だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第五章・帝国の王女

568.Main Story:Freedoll VS Iliode

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 後にも先にも、あれ程僕の手で・・・・殺したいと思った相手はいない。
 この世の何よりも愛していた。だからこそ誰よりも幸せにしてやりたいと思い、そして愚かなあいつがこれ以上苦しまずとも済むよう、その死を願った。
 偏愛だ狂愛だと言われたが……これは僕にとって──……純愛以外の、何物でもないんだ。


 ♢


 キィンッ! と、剣と剣がぶつかり合う。
 聖剣でもなければ、魔剣でもない。腕のいい鍛冶師が打った、それなりに良質な長剣ロングソード。……にも関わらず。この男とその剣は、何故か魔剣極夜きょくやの一撃に何度も耐えている。

 塵芥ゴミ野郎の代わりに僕の相手をする事になった、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。
 流石は帝国の剣ランディグランジュの元神童と言うべきか。その技術や膂力も然ることながら、何故か絶対零度を回避し続ける幸運をも持ち合わせている。
 ……魔剣の能力は、そのような運次第で回避出来る代物ではないのだがな。これについては、未だに理解も納得もいかない。

「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。何故、貴様の剣は無事なのだ?」
「……この剣は呪われています。未来永劫、あの御方が下賜くださったこの剣をあの御方に捧げると誓った故──この剣は私が生きている限り、絶対に・・・壊れない・・・・のです」

 ランディグランジュ卿は熱誠な眼差しをこちらに向け、淡々と、しかして情熱を孕んだ声音でそう語る。
 何がどうして、それ故に壊れないと断言出来るのかはイマイチ分からなかったが……彼がそう言うのならば、そうなのだろう。
 それよりも。あの御方、というのは──。

「……貴様が剣を捧げる相手は誰なのだ」

 問うておきながら、既に答えは出ているようなもの。だからこれはただの確認だ。

「無論、アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下ただ御一人にございますれば。私はあの御方の為に剣を振るう騎士──この身は、あの御方の剣なのです」

 ふざけている様子など微塵も感じられない。それ即ち、この男の発言が全て“まこと”である証左であろう。どうやら本当に、この男が生きている限りは、決してこの長剣ロングソードも折れやしないらしい。
 とんと、理解が及ばん。

「左様か、余計な事を聞いたな。──これ以上貴様が僕の邪魔をするのであれば、容赦などせんが……まだ歯向かうか」
「貴方が王女殿下の邪魔となるのならば、それを阻止するだけの事。私が貴方の道を阻むか否かは、貴方次第です」
「……ならば、貴様は此処で死ね」
「申し訳ないが、その言葉には従えません」

 舞い降りる静寂。水を打ったように、しん、と無音が漂ったかと思えば、その直後。視線が交わった瞬間、両者共に動いた。
 地面を蹴り、空気を斬り、マントや髪を翻す。街中を移動しながらしのぎを削り、時には魔法を撃ち合っていたら、

「……皇太子殿下。一点、貴方にお聞きしたい事があります」

 そう、ランディグランジュ卿が冷めた目でこちらを見つめてきた。

「くだらない質問であれば、その首を落とすぞ」
「何故、貴方は王女殿下の道を阻むのですか? 貴方は以前、確かにこう仰っていたではありませんか。──王女殿下の事を愛しており、王女殿下の幸福を願っていると。ならば妹君を応援こそすれど、邪魔をするなど以ての外では?」

 ……僕が、あの女を愛していると? それも幸福を願うなど…………。
 有り得ないと否定したかった。
 だがどうやら、この頭曰く、それは事実らしい。こんなにもミシェルに恋焦がれているというのに──それ以上・・・・に、あの女を愛しているという言葉がしっくりと来てしまう。
 ミシェルへ抱く感情ものは真綿のように心地よく、あの女へ抱く感情ものは心地よさとは程遠い──苦く、痛いものだ。にも関わらず、後者の方が愛おしく感じるなど……僕の心はいよいよおかしくなってしまったのか?

「…………あの女の幸福を願う気持ちに、偽りはない。──でも。この愚かな心が、ミシェルを恋しく想い、アミレスを疎ましく思い込むのだ」

 僕の意思に反して、この体は勝手に暴走する。
 真に愛する女は間違いなくあの女なのに……ミシェルの為に動けなどと、この心と頭は騒ぎよる。
 まったく腹立たしいことこの上ないのだが、原因も分からなければ、対処法など分かる筈もなく。こうしてアミレスへの愛憎あいを思い出してもなお、僕はミシェルのことばかり考えてしまう。
 この身の、なんとままならないことか。

「言動が矛盾しています。お言葉ですが、今の貴方はまるで──そう在れと命じられ操られている、人形のようだ」
「……っ!!」

 その剣先のように鋭く突きつけられた、ランディグランジュ卿の言葉。それは見事に僕の精神に傷を負わせた事だろう。
 ──その通りだ。今の僕は、誰かの望むままに『ミシェルに恋している』。それが異常なのだと僕の胸は何度も訴えてきていたのに、目を逸らし続けてしまった。
 だが──……

『私を疎ましいと思っているのでしょう? ならば、私に関わらないで下さい。私も兄様には関わらないようにしますから』
『では。わたくしはこれにて失礼しますわ。ごめんあそばせ、大っ嫌いなお兄様♡』
『愛されないと分かっていて愛を求めるような愚かな事……わたくしはもう、二度としたくないのです』
『お誕生日おめでとうございます、お兄様。お兄様の健康とご成長を心よりお祈り申し上げますわ』

 憎らしげに睨むくせに、僕を気遣うあの女も。

『たとえ仕事だったとしても、兄様と一緒にお出かけが出来て、今日は楽しかったです』
『兄様が紅茶を入れてくれる事なんて、そう滅多にないので……この機会に、味わっておこうかなーと……』
『はじめては好きな人とするものだってあのひとが言ってたもん! 兄様とはしません!』
『私は兄様の事なんか大嫌っ……だ、だいき……ら……くっ、~~あぁもうッ! 好きなんかじゃないし!!』

 猫のように表情をコロコロと変える、あの女も。
 その一欠片も取り零さず──……僕は、あいつを愛してしまったんだ。
 否定する余地などいっぺんたりとも無いぐらい、アミレスの事を愛している。この世の誰よりも幸福にしてやりたいと思っている。
 だからこそ……僕は無意識下で、あいつへの贈り物を選んだり、紅茶を入れる練習をしたり、その姿を夢にまで見ていたのだろう。我ながら、なんという健気さなのか。

「……──感謝するぞ、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。貴様のお陰で、吹っ切れた」
「──? 何を仰っているのか……」

 剣を構え、彼はこちらを怪訝そうに見つめてくる。
 ミシェルへの恋情は未だ消えてはくれない。ならばそれすらも利用すればいいだけの事。愛おしい者に尽くし、徹底的に甘やかして愛してやりたいと思う、この、僕には存在し得ない愛情もの──……これをもし、アミレスに向けてやれたなら。
 あいつは今度こそ、僕を愛してくれるのではなかろうか?

「っ、何やらおぞましい寒気が……! 皇太子殿下、何かよからぬ事を企ててはいませんか」
「失礼な奴め。僕はただ、愛する妹を如何にして甘やかしたものか、と画策していただけだ」

 しまった、正直に答えてしまった。
 そうハッと我に返った時にはもう手遅れで。

「──皇太子殿下。絶対に、王女殿下の元ヘは行かせません!」

 ランディグランジュ卿の目が、真剣の二文字に吊り上げられている。
 何やら先程よりも敵意……いや、殺意が増しているが、どうしてなのか。兄が妹を甘やかすというのは、なんらおかしな事ではないと思うのだが。

「邪魔をするのであれば容赦はせんと、先も伝えた筈だが────……」

 極夜を構え、もう一度臨戦態勢に移る。
 愛に障害はつきものと言う。
 ならば。偽りの恋も、眼前の障害も、全て乗り越えてやろうじゃないか。
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