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第五章・帝国の王女
591.??? VS Iliode,Charlegill
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「──え? 二人はまだ妖精を倒してない、の?」
エディエラの相手をイリオーデに任せ、一時戦線を離脱したアルベルト達。そこで、手早く応急手当を済ませたサラが、シャルルギルの話を聞いて目を白黒させた。
「駆けつけてくれたから、てっきりもう倒したのかと……」
「まあ、なんというか。色々あったんだ。本当にいろいろいろあったんだ」
「相当色んな事があったんだね……!」
アルベルトの手当をしながら、シャルルギルは真剣な表情で説明する。
怪我人の応急手当が済んだ後。複雑な面持ちのシャルルギルは、眼鏡越しに彼等の瞳を見つめ、アルベルトとサラに宣告した。
「……──たぶん、お前達の心をいじめるだろうが、あえて言おう。彼女との戦いは、イリオーデに任せた方がいい」
「なっ──?! 俺達はあの女と戦わない方がいい、って……どういうことだ?」
アルベルトが問い詰める。すると、
「──僕から話してもいいかな、シャルルギル。彼等は貴方の仲間なのだろう。ならば僕も誠意を尽くしたい」
「アドラ……!」
雨上がりの夜のような、落ち着いた声が聞こえてきた。シャルルギル等の後方より現れたその声の主を見上げ、アルベルトとサラは硬直する。
目に焼き付く程赤い髪に、鋭利な一角を持つ、端正な顔立ちの軍服を着た男が、大きな斧を背負い立っていたのだ。
「「妖精……っ!?」」
アルベルトとサラは咄嗟に距離を取り、警戒態勢で武器を構えた。それを受け、ハッとなったシャルルギルが「待ってくれ、二人とも!」と仲裁に入る。
怪訝な様子で首を傾げる二人に向け、シャルルギルは男を一瞥してから、説明した。
「彼はアドラ。女王近衛隊の部隊長? という仕事をしているそうで……ええと、訳あって、俺達とは協力関係にあるんだ」
「…………え? 妖精と協力関係? 何が起きて……?」
「その。彼と戦った時に、色々あったんだ」
アドラと呼ばれた男は、アルベルトからの懐疑的な眼差しに気付き、わざとらしくコクリと頷いた──。
♢♢♢♢
今からほんの数十分前のこと。帝都の一角では、斧と剣が激しくぶつかり合う戦いが繰り広げられていた。
赤と青の髪が揺れ、軍服と紳士服が舞う。火花散る激戦を有利に進めようと、観戦に徹していた男が動き出した。
「霧状の毒!」
「!!」
(──毒が瞬く間に蔓延してゆく……!)
おどろおどろしい紫の魔法陣が光り、そこから無味無臭の白い毒が噴射される。凄まじい勢いで戦場に広がっていく毒霧に、赤髪の男は目を見張った。
「俺の毒が……効かないだと……っ!?」
シャルルギルが瞠目する。彼はイリオーデの助言に従い、毒の魔力と己の血液を使って妖精にのみ有効な毒を作り、散布していた。
しかし眼前の妖精は毒をものともせず、イリオーデから距離を取って、半身程はある斧をくるりと持ち替えた。
(この毒……妖精の体を侵す程の強力なものだ)
一角を持つ赤髪の美青年──アドラは素直に感心する。
纏う奇跡力を破壊してその身を蝕んでゆく、脅威の感染力を持った毒。それは全ての妖精にとって最も忌むべき兵器であり、その効果は既に周囲で現れていた。
しかし……イリオーデと対峙するあの男だけは、平然と立っているのだ。
「凄いな。貴方の毒は、妖精をも殺してみせるようだ」
「……じゃあ、どうしてお前には効かないんだ?」
「申し訳ない。僕には毒や呪い──俗に言う状態異常というものが効かなくてね」
「そう、だったのか。俺は……何も出来ないまま、なのか」
シャルルギルの顔がくしゃりと歪む。悔しさから、その拳は体側で震えていた。それを横目に、
「毒と呪いが効かないというのは、お前だけなのか」
いつでも斬りかかれる姿勢でイリオーデは問うた。その気迫に瞬きつつも、アドラは頷く。
「ああ。これは僕の固有奇跡、真葬送歌の力だ。だから僕以外の妖精の多くは、状態異常無効の力を持たないよ」
「……そうか。お前だけが、毒や呪いを無効化するのか」
「その様子だと……貴方も何か、奇策を用意していたのだろう。僕とて、まだ死ぬ訳にはいかないんだ。そう睨まないでくれ」
「睨んでなどいない。生まれつき、このような顔なのだ」
「生まれつき、か…………」
あけすけと手の内を明かすアドラに、イリオーデの警戒が強まったところで。ぽつりと呟きながら、アドラはイリオーデをじっと観察した。
(ほんの数分鍔迫り合いをしただけでも分かる。彼は──姉さんと同類だ)
アドラの生涯を狂わせた張本人、エディエラ。憧れの対象でもある彼女と同類の人間が、今彼の目の前にいる。
『───失せろ。貴様と話す暇など私には無い』
脳裏で響く、冷酷な女の声。
(……どう足掻いても、僕だけの力では不可能だ。この大願を成就する為ならば、僕は)
きゅっと目蓋を落とし、アドラは意を決して顔を上げた。斧を下ろし、イリオーデの目を真っ直ぐと見つめ、彼は口を切る。
「強き人の子達よ。どうか、僕の話を聞いて欲しい」
騎士と私兵は瞬き、逡巡ののちにアドラの話を聞く事にした……。
♢♢♢♢
「……これで、協力関係に至るまでの話は出来たかな。早速だが、貴方達にも僕の目的を共有しよう。僕の目的は──……」
アドラは簡単な経緯やその目的に加え、イリオーデとの取引(女王近衛隊の情報を渡す代わりに協力する契約)についてなど、全てをあけすけに語った。
躊躇なく仲間を売るアドラに驚きつつも、それだけの覚悟が彼にあり、イリオーデもそれを認めて協力しているのだとアルベルトは察して、苦い顔になる。
「……理解し難いな」
「理解出来ずとも、僕の思いを知っておいてくれたら幸いだ」
それでも、と浮かない顔をするアルベルトを見て、アドラは貴公子然とした微笑みを浮かべる。
そうして。成り行きで協力関係になった彼等は、イリオーデがエディエラの相手をしている間に、急いで情報と作戦の共有を行った……。
♢♢
「……フフ。対等な相手との死合いというものはこれ程に楽しいものなのか」
イリオーデとの斬り合いの最中。エディエラはかつてない高揚感から、その声を踊らせていた。鉄仮面とすら揶揄されていた顔にも、ほんのりと笑みが浮かんでいる。
(…………作戦実行までこの女の気を引いてくれ、とアドラには言われたが……)
「────ッ!!」
っと、ここでエディエラが新手を繰り出した。
大剣で刺突攻撃を放たれ、イリオーデは瞬時に長剣を構え、いなした。すると、「これを受け流すか。流石だな、イリオーデ卿」とエディエラは手を叩く。
(このままでは、この女には勝てない。シャルルギルの毒とてこの女の奇跡の前では無力な可能性がある以上…………契約履行の為、私がもっと働かねば)
ふぅ、と軽く呼吸を繰り返し、イリオーデはついに攻勢へと転ずる。
彼の愛剣がぼうっと妖しい光を纏う。刃を謎の模様が這ったかと思えば、瞬く間に、光と共にそれは消えた。
それを合図に、神妙な面持ちのイリオーデは地を蹴って駆け出す。
「ようやく攻めてくるか。もっと楽しませてくれたまえ、イリオーデ卿!」
「可能な限り、期待に応えよう」
そして、また。剣戟の音と共に、火花が散る。
エディエラの相手をイリオーデに任せ、一時戦線を離脱したアルベルト達。そこで、手早く応急手当を済ませたサラが、シャルルギルの話を聞いて目を白黒させた。
「駆けつけてくれたから、てっきりもう倒したのかと……」
「まあ、なんというか。色々あったんだ。本当にいろいろいろあったんだ」
「相当色んな事があったんだね……!」
アルベルトの手当をしながら、シャルルギルは真剣な表情で説明する。
怪我人の応急手当が済んだ後。複雑な面持ちのシャルルギルは、眼鏡越しに彼等の瞳を見つめ、アルベルトとサラに宣告した。
「……──たぶん、お前達の心をいじめるだろうが、あえて言おう。彼女との戦いは、イリオーデに任せた方がいい」
「なっ──?! 俺達はあの女と戦わない方がいい、って……どういうことだ?」
アルベルトが問い詰める。すると、
「──僕から話してもいいかな、シャルルギル。彼等は貴方の仲間なのだろう。ならば僕も誠意を尽くしたい」
「アドラ……!」
雨上がりの夜のような、落ち着いた声が聞こえてきた。シャルルギル等の後方より現れたその声の主を見上げ、アルベルトとサラは硬直する。
目に焼き付く程赤い髪に、鋭利な一角を持つ、端正な顔立ちの軍服を着た男が、大きな斧を背負い立っていたのだ。
「「妖精……っ!?」」
アルベルトとサラは咄嗟に距離を取り、警戒態勢で武器を構えた。それを受け、ハッとなったシャルルギルが「待ってくれ、二人とも!」と仲裁に入る。
怪訝な様子で首を傾げる二人に向け、シャルルギルは男を一瞥してから、説明した。
「彼はアドラ。女王近衛隊の部隊長? という仕事をしているそうで……ええと、訳あって、俺達とは協力関係にあるんだ」
「…………え? 妖精と協力関係? 何が起きて……?」
「その。彼と戦った時に、色々あったんだ」
アドラと呼ばれた男は、アルベルトからの懐疑的な眼差しに気付き、わざとらしくコクリと頷いた──。
♢♢♢♢
今からほんの数十分前のこと。帝都の一角では、斧と剣が激しくぶつかり合う戦いが繰り広げられていた。
赤と青の髪が揺れ、軍服と紳士服が舞う。火花散る激戦を有利に進めようと、観戦に徹していた男が動き出した。
「霧状の毒!」
「!!」
(──毒が瞬く間に蔓延してゆく……!)
おどろおどろしい紫の魔法陣が光り、そこから無味無臭の白い毒が噴射される。凄まじい勢いで戦場に広がっていく毒霧に、赤髪の男は目を見張った。
「俺の毒が……効かないだと……っ!?」
シャルルギルが瞠目する。彼はイリオーデの助言に従い、毒の魔力と己の血液を使って妖精にのみ有効な毒を作り、散布していた。
しかし眼前の妖精は毒をものともせず、イリオーデから距離を取って、半身程はある斧をくるりと持ち替えた。
(この毒……妖精の体を侵す程の強力なものだ)
一角を持つ赤髪の美青年──アドラは素直に感心する。
纏う奇跡力を破壊してその身を蝕んでゆく、脅威の感染力を持った毒。それは全ての妖精にとって最も忌むべき兵器であり、その効果は既に周囲で現れていた。
しかし……イリオーデと対峙するあの男だけは、平然と立っているのだ。
「凄いな。貴方の毒は、妖精をも殺してみせるようだ」
「……じゃあ、どうしてお前には効かないんだ?」
「申し訳ない。僕には毒や呪い──俗に言う状態異常というものが効かなくてね」
「そう、だったのか。俺は……何も出来ないまま、なのか」
シャルルギルの顔がくしゃりと歪む。悔しさから、その拳は体側で震えていた。それを横目に、
「毒と呪いが効かないというのは、お前だけなのか」
いつでも斬りかかれる姿勢でイリオーデは問うた。その気迫に瞬きつつも、アドラは頷く。
「ああ。これは僕の固有奇跡、真葬送歌の力だ。だから僕以外の妖精の多くは、状態異常無効の力を持たないよ」
「……そうか。お前だけが、毒や呪いを無効化するのか」
「その様子だと……貴方も何か、奇策を用意していたのだろう。僕とて、まだ死ぬ訳にはいかないんだ。そう睨まないでくれ」
「睨んでなどいない。生まれつき、このような顔なのだ」
「生まれつき、か…………」
あけすけと手の内を明かすアドラに、イリオーデの警戒が強まったところで。ぽつりと呟きながら、アドラはイリオーデをじっと観察した。
(ほんの数分鍔迫り合いをしただけでも分かる。彼は──姉さんと同類だ)
アドラの生涯を狂わせた張本人、エディエラ。憧れの対象でもある彼女と同類の人間が、今彼の目の前にいる。
『───失せろ。貴様と話す暇など私には無い』
脳裏で響く、冷酷な女の声。
(……どう足掻いても、僕だけの力では不可能だ。この大願を成就する為ならば、僕は)
きゅっと目蓋を落とし、アドラは意を決して顔を上げた。斧を下ろし、イリオーデの目を真っ直ぐと見つめ、彼は口を切る。
「強き人の子達よ。どうか、僕の話を聞いて欲しい」
騎士と私兵は瞬き、逡巡ののちにアドラの話を聞く事にした……。
♢♢♢♢
「……これで、協力関係に至るまでの話は出来たかな。早速だが、貴方達にも僕の目的を共有しよう。僕の目的は──……」
アドラは簡単な経緯やその目的に加え、イリオーデとの取引(女王近衛隊の情報を渡す代わりに協力する契約)についてなど、全てをあけすけに語った。
躊躇なく仲間を売るアドラに驚きつつも、それだけの覚悟が彼にあり、イリオーデもそれを認めて協力しているのだとアルベルトは察して、苦い顔になる。
「……理解し難いな」
「理解出来ずとも、僕の思いを知っておいてくれたら幸いだ」
それでも、と浮かない顔をするアルベルトを見て、アドラは貴公子然とした微笑みを浮かべる。
そうして。成り行きで協力関係になった彼等は、イリオーデがエディエラの相手をしている間に、急いで情報と作戦の共有を行った……。
♢♢
「……フフ。対等な相手との死合いというものはこれ程に楽しいものなのか」
イリオーデとの斬り合いの最中。エディエラはかつてない高揚感から、その声を踊らせていた。鉄仮面とすら揶揄されていた顔にも、ほんのりと笑みが浮かんでいる。
(…………作戦実行までこの女の気を引いてくれ、とアドラには言われたが……)
「────ッ!!」
っと、ここでエディエラが新手を繰り出した。
大剣で刺突攻撃を放たれ、イリオーデは瞬時に長剣を構え、いなした。すると、「これを受け流すか。流石だな、イリオーデ卿」とエディエラは手を叩く。
(このままでは、この女には勝てない。シャルルギルの毒とてこの女の奇跡の前では無力な可能性がある以上…………契約履行の為、私がもっと働かねば)
ふぅ、と軽く呼吸を繰り返し、イリオーデはついに攻勢へと転ずる。
彼の愛剣がぼうっと妖しい光を纏う。刃を謎の模様が這ったかと思えば、瞬く間に、光と共にそれは消えた。
それを合図に、神妙な面持ちのイリオーデは地を蹴って駆け出す。
「ようやく攻めてくるか。もっと楽しませてくれたまえ、イリオーデ卿!」
「可能な限り、期待に応えよう」
そして、また。剣戟の音と共に、火花が散る。
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