敷に帰って来なかったって、母さんが……!)
アドラは思い出す。近衛隊には隊舎があり、エディエラはそこで暮らしていて一度も帰省しなかった事を。
「貴様に分かるか? たった一つの命が産まれただけで、己の全てを否定され、吐き捨てられるこの屈辱が」
「それ、は…………っ」
「分からないだろうな。だから私は……男に産まれたから全てを与えられただけの貴様が、心底憎い!!」
「ッ、ぐぁ……?!」
激情から一時的な覚醒状態に入り、膨れ上がるような筋肉から放たれた一撃は、女のものであるとは到底思えぬ破壊の礫であった。
受け止めたアドラの四肢が悲鳴を上げ、身体中から筋肉が断裂する音が聞こえる。それでも彼は歯を食いしばり、耐えてみせたのだ。
(そう、か。僕の所為で……姉さんは…………)
エディエラの本音を知り、アドラは胸が締め付けられる思いになる。
「強き婿を探せと言われ、屈辱を味わいながらもあの家に戻る為に努力した。だが──私よりも強い婿など、どこにも存在しない。ただヒトリ、私が勝てなかった想い人にはその心を捧げる永遠のヒトがいた。もう、私にどうしろと言うのだ……ッ」
そう語ったエディエラの額に、汗が滲む。
それはシャルルギルの猛毒が全身に回った証。汗に気付いたアドラは意を決して、斧を振りかぶった。
「……姉さん。僕は」
「ッ! この、愚鈍……めが……ッ!!」
「──貴女をイーター家の主にしたかったんだ」
思いもよらぬ言葉。反撃の姿勢だったエディエラは石のように固まり、アドラの斧が彼女の肩を抉る。
「~~っ、わたし、を……主に、だと? 貴様、どれ程私を侮辱すれば……ッ!」
「侮辱なんてしていない。僕はただ……天才の姉さんこそが、イーター家の当主に相応しいとずっと思ってた。だからどうにか貴女を当主にしようと、僕は近衛隊に入ったんだ」
この謀反もその一環さ。とアドラは覚悟に吊り上げられた瞳で話す。
「…………上官命令の無視。作戦内容及び機密情報の漏洩、部隊長の暗殺、そして離反行為。これだけ罪を犯せば僕は確実に死刑になる。そして姉さんは、重症を負えば療養の為に家に帰らざるを得ない。その家に僕がいなければ、きっと当主の座は姉さんのものになると、そう、思ったんだ」
それが、アドラの計画。彼が己の目的に人間達を巻き込んだ、もう一つの理由だ。
あまりにもめちゃくちゃな計画。その計画の為に、この凡才は数百年の月日を賭けてきたのである。
「……すまない、姉さん。僕の存在がそこまで貴女を苦しめていたとは思わなかった。もっと早く、行動に移せればよかったんだが……僕は貴女と違って、ただの凡才だから」
「きさ、あ…………っ」
(──呂律が、目が、手足、が。思うように、動かせない)
糸の切れた人形のように崩れ落ち、エディエラは悔しげな様子でアドラを睨みあげた。アドラは膝をついて目線を合わせたのちに、彼女の頬に触れ、
「遅れてしまって、ごめんなさい。僕が貴女から奪い取ったものを全て──貴女に返そう」
貴公子とは程遠い、平凡な笑顔を浮かべた。
そして、真葬送歌を発動する。エディエラの体に蓄積した状態異常が無効化され、彼女はただの重症患者へと変化する。しかしその傷は深く、出血も多量であった。その為意識を保つのがやっとで。
「ま……て……ッ! 何故、貴様は……その座を、自ら手放せるのだ……?!」
呻くエディエラが問うと、
「……姉さんがずっと言っていたように。後継者の座は、凡才の僕には荷が重かったんだ」
(──貴女の才能に誰よりも憧れていたからこそ、貴女こそが相応しいと分かったんだ)
アドラはおもむろに立ち上がり、手首を切って地面に血を落とした。そして妖精界にある実家へと続く扉を開いて、また笑う。
「……──なんと、愚かなのだ。アドラ、貴様は…………」
地面に開かれた扉に、飲み込まれる直前。エディエラは呆れたように瞳を伏せ、初めてアドラの名を呼んだ。
(姉さんが、僕の名前を呼んでくれた。僕を認めてくれた。あぁ……ずっと、頑張ってきた甲斐があったなぁ)
凡才の弟から、天才の姉へ贈る献身。それを見届けた人間達は、作戦の成功を喜ぶように、アドラの背中を次々と叩いた。
激励の意を込めたそれに戸惑いつつも、あどけない笑みを浮かべ、アドラは満足気にその場で自決する。──姉に任せたイーター家に、反逆者の烙印を押させまいと、此処で死ぬ事を選んだのだ。
「……これで、私達の戦いは終わりか」
「早く主君の所に行きたいなー」
「兄ちゃん、先にローゼラさんを捜して、治癒してもらった方が……」
アドラとの契約事項、その一つである“死体の偽造”を終えたイリオーデ達は、ただ一つの目標の為の旅路を終えた彼に手を合わせ、その場から立ち去った。──のだが、一人、シャルルギルが足を止める。
(……結局、アレはなんだったんだろうか)
エディエラの剣に視えた、毒のようで何かが違うもの。距離があり判別が出来なかったのだが、撒いた毒を消しつつ、シャルルギルはどうにもそれが頭に引っ掛かっていたらしい。
「──シャル、行くぞ」
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しかし、その思考は寸断された。
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