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第五章・帝国の王女
562.Interlude Story:Luka
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思い返せば、俺はどこまでも虚しい人間だった。
周りの奴等は何でも持ってるとか、天に何物も与えられたとか、そんなことを言っていたけど。そんな贈り物──俺にとっては、重荷でしかなかった。
『───父ちゃんっ! お願いだから俺も連れてって!!』
『…………瑠夏。お前は賢い子だ、一度で理解出来ただろう? オレは、お前を連れて行かない。お前の存在は、オレの人生において不利益にしかならないんだ。……達者でな』
それが、父と交わした最後の言葉。外科医の父は俺が十歳になる前に、快楽に溺れた母に愛想を尽かして出ていった。
沢山習い事に行かせてくれたし、塾の模試でいい成績を残すとたまに褒めてくれた。だから俺は、父に愛されていると思っていたのだ。
……でも、それは俺の勘違いでしたとさ。
父は、低俗な母娘と絶縁すべく、一括で俺と姉の分の養育費を支払い、母に慰謝料を請求せず一人で出ていった。
その時期には俺も、既に母と姉がおかしい事には気づいていた。だから父と一緒に行きたかったのに……俺を引き取る事で生じるデメリットが、父には大きく映ったようで。
俺は結局、俺の顔と体に執着する異常者の母と姉と共に暮らしていた。
大学受験の時、俺は迷わず上京出来る大学を選んだ。クソみてぇな初恋含め地元には何もいい思い出が無いし、とにかく実家を離れたくて。ただそれだけの理由で、学生都市の大学を受験したのである。
中高時代にモデルのバイトで稼いだ金がそこそこある上、学生都市は発展している為働き口にも困らない。
女絡みのトラブルに巻き込まれながらも、推し活満載キャンパスライフを満喫し……俺は一度も実家に帰省することなく、そのまま都市運営事務局という所に就職した。
そして社会人三年目。行きつけのカフェでソシャゲのイベランをしていた時。
あまりにも辛気臭い面をした女が、おずおずと俺の前に座った。無気力に生きている感じが、まるで父に見捨てられた頃の自分のようで……思わず、話しかけてしまった。
『辛気臭い顔してるな、アンタ』
女は目を見開き固まる。俺はしまった、とバツが悪そうに視線を逸らしたが、手遅れで。
──それが、俺の傷となった女との出会いだった。
普通に愛されたいと願う後輩の為に、俺はどハマりしていた乙女ゲー『UnbalanceDesire』を勧めてみた。
するとアイツは想像以上にハマってくれたようで、ゲームの感想を嬉々として語ってくれた時なんかは俺まで嬉しくなってしまったとも。
『───お兄さんって、実はものすごくお人好しですよね。それに世話焼き属性もある』
『アーン? 俺が? 目ェ腐ってんじゃねぇの』
『むっ、失礼な。あたしは至って真面目に、そう思っただけです!』
……俺は楽しんでいた。オタク仲間となってくれたアイツと『アンディザ』について語り合う、他愛のない時間を。
相手が俺の顔にも体にも興味がない──、ただ趣味を共有するだけの健全な関係性が、とても心地よかったのだ。
それだけで満足すればよかったのに。俺はいつの間にかアイツの事情にどんどん足を突っ込み、引っ掻き回してしまった。
その結果──……あの女は、二十歳かそこらであっさりと死んだ。
アイツの悩みの種だった毒親が突然、学生都市まで来たようだ。どれだけ練習しても、いざ毒親を前にすると刷り込みの所為で身動きが取れないらしい。
そこで俺は、余計な一言を放ってしまった。それに触発されたアイツは、毒親の手を振り払った勢いで体勢を崩し、道路に出てすぐトラックに轢かれ──間抜けな笑顔で血と臓物を撒き散らして吹っ飛んだ。
頭部の一部が陥没し、砕け、潰れた血塗れの顔。鮮血のベールの下には、あの笑顔のまま硬直した口元が露わになっていた。
重なり響くいくつもの悲鳴。
まだ耳の中に残るクラクションの音。
鼻を穿ってくる鮮烈な鉄の臭い。
『いッ──、いやぁああああああああああああああああああああああッッ!!』
笑顔の死体を見て、トラックの運転手も、目撃者となった通行人も、誰もが言葉を失った。
『ぁあああああ──────っ』
獣のような慟哭が、白昼の道路に響く。
悲惨な娘の亡骸を抱え、おばさんが泣き喚く間も……俺は、伸ばした手をぶらりと下ろして立ち尽くす事しか出来なかった。
…………その後のことは、あまり、覚えていない。
気がつけば俺は葬儀会場にいて、そこであのおばさんに殴られていた。
『よくも……っ、よくも顔を出せたわね! この人殺し!! あんたのせいで娘は……っ! あんたが誑かしたから、■■■は死んだのよ! 人殺しがッ! あんたが死ねばよかったのよ!! 返しなさい……っ、私の娘を! 返しなさい────ッ!!!!』
あの日もこうやって怒鳴られ、殴られ、罵られ、金切り声で責め立てられていた気がする。
親族の宥めも虚しく、おばさんは何度も俺を罵った。何度も何度も、数え切れないぐらい罵倒された。
──俺がアイツを殺したと。俺の所為でアイツが死んだと。
そう、おばさんは呪詛のように繰り返した。その後ボロボロになった俺は、葬儀会場から追い出され大雨に打たれながら帰路につく。
はじめての友達に、花を手向ける事すら出来ないまま…………。
それが悪夢の始まりだった。
夢で何度も大嫌いな金切り声で罵られ、みるみるうちに精神が蝕まれていく。
興信所か何かを使ったのか、ヒステリックなおばさんはなんと俺の職場も家も特定し、度を超えた嫌がらせや誹謗中傷に精を出すように。
俺が心身共に疲弊するのに、そう時間はかからなかった。
『……俺の、所為だ。全部、ぜんぶ、俺の……せいなんだ』
あの時俺が死んでおけば、こんなにも苦しむ必要はなかったのかな。
でも俺は生き残ってしまったから。せめてもの罪滅ぼしをしなければならない。
病院に行って、精神安定の為の薬を飲んで、寝る間も惜しんで仕事して。毎日がその繰り返し。いつの間にか、生き甲斐の推し活も出来なくなっていた。
いつか……アイツが言っていた。『将来は誰かの役に立つ仕事がしたい』──って。ならば、アイツを殺してしまった俺が、アイツのぶんもその夢を果たしてやらねば。
それぐらいしか、俺には出来ない。これだけが俺に出来る唯一の償いだったのだ。
より良いアプリを開発し、都市に住む人々の生活をもっと豊かにしようと命をすり減らした。少しでも罪悪感が消えるようにと、世の為人の為にと努力を惜しまなかった。
どれだけ辛くても、鞭を打って頑張ったんだ。でも、その結末は──……
【若き天才エンジニアは人殺しだった!】
【『ヴィータ』の開発者が前科者!? 被害者遺族への取材で判明した暗い過去】
【学生都市運営事務局職員による殺害事件】
【甘いマスクで未来ある女子大生を騙し、殺害した無慈悲な犯罪者!】
【「娘を返して」……目の前で娘を殺された母親の嘆き】
あまりにも、虚しいものだった。
娘を殺しておいて、のうのうと成功する俺が許せなかったのだろう。あのおばさんはある事ない事をマスコミにリークし、連中はロクな裏取りもせず俺のネタで思い切り騒ぎ立てた。
学生都市で『ヴィータ』が幅広く利用されていたからだろう。この件はあっという間に広まり、世間から俺に向けられる誹謗中傷は苛烈の一途を辿る。
無数の悪意の前に吊るし上げられ、俺は絶え間ない糾弾で蜂の巣にされた。
だが俺には弁明する気力などなかったし……何より、俺がアイツを死なせたのは事実だった。だから、ずっと口を閉ざしていたのだ。
しかし運営事務局は黙ってなかった。──結論だけ言えば、俺の冤罪は証明され、あのおばさんは名誉毀損で起訴されたらしい。
その後の世間の手のひら返しは凄まじいものだった。誰もが俺を褒め称え、『日本の未来に必要』と口を揃える。そんな世間が、気持ち悪くて仕方なかった。
賞賛も崇拝も愛情も、全部要らない。
どうか、どうか放っておいてほしい。他人と関わるから辛い目に遭うんだ。だったらもう、ずっと独りがいい。
愛されたくない。必要とされたくない。認められたくない。褒められたくない。誰とも関わりたくない。
そんな思いから引きこもり、孤独の中でそれでも世の為に尽くした。
だがあの日……俺はついに、全てが嫌になってしまった。
『───瑠夏! つらかったわね、大変だったわね。もう大丈夫よ……お母さんが、あなたを支えてみせるわ』
『ずっと捜してたのよ、るーくんっ! これからはおねえちゃんがいっぱいるーくんのことを愛して、いっぱい甘やかしてあげるから。だから元気になってね、るーくん!』
病院帰り。オートロックのマンション内に、いる筈のない人間がいた。
俺の家の前にいたその女共は、俺を見るなり悲痛そうな顔を作るが、その目は餌を前にした猛獣のように爛々とギラついてる。
……いっぱい、頑張ったのに。
なんで、些細な願いすらも叶わないんだ……?
『…………もう、いやだ』
疲れた。これ以上頑張れない。どれだけ頑張っても報われず、苦しいだけなら。
『るーくん? ど、どうしたの?』
『っ!? まって、瑠夏! あなた何を──っ』
もう、全て終わらせてしまおう。
死んでしまえば誰にも愛されない。誰にも必要とされず、誰かと関わる必要だってない。
なんだ、その方がずっと楽じゃないか。誰も『俺』を見てくれない、こんな理不尽な世界なんて捨ててさっさと死んでしまえばよかったんだ。
『瑠夏っ! いや、いやぁあああああああっ!!』
『きゃああああああああああ────ッ』
母と姉に捕まる前に、俺はマンションから飛び降りた。……いや。実際は、ずるずると身を投げただけ。
そこで俺は死ねた。ようやく、楽になれたと思ったんだ。
……──でも、俺は生まれ変わってしまった。
思い出深い『アンディザ』の攻略対象に。
当時は前世の記憶がなかったから気づかなかったが……今思えば、俺がカイル・ディ・ハミルになったのは、きっと──この馬鹿げた未練の影響なのだろう。
愛されたくなかった。必要とされたくなかった。誰とも関わりたくなかった。
……この言葉に偽りはない。愛されたから、必要とされたから、誰かと関わったから、俺は不幸になった。──だけど。俺はそれでも、心のどこかで願ってしまったのだ。
愛されたい。必要とされたい。
ただ一人でいい。誰か──……『俺』を見てくれる誰かと、一緒にいたいのだと。
そんな矛盾した願いに気づかないまま……やがて、俺はアイツと出会った。
俺の全てに興味が無くて……同じ趣味を持ち、同じ未来を夢見る────『俺』を見てくれた、たった一人の理解者に。
♢
強制力──奇跡力の侵食で眠ってはいたが、なんとなく外の声は聞こえていた。
俺の代わりにカイルが色々と頑張ってくれている事も、俺達の所為でアミレスが泣いちまった事も、マクベスタがずっと苦しんでる事も、何やら外が大変な状況になっている事も、なんとなくだが把握している。
だけど、起きられない。体が思うように動かないのだ。
もう苦しみたくないと思うあまり、このまま眠っているべきだと本能が叫ぶ。そして……それを良しとする、瑠夏がいる。
そもそもこの体はカイルのもので、アイツの方が色々と上手くやれるんだ。きっと、このまま俺は眠っていた方が──……。
『私、これからは自分を大事にしたい! 皆にこれ以上心配かけたくないし、私の所為で悲しい思いもさせたくないの!』
遠い、遠い所から。親友の声が、聞こえてきた。
『それでもやっぱり──……私は、誰も、何も犠牲にしたくない! 自分が犠牲になる道があったら、きっと何度でもそれを選んじゃう!!』
俺のいない間に何が起きたのか……アイツの変化が嬉しいやら寂しいやらで、俺の心は大きく波打つ。
やっと、愛情が分かったんだな。そりゃあよかった。これでちょっとは肩の荷が降りる──と安堵する反面、相変わらずの利他主義っぷりに思わず苦笑していたら、
『……──だから! 貴方の力を貸してほしいの!』
予想外の言葉と、感情に突き動かされた大きな鼓動が、真っ黒な精神世界に響く。
『私が自分を犠牲にしないよう、貴方の力を貸してちょうだい! 無茶をしそうになったら止めてほしいし、何かあったら一緒に戦ってほしい!』
目を瞬かせると、いつの間にか──……ひどく眩い星が、宙に在った。
『私が死ぬまでずっと────私の傍で、私が私の命を軽視しないように、貴方に見張っていてほしいの!!』
それはあまりにも自分勝手な言い分だった。
要するに、アイツは俺に人生を捧げろと言っている。まっっったく人を頼ろうとしない、あのアホな小娘が。俺の人生を自分の為に使えと、めちゃくちゃな事を言ってきた。
これこそ理不尽の極みだと思うが……俺の口元は、勝手に弧を描いているではないか。
『どんな事でも、貴方は手伝ってくれるんでしょう!』
……ああ、確かにそう言った。『俺』は、お前に助けを求められたら無条件で力になるって──そう約束した。
ならば、こんなところで呑気に寝ている場合じゃない。
最後にもう一度だけ、頑張ってみようじゃないか。……──他ならないお前が、『俺』を必要としてくれたから。
どれだけ辛く、苦しい日々でも。
どれだけ暗く、険しい日々でも。
お前という星が在る限り、俺はきっと、もう迷わない。
……──だって。あのクッソ眩しいお姫様が、ずっと一緒に居てくれるらしいからな。
さあ、いい加減起きろ。穂積瑠夏。
もうじゅうぶん休んだだろ。これ以上──あのお人好しを心配させてたまるかよ。
周りの奴等は何でも持ってるとか、天に何物も与えられたとか、そんなことを言っていたけど。そんな贈り物──俺にとっては、重荷でしかなかった。
『───父ちゃんっ! お願いだから俺も連れてって!!』
『…………瑠夏。お前は賢い子だ、一度で理解出来ただろう? オレは、お前を連れて行かない。お前の存在は、オレの人生において不利益にしかならないんだ。……達者でな』
それが、父と交わした最後の言葉。外科医の父は俺が十歳になる前に、快楽に溺れた母に愛想を尽かして出ていった。
沢山習い事に行かせてくれたし、塾の模試でいい成績を残すとたまに褒めてくれた。だから俺は、父に愛されていると思っていたのだ。
……でも、それは俺の勘違いでしたとさ。
父は、低俗な母娘と絶縁すべく、一括で俺と姉の分の養育費を支払い、母に慰謝料を請求せず一人で出ていった。
その時期には俺も、既に母と姉がおかしい事には気づいていた。だから父と一緒に行きたかったのに……俺を引き取る事で生じるデメリットが、父には大きく映ったようで。
俺は結局、俺の顔と体に執着する異常者の母と姉と共に暮らしていた。
大学受験の時、俺は迷わず上京出来る大学を選んだ。クソみてぇな初恋含め地元には何もいい思い出が無いし、とにかく実家を離れたくて。ただそれだけの理由で、学生都市の大学を受験したのである。
中高時代にモデルのバイトで稼いだ金がそこそこある上、学生都市は発展している為働き口にも困らない。
女絡みのトラブルに巻き込まれながらも、推し活満載キャンパスライフを満喫し……俺は一度も実家に帰省することなく、そのまま都市運営事務局という所に就職した。
そして社会人三年目。行きつけのカフェでソシャゲのイベランをしていた時。
あまりにも辛気臭い面をした女が、おずおずと俺の前に座った。無気力に生きている感じが、まるで父に見捨てられた頃の自分のようで……思わず、話しかけてしまった。
『辛気臭い顔してるな、アンタ』
女は目を見開き固まる。俺はしまった、とバツが悪そうに視線を逸らしたが、手遅れで。
──それが、俺の傷となった女との出会いだった。
普通に愛されたいと願う後輩の為に、俺はどハマりしていた乙女ゲー『UnbalanceDesire』を勧めてみた。
するとアイツは想像以上にハマってくれたようで、ゲームの感想を嬉々として語ってくれた時なんかは俺まで嬉しくなってしまったとも。
『───お兄さんって、実はものすごくお人好しですよね。それに世話焼き属性もある』
『アーン? 俺が? 目ェ腐ってんじゃねぇの』
『むっ、失礼な。あたしは至って真面目に、そう思っただけです!』
……俺は楽しんでいた。オタク仲間となってくれたアイツと『アンディザ』について語り合う、他愛のない時間を。
相手が俺の顔にも体にも興味がない──、ただ趣味を共有するだけの健全な関係性が、とても心地よかったのだ。
それだけで満足すればよかったのに。俺はいつの間にかアイツの事情にどんどん足を突っ込み、引っ掻き回してしまった。
その結果──……あの女は、二十歳かそこらであっさりと死んだ。
アイツの悩みの種だった毒親が突然、学生都市まで来たようだ。どれだけ練習しても、いざ毒親を前にすると刷り込みの所為で身動きが取れないらしい。
そこで俺は、余計な一言を放ってしまった。それに触発されたアイツは、毒親の手を振り払った勢いで体勢を崩し、道路に出てすぐトラックに轢かれ──間抜けな笑顔で血と臓物を撒き散らして吹っ飛んだ。
頭部の一部が陥没し、砕け、潰れた血塗れの顔。鮮血のベールの下には、あの笑顔のまま硬直した口元が露わになっていた。
重なり響くいくつもの悲鳴。
まだ耳の中に残るクラクションの音。
鼻を穿ってくる鮮烈な鉄の臭い。
『いッ──、いやぁああああああああああああああああああああああッッ!!』
笑顔の死体を見て、トラックの運転手も、目撃者となった通行人も、誰もが言葉を失った。
『ぁあああああ──────っ』
獣のような慟哭が、白昼の道路に響く。
悲惨な娘の亡骸を抱え、おばさんが泣き喚く間も……俺は、伸ばした手をぶらりと下ろして立ち尽くす事しか出来なかった。
…………その後のことは、あまり、覚えていない。
気がつけば俺は葬儀会場にいて、そこであのおばさんに殴られていた。
『よくも……っ、よくも顔を出せたわね! この人殺し!! あんたのせいで娘は……っ! あんたが誑かしたから、■■■は死んだのよ! 人殺しがッ! あんたが死ねばよかったのよ!! 返しなさい……っ、私の娘を! 返しなさい────ッ!!!!』
あの日もこうやって怒鳴られ、殴られ、罵られ、金切り声で責め立てられていた気がする。
親族の宥めも虚しく、おばさんは何度も俺を罵った。何度も何度も、数え切れないぐらい罵倒された。
──俺がアイツを殺したと。俺の所為でアイツが死んだと。
そう、おばさんは呪詛のように繰り返した。その後ボロボロになった俺は、葬儀会場から追い出され大雨に打たれながら帰路につく。
はじめての友達に、花を手向ける事すら出来ないまま…………。
それが悪夢の始まりだった。
夢で何度も大嫌いな金切り声で罵られ、みるみるうちに精神が蝕まれていく。
興信所か何かを使ったのか、ヒステリックなおばさんはなんと俺の職場も家も特定し、度を超えた嫌がらせや誹謗中傷に精を出すように。
俺が心身共に疲弊するのに、そう時間はかからなかった。
『……俺の、所為だ。全部、ぜんぶ、俺の……せいなんだ』
あの時俺が死んでおけば、こんなにも苦しむ必要はなかったのかな。
でも俺は生き残ってしまったから。せめてもの罪滅ぼしをしなければならない。
病院に行って、精神安定の為の薬を飲んで、寝る間も惜しんで仕事して。毎日がその繰り返し。いつの間にか、生き甲斐の推し活も出来なくなっていた。
いつか……アイツが言っていた。『将来は誰かの役に立つ仕事がしたい』──って。ならば、アイツを殺してしまった俺が、アイツのぶんもその夢を果たしてやらねば。
それぐらいしか、俺には出来ない。これだけが俺に出来る唯一の償いだったのだ。
より良いアプリを開発し、都市に住む人々の生活をもっと豊かにしようと命をすり減らした。少しでも罪悪感が消えるようにと、世の為人の為にと努力を惜しまなかった。
どれだけ辛くても、鞭を打って頑張ったんだ。でも、その結末は──……
【若き天才エンジニアは人殺しだった!】
【『ヴィータ』の開発者が前科者!? 被害者遺族への取材で判明した暗い過去】
【学生都市運営事務局職員による殺害事件】
【甘いマスクで未来ある女子大生を騙し、殺害した無慈悲な犯罪者!】
【「娘を返して」……目の前で娘を殺された母親の嘆き】
あまりにも、虚しいものだった。
娘を殺しておいて、のうのうと成功する俺が許せなかったのだろう。あのおばさんはある事ない事をマスコミにリークし、連中はロクな裏取りもせず俺のネタで思い切り騒ぎ立てた。
学生都市で『ヴィータ』が幅広く利用されていたからだろう。この件はあっという間に広まり、世間から俺に向けられる誹謗中傷は苛烈の一途を辿る。
無数の悪意の前に吊るし上げられ、俺は絶え間ない糾弾で蜂の巣にされた。
だが俺には弁明する気力などなかったし……何より、俺がアイツを死なせたのは事実だった。だから、ずっと口を閉ざしていたのだ。
しかし運営事務局は黙ってなかった。──結論だけ言えば、俺の冤罪は証明され、あのおばさんは名誉毀損で起訴されたらしい。
その後の世間の手のひら返しは凄まじいものだった。誰もが俺を褒め称え、『日本の未来に必要』と口を揃える。そんな世間が、気持ち悪くて仕方なかった。
賞賛も崇拝も愛情も、全部要らない。
どうか、どうか放っておいてほしい。他人と関わるから辛い目に遭うんだ。だったらもう、ずっと独りがいい。
愛されたくない。必要とされたくない。認められたくない。褒められたくない。誰とも関わりたくない。
そんな思いから引きこもり、孤独の中でそれでも世の為に尽くした。
だがあの日……俺はついに、全てが嫌になってしまった。
『───瑠夏! つらかったわね、大変だったわね。もう大丈夫よ……お母さんが、あなたを支えてみせるわ』
『ずっと捜してたのよ、るーくんっ! これからはおねえちゃんがいっぱいるーくんのことを愛して、いっぱい甘やかしてあげるから。だから元気になってね、るーくん!』
病院帰り。オートロックのマンション内に、いる筈のない人間がいた。
俺の家の前にいたその女共は、俺を見るなり悲痛そうな顔を作るが、その目は餌を前にした猛獣のように爛々とギラついてる。
……いっぱい、頑張ったのに。
なんで、些細な願いすらも叶わないんだ……?
『…………もう、いやだ』
疲れた。これ以上頑張れない。どれだけ頑張っても報われず、苦しいだけなら。
『るーくん? ど、どうしたの?』
『っ!? まって、瑠夏! あなた何を──っ』
もう、全て終わらせてしまおう。
死んでしまえば誰にも愛されない。誰にも必要とされず、誰かと関わる必要だってない。
なんだ、その方がずっと楽じゃないか。誰も『俺』を見てくれない、こんな理不尽な世界なんて捨ててさっさと死んでしまえばよかったんだ。
『瑠夏っ! いや、いやぁあああああああっ!!』
『きゃああああああああああ────ッ』
母と姉に捕まる前に、俺はマンションから飛び降りた。……いや。実際は、ずるずると身を投げただけ。
そこで俺は死ねた。ようやく、楽になれたと思ったんだ。
……──でも、俺は生まれ変わってしまった。
思い出深い『アンディザ』の攻略対象に。
当時は前世の記憶がなかったから気づかなかったが……今思えば、俺がカイル・ディ・ハミルになったのは、きっと──この馬鹿げた未練の影響なのだろう。
愛されたくなかった。必要とされたくなかった。誰とも関わりたくなかった。
……この言葉に偽りはない。愛されたから、必要とされたから、誰かと関わったから、俺は不幸になった。──だけど。俺はそれでも、心のどこかで願ってしまったのだ。
愛されたい。必要とされたい。
ただ一人でいい。誰か──……『俺』を見てくれる誰かと、一緒にいたいのだと。
そんな矛盾した願いに気づかないまま……やがて、俺はアイツと出会った。
俺の全てに興味が無くて……同じ趣味を持ち、同じ未来を夢見る────『俺』を見てくれた、たった一人の理解者に。
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俺の代わりにカイルが色々と頑張ってくれている事も、俺達の所為でアミレスが泣いちまった事も、マクベスタがずっと苦しんでる事も、何やら外が大変な状況になっている事も、なんとなくだが把握している。
だけど、起きられない。体が思うように動かないのだ。
もう苦しみたくないと思うあまり、このまま眠っているべきだと本能が叫ぶ。そして……それを良しとする、瑠夏がいる。
そもそもこの体はカイルのもので、アイツの方が色々と上手くやれるんだ。きっと、このまま俺は眠っていた方が──……。
『私、これからは自分を大事にしたい! 皆にこれ以上心配かけたくないし、私の所為で悲しい思いもさせたくないの!』
遠い、遠い所から。親友の声が、聞こえてきた。
『それでもやっぱり──……私は、誰も、何も犠牲にしたくない! 自分が犠牲になる道があったら、きっと何度でもそれを選んじゃう!!』
俺のいない間に何が起きたのか……アイツの変化が嬉しいやら寂しいやらで、俺の心は大きく波打つ。
やっと、愛情が分かったんだな。そりゃあよかった。これでちょっとは肩の荷が降りる──と安堵する反面、相変わらずの利他主義っぷりに思わず苦笑していたら、
『……──だから! 貴方の力を貸してほしいの!』
予想外の言葉と、感情に突き動かされた大きな鼓動が、真っ黒な精神世界に響く。
『私が自分を犠牲にしないよう、貴方の力を貸してちょうだい! 無茶をしそうになったら止めてほしいし、何かあったら一緒に戦ってほしい!』
目を瞬かせると、いつの間にか──……ひどく眩い星が、宙に在った。
『私が死ぬまでずっと────私の傍で、私が私の命を軽視しないように、貴方に見張っていてほしいの!!』
それはあまりにも自分勝手な言い分だった。
要するに、アイツは俺に人生を捧げろと言っている。まっっったく人を頼ろうとしない、あのアホな小娘が。俺の人生を自分の為に使えと、めちゃくちゃな事を言ってきた。
これこそ理不尽の極みだと思うが……俺の口元は、勝手に弧を描いているではないか。
『どんな事でも、貴方は手伝ってくれるんでしょう!』
……ああ、確かにそう言った。『俺』は、お前に助けを求められたら無条件で力になるって──そう約束した。
ならば、こんなところで呑気に寝ている場合じゃない。
最後にもう一度だけ、頑張ってみようじゃないか。……──他ならないお前が、『俺』を必要としてくれたから。
どれだけ辛く、苦しい日々でも。
どれだけ暗く、険しい日々でも。
お前という星が在る限り、俺はきっと、もう迷わない。
……──だって。あのクッソ眩しいお姫様が、ずっと一緒に居てくれるらしいからな。
さあ、いい加減起きろ。穂積瑠夏。
もうじゅうぶん休んだだろ。これ以上──あのお人好しを心配させてたまるかよ。
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