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第五章・帝国の王女

586.Yummis VS Macbethta,Kile 2

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「……あの男の動きは時が経つにつれ、鋭さを増している。このままでは、いずれオレ達の手には負えなくなるぞ」
「えー? 何それ、アイツってスロースターターなん?」

 実際に対峙したマクベスタは、ユーミスの強さのからくりに気付いていた。
 彼の固有奇跡、凡夫礼賛オーディナリーヒェンは、戦闘時間が長くなればなる程、身体能力を底上げする奇跡を起こすのである。

「そんじゃ、まぁ……さっさと殺さんとな」
「ああ。手を付けられなくなる前に、急ごう」

 と、聖剣ゼースを手にマクベスタが駆け出そうとすると、

「待ってくれ、マクベスタ。頼みがあるんだけど、その剣、ちょっと貸してくれねぇか?」

 そう言ってカイルが引き止めた。彼の視線は、マクベスタの腰に据えられた長剣ロングソードに向けられている。

「別に構わないが……剣を扱えたのか」
「お前やフォーロイト兄妹程ではないけどな」
「……愛剣なんだ。壊さないでくれ」
「モチのロンよ」

 マクベスタから長剣ロングソードを受け取り、カイルはニッと笑った。そして剣を構え、二人の王子は決着をつけるべく動き出す。
 ──その時。ヒトリの男は、奥歯を噛み締めていた。


(……最悪だ。どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ)

 絶え間なく降り注ぐ殺意の雨の中。その大元たる魔法使いの男と、非常に厄介な剣士の男が、雨に負けず劣らずの殺意を放っている。

(俺はただ、アイツを守ろうとしただけなのに。アイツを守る為に、やれる限りの事をしてきただけなのに)

 逃げ回りながら、彼は何度も歯軋りする。……ああ、それも仕方の無い事なのかもしれない。
 何故ならユーミスは──……もう・・奇跡を・・・起こせない・・・・・のだ。
 元より彼は、己の持つ奇跡力の半分程を他者に譲渡していた。その為奇跡力の総量がそもそも少なく、度重なる純白の落雷と魔法の爆撃により、凄まじい勢いで奇跡力の消耗を促された。
 もはや、“死の回避”すらままならない程に。

 種明かしをすると。凡夫礼賛オーディナリーヒェンは、とうに・・・解除・・されて・・・いる・・。奇跡を起こす火種、奇跡力が無いのだから当然のことだ。
 それこそ──カイルが奇跡串刺す虹の雫プアダン・スピアを発動するよりも前に、その奇跡は解除された。残る奇跡力リソースの全てを“死の回避”に費やす為に。
 彼がどんどん強くなっているとマクベスタが感じたのは、いわゆる火事場の馬鹿力だった。ユーミスの持つただ一つの未練が、奇跡力も無しに、ある種の奇跡を起こしてみせたのだろう。

(……ここまで気合いで躱し続けたが、流石にもう、無理だ。魔法を避ければ人間どもに殺され、人間どもを迎え撃てば魔法に殺される。これが……絶体絶命ってヤツなんだろうなァ──……)

 悔しげな表情で死を悟ったユーミスの脳裏に、思い出の数々が浮かび上がる。

『───見て見てユーミス! ウチ、また告白されちゃったの!』
『なにっ? どこの馬の骨っ……じゃない、今度はどのような方が告白してきたのですか?』

『───ねぇちょっと! ウチとアンタの服、一緒に洗わないでって言ったじゃん!』
『だ、駄目でしたか……?』
『ユーミス、服を洗い分けるとかしてくれないから服がすぐ駄目になるってこの前も言ったの、忘れたの?』
『ごめんなさい…………』

『───何言われたって、ウチの意思は変わんないから。ウチも、近衛隊に入る』
『ですがっ──、マーミュにもしもの事があればわたくしは……!』
『~~うるさいうるさいっ!! ウチがどうしようがウチの勝手なの! 馬鹿ユーミスには関係ないっっっ!!』

 まるで、いい親子関係とは言えない、喧嘩ばかりの日々だったけれど。

(……それでも。けっこう、ずっと楽しかった)

 押し付けられて始めた子育ても、案外いいものだった。──そう心から思えたからだろうか。こんな時なのに、彼の口元は僅かに笑みを象る。

(ちくしょう……マーミュに一度も、『お父さん』って呼んで貰えなかったな。マーミュがこれからもありのままの自分で過ごせるよう、守ってやりたかったな)

 溢れ出る未練の数々。それが叶わない事を一番理解しているのは、他ならない彼自身だ。
 ──だとしても。

「……最後まで、俺はアイツの父親で在りてェんだよ!!」

 その時が来るまで足掻くと、ユーミスは決めた。『マーミュの親でいたい』と夢を見た。見てしまった。
 目を見開き、歯を食いしばって。奇跡も起こせぬ凡夫に成り下がってもなお諦める事はなく、彼は二人の男を迎え撃たんとする。


「俺が隙を作る。マクベスタ、決めてくれ!」
「任せろ。一撃で仕留める」

 先に行動したのは、マクベスタの愛剣を構えるカイル。
 普段は好みの問題で魔法ばかりを扱うカイルであるが、彼にとってそもそも魔法とは『最高の趣味』なのだ。
 今でこそ、その趣味が文明を破壊可能な域に達しているが……彼の最も得意とする武器は、別にあった。そして今──カイルにとっての武器と趣味が、最高の形で結びつく。

(オタクなら、誰もが一度は憧れちまうよな)

 おもむろに剣を掲げ、カイルはニヤリと笑う。
 剣に集束するのは、延々と降り注ぐ魔力弾。それはやがて形を得て、天をも貫く光の柱となった。

「いけっ、男の浪漫アターーーーック!!」

 技名を叫ぶのはまずいと思ったのだろう。カイルは当たり障りのない言葉を叫びつつ、ユーミスの方向へと剣を振り下ろした。すると当然、剣が纏っていた光の柱が倒れるというもの。
 魔力弾をなんとか避けていたユーミスには、それを避ける余力などなく。なんと、カイルの男の浪漫アタックはユーミスに直撃した。

(ぁ……くそ、なんなんだよ、アイツら)

 最後の意地だろうか。即死は免れ、ふらふらと揺れながらも、彼は決して倒れない。
 しかし。現実は、理不尽なものである。

「これにて終いだ、妖精」
(──恨むなら、オレ達の心を弄んだ己を恨め)

 カイルの攻撃の間、ずっと機を窺っていたマクベスタが、ついに動く。
 瞬く間に肉薄し、彼は剣の柄に手を掛けた。力強く弾ける、鞘から漏れ出た雷の音に耳を傾け──刹那。

春之青雷ブルー・ブレス

 マクベスタが、アミレスより教わった居合切りを放つ!
 だがそれはただの居合切りにあらず。青い雷を纏う聖剣による、文字通りの必殺技であった。

(青い、光……あの子と、同じ、色──……)

 青白い閃光がユーミスの首を焼き、そして斬り落とす。彼が最期に見た景色は、最愛を象徴する色によく似た眩い光だった……。


「さっすがマクベスタ! 有言実行とかマジでかっこよすぎるだろ!」
「……ああ、そうだな」
(──最後の一撃。あれだけ、妙に手応えがなかったが……まさかここに来て奇跡力を使わなかったのか、この男は?)

 今しがた落とした首を見下ろしつつ、マクベスタは血振して納刀する。

「さて。強そうなのは倒せたし、他のペアの手助けにでも向かうか」
「アミレス……のところは問題無いだろうな。残念だ」
「堕天使モードのマクベスタ、中々に素直だな??」

 それもまたイイ! とカイルは満面の笑みで頷く。
 その様子にまた呆れたのか、マクベスタはカイルを置いて先々進む。その背を追って、カイルは奇跡串刺す虹の雫プアダン・スピアを解除してから駆け出した。
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