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第五章・帝国の王女
588.Sshiedia VS Saintcarat,Yuki
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『──やめろ……っ! 謝るから、謝るからもうやめてくれ……!!』
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!』
『いだぁあああああっ! ママぁ……! だずげっ──、いだいよぉ…………っ』
はじめて恐怖を美味と感じたのは、生まれてからほんの数十年経ったばかりの頃だった。
執拗にちょっかいを出してくる近所の男の子達。しょうもない嫌がらせでも、何年も続けば流石に腹に据えかねるというもの。
だから、仕返しをした。
幼子が思いつくような稚拙な仕返し。──そう。とても簡単な報復をしたのだ。
そこらじゅうから蟲を集め、仮称:一男の口に捩じ込んだ。私だって何度も虫を服の中に入れられたのだ、あの苦痛はよく分かる。だから彼への報復の手段には、これを選んだ。
腐った屍肉や臓物、はたまた家畜の糞尿を水桶に溜め、足をかけられ尻もちをついた仮称:二男の頭にぶっかけた。生ゴミや野生動物の糞をよく投げつけてきたこの男には、この報復が一番と思った。
羽を持つ妖精だった仮称:三男は、その羽を丁寧に千切ってやった。彼はおふざけで私の髪を切り、尾を燃やし、そして角を折った。ならば、彼が鬱陶しいくらい自慢していたその羽を、丁寧に駄目にするしかない。
そうして行った報復は、彼等の体と自尊心をメッタ刺しにしたようだ。
恐怖に震え、鼻水と吐瀉物塗れでこちらを見上げ、涙ながらに懇願するいじめっ子達を見下ろした、あの時。
私は──感じたこともない程の高揚感と、腹の奥を突き上げる快感に全身を支配された。
あの快感が、私と、私の晩嗜虐餐の原点だ。
他者を虐げ、恐怖に歪む顔を見ればお腹と心が満たされる。更に強く、そして美しくもなれるのだ。
ならば。この嗜好を隠す必要などない。全ては美と武の為──……私は、合法的に悪者を嬲れる女王近衛隊に入隊した。
──趣味と実益を兼ねて、ね♡
♢♢
シシェディアの固有奇跡の一環である拷問器具、鋼鉄の少女と圧し潰す鉄柩に閉じ込められたユーキとセインカラッド。
しかし予想外にも彼等は悲鳴の一つも上げず、ただ静かに時が過ぎてゆく。ともすれば、他者の恐怖を食らうシシェディアが不満を抱くに決まっていよう。
(…………どうして、悲鳴が聞こえてこないのかしら。晩嗜虐餐も発動しないし……まさかあの男達は何も感じていないの?)
ありえないわ。と、彼女は眉を顰める。
(特にあの宝石の瞳を持つ男──。終始余裕ぶっていたけれど、その根拠は……?)
最初の拷問にも眉一つ動かさずに、寧ろユーキはへらへらと薄ら笑いを浮かべていた。その余裕溢れる表情が、シシェディアの不安をよりいっそう煽るのだ。
「……嫌な予感がするわ」
贄を捧げたにもかかわらず黙りこくる二つの棺を訝しんで、シシェディアが呟いた。──その時。
「へぇ。危機管理能力だけは一丁前なんだ」
背後から、小生意気な声が投げかけられた。
「っ!? なっ……!? なんで、貴方が外に──!?」
「さあ? なんでだろうね」
慌てて振り向き、彼女は青ざめた表情でバッと飛び退く。
噂をすればなんとやら。鋼鉄の少女に囚われている筈のユーキが、五体満足でそこに立っていた。
(どうして無傷なの?! あの器具は入ったが最後、確実に体を貫く代物よ! なのにどうして──っ、そもそも、どうやって脱出したっていうの?!)
あの時確実に、この男は鉄の少女に抱かれた。それはこの目で確認したから間違いない! と、シシェディアの頬に焦燥と混乱が滲む。
「なんで無事なんだ、って顔してるな。さっきまで、騒ぐセインを見てニヤニヤ笑ってたくせに、ざまぁないね」
「……ッ、どうやって私の奇跡から逃れたのよ……!!」
「知りたい? あはっ。わざわざ教える訳ねーだろ、変態おばさん。知りたきゃ拷問でもして吐かせてみなよ」
「へ、変態おばさんですって……!?」
どっちが性悪なのか分からない、他者を心底馬鹿にしたような笑顔で、ユーキは挑発する。意外と沸点が低いシシェディアは、あっという間に乗せられてしまった。
己の美しさと強さに執着してきたシシェディアにとって、それを貶されるというのは、言わば地雷案件なのである。
ここまで言われたのは初めてだったのか、彼女の顔は怒りに歪み、浮かんだ青筋すらもぴくぴくと震えている。
「……その澄まし顔、恐怖に歪めてやるわッ!!」
「ふーん。お手並み拝見といきますか」
あくまでも余裕綽々なユーキを前に、シシェディアは奥歯を噛み締め新たな拷問器具を手元に召喚した。それは鞭の一つであり、動物の尾のような形状で幾又にも分かれている。
名を、仔猫の尾。この道具の厄介な点は──使用者の意のままに動く、伸縮自在な触手のようなものであることだろう。
猫の尾が猛威を奮う。意思を持つかのごとく自在に動く鞭が、勢いよくユーキを狙い、突撃する。軽く体を逸らす簡単な動作で何本かの攻撃を避けてから、ユーキはぴょんっと跳び上がって、地面に刺さり動きが止まった鞭の上を疾走した。
目指すはシシェディア──ではなく。彼女の後ろにある鋼鉄の棺。
(鞭の上を走るなんてどれだけ体が軽いの、この男は!? っそんな事より、近接戦に持ち込むと言うのであれば、その時は……!)
自分に向かって来ているものと勘違いしたシシェディアは、空いた手に蜘蛛足の鋏を召喚した。
トングのような形状のそれは、仔猫の尾と組み合わせる事でより効果的に相手を虐げることが可能になる。
ユーキが接近戦に持ち込んで来たならば、この二つの拷問器具を用いた合わせ技で今度こそ虐めてやろうと、シシェディアはほくそ笑んだ。
が、その目論見は早くも潰える。
「っ!!」
(──この男の狙いは、はじめから仲間だった……?!)
彼女の油断を誘うだけ誘って目もくれず、頭上を跳び越えて一直線に圧し潰す鉄柩を目指すユーキを見て、シシェディアは顔を引き攣らせた。
その美貌と強さから男達に持て囃されてきた彼女にとって、ここまでコケにされたのは初めてなのである。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!』
『いだぁあああああっ! ママぁ……! だずげっ──、いだいよぉ…………っ』
はじめて恐怖を美味と感じたのは、生まれてからほんの数十年経ったばかりの頃だった。
執拗にちょっかいを出してくる近所の男の子達。しょうもない嫌がらせでも、何年も続けば流石に腹に据えかねるというもの。
だから、仕返しをした。
幼子が思いつくような稚拙な仕返し。──そう。とても簡単な報復をしたのだ。
そこらじゅうから蟲を集め、仮称:一男の口に捩じ込んだ。私だって何度も虫を服の中に入れられたのだ、あの苦痛はよく分かる。だから彼への報復の手段には、これを選んだ。
腐った屍肉や臓物、はたまた家畜の糞尿を水桶に溜め、足をかけられ尻もちをついた仮称:二男の頭にぶっかけた。生ゴミや野生動物の糞をよく投げつけてきたこの男には、この報復が一番と思った。
羽を持つ妖精だった仮称:三男は、その羽を丁寧に千切ってやった。彼はおふざけで私の髪を切り、尾を燃やし、そして角を折った。ならば、彼が鬱陶しいくらい自慢していたその羽を、丁寧に駄目にするしかない。
そうして行った報復は、彼等の体と自尊心をメッタ刺しにしたようだ。
恐怖に震え、鼻水と吐瀉物塗れでこちらを見上げ、涙ながらに懇願するいじめっ子達を見下ろした、あの時。
私は──感じたこともない程の高揚感と、腹の奥を突き上げる快感に全身を支配された。
あの快感が、私と、私の晩嗜虐餐の原点だ。
他者を虐げ、恐怖に歪む顔を見ればお腹と心が満たされる。更に強く、そして美しくもなれるのだ。
ならば。この嗜好を隠す必要などない。全ては美と武の為──……私は、合法的に悪者を嬲れる女王近衛隊に入隊した。
──趣味と実益を兼ねて、ね♡
♢♢
シシェディアの固有奇跡の一環である拷問器具、鋼鉄の少女と圧し潰す鉄柩に閉じ込められたユーキとセインカラッド。
しかし予想外にも彼等は悲鳴の一つも上げず、ただ静かに時が過ぎてゆく。ともすれば、他者の恐怖を食らうシシェディアが不満を抱くに決まっていよう。
(…………どうして、悲鳴が聞こえてこないのかしら。晩嗜虐餐も発動しないし……まさかあの男達は何も感じていないの?)
ありえないわ。と、彼女は眉を顰める。
(特にあの宝石の瞳を持つ男──。終始余裕ぶっていたけれど、その根拠は……?)
最初の拷問にも眉一つ動かさずに、寧ろユーキはへらへらと薄ら笑いを浮かべていた。その余裕溢れる表情が、シシェディアの不安をよりいっそう煽るのだ。
「……嫌な予感がするわ」
贄を捧げたにもかかわらず黙りこくる二つの棺を訝しんで、シシェディアが呟いた。──その時。
「へぇ。危機管理能力だけは一丁前なんだ」
背後から、小生意気な声が投げかけられた。
「っ!? なっ……!? なんで、貴方が外に──!?」
「さあ? なんでだろうね」
慌てて振り向き、彼女は青ざめた表情でバッと飛び退く。
噂をすればなんとやら。鋼鉄の少女に囚われている筈のユーキが、五体満足でそこに立っていた。
(どうして無傷なの?! あの器具は入ったが最後、確実に体を貫く代物よ! なのにどうして──っ、そもそも、どうやって脱出したっていうの?!)
あの時確実に、この男は鉄の少女に抱かれた。それはこの目で確認したから間違いない! と、シシェディアの頬に焦燥と混乱が滲む。
「なんで無事なんだ、って顔してるな。さっきまで、騒ぐセインを見てニヤニヤ笑ってたくせに、ざまぁないね」
「……ッ、どうやって私の奇跡から逃れたのよ……!!」
「知りたい? あはっ。わざわざ教える訳ねーだろ、変態おばさん。知りたきゃ拷問でもして吐かせてみなよ」
「へ、変態おばさんですって……!?」
どっちが性悪なのか分からない、他者を心底馬鹿にしたような笑顔で、ユーキは挑発する。意外と沸点が低いシシェディアは、あっという間に乗せられてしまった。
己の美しさと強さに執着してきたシシェディアにとって、それを貶されるというのは、言わば地雷案件なのである。
ここまで言われたのは初めてだったのか、彼女の顔は怒りに歪み、浮かんだ青筋すらもぴくぴくと震えている。
「……その澄まし顔、恐怖に歪めてやるわッ!!」
「ふーん。お手並み拝見といきますか」
あくまでも余裕綽々なユーキを前に、シシェディアは奥歯を噛み締め新たな拷問器具を手元に召喚した。それは鞭の一つであり、動物の尾のような形状で幾又にも分かれている。
名を、仔猫の尾。この道具の厄介な点は──使用者の意のままに動く、伸縮自在な触手のようなものであることだろう。
猫の尾が猛威を奮う。意思を持つかのごとく自在に動く鞭が、勢いよくユーキを狙い、突撃する。軽く体を逸らす簡単な動作で何本かの攻撃を避けてから、ユーキはぴょんっと跳び上がって、地面に刺さり動きが止まった鞭の上を疾走した。
目指すはシシェディア──ではなく。彼女の後ろにある鋼鉄の棺。
(鞭の上を走るなんてどれだけ体が軽いの、この男は!? っそんな事より、近接戦に持ち込むと言うのであれば、その時は……!)
自分に向かって来ているものと勘違いしたシシェディアは、空いた手に蜘蛛足の鋏を召喚した。
トングのような形状のそれは、仔猫の尾と組み合わせる事でより効果的に相手を虐げることが可能になる。
ユーキが接近戦に持ち込んで来たならば、この二つの拷問器具を用いた合わせ技で今度こそ虐めてやろうと、シシェディアはほくそ笑んだ。
が、その目論見は早くも潰える。
「っ!!」
(──この男の狙いは、はじめから仲間だった……?!)
彼女の油断を誘うだけ誘って目もくれず、頭上を跳び越えて一直線に圧し潰す鉄柩を目指すユーキを見て、シシェディアは顔を引き攣らせた。
その美貌と強さから男達に持て囃されてきた彼女にとって、ここまでコケにされたのは初めてなのである。
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