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第五章・帝国の王女
565.Main Story:Saintcarat VS Yuki
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あの日の後悔と絶望を忘れた事は、一度もない。
何度も何度も自分自身へ憤り、その感情を焚べて原動力へと変えてきた。
だからまさか、こんな日が来るとは思わなかったんだ。──オレのこれまでの数十年を、否定されるだなんて。
♢
ずっと捜し求めていた男は、数十年の月日を経て変わり果ててしまった。
恨むべき存在に傾倒し、庇い立てるだけに飽き足らず……今はその女の為にオレと衝突する道を選び、戦っている。
ああ、なんと恨めしい。オレのユーキをここまで腑抜けさせ従属させるあの女が、殺したい程に憎い。
オレの放った矢を一つ残らず槍で弾きながら、ユーキは真紅の宝石眼でこちらを見据える。
……昔は、オレと二人きりの時しか、その美しい瞳を見せてくれなかったのに。
「…………ユーキ。何故、眼を隠していないんだ? 森でもオマエは、滅多に魔法を解かなかっただろう」
「あぁ、これ? なんなら数日前までずっと魔法をかけたままだったよ」
「ならば、どうして急にさらけ出したんだ。世界中から狙われると分かっていて、どうして……」
「……どこぞの戦闘狂が言ったんだよ。『貴方の敵は全て私が殺し尽くす』──って。いくらでも利用しろとか、信じろとか……歳下の女に笑顔で言われてさ。不覚にもかっこいいって思っちゃったんだよね」
ため息混じりに、ユーキは肩を竦めた。
「守るとか、助け合おうとか、そういう綺麗事はこれまで何回も聞いた。でも、『僕の敵を全て殺す』なんて口説き文句は初めてでさ。元々あの女のことは信用してたけど、あの時はじめて──僕は、あいつを信頼したんだ」
こんな柔らかい笑顔、故郷でだって見た事ない。……どうしてオマエは、この国でそんな顔が出来るんだ?
「だからもう、猫を被る必要もないんだよ。だってこの耳や眼を見て僕を狙う敵は、全部あいつが殺してくれるらしいからね」
槍をぶん、ぶん、と振り回しながら、ユーキは歯を見せて笑う。その直後、前傾姿勢で地面を蹴り、アイツはこちらに向かってきた。
──来る! と攻撃を予見し、少し体を反らした瞬間に躊躇なく振り上げられた槍は、その穂先でオレの髪を僅かに斬る。
「その女は──王女、なのか? だからオマエは、あの悪女を庇うのか」
飛び退き、すかさず光の矢を放って反撃する。それと並行して問いかけると、矢を避けながらユーキは鼻で笑った。
「悪女ぉ? あのお人好しの馬鹿娘はそんな大層な器じゃないさ。頭はおかしいけれど、ねッ」
「っ! ならば何故、フォーロイトの王女なぞに付き従う!? あの悪女に洗脳され、騙されているんじゃないのか!」
くるりくるりと槍を操り、ユーキは肉薄してくる。それを光の剣でいなし、なんとかやり過ごす。
近接戦ではオレに勝ち目はない。だから距離を取りたいのだが、そんな思考を見透かしてかユーキは距離を詰めてくる。
「……さっきから気になってたんだけどさあ、おまえ、何を勘違いしてんの?」
鋭い眼光に貫かれる。
──勘違いだと?
「アミレスはただの雇用主。僕は仲間と一緒にあいつ雇われてるだけの私兵だ。洗脳なんてされてる訳ないだろ」
「その言動こそ、洗脳されている証じゃないのか? でなければ、何故オマエは自分を攫った輩の大元──フォーロイト一族の人間に大人しく従うんだ? ユーキ・デュロアスの矜恃とは、そんなものなのか!?」
そこでピクリ、とユーキの片眉が僅かに跳ねた。
「は? セイン……おまえまさか、僕を攫ったのがフォーロイトの人間だと思ってるの?」
「ああ……! あの日、オマエを連れ去った連中が『フォーロイト』と口にしたのをオレは聞いた! だからずっと、オマエを攫ったこの国を──その一族を、オレは憎んでいたんだ!!」
あらん限り声を張り上げる。洗脳されているユーキにも届きますようにと、祈りを込めて。だが当の本人は瞬き、硬直するだけだった。
「……前提から違う。僕を攫ったのは無国籍の人攫いだ。フォーロイトで奴隷商に端金で売られ、十数年前──現皇帝の法改革で奴隷関連の法が厳しく取り締まられるようになって、奴隷商の隙をついて逃げ出してからは……貧民街の子供達と一緒に暮らしてた。──だから、おまえのそれは全部勘違いだ」
ユーキの口から語られたこの数十年の経緯に、オレは卒倒しそうになった。
……ユーキの話が本当なら。オレのこの復讐は──いったい、どうなるんだ? オレのこれまでの数十年は、なんだったんだ?
「セインが恨むべきはあの日僕を攫ったクズ野郎共であって──アミレスを恨むのは断じて違う。八つ当たりもいいところだよ」
「……っ、だが! フォーロイト一族が奴隷商を野放しにしていたから、オレ達ハーフエルフが狙われたんだろう!?」
「セインは知らないかもしれないけど、数十年前はどの国でも奴隷の存在は普通だったんだよ。あの日僕を攫った奴等が、たまたまフォーロイトに卸す予定だったってだけだ!」
「そん、な────っ」
雷に撃たれたような衝撃だった。
じゃあ、オレは本当に……ずっと、勘違いしていたのか? その勘違いから一方的に王女を恨み、悪態をついて……あまつさえ殺そうと……。
「……──アミレスはさ、本当に、救いようがないお人好しなんだよ」
数十年越しの事実に愕然とし、項垂れるオレに向け、ユーキはあの王女について語りはじめた。
オレが抱いていた、『悪女アミレス・ヘル・フォーロイト』への印象など何もかもが間違いだ。
……実際のあの女は、超がつく程の偽善者で、誰彼構わず手を差し伸べては救うような、聖女顔負けの馬鹿げた王女らしい。
毎年必ず私兵全員の誕生日を祝うし、なんなら結婚式の費用も全額負担したとか。その前には街を自費で大改造し、“貧民街”を“普通の街”へと変えてみせたという。
更に、魔物の行進では帝都防衛戦線の最前線に立ち、最後まで戦い続け、終戦に一役買ったとか。
あの見た目で本当に戦闘狂なのか。と、素で反応してしまったら、ユーキは「もはや詐欺だよな」と片眉だけ下げて笑った。
「セインはさ、頭が堅いから……一度こうだって思ったら他の考えを受け入れられないんだろ」
「……そう、なのかもしれないな」
「たまには柔軟になって、僕の言葉ってことで受け入れてくれよ」
つまりは『僕を信じろ』と。……まったく、ずるい言い方をするな、コイツは。
……しかし。あのユーキが、ここまで他人について楽しげに語るなんて。もう、恨むつもりはないのに……妬けてしまうな。
♢♢♢♢
「──僕、結構ここでの生活が気に入ってるんだ」
「……森には帰らないと?」
「帰るも何も、森燃えちゃったじゃん」
王女にまつわる話を終えたユーキは、矛を収めて和解の道を選んでくれた。すると自然に、これからどうするかという話題になっていって。
「それはそう……だが」
「でも、僕を諦めるつもりはないんだろ?」
「ああ。オマエはオレの全てだからな」
「うわ重……見る分には笑ってられるけど、いざ自分にこういうの向けられると、言葉に困るな……」
なんだろう。ユーキの視線が痛い。
「まあいいか。なあセイン、おまえもここで暮らそうよ」
「──はい?」
「僕と一緒にいたいでしょ? なら、おまえが僕の元に来いよ。僕はこれ以上譲歩するつもりないから」
「……めちゃくちゃだ」
あまりにも自分勝手。だけど……こうやってオレを振り回す姿こそ、オレがずっと焦がれていた親友の姿そのものだ。
ロイに何度も自己主張しろと言ってきたのに、これでは説得力がないな。
「…………はぁ。ユーキ・デュロアス様の仰せのままに」
「ここではただのユーキだよ。──まぁ、これからまたよろしく。親友」
「ああ──……よろしくな、オレの親友」
今はこれで、満足しよう。復讐はうやむやになったが、親友を取り戻すことは出来たのだから──。
何度も何度も自分自身へ憤り、その感情を焚べて原動力へと変えてきた。
だからまさか、こんな日が来るとは思わなかったんだ。──オレのこれまでの数十年を、否定されるだなんて。
♢
ずっと捜し求めていた男は、数十年の月日を経て変わり果ててしまった。
恨むべき存在に傾倒し、庇い立てるだけに飽き足らず……今はその女の為にオレと衝突する道を選び、戦っている。
ああ、なんと恨めしい。オレのユーキをここまで腑抜けさせ従属させるあの女が、殺したい程に憎い。
オレの放った矢を一つ残らず槍で弾きながら、ユーキは真紅の宝石眼でこちらを見据える。
……昔は、オレと二人きりの時しか、その美しい瞳を見せてくれなかったのに。
「…………ユーキ。何故、眼を隠していないんだ? 森でもオマエは、滅多に魔法を解かなかっただろう」
「あぁ、これ? なんなら数日前までずっと魔法をかけたままだったよ」
「ならば、どうして急にさらけ出したんだ。世界中から狙われると分かっていて、どうして……」
「……どこぞの戦闘狂が言ったんだよ。『貴方の敵は全て私が殺し尽くす』──って。いくらでも利用しろとか、信じろとか……歳下の女に笑顔で言われてさ。不覚にもかっこいいって思っちゃったんだよね」
ため息混じりに、ユーキは肩を竦めた。
「守るとか、助け合おうとか、そういう綺麗事はこれまで何回も聞いた。でも、『僕の敵を全て殺す』なんて口説き文句は初めてでさ。元々あの女のことは信用してたけど、あの時はじめて──僕は、あいつを信頼したんだ」
こんな柔らかい笑顔、故郷でだって見た事ない。……どうしてオマエは、この国でそんな顔が出来るんだ?
「だからもう、猫を被る必要もないんだよ。だってこの耳や眼を見て僕を狙う敵は、全部あいつが殺してくれるらしいからね」
槍をぶん、ぶん、と振り回しながら、ユーキは歯を見せて笑う。その直後、前傾姿勢で地面を蹴り、アイツはこちらに向かってきた。
──来る! と攻撃を予見し、少し体を反らした瞬間に躊躇なく振り上げられた槍は、その穂先でオレの髪を僅かに斬る。
「その女は──王女、なのか? だからオマエは、あの悪女を庇うのか」
飛び退き、すかさず光の矢を放って反撃する。それと並行して問いかけると、矢を避けながらユーキは鼻で笑った。
「悪女ぉ? あのお人好しの馬鹿娘はそんな大層な器じゃないさ。頭はおかしいけれど、ねッ」
「っ! ならば何故、フォーロイトの王女なぞに付き従う!? あの悪女に洗脳され、騙されているんじゃないのか!」
くるりくるりと槍を操り、ユーキは肉薄してくる。それを光の剣でいなし、なんとかやり過ごす。
近接戦ではオレに勝ち目はない。だから距離を取りたいのだが、そんな思考を見透かしてかユーキは距離を詰めてくる。
「……さっきから気になってたんだけどさあ、おまえ、何を勘違いしてんの?」
鋭い眼光に貫かれる。
──勘違いだと?
「アミレスはただの雇用主。僕は仲間と一緒にあいつ雇われてるだけの私兵だ。洗脳なんてされてる訳ないだろ」
「その言動こそ、洗脳されている証じゃないのか? でなければ、何故オマエは自分を攫った輩の大元──フォーロイト一族の人間に大人しく従うんだ? ユーキ・デュロアスの矜恃とは、そんなものなのか!?」
そこでピクリ、とユーキの片眉が僅かに跳ねた。
「は? セイン……おまえまさか、僕を攫ったのがフォーロイトの人間だと思ってるの?」
「ああ……! あの日、オマエを連れ去った連中が『フォーロイト』と口にしたのをオレは聞いた! だからずっと、オマエを攫ったこの国を──その一族を、オレは憎んでいたんだ!!」
あらん限り声を張り上げる。洗脳されているユーキにも届きますようにと、祈りを込めて。だが当の本人は瞬き、硬直するだけだった。
「……前提から違う。僕を攫ったのは無国籍の人攫いだ。フォーロイトで奴隷商に端金で売られ、十数年前──現皇帝の法改革で奴隷関連の法が厳しく取り締まられるようになって、奴隷商の隙をついて逃げ出してからは……貧民街の子供達と一緒に暮らしてた。──だから、おまえのそれは全部勘違いだ」
ユーキの口から語られたこの数十年の経緯に、オレは卒倒しそうになった。
……ユーキの話が本当なら。オレのこの復讐は──いったい、どうなるんだ? オレのこれまでの数十年は、なんだったんだ?
「セインが恨むべきはあの日僕を攫ったクズ野郎共であって──アミレスを恨むのは断じて違う。八つ当たりもいいところだよ」
「……っ、だが! フォーロイト一族が奴隷商を野放しにしていたから、オレ達ハーフエルフが狙われたんだろう!?」
「セインは知らないかもしれないけど、数十年前はどの国でも奴隷の存在は普通だったんだよ。あの日僕を攫った奴等が、たまたまフォーロイトに卸す予定だったってだけだ!」
「そん、な────っ」
雷に撃たれたような衝撃だった。
じゃあ、オレは本当に……ずっと、勘違いしていたのか? その勘違いから一方的に王女を恨み、悪態をついて……あまつさえ殺そうと……。
「……──アミレスはさ、本当に、救いようがないお人好しなんだよ」
数十年越しの事実に愕然とし、項垂れるオレに向け、ユーキはあの王女について語りはじめた。
オレが抱いていた、『悪女アミレス・ヘル・フォーロイト』への印象など何もかもが間違いだ。
……実際のあの女は、超がつく程の偽善者で、誰彼構わず手を差し伸べては救うような、聖女顔負けの馬鹿げた王女らしい。
毎年必ず私兵全員の誕生日を祝うし、なんなら結婚式の費用も全額負担したとか。その前には街を自費で大改造し、“貧民街”を“普通の街”へと変えてみせたという。
更に、魔物の行進では帝都防衛戦線の最前線に立ち、最後まで戦い続け、終戦に一役買ったとか。
あの見た目で本当に戦闘狂なのか。と、素で反応してしまったら、ユーキは「もはや詐欺だよな」と片眉だけ下げて笑った。
「セインはさ、頭が堅いから……一度こうだって思ったら他の考えを受け入れられないんだろ」
「……そう、なのかもしれないな」
「たまには柔軟になって、僕の言葉ってことで受け入れてくれよ」
つまりは『僕を信じろ』と。……まったく、ずるい言い方をするな、コイツは。
……しかし。あのユーキが、ここまで他人について楽しげに語るなんて。もう、恨むつもりはないのに……妬けてしまうな。
♢♢♢♢
「──僕、結構ここでの生活が気に入ってるんだ」
「……森には帰らないと?」
「帰るも何も、森燃えちゃったじゃん」
王女にまつわる話を終えたユーキは、矛を収めて和解の道を選んでくれた。すると自然に、これからどうするかという話題になっていって。
「それはそう……だが」
「でも、僕を諦めるつもりはないんだろ?」
「ああ。オマエはオレの全てだからな」
「うわ重……見る分には笑ってられるけど、いざ自分にこういうの向けられると、言葉に困るな……」
なんだろう。ユーキの視線が痛い。
「まあいいか。なあセイン、おまえもここで暮らそうよ」
「──はい?」
「僕と一緒にいたいでしょ? なら、おまえが僕の元に来いよ。僕はこれ以上譲歩するつもりないから」
「……めちゃくちゃだ」
あまりにも自分勝手。だけど……こうやってオレを振り回す姿こそ、オレがずっと焦がれていた親友の姿そのものだ。
ロイに何度も自己主張しろと言ってきたのに、これでは説得力がないな。
「…………はぁ。ユーキ・デュロアス様の仰せのままに」
「ここではただのユーキだよ。──まぁ、これからまたよろしく。親友」
「ああ──……よろしくな、オレの親友」
今はこれで、満足しよう。復讐はうやむやになったが、親友を取り戻すことは出来たのだから──。
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