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第五章・帝国の王女
558.Main Story:Others
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♢♢
(……はてさて、どういう事なんだろう。このガキ──窮地に立たされる程に強くなる。逆境に打ち克つ能力が高い、とでも言おうか……とにかく厄介だな)
何度倒しても起き上がり、その度に強くなっていく眼前の生物を見下ろして、ユーキは軽く引いていた。
言うなれば、戦いの最中で彼という原石が研がれ、磨かれてゆき──その輝きを放ちはじめたようだ。異常な速度で成長する彼を見て、ユーキが思わず苦笑する程に……ロイは攻略対象らしく困難を乗り越え続ける。
「ぐ……っ、い、け……!!」
徐々に洗練され鋭さを増したロイの炎の矢。いつしか火魔法を駆使して、三十本ものそれを同時に撃ち放てるまでに至っていた。
「……面倒だな」
この速度で成長され続けてしまうと、いつかはユーキと言えども手に負えなくなる。それを理解しているからこそ、彼は今まで避けていた最後の手段を取ろうと決意した。
(アミレスは──……まあ、大丈夫だろ。シャル兄も上手く逃げ道を誘導して、女がここから離れすぎないように追いかけ回してる。あの馬鹿野郎……は、兄弟喧嘩中みたいだから、ぶん殴るのは後にしてやるか)
ちらりと他へ視線を向け、現状の把握に務める。
それと並行して、ユーキは街灯に手を触れては魔法を使用した。途端に、真紅に煌めく魔法陣が這う街灯は、鋭利な槍へと姿を変えて地面から引き抜かれる。
その獰猛な穂先からは容赦の無い殺意が溢れ出していた。
「派手なの、苦手なんだけどな」
大きな槍を手にユーキはぐぐぐっと屈んで、バネのように跳躍しては上空へと飛び出る。空中で体勢を変え、刹那──凄まじい速度で、槍を構えたユーキがロイの元へと墜落する。
(──ッ!!)
反射だった。ぞわり、と粟肌が鎌首をもたげたので、ロイは頭で考えるよりも先に飛び退いた。だがそれこそが彼の命を救う行動だったのだと、ロイはすぐさま理解する。
ドゴォンッと、家一つ崩落したような轟音と一緒に、視界が土煙で満たされる。何かの破片と思しきものが四方八方へと散乱し、まるで隕石でも降ってきたかのような有様だ。その中心──土煙が晴れた瞬間に、ロイは青ざめた顔で絶句した。
「……うそ、だろ?」
つい先程まで自分が立っていた場所が、巨人の手で抉られたかのように陥没しているではないか。
(なんなんだよ、こいつ! 意味が分からない……! 化け物だ!!)
細腕や薄い体からは想像がつかない膂力。元が街灯だっただけに、身の丈以上の大きさと重量を誇る槍を、ユーキは軽々と片手で振り回すのだ。
それがまたいっそう、ロイに恐怖を植え付ける。
「ちっ、避けるなよ。長々とあんたを相手してる暇なんてないの、僕には。雑魚は大人しく雑魚のまま死んでくれる?」
「~~っいや、に決まってるだろ……!」
(──おれは。ミシェルが死ぬまで、ミシェルとずっと一緒にいるんだ!!)
どれだけ敵への恐怖を芽生えさせようとも、ロイは立ち上がる。
やはり、愛に生きる人間程──……厄介かつおぞましいものはない。だがそういう人間に限って、『愛』を力に変えてしまうのだから、本当に恐ろしい話である。
♢♢
「ええと……つまり、貴方は正真正銘『カイル・ディ・ハミル』で、私の親友は絶賛居眠り中……ってこと?」
「ああ。彼が奇跡の侵食を請け負い眠ったから、俺がこうして活動しているんだ」
ミシェル達に怪しまれないよう、茶番のような組手をしつつ、アミレスとカイルは互いの持つ情報を可能な限り交換していた。
──何が起こるか分からない以上、ミシェルに疑われるような真似はしない方が良さそうだ。
そう、奇跡力の影響で穂積瑠夏が眠りについたあの瞬間に判断したカイルは、『カイル・ディ・ハミル』と『カイルとして生きる瑠夏』の言動を真似ていたのだ。
(だからあの時──『すまない、アミレス』って言ったんだ。ミシェルちゃんの手前、私と敵対する必要があったから)
数日前。西部地区にてアミレスに銃口を突きつけたカイルは、言葉にはせずとも唇で謝罪を描いていた。あの日のカイルの行動が、アミレスの頭の中でようやく腑に落ちる。
その時アミレスの視界の端で、何かが一瞬、煌めいた。それが光を蓄えた宝石だと気づいた彼女の顔から、サッと血の気が引く。
「ッ! 氷壁!!」
足元に広がる青い魔法陣から噴水のように水が湧き出て、目にも止まらぬ速さで彼女等を包む。それはかまくらのような形状で凍結し、分厚い壁を生した。
それとほんの、小数点のズレのあと。
「──穿ち征服せよ、金剛石」
静謐な声と一緒に、氷を砕く音がアミレス達の耳に届く。
じゅわっと融かすような、ガガガッと掘るような、どちらにせよ恐怖を与えてくる音が、分厚い氷壁を貫通せんと徐々に彼女等に接近する。
たった数秒。だが、カイルが状況把握するにはじゅうぶん過ぎる時間だ。
「……飛ぶぞ、アミレス!」
「っお願い!!」
額に脂汗を滲ませてカイルは手を差し出す。その手を握り、アミレスは彼に身を委ねた。──刹那、白い魔法陣が二人を窮地から救い出す。氷のドームから脱出した彼女等は、奇襲を仕掛けてきた犯人を睨みその名を呼んだ。
「セインカラッド……っ!!」
「サンカル卿──!」
視線の先には、修羅のごときセインカラッド・サンカルがいた。地に転がる金剛石を拾いながら、そのハーフエルフは激しく舌打ちする。
「……しぶとい女め。絶対に、オマエはオレが殺す…………ッ」
盲目的な復讐心と執着心に突き動かされ、セインカラッドは──酷く美しいその顔を、醜く歪めてしまった。
(……はてさて、どういう事なんだろう。このガキ──窮地に立たされる程に強くなる。逆境に打ち克つ能力が高い、とでも言おうか……とにかく厄介だな)
何度倒しても起き上がり、その度に強くなっていく眼前の生物を見下ろして、ユーキは軽く引いていた。
言うなれば、戦いの最中で彼という原石が研がれ、磨かれてゆき──その輝きを放ちはじめたようだ。異常な速度で成長する彼を見て、ユーキが思わず苦笑する程に……ロイは攻略対象らしく困難を乗り越え続ける。
「ぐ……っ、い、け……!!」
徐々に洗練され鋭さを増したロイの炎の矢。いつしか火魔法を駆使して、三十本ものそれを同時に撃ち放てるまでに至っていた。
「……面倒だな」
この速度で成長され続けてしまうと、いつかはユーキと言えども手に負えなくなる。それを理解しているからこそ、彼は今まで避けていた最後の手段を取ろうと決意した。
(アミレスは──……まあ、大丈夫だろ。シャル兄も上手く逃げ道を誘導して、女がここから離れすぎないように追いかけ回してる。あの馬鹿野郎……は、兄弟喧嘩中みたいだから、ぶん殴るのは後にしてやるか)
ちらりと他へ視線を向け、現状の把握に務める。
それと並行して、ユーキは街灯に手を触れては魔法を使用した。途端に、真紅に煌めく魔法陣が這う街灯は、鋭利な槍へと姿を変えて地面から引き抜かれる。
その獰猛な穂先からは容赦の無い殺意が溢れ出していた。
「派手なの、苦手なんだけどな」
大きな槍を手にユーキはぐぐぐっと屈んで、バネのように跳躍しては上空へと飛び出る。空中で体勢を変え、刹那──凄まじい速度で、槍を構えたユーキがロイの元へと墜落する。
(──ッ!!)
反射だった。ぞわり、と粟肌が鎌首をもたげたので、ロイは頭で考えるよりも先に飛び退いた。だがそれこそが彼の命を救う行動だったのだと、ロイはすぐさま理解する。
ドゴォンッと、家一つ崩落したような轟音と一緒に、視界が土煙で満たされる。何かの破片と思しきものが四方八方へと散乱し、まるで隕石でも降ってきたかのような有様だ。その中心──土煙が晴れた瞬間に、ロイは青ざめた顔で絶句した。
「……うそ、だろ?」
つい先程まで自分が立っていた場所が、巨人の手で抉られたかのように陥没しているではないか。
(なんなんだよ、こいつ! 意味が分からない……! 化け物だ!!)
細腕や薄い体からは想像がつかない膂力。元が街灯だっただけに、身の丈以上の大きさと重量を誇る槍を、ユーキは軽々と片手で振り回すのだ。
それがまたいっそう、ロイに恐怖を植え付ける。
「ちっ、避けるなよ。長々とあんたを相手してる暇なんてないの、僕には。雑魚は大人しく雑魚のまま死んでくれる?」
「~~っいや、に決まってるだろ……!」
(──おれは。ミシェルが死ぬまで、ミシェルとずっと一緒にいるんだ!!)
どれだけ敵への恐怖を芽生えさせようとも、ロイは立ち上がる。
やはり、愛に生きる人間程──……厄介かつおぞましいものはない。だがそういう人間に限って、『愛』を力に変えてしまうのだから、本当に恐ろしい話である。
♢♢
「ええと……つまり、貴方は正真正銘『カイル・ディ・ハミル』で、私の親友は絶賛居眠り中……ってこと?」
「ああ。彼が奇跡の侵食を請け負い眠ったから、俺がこうして活動しているんだ」
ミシェル達に怪しまれないよう、茶番のような組手をしつつ、アミレスとカイルは互いの持つ情報を可能な限り交換していた。
──何が起こるか分からない以上、ミシェルに疑われるような真似はしない方が良さそうだ。
そう、奇跡力の影響で穂積瑠夏が眠りについたあの瞬間に判断したカイルは、『カイル・ディ・ハミル』と『カイルとして生きる瑠夏』の言動を真似ていたのだ。
(だからあの時──『すまない、アミレス』って言ったんだ。ミシェルちゃんの手前、私と敵対する必要があったから)
数日前。西部地区にてアミレスに銃口を突きつけたカイルは、言葉にはせずとも唇で謝罪を描いていた。あの日のカイルの行動が、アミレスの頭の中でようやく腑に落ちる。
その時アミレスの視界の端で、何かが一瞬、煌めいた。それが光を蓄えた宝石だと気づいた彼女の顔から、サッと血の気が引く。
「ッ! 氷壁!!」
足元に広がる青い魔法陣から噴水のように水が湧き出て、目にも止まらぬ速さで彼女等を包む。それはかまくらのような形状で凍結し、分厚い壁を生した。
それとほんの、小数点のズレのあと。
「──穿ち征服せよ、金剛石」
静謐な声と一緒に、氷を砕く音がアミレス達の耳に届く。
じゅわっと融かすような、ガガガッと掘るような、どちらにせよ恐怖を与えてくる音が、分厚い氷壁を貫通せんと徐々に彼女等に接近する。
たった数秒。だが、カイルが状況把握するにはじゅうぶん過ぎる時間だ。
「……飛ぶぞ、アミレス!」
「っお願い!!」
額に脂汗を滲ませてカイルは手を差し出す。その手を握り、アミレスは彼に身を委ねた。──刹那、白い魔法陣が二人を窮地から救い出す。氷のドームから脱出した彼女等は、奇襲を仕掛けてきた犯人を睨みその名を呼んだ。
「セインカラッド……っ!!」
「サンカル卿──!」
視線の先には、修羅のごときセインカラッド・サンカルがいた。地に転がる金剛石を拾いながら、そのハーフエルフは激しく舌打ちする。
「……しぶとい女め。絶対に、オマエはオレが殺す…………ッ」
盲目的な復讐心と執着心に突き動かされ、セインカラッドは──酷く美しいその顔を、醜く歪めてしまった。
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