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第五章・帝国の王女

592.Eddyella VS Iliode,Allbert,Sara

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 天才同士の戦いが再開した頃。情報と作戦の共有を終えたアドラ達が戦線に戻ってきて、伯仲する天才達の実力に舌を巻いていた。

(……俺達は敗戦一色だったのに。あいつは、たった一人で渡り合えるのかよ)

 アドラから聞いた、エディエラの固有奇跡の詳細。それを思い返し、アルベルトはやるせない思いになっていた。

(認めたくないけど……騎士君はやっぱり──天才、なんだな)

 ぐっと眉根を寄せ、アルベルトは下唇を噛んだ。
 帝国の剣ランディグランジュの神童と呼ばれたその過去に偽りはなく。イリオーデは、軌跡解析ノーバットロコス対象外・・・たる真の天才であった。
 それを誰よりも早く悟ったので、アドラは、イリオーデにエディエラの相手を任せたのである。

「兄ちゃん……」
「──っ落ち込むのはもう終わり! 騎士君ばかりに活躍させる訳にはいかないからね!!」

 両手で頬を叩き、喝を入れる。

「サラ、頑張ろう! あのいけ好かない騎士君の手柄を、俺達で奪い取るんだ!」
「……うん! 頑張ろうね、兄ちゃっ──ルティ!」

 なんとも微笑ましく、胸の前で拳を作って声を掛け合う。そして彼等は、この作戦における己の役割を果たすべく、イリオーデの待つ前線へと向かった。


「それじゃあ……僕もそろそろ前線に向かわないと。支援は頼んだよ、シャルルギル」
「ああ。毒の強さを調整するから、毒がお姉さんの全身に回るまで余裕があるはずだ。頑張れ、アドラ」
「ありがとう、シャルルギル。恩に着るよ」

 遠ざかるアルベルト達の背中を見送りつつ、シャルルギルは「霧状の毒ポワゾン・ブリュム」と魔法を発動した。それは先程も使用した、妖精にのみ有効な猛毒の霧だった。
 エディエラに気付かれないように、じわじわと、毒霧は前線目掛けて侵攻してゆく。


 ♢♢


(四肢の動きが鈍い。イリオーデ卿の仕業か?)

 エディエラは自身に起きた異常に気付くなり、まずイリオーデを疑った。
 しかし、戦闘中の彼はこれといって怪しげな動きをしておらず。疑うには証拠が少ないのだ。

(彼でなければ──蝿のように飛び回る、この男達という事になるが。凡才如きでは、私に手を出せまい)

 ならば一体誰が。そんな疑問にぶつかりつつも、彼女はイリオーデの猛攻を剣や体術で軽くいなす。
 その最中にも、軌跡解析ノーバットロコスの影響下にある二人の男が、撹乱目的で天才達の勝負に水を差しまくる。
 ようやく出会えた対等な存在との戦いを邪魔されて、エディエラが気を悪くしない筈もなく。状態異常の事など忘れ、エディエラは眦を決した。

「先程から目障りだぞ、雑魚が!!」

 風をも巻き込み放たれた三日月を描く一閃。なんとかそれを避けて、アルベルトとサラは一度後退し、また、妨害に勤しむ。
 煽るように動き回り、イリオーデを中心にたったの三人でエディエラの注意を引いて、彼等はその時を待っていた。


「──ッ!!」

 何かを察知したエディエラが、バッと空を見上げた瞬間。彗星のように、それは落ちてきた。
 ──鐘の音が聞こえる。もっとも、それは鐘ではなく、大剣と斧がぶつかった衝撃音だった。

「貴様……! どういう腹積もりだ!!」
「貴女に克つ為には手段を選ぶ余裕がなかったんだよ、姉さん──!!」

 同じ赤髪に、同じ一角ツノ。誰がどう見ても姉弟であると分かる二体ふたりの妖精は、ついにその刃を交える。

「イーター家の面汚しの分際で! どれ程家門に泥を塗れば気が済むんだ!?」
「面汚しで結構! 泥水を啜ってでも、僕はこの願いを叶えると決めたのだ!!」

 叫びが、衝突する。
 イリオーデ、アルベルト、サラ、シャルルギル。この四名の援護を受け、凡才アドラ天才エディエラになんとか食らいついていた。

(……戦えている。凡才に過ぎぬ、この僕が。軌跡解析ノーバットロコスを受けてもなお、あの姉さんと戦えている!)

 それは騎士道に反する、正々堂々とは程遠い戦いだった。しかし、それでも。アドラはこの瞬間に歓喜する。

(僕のような男を信用し、力を貸してくれてありがとう、強き人達。貴方達への恩返しの為にも)
「──僕はここで、貴女を倒す!!」

 それは、一度たりとも認められなかった弟の、最初で最後の反抗期。

(……嗚呼。やはり貴様は──どこまでも、目障りだ)

 怒りを孕んだ瞳でじとりと睨み、エディエラは歯軋りした。


 ♢♢


 家門の歴史を見れば、妖精女王に絶対的な権威を捧げたのが、初代イーター家当主だと分かる。それ故に、我がイーター家は古くからの功臣として、圧倒的な富や名声を誇っていた。
 私は、そんな家に産まれた事がとても誇らしかったのだ。……しかし、そんな我が家は病的に血統や伝統を重んじる傾向があって。その病が、私の生涯を侵した。


『───女、だと? 長子に女を産むなどなんと愚かな! 有り得ぬ……っ、許されざる事ぞ!?』

 私が生まれた時、父は私の性別を知るなり発狂したそう。
 長子は男。長男こそが世継ぎとなる。……それが、イーター家の伝統だったからだ。

『何故だ、何故子が産めぬ!? 貴様のはらは飾りなのか!?』
『申し訳ございません、申し訳ございません……!!』

 私が産まれてから、父は毎晩のように母を襲った。女の長子は恥だから、早く男を産ませて私を捨てたかったらしい。
 だが、父の思惑を外れて母は中々に子を成せなかった。恐らくは父の威圧が原因だろう。

 名も与えられず、存在しないものとして扱われること、十数年。最初こそ私の味方だった母も、いつしか『おまえのせいだ』と泣き叫ぶようになった。
 だから、独りで出来る剣術にのめり込み、昼夜問わず穢妖精けがれの廃棄場──地底の森にいたところ。

 私は、己の才能に気がついた。
 それは、誰にも負け得ぬ圧倒的な武と剣の才。武勇を誇るイーター家のことだ、これならば私という存在を認めて貰えるだろうと考えたのだ。
 結論から言えば。父は手のひら返しで私を受け入れた。──『エディエラ』という名と共に、私をイーター家の者として認めてくれたのだ!
 強者たる証拠とまで謳われる固有奇跡こそ持たないものの、私は誰よりも強く……父もいつかは後継者としても認めてくれるやもしれないと、期待していた。

 ──そんな夢は、天才でも凡才でもない、脆弱な泣き声一つに壊されてしまったがな。

 父の念願──……後継者の誕生。アドラと名付けられたその男は、父から異常なまでの愛情を注がれるようになった。
 男に産まれたというだけで甘やかされ、尊重され、愛される。大して強くない雑魚の分際で、アドラは私が欲しいものを全て奪い尽くした。

『───……絶対に、許してなるものか。全て、全てが私のものだ!』

 愛情も、地位も、名誉も、信頼も、後継の資格も。何もかも全て、あの男に奪われた。私が欲しいものも、全て横取りされた。
 許せない。絶対に、全て取り戻してやる。
 そう、復讐を誓った時。

 私は──天才わたし以外の全てを否定する力を、手に入れた。
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